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第14話

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 それでも霧島の怒りに対する恐怖から京哉は反射的に訴えていた。

「謀ったなんて……確かに黙っていたのは悪かったですけど、富樫を放置すればまた貴方は傷つけられるかも知れない。僕はあんな血塗れの貴方を二度と見たくない。御前だって貴方を傷つけ貶められては黙っていられないって、だから――」
「――だから司法警察職員のお前まで『仇討ち』を許したと言いたいのか? 犯罪被害者の家族全てにそれが許されるとでも思っていると? 例えばそれが許されるならば私たち警察官の存在意義とは何だ? 答えられるなら答えてくれ。どうだ?」

 答えられる訳もない。
 かつて同じことを霧島に問われたがその時も京哉は答えを持たず、陥れられたとはいえ超法規的手段での『裁き』に手を貸していた暗殺スナイパーとして存在していた己を恥じたのだ。

 だがどんな正論を説かれても霧島が絡めば別だった。何もかもを飛び越えて、鳴海京哉にとって霧島忍が一番大切なのだ。唯一無二の絶対存在と言っていい。
 もし御前がやらなければ何れ自分が富樫を撃っていただろうと思える。五体満足で富樫が霧島の前に現れたら、おそらく刺し違えてでも護っただろうと――。

 そこで御前に命じられ『仇討ち』のお膳立てをした桜木が遠慮がちに声を発した。

「バレた以上は正直に言うがもうひとつ凶報がある」

 二人の注意を引いておいて桜木は言いづらそうに早口で述べる。

「M200はチャンバ一発マガジン七発の八発フルロード状態で御坂に渡した。予備弾はナシだ。奴は山中での試射にたった二発のみ使用した。すると六人撃って計算上は残弾ゼロの筈、だが今日発覚した件の藍川社長はガンマニア、秘密裏に408チェイタックの実包を手に入れていた形跡がある」

 京哉が目を見開くと桜木は頷いて見せた。

「日本では通常弾でも一般人は手に入れづらいですが、408チェイタックともなると暴力団関係者につてを得ても入手は殆ど無理……そこで狙ったってことですか?」
「まあな。アイカワ商事は輸入代行も業務のひとつだが、その船便を利用して実銃や実包を手に入れては悦に入っていたと同じくガンマニアの議員が証言しているんだ。多分ホビールームのオモチャの中から何点かは発見されると思うが」

 希望的観測を述べた桜木に対し、京哉はあくまで現実を見つめていた。

「藍川社長が手に入れた408チェイタック弾は何発ですか?」
「その議員はボックスマガジンに満タンの七発とバラで二発を見たそうだ」
「その弾薬目当てに藍川社長は殺された訳ですね?」
「本当のところは俺にも分からん。しかし狙撃された中でたった一人だけ霧島会長と関わりのない射殺というのは引っ掛かる。雇い主独自の都合でオーダーされたのかも知れんが、ボックスマガジンと弾薬が発見されなければ可能性は否定できん」
「そうですか。残弾が九発もあるかも知れないんですね」
「これくらいだな、俺が知っているのは。あんたらは話し合ってくれ。俺は帰る」

 そう言うと桜木は霧島から目を逸らしたまま伝票を手に逃げるように去った。残された京哉は霧島と話をするでもなく席を立ち本部の詰め所に戻る。

 あからさまに暗い雰囲気の京哉と、黙ったままどす黒いオーラを立ち上らせている隊長に、入れ代わり立ち代わり帰ってきては再び警邏に出て行く隊員たちも非常に静かだ。それでも噂は飛び交って、時折京哉の耳にも密やかな囁きが入ってくる。

「とうとう別れ話か?」
「かも知れんな。どっちかが浮気でもしたのか?」
「浮気ったって隊長は鳴海にベタ惚れだぞ?」
「それに隊長はアレだしな。じゃあ鳴海が浮気したのか?」
「可能性はあるぜ、最近は鳴海も『抱かれたい男ランキング』上位に食い込んでる」
「警務部の制服婦警辺りじゃ『鳴海巡査部長を護る会』まで出来たそうだ」
「あ、それ俺も聞いた。会員が二十名以上も集まってるファンクラブらしいぜ」
「いいなあ、選び放題、味見し放題かよ――」

 非常に不名誉な言い掛かりをつけられて京哉は苛ついていた。おまけに京哉に聞こえているということは、すぐ右側のデスクに就いた霧島にも聞こえているということで、その眉間に寄せられたシワが刻々と深くなってゆくのに気付いた京哉は八つ当たり気味に舌が痺れるほど渋い茶を淹れて無言で配り、また自分の席に戻る。

 みんな気のいい連中だが無責任な噂話は頂けない。不自然なほど女性率の低い男所帯であるが故に下ネタに走ってしまうのは仕方なかった。
 その辺りは京哉も男だから理解しているつもりで、まだ春に異動してきたばかりの新人として皆の潤滑油になるのも務めと割り切っている。霧島隊長とペアリングまで嵌めていれば尚更だ。

 だからといって『鳴海巡査部長が妊娠か?』などという馬鹿馬鹿しい噂をまことしやかに流すのはどうかと思う。あの時は定時になってここを出るなり『護る会』の会長を名乗る婦警に抱きつかれ、大泣きされて霧島の前で冷や汗をかいた。

 そんな過去を思い出していると霧島のデスクで警電が鳴った。

「こちら機捜の霧島……はい、了解です」

 すぐに電話を切った霧島は京哉に低く声を掛ける。

「私と鳴海巡査部長を本部長がお呼びだ」
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