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第10話

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 三人でコンソールを覗き込んだ。操作したハイファがうわずった声を上げる。

「わあ、送信できないよ」
「アビオニクスがイカれたのか?」
「壊れてはいないけど、一時的にビジーみたい」
「なら飛行、再始動は?」
「この状態で? 電装全滅で反重力装置が始動できないってば」
「フェイルセーフもアウトか。参ったな」
「でも自己修復機能は作動中、六十分で完了予定だから。まずはコレを退けないと」

 だが爬虫類の見開いたままの目が異様に怖い。作り物とは思えないほどだ。でもこのままでは埒が明かない。そっと歯のないくちばしに触れてからシドは意を決する。

「出ようぜ」
「うーん、もし誰かがいても趣味は悪そうだなあ」
「エラリー、大丈夫か?」
「あ、はい。行けそうです」

 ショルダーバッグを担いだハイファと同時にシドはドアを開けた。エラリーが後部スライドドアをこわごわ開ける。シドは被さっているカギ爪のついた皮膜を押し退けて地に降り立った。

 むっと熱気が押し寄せてくる。足元はまばらな草地で土は乾燥していた。だがそれだけではなかった。驚いたことに外には人間がいたのだ。それこそ何十人もいた。

 しかし彼らは皆、こちらを遠巻きに見て輪を形成している。

「何だ、何だ。ここは人類最後の秘境か?」
「どういうことなんだろうね?」

 遠巻きにこちらを見る男女全員が小麦色の肌に貫頭衣のような衣装を身に着け、ウェストを飾り帯で縛っていた。大人から子供まで勢揃いしている。
 そして一部の者は木の柄の先に石の刃をつけた槍を持ち、ある者は細長い筒を口につけていた。吹き矢らしい。

「言葉、通じるかなあ? 連邦標準語」
「怪しいと思うがな。おい、上空、またこのシリーズが飛んでるぞ」

 BELの機首側に立つシドは、死んでいるらしい翼竜と上空とを交互に目顔で指した。ゆうに七、八メートルはあろうかという爬虫類が二羽、宙を旋回している。
 仲間の死肉を狙っているようにも見えるそいつらが「クェーッ」とも「ケーッ」ともつかぬ声で啼いた。

「うーわっ、ヤな感じだぜ」
「それより何とか意志の疎通を図らないと」
「こんな所が未だテラ連邦加盟星系にあったとはな」
「その割には、こんなもの作るテクもある……映画のセットか何かじゃない?」
「そいつを祈りたいが……」

 ぐるりと辺りをシドは見渡す。目立つのは堂々とそびえ立った山だ。二キロと離れていないであろう山頂の火口から煙が上がっている。活火山のようだ。
 あとは数十メートル先に肩の高さほどの石塀があり、家屋であろうこれも石造りの屋根が幾つも見えた。どうやら街らしい。

 街の反対側にはポツポツと灌木があり下草のシダが妙にデカい。草原のところどころに背の高い樹が生えている。幹が長く、先っちょにソテツのような葉っぱがついていた。遠くには黒々と広がるジャングルが見える。どれも本物っぽかった。

 三人を取り囲んだ人々が距離を詰めてきた。一歩、二歩と輪が縮まる。

「人食い人種とかナシにして欲しいなあ」
「お前はまず太らせてからだろ」
「いっそひと息に、いい出汁になりたい」

 結局、ホールドアップを余儀なくされた三人は唸りのような鳴き声を聞いて振り返った。草原の向こうでサイのような動物が灌木の葉を食んでいた。

 全長十メートルもあるサイ、盾のような襟巻きと顔に三つの角があるサイ、その名もトリケラトプスを、シドとハイファは見なかったことにした。
 眩暈がしてくる。

 だが人々の輪はそれ以上縮まることはなかった。興味はあれど敵意がないらしいのを見取り、アビオニクスが息を吹き返すまでの六十分ポッキリの付き合いではコミュニケートを図っても益は少ないと判断した三人は、挙げた手をそっと下ろす。

 クレームはつかなかったのでプテラノドンをBELから引き剥がす作業を始めた。

「確か骨は空洞で軽かった筈だよ」
「まだ生温かいのが嫌だよな」
「わあ、目が合っちゃいました」

 そうして八メートルもある翼竜を三人が恐る恐る剥がしているうちに、また何かの唸り声が聞こえてきた。輪を形成していた人々がざわめき三人から離れて駆け出してゆく。
 気の毒なプテラノドンの死体を捨てた三人はBELに凭れて人々を観察した。

 そこで草原に躍り出てきたのは巨大な恐竜だった。前肢が小さく指は二本、だが尖った鋭い歯は一本が二十センチ近くあるだろう。全長約十二メートル、五、六トンはありそうな暴れる巨体に人々は槍を突き刺している。

