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第41話

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 霧島の運転で県警本部までは約四十分だった。
 裏の関係者専用駐車場に黒塗りを駐め、裏口から入って階段を二階まで上る。左側の一枚目のドアを開けて機捜の詰め所に入った。

 詰め所は殆どの者が警邏に出て閑散とし、機捜本部の指令台に就いた二班長で機捜の長老である田上警部補の声だけが響いている。
 そこに呼集された三班の隊員らが駆け込んできた。駆け込んできた隊員らは隊長に気付いて敬礼しつつも怪訝な顔をする。

「あれ? 隊長はともかく鳴海は大丈夫なんすか?」

 デカい声で訊いたのは機捜で一番のお喋りでひょうきん者の栗田くりた巡査部長だ。隊長とその秘書が二人して傷病休暇を取っているのは皆が承知している。京哉の携帯を窓口にして寄越したメールも呼集を掛けて増員するか否か指示を乞うてきただけにすぎない。

「非常呼集出勤ご苦労。鳴海はまだ暫く傷病休暇だ」
「へえ、それじゃあ鳴海はイカレポンチのまま、と。わあっ!」

 霧島の投げたボールペンがダーツの矢の如く顔の横を通過して栗田は仰け反った。

「ああ、すまん。手が滑った」

 涼しい顔で謝った上司から栗田はカニの如く横歩きで距離を取る。相勤者の吉岡よしおか巡査長や他の隊員たちが笑い転げていた。充分に距離を取った栗田が懲りずに叫ぶ。

「それよりまた書類が溜まってるっすよ!」

 隊長が二本目のペンを手にしたのを見た栗田は「わ~っ!」と叫び、詰め所から走り出て行った。吉岡巡査長もあとを追って出て行く。

 溜息をついて霧島は京哉に仕事を教えるため、まずは給湯室に案内した。可能なら警察官を辞めさせたくない思いからだった。

「ではここで茶を淹れて皆に配ってくれるか?」
「うん。じゃなくて、はい」

 一緒に警邏に出たくてもまだ公道を運転するには難のある京哉を覆面に乗せられない。もし勤務するとしても暫くは内勤で済ませるしかなかった。
 隊長も秘書も基本的に元々内勤なので構わないのだが、それも医師の診断書を貰ってからの話である。そして医師に診せれば事実として警察官の職務に就くなど論外だと分かるだろう。

 色々と考えつつ霧島は詰め所に戻ってデスクに就き、報告を聞いて指示を出した。

 まもなく呼集された三班の隊員たちが揃って詰め所は賑やかになる。京哉は十二歳でも茶の淹れ方くらい分かっていたようで、彼らに茶を配給するのに余念がない。
 そのうち晩飯休憩で二班の隊員たちも戻ってきて京哉は更に忙しく動き回っていた。

 けれど用もないのに隊長がいても皆に気を遣わせるだけなので霧島は腰を上げる。

「では、そろそろ帰るか」
「えーっ、もう帰っちゃうの? もう少し警察官したいよ!」
「天ぷらを食いたければ撤収だ」
「あっ、そうだった! じゃあ皆さんお先に失礼します。頑張って下さい」

 敬礼ではなくペコリと頭を下げた京哉に皆は笑って手を振ってくれた。有難い思いで霧島は皆にラフな挙手敬礼し詰め所をあとにする。黒塗りに乗り込むと出発した。

 だが霧島は保養所の方に真っ直ぐ向かわず、放火のあった地区へと走らせて巡回し始める。僅かながら密行警邏の手伝いくらいのつもりだった。覆面ではないので京哉が乗っていても咎められることはない。緊急走行や無線が使えないだけで霧島はサツカンで通る。

「ねえ、道が違うような気がするんだけど」
「もう少し警察官をしたいのだろう? 外をよく見ていてくれ」
「はーい。悪いことをしてる人を見つけたらいいんだよね?」
「ああ。マル被、被疑者は放火魔だ。警察用語で赤馬とも赤猫とも言うな」
「ふうん、赤馬……変なの」

 三十分くらい細い路地をぐるぐる巡ったが、それでホシを見つけられるほど単純なものでもなく、早々に見切りをつけて帰路に就いた。だがラッシュの渋滞を避けて入り込んだ住宅街で夕暮れの光景を眺めていた京哉がふいに声を上げる。

「忍さん、あそこから煙が出てる!」
「何だと? 何処だ?」

 それは緑色のプラスチックで囲まれたゴミ捨て場だった。黒塗りを横付けし飛び降りると小さな炎を上げて燃えるビニール袋を踏みつけて火を消す。ビニール袋の内容物からして間違っても自然発火ではない。直ちに機捜本部に携帯で連絡した。

 自家用車でカーロケータもないので、GPS対応の携帯で現在地を示したマップをそのままメールで機捜本部の指令台に就いた田上二班長に送る。

「お前の目はさすがだな、京哉。お手柄だぞ」
「でも近くにまだ赤馬がいるんだよね、探さなきゃ!」
「ああ、もう一度お前の目に期待する。周辺を回ろう」
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