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第9話

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 クレジットと交換にBELのキィロックコードをリモータに流して貰い、離発着場になっている屋上へ上がるべくエレベーターに乗った。
 屋上からの眺めは壮観だった。宙港施設を囲う壁の外は見渡す限りが鬱蒼とした森だったのだ。立派だと思った宙港は緑のペンキの海に浮かぶオモチャの小舟のようだった。

「あ、この機だよ」

 一機の小型BELの前でハイファは立ち止まりロックを解いて乗り込んだ。シドとエラリーも続く。シドが前席左のパイロット席でハイファが右のコ・パイロット席、エラリーは後部座席に収まった。パイロット席に座ったからといってシドは何もする気はない。ハイファに任せきりだ。そのハイファもオートパイロット任せだ。

 簡易化されたコンソールで軌道ステーションの座標をセットし、反重力装置を起動させたハイファがスタンバイの信号を送ると、宙港管制の誘導波に制御された機はふわりとテイクオフする。空は綺麗に晴れていた。

「二千五百キロくらい、一時間もあれば着くよ」

 高々度でのBELの巡航速度はマッハ二を超える。まもなく宙港管制の誘導波から解き放たれたBELは軌道ステーション目指して超速で飛行を始めた。

 四十分も飛んだ頃、ハイファはエラリーを振り返って訊いた。

「で、何か思い出した?」
「いえ、今のところは何も」
「そっかあ。でも、もうすぐおうちだからね」
「はい、ありがとうございます」

 明るく笑顔で答えたエラリーとは対照的にシドはポーカーフェイスの中にも色濃い不機嫌さが窺える。まだ拒否権ナシの別室任務が降ってきたのが気に食わないのだ。結構ネチこい。

 手持ち無沙汰で腰のレールガンを撫でながら愚痴ともつかぬことを呟く。

「それにしても『異変』が何なのかすら、まだ分からねぇとはな」
「着いたら何かは分かるんじゃない? それよりボーッとしてないで索敵だよ」
「こんなジャングルの上空で、どんな敵がいるってんだよ?」
「『シド=ワカミヤの通った跡は事件・事故で屍累々ぺんぺん草が良く育つ~♪』っての、忘れてない? イヴェントストライカとしての自覚なさすぎだよ。貴方と一緒ならアステロイドだって降ってくるって」
「嫌な予感がしてくるからその歌はやめろ。二つ名も出すな。もひとつ、前方に雲」

 索敵と言いつつ前ではなくシドの顔を見ていたハイファが若草色の瞳を振り向けると、なるほど濃い雲がひとかたまり発生していた。つい先程までなかったものだ。

 危なければオートパイロットが勝手に感知して避ける。そう思っているうちに機はまともに雲に突っ込んだ。濃い雷雲に機体はガタガタと振動する。姿勢制御装置が上手く働いていないらしい。自分たちに影響はないが、機が雷の直撃を数回食らったのが分かった。

 チカチカと明滅する機内のライトパネルを見上げながらシドが文句を垂れる。

「セコハンのガラクタBELを掴まされたんじゃねぇのか?」
「うーん、もう少しで軌道ステーションなのに」

 なかなか抜けない雲に三人ともが顔を見合わせる。互いの胸に不安が湧き上がっているのが感じられた。シドはハイファが覗き込んでいるコンソールに身を乗り出す。

「拙いな。高度変えれば雲、抜けるんじゃねぇか」
「やってる、戦闘上昇レヴェルだよ」

 乗り出したものの何もできないシドの手は、ついポケットを探り煙草を取り出す。咥えたものの火は点けずに我慢していると、ふいに視界が明るくなった。

「やった、抜けたー」
「バーティゴにでもなるかと思ったぜ」

 バーティゴとは空間識失調のことで、航空機に乗って機動しているうちに機の上がちゃんと空なのか、はたまた地面や海なのかが分からなくなることだ。これに陥ると逆さになったまま上昇しているつもりで地に墜ちる危険がある。

 しかし操縦も知らない三人の乗員は全てBELのオートパイロット任せなので、実際にはバーティゴになることなど有り得ないとシドだって分かっている。

 何はともあれ危機は脱したつもりだった、だが。

「けど、揺れが止まらねぇな。雷の影響か?」
「かも知れない。座標も狂っちゃったみたいだよ」
「地上はジャングル、こんな所で遭難は勘弁だぜ」
「分かってる、僕だってやだよ」
「取り敢えず、軌道ステーション側に電波誘導して貰えよ」
「うん。高度も機速も落とすね」

 と、ハイファは分かる範囲でコンソールを操作し、

「あのサ、あんまり訊きたくないんだけど……あれは何?」

 そう誰にともなく訊いた。
 訊かれずとも残る二人の目も既に前方に釘付けとなっていた。鳥が一羽こちらに向かってくる。このまま行けば間違いなくバードストライクという、いわゆるコリジョンコースを互いに飛行していた。
 だがまだ三人はBELのオートパイロット機能を信じていた。当たり前に障害物は避けるだろうと。

 けれどそれすら上回る不安が再び三人の胸に湧き上がっていたのも確かだった。

「ねえ。僕、視力には自信あったんだけど……」
「ああ。俺もそこそこだ」
「わたくしもそれほど目は悪くないようですが」

 三人はそれを見つめて黙った。沈黙を破りハイファが柳眉をひそめて言う。

「……あの鳥って、遠近感無視してない?」
「かもな」

 既に相当近くにいる、避けきれないと思った鳥と意外に距離があった。まだまだ近づいてくる。前部ポリカーボネートのウィンドウいっぱい、いや、それ以上に。

 思わずシドは咥えていた煙草をポロリと落とす。

「マジかよっ……この機よりデカい!」
「ってゆーか、アレは鳥じゃない――」

 低速どころか滞空している状態の小型BELにそいつは激しくぶつかり、両者はひとかたまりになって地に墜ちていった。

◇◇◇◇

 真っ先に気が付いたのはシドだった。
 どのくらい気を失っていたのかと斜めになった機内でリモータを見ると数分と経っていない。サイドウィンドウから僅かに見える外は勿論まだ明るかった。お蔭で状況は掴める。

 まずは自分のシートベルトを外すと後部座席のエラリーは放っておいて、コ・パイ席のハイファのベルトを外した。ドア側に向かって斜めに滑り落ちそうになるソフトスーツの腕を掴んで揺さぶる。怪我をしているかも知れないので、そっとだ。

「おい、ハイファ。大丈夫か? 起きろ」
「ん……あ、おはよ。大丈夫みたい」
「ならいいが、おはようじゃねぇ。頼むから俺と一緒にこいつを見てくれ」
「えっ、嘘、何これ!?」

 ハードランディングしたBELの前部ウィンドウにが突き刺さっていた。

「何処の馬鹿が作ったのか知らねぇが、薄気味悪いくらいのリアリティだぜ」

 鋭いくちばしとBELを前から抱え込むようにしているコウモリのような皮膜、後頭部の尖り。それは確かプテラノドンと云わなかったか――。

「取り敢えずは軌道ステーションに救難信号発信だ」
「アイ・サー」

 気味の悪い翼竜が今にも動き出すのではないかと緊張しつつ、シドはハイファの操作を見守った。そのうち放ったらかしだったエラリーが起き出してくる。
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