「いにしえのAD世紀の名作に出演してたゴジラですかね?」
「分類するならティラノサウルス・レックスっぽいね」
「恐竜狩りかよ」

 女子供までが果敢に槍で立ち向かっているのを見て、三人は岩石を片側に噛んで斜めに浮いたBELのスキッドに腰を下ろした。対・恐竜戦を見守る。
 シドのレールガンをマックスパワーでぶちかまし急所に当てれば一発でケリがつくが、ここの人々の営みの一環を邪魔するまでもなさそうだ。

 咥え煙草でシドが観戦すること二十分ほどで暴君竜は地響きを立てて地に沈んだ。人々が歓声を上げる。斃れた恐竜の腹によじ登って子供たちは喜んでいた。

 巨大肉食恐竜はその場で石器を使い解体され、内臓や肉を人々は均等に分け合っているようである。皮も重要な資源なのだろう、石のナイフで丁寧に剥がされていた。

 上空では死肉狙いのプテラノドンが三匹旋回している。

「テラ本星の白亜紀さながらだね」
「でも白亜紀に人間はいなかっただろ?」
「ここでは同時発生……ううん、もしかしたら二十五世紀前の第一次入植者が、何らかの理由でテクノロジーをロストしたのかも知れないね」
「恐竜にやられてか?」
「さあね。全ての文化が灰燼に帰す大戦争かも知れないし」

 暫し三人ともに口を噤んで想像の過去に思いを馳せた。

「じゃあ、わたくしたち衛星コロニーの人間は何なんですかね?」
「植生や生態系こそ過去の遺伝子工学の産物かも知れないけど、せっかく莫大なクレジットをかけてテラフォーミングした惑星だもん。この貴重な惑星がテラ連邦加盟星系で在り続けるために、テラ連邦議会の植民地委員会が後付けで入植させたんじゃないかな。なんて、これも推測でしかないけどね」
「異星系人に盗られるのは惜しいもんな」
「だからといってこの状態の人々に突然現代文明を突き付けても無理があるし。それでも恐竜一掃は莫大なクレジットが掛かる上に、自然発生した種を絶滅させるなんて倫理的にも汎銀河条約機構が許す訳がないからね」

 多種人類宇宙の最高立法機関である汎銀河条約機構に下された裁定が覆った例はない。

「ならコロニーの存在意義は見張り役か」
「じゃないのかな。コロニーの人たちは、いわば文明の監視人って言えるのかも」
「文明の監視人ですか?」
「いつかここにもテラ連邦の高度文明を持ち込める日が来るまで、そこにいること自体に意味があるのかなって……まあ、何もかも推測でしかないんだけど」
「そういや約五百年前に何処だかから第二次入植って書いてあったな」
「スカディ星系だね。そっか、その頃にこの惑星上で大激変があったのかも。もはや惑星上では文明人は生きられないから、衛星コロニーに二次入植させて監視役をさせたとか」
「そんな使命があるなんて、記憶の戻ったわたくしは知っているんでしょうか?」
「さあ、どうなのかな?」

 そこに草原で火を焚き勝利の宴を催していた人々から三人の子供が駆け出しこちらにやってきた。BELのスキッドに腰掛けた三人にそれぞれ素焼きの皿を差し出す。

「これ、僕たちに?」

 身振りでハイファが訊くと子供たちは笑いさざめいて皿を押し付け戻っていった。
 受け取った皿を見ると焼いた塊の肉と何かの果実がひとつずつ載っている。

「うわあ、恐竜のバーベキューだよ」
「食べる……べきなんでしょうか?」
「醤油が欲しいな」

 とっととかぶりついたシドをハイファとエラリーはじっと見た。

「貴方ってとことんサバイバル向きだよね」
「せっかくじゃねぇか、滅多に食えるモンじゃねぇぞ」
「そりゃあそうだけど」
「マジでなかなかイケるって」

 その感想に勇気づけられ残る二人もフォーク代わりの枝が刺さった肉を口にした。

「あ、塩味はついてるんだね」
「鳥肉みたいですよ、これ。ヘルシーです」
「この実も旨いぜ。甘く熟れてる」

 ピンポン球くらいの丸く黄色い果実の皮を丁寧に剥いてハイファも食べてみた。杏をもっと甘くしたような味で中には大きめの種があった。

「そろそろBELも直ったと思うんだけど」

 子供たちを手振りで呼び皿を返すと笑顔で礼をいい、アビオニクスが息を吹き返した小型BELに三人は乗り込む。
 軌道ステーションまでは五分しか掛からなかった。
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