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第3話

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 目を擦って伊達眼鏡を掛け直すと京哉はセダンから降りる。そこはレンガ張りの古めかしい十六階建て本部庁舎の陰になって空気がひんやりしていた。

 昼間は残暑が厳しいが朝晩は涼しくなってきた今日この頃である。庁舎の裏口から入り、階段で二階に上って左側一枚目のドアから入るとそこが機捜の詰め所になっていた。

 八時二十五分、機捜隊長とその秘書の出勤である。

 隊長と秘書は基本的に内勤で日勤、何事もなければ土日祝日は休みだが、機捜隊員は通常の刑事と違い二十四時間交代という過酷な勤務体制だ。
 毎朝この時間は下番する隊員たちと本日上番の隊員たちでごった返している。彼らが隊長に気付いて一斉に身を折る敬礼をした。

 霧島はラフな挙手敬礼で答礼して隊長のデスクに就く。

 一方で今年の春に異動してきたばかりの京哉は秘書たる職務として早速給湯室で茶を淹れ皆に配給するのに忙しくなった。
 その間に今朝下番の二班から上番する三班に申し送りがなされ人員が減ってゆく。霧島は交代に立ち会ったのち、茶を飲みながらノートパソコンに向かっていた。

 だが仕事をしているようでしていないのを京哉は見逃さない。

「隊長、督促メールが来ている書類だけでもやって下さい」
「やっている。見て分かるだろう?」
「見て分かるから言ってるんです。オンライン麻雀なんかやめて下さい」
「この一局に勝ったら名人戦に参加できるんだ」
「変なものに嵌らないで下さい。ったくもう、先週の連続放火の分だけでも――」

 密行警邏に出る前の三班の隊員たちも笑っていたが、ふいに室内のスピーカーが共振し皆が凍り付いたように身動きを止める。大音量で音声が流れ出した。同時通報、通称同報である。

《――指令部より各局へ。貝崎かいざき市内のパチンコ店・遊来ゆうらい三号店の駐車場にて男性が血を流し倒れているとの一般入電。現着した交番PBからの一報では男性は射殺された模様。人定詳細は不明。関係各局は至急現場に向かわれたし。繰り返す、指令部より――》

 皆が一斉にドアに殺到した。
 京哉は霧島を見る。頷いて霧島は立ち上がった。本来は内勤である隊長自らが動くことではない。霧島本人も自分の仕事は責任を取ることだと腹を括っている。
 だが射殺犯がのうのうと歩いていると聞いて座っていられないのも霧島だった。

 それに射殺と告げていた。
 射殺の得物がもしライフルだったなら、現場で一番有用なのはスナイパーである京哉の知識と勘だ。

「鳴海、行くぞ!」
「はい、隊長!」

 皆のあとを追って二人も駆け出すと裏の駐車場でメタリックグリーンの覆面に飛び乗った。この機捜一は殆ど隊長専用車となっている。
 機動性を考えて運転は霧島だ。庁舎前庭の広大な駐車場を縦断して大通りに出ると京哉がパトライトと緊急音を出した。
 霧島はアクセルを踏み込んで高速道のインターチェンジに向かった。

 貝崎市は白藤市の隣で海沿いになる。約十分で高速を降りバイパスを走って海岸通りに出た。この道は二人とも走り慣れている。たびたび世話になる霧島カンパニーの保養所があるからだ。左手に海を見ながらその保養所やマリーナも通り過ぎる。

「この先でしたよね、パチンコ店の遊来って」
「ああ。団地の住人を客に見込んだパチンコ屋だな」

 海岸通りから一本内陸側に入った。するともうパチンコ店は見えている。海際の荒れ地で地価が安かったためか潮風が吹く駐車場はかなり広かった。まだ開店前で客が殆どいないのも手伝い余計にだだっ広く見える。

 それでも何台かは一般車両が駐められていて、それらの真ん中に簡素なプレハブがあった。お約束の消費者金融のATMが設置された建屋だ。
 そのATM小屋の脇がブルーシートで目隠しされ周囲に緊急車両が二桁も駐まっていた。覆面を仲間入りさせて二人も降りる。

 捜査帽を被り、小豆色の地に黄色く『機捜』と縫い取りされた腕章を二人は付けた。指揮官である霧島の腕章には上下にも黄色い線が入っていた。その格好で張られた黄色いバリケードテープの規制線を跨ぐ。

 現場に出ると殆ど必ず最上級者となる霧島は皆から敬礼され、ラフに答礼してポケットから白手袋を出し嵌める。倣って手袋をしつつ京哉は時間を確かめた。

「九時二十一分、臨場と」

 ブルーシートを捲って二人が覗くと未だ作業の終わらない鑑識から『ここを通れ』とビニールを敷いた通路を示される。それを踏んでATM傍の死体を検分すると男の死体は紺のスーツ姿だった。

「このマル害、タイも締めてサラリーマンっぽいですね。渉外のふりして遊びとか」
「パチンコに来たとは限らん。呼び出されてられた可能性もある」
「時間的にも遊びには早すぎますか。ATMは目印に丁度いいですし」
「しかし眉間を撃たれてこの有様だ、身元割りは所持品に頼るしかないな」

 そこで県警捜査一課の三係長が溜息混じりに報告する。

「その頼りの所持品なんですがね。パチンコ台の席取りしに来た客に発見されたこの死体オロク、運転免許証だけでも三枚持っていまして。財布には万券が三十五枚、名刺は五十枚以上。おまけに社員証が四枚ですわ。どれひとつとして同じ名義がありません。全くどデカい大砲で頭をぶち抜かれるような何をやってたんだか」
「死亡推定時刻は?」
「死斑と硬直の出方からして約四時間前っちゅうとこらしいですわ」
「ふ……ん。そうか。鳴海巡査部長?」
「はい、分かっています」

 まだマル害の眉間を撃ち抜いたのが何かはっきりしていないが、拳銃弾なら余程の大口径弾で撃たれたと思しき状態だ。単純にライフルで狙撃されたと考えた方が納得できる。京哉はブルーシートから出て既に周囲を舐めるように見渡し始めていた。

 けれど少々遠いが海と反対側にはマンションが群を成して建っている。

「見通せる範囲内にマンションが五棟か。お前にも難問のようだな」
「ええ、残念ながら。五棟とも高台、屋上は勿論一階からでも外からでも狙撃可能です。それに死亡推定時刻は日の出と殆ど同時ですからそんな時間にマンション住人の目撃者も少ないでしょう」
「投げるにはまだ早いぞ、捜一と所轄の地取じどりに期待だ」

 機捜はあくまで覆面での機動力を求められるだけだ。地取りと呼ばれる現場周辺の聞き込みや、敷鑑しきかんと呼ばれるマル害の人間関係の捜査などは捜査一課や所轄署刑事課が担当する。
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