最優先事項~Barter.4~

志賀雅基

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第34話(注意・暴力描写を含む)

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「冗談じゃないな」

 既にこの男と話す上で何より重要なのは駆け引きだと悟っていた。即答するのは愚の骨頂と分かっている。それでも霧島の口は勝手に動いたあとだった。後悔するより次手を考える。そんな心の動きを読み切ったような笑いを浮かべ、富樫はそっと霧島の右頬の傷痕に触れた。
 
 傷から下唇をなぞった指は下降し、首筋から毛布を被った胸元までを撫で下ろす。その触れ方に薄気味の悪い予感をよぎらせた霧島は言葉を探すも見つからない。

 ふいに毛布を剥ぎ取られた。
 いきなり組み敷かれて脚の痛みに霧島の躰が跳ねる。

 左の肩口に口づけられ強く吸い上げられた。鎖骨を甘噛みされ、霧島はドッと冷たい汗を噴き出させながら身を捩らせて逃れようとする。しかし怪我よりも貧血が効いているらしく酷い頭痛と吐き気が襲った。眩暈でどうにも動けない。

「大人しくしていたまえ、優しくできなくなる」
「何が優し……うっ、本当に冗談はやめ……ぐっ!」

 左大腿部の包帯の上から強く傷を掴まれ、霧島は激痛に息を詰まらせた。のしかかった富樫の上体の重みだけで身動きも叶わなくなる。更に左脚に富樫の指が食い込んだ。
 
 巻かれたばかりの白い包帯が見る間に真っ赤に染まってゆく。

 対して富樫は無邪気なまでの笑顔だった。真性のサディストの顔を霧島は見る。左胸の尖りを舐めねぶられたが感じる筈もない。
 身を硬直させたまま霧島は必死で逃れようと足掻いた。気が遠くなりそうな眩暈と痛みに苛まれながら全身を這い回る乾いた手の感触に鳥肌を立てる。
 
 気味の悪さに毛穴という毛穴が収縮していた。

 痛みに構わず広げさせられた脚の間で富樫が服を脱ぐ。ドレスシャツのボタンを外すのを見せつけられた。少しはマシな右脚で蹴飛ばそうとした刹那、新たな鋭い痛みがふくらはぎに走る。

 温かい血が流れ出すのを感じ、焦点の合わぬ目に富樫が手にしたものを映した。
 何処に潜ませていたものか、銀色のメスが血に濡れて光っていた。

「優しくできなくなると言っただろう?」

 残酷にも優しげな声は完全に愉しんでいる。その声に気を取られた瞬間、膝を立てた脚を更に限界まで押し広げられた。
 勝手に躰が抵抗して切り裂かれた右脚が構わず蹴ろうとする。足首を掴まれた。押さえ付けられ足の甲にメスを突き立てられる。

「あうっ……くうっ!」

 ベッドに縫い止められた足をそれでも動かそうとすると肉を裂かれる激痛のあと骨にメスの刃が当たったのが分かった。もはや一ミリたりとも持ち上げられない。

 下衣も脱いで全てを晒した富樫が再びのしかかる。こちらも着痩せするタイプらしく、身長こそ霧島より低いが意外なまでに身体は鍛えられていた。
 ヤクザには珍しく入れ墨もない堂々たる躰だが、そんなものを鑑賞する余裕など霧島にはない。それどころではなかった。

 霧島は心臓が肥大してしまったような鼓動を痛む各所で聞く。腹から胸にかけて気味の悪い舌が這い、抵抗を封じられた我が身を投げ捨てたい思いに駆られた。

 下降した唇が大腿部に吸い付いて富樫が片手で霧島の躰の中心を握る。だが全く変化の兆しもない霧島に興を削がれたか富樫はすぐに手を離した。
 そんな富樫自身は屹立を隆々と滾らせている。

「……富樫。組長として背負う罪状が強制性交は少しばかり格好悪くないか?」
「はっは。もう息が上がっているよ。まあ、確かにわたしも猥褻罪はちょっとねえ」

 考える風でホッとしたのも束の間、撃たれた左脚を広げられた。根っからのオスでされたことは一度もない霧島である。これから我が身に起こることを予測し本気で吐き気を催した。脚に加わる痛みが徐々に強くなる。

「うっく……この、変態野郎が!」
「いい声だ。思っていたよりもきみはわたしを愉しませてくれそうだね」

 心底嬉しそうに言った富樫は意外にも霧島から離れた。未だ各所の激痛と恐怖の渦中にある霧島は混乱した思考の中で、ただただ自分が犯されなかった安堵に縋っていた。
 そんな霧島を富樫は笑い、己の太く滾ったものをゆっくりと扱き出す。

「わたしはね、忍くん。初めてきみを見た時からこうしたかったんだよ。単に交わるだけなら不自由しない。そんなありふれた行為なんかに興味はないんだ。きみが叫び苦痛に悶えることがわたしの悦び、夢にまで見たよ。それがまさかきみから飛び込んできてくれるとは思わなかった。心配しないでいい、獲物は大事にする主義だ」

 声が震えないことを祈りつつ霧島は低く言葉を押し出した。

「……一生、飼い殺しにするつもりか?」
「壊れるまでね。だから誘ったのにきみは椅子を蹴った。それなら床に座るしかないだろう? わたしの足元の床にいるきみは対等ではないんだよ。ビジネスパートナーの話を断ってくれて淋しいが、嬉しくて堪らない」

 襲う不快な何もかもから逃れたいばかりの霧島は目茶苦茶な論理など聞いてはいない。いっそ目も瞑りたかったが恐怖から視界は閉ざせなかった。

「忍くん、見てごらん。はあっ、もういきそうだよ……っく、ああ――」

 目前で富樫は達していた。真っ赤に染まったシーツに幾度も欲望を零す。霧島は真性のサディストがどのようなものかを見せつけられて戦慄していた。その霧島の足を縫い止めたメスを富樫は無造作に引き抜く。激痛がまた霧島に言葉を与えた。

「うぐっ! 貴様は何故六人から血を抜き、三人から何を取ろうとしたんだ!」
「輸血用の血液に活きのいい肝臓を。さあ、治療をしようか」

 急速に意識を薄れさせた霧島はその言葉を朦朧と悪夢のように聞いていた。
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