最優先事項~Barter.4~

志賀雅基

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□〔Intermission〕ショート・ショート□

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 $貧してなくても官品根性$


 それはマンションの部屋で京哉がふと呟いたことから始まった。

「あのう、忍さんに作って貰ったスーツはともかく、僕の元々持ってたスーツって、両方ともダメになっちゃったんですよね……」

 霧島も以前の京哉がたった二着のスーツを着まわしていたのを知っているし、ネクタイだって三本しか持っていなくて、拘りのなさにいっそ清々しい思いを抱いていた程である。
 しかし今に至って日々着るスーツなら数着セミオーダーで作ってやったので、困ってはいない筈なのだが。

「いえ……セミオーダー、それも高級インポート生地のスーツを普段の仕事に着るなんて、勿体ないというか……ほら、場に合ったものをですね――」
「ドレスコードと言いたいのか?」
「あ、それです。機捜の詰め所で掃除やお茶汲みで汚していいランクのスーツじゃないんですよ、忍さんが僕に作ってくれたセミオーダーは」

「ふむ……なるべく周囲に気を遣われんよう金銭感覚には敏感に対処してきたつもりだったが。そうか、お前が言うならそうなのだろう」
「でも別に忍さんまで吊るしのスーツを着なくたっていいですよ?」
「分かっている。動きにも支障をきたすからな、私は今更の感もある」
「ですよね」
「では、お前のスーツを買いに行くとしよう」

 思い立ったら即行動は機動捜査隊長として身に着いたものか、京哉は急かされて今ある高級スーツに着替えるとベルトの上から手錠ケースや特殊警棒のくっついた帯革を締めた。

 霧島とマンションを出ると五分ほどで駐車場に着く。霧島の愛車の白いセダンに乗り込んだ。本日は祝日で道路の混み具合も勘案し、より運転の上手い霧島がステアリングを握る。

「煙草、構わんぞ」
「遠慮なく吸わせて頂きます」

 白藤市内で一番大きなショッピングモールの立体駐車場に白いセダンを駐めたのが五十分後、そのあと紳士服売り場に移動したのはいいが、京哉は困っていた。
 初回のデートでも揉めたことだが、京哉の言う『吊るしのスーツ』と霧島の『吊るしのスーツ』は明らかに格が違ったのだ。

 けれど霧島には霧島なりの理由があったのである。
 機捜の詰め所でこそ部下たちは信頼している上に、京哉とペアリングまで嵌めて『自分のパートナーに手を出すな』と暗に威嚇しているが、本部庁舎内にはウジャウジャと婦警もいる。

 そして京哉は元々ヘテロ属性・異性愛者だ。

 つまりは心配で堪らずに『野暮ったい伊達眼鏡』『左薬指のペアリング』、そして『数ランク上の装い』という、非常にバランスは悪いが、霧島は狙いをひとつに定めた上でこれまでの京哉をある意味コントロールしてきた訳である。

 だが京哉の側としては初デートの時も、後で作って貰ったセミオーダーも霧島の趣味が反映されたのは嬉しいが、結局のところ自分はお茶を零しても気を遣うのだ。それこそ霧島ならばTシャツの如く着る、それくらいの仕事着が欲しかった。

 その京哉の説得は幸いにして受け入れられ、それでも数ヶ月前までは二着で済んでいたのに今は霧島が五着も抱え、フィッティングブースで京哉は着せ替え人形に甘んじていた。

「でも、こんなに沢山は……身体はひとつなのに」
「毎日違うコーディネートのお前を見るだけで、私の職務に対するモチベーションが変化するんだぞ?」
「うーん。そういうことなら買って貰っちゃってもいいのかなあ……」

 喋りつつ裾直しの間にドレスシャツにネクタイをバリバリと霧島は選ぶ。迷うことを知らぬ男は店を変えて自分のスーツも注文した。
「霧島様、ウォッシャブルの生地となりますと、お取り寄せに……」
 などと言われたが、構うことなくここでも霧島は自分と京哉のウォッシャブル・ノーアイロンスーツを二着ずつ注文した。

 ウォッシャブルは後日の受け取りだが、当然ながらとんでもない大量の買い物となり、二人とも一度は車に荷物を置きに行く羽目になる。

 そしてモール内に戻ると初デートの時のように喫茶店でティータイムだ。
 京哉はたった数ヶ月前の出来事が随分と昔のことに思えて、その落差に目を赤くしたまま微笑む。
 微笑み返してくれる人がいて、それは世界一好きな人で。
 こんなに僕は幸せで……二桁もの人を射殺した自分が、絶対に良くはない筈――。

「どうした、京哉?」
「何でもないですよ。でも吃驚しましたよ、レジの金額。有難うございます」
「ああ。連休だが、帰りに本部に寄って済ませていくか」
「えっ、何をですか?」
「何もカニも『領収書』を本部長に回して経費で落とすんだ」

 思わず京哉はアーと口を開けたまま固まる。

「二度あることは三度ある。この先、我々二人が機捜の職務を逸脱した任務に就かされるのは必至だぞ。何せ互いに極秘事項を握り合っているのだからな。その準備は万端にしておくべき、なあに、このくらいで我らが県警は揺らがん」
「まあ、そう、ですよね……」

 訝しげな顔をした霧島の前で京哉は、『霧島のポケットマネー(=愛)じゃなかったガッカリ』と『頼もしさ』と『官品としては自分と変わらぬレヴェル』なる、これも非常にバランスが悪いながらも納得に至り、アイスティーをストローでじゅるじゅる飲んだ。

 ちゃんとレジで領収書を貰った霧島は京哉に渡す。秘書たる京哉はしっかり受け取って大事にポケットへ。

 そして二人は見つめ合ってキングペンギンの如く「ウン、ウン、ウン」と満足げに頷いたのだった。


☆。.:*・゜☆fin☆。.:*・゜☆
 
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