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第4話

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 その地下で右端の一室を見た途端にハイファが柳眉を逆立てる。

「ちょっとシド、また貴方の『巣』が荒れてきてるよ!」

 シドの巣とは、本人が引っ張ってくる以外は住人などいないのをいいことに単独時代にこさえた仮眠所であり、休憩所であり、趣味のプラモデル製作所だ。

 真夜中の大ストライクによる非常呼集をヴィンティス課長以下課員一同が恐れるが故に深夜番を免れているシドではあるが、信念の足での捜査は昼夜関係なく健在である。そんな自主的夜勤をしたときなどに自室に帰らずここに寝泊まりしていたのだ。

 今ではハイファがいるので殆ど泊まることもなくなったが巣は存続し、ストライクが重なりすぎて課長から外出禁止令を食らったときなどに不貞寝をしたり、プラモデル製作にいそしんだりしている。
 公私混同という向きもあるがここに篭もってさえいれば事件は持ち込まれないので、誰一人として咎め立てはしない。

 だがそのワイア格子を挟んだポリカーボネート張りの三メートル四方の部屋の床面が紙コップ・菓子の空き袋・飲料のボトルその他のガジェットで見えなくなりつつあった。硬い寝台上の毛布は乱れ、哀れ制服が丸められて枕になっている。

 以前はともかく自分と組むようになってから一日二十四時間殆ど行動を共にしているのに、何故この部屋がここまで汚染されるのかハイファは毎度の謎に首を捻った。

「まだ何も臭ってねぇから大丈夫だ」
「臭い始めてから『ホシ』探しを手伝わせないでよね」

 と、顔をしかめたハイファの左手首のリモータが発振し始める。

「げっ、久々のその発振パターンは――」
「別室だね。僕だけか、何だろ?」

 自分の左手首をシドは振ってみたが、ガンメタリックのリモータは沈黙している。

 このシドのリモータも惑星警察支給の官品に限りなく似せてはあるがそれよりかなり大型で、ハイファのシャンパンゴールドと色違いお揃いの、別室と惑星警察をデュアルシステムにした別室カスタムメイドリモータだ。

 これは別室からの強制プレゼント、ハイファと今のような仲になって間もない頃、深夜に寝込みを襲うようにして宅配されてきたブツだった。それを寝惚け頭で惑星警察のヴァージョン更新だと思い込み装着してしまったのである。

 勿論シドにこんなモノは無用の長物だ。

 だが別室リモータは一度装着し生体IDを読み込ませてしまうと自分で外すか他者から外されるに関わらず『別室員一名失探ロスト』と判定し別室戦術コンがビィビィ騒ぎ出すという話で、迂闊に外せなくなってしまったのだ。まさにハメられたという訳である。

 その代わりあらゆる機能が搭載され、例えば軍隊用語でMIA――ミッシング・イン・アクション――と呼ばれる任務中行方不明に陥った際には、部品ひとつひとつにまで埋め込まれたナノチップが発振し、テラ系有人惑星の上空に必ず上がっている軍事通信衛星MCSが感知して捜して貰いやすいなどという利点もある。

 おまけに手軽なハッキングツールやデータベースとしても使える優れものだ。だからといって何故刑事の自分がMIAの心配をせねばならないのか、さっぱりシドには分からないのである。

 分からないがシドは捨ててしまえばそこまでの、この別室カスタムメイドリモータを外さない。つまり危険な別室任務にハイファ独りを送り出すことなどできなくなってしまったのだ。惚れた弱みである。一生、一緒に何でも見ていくと誓ったのだ。

「で、何だって?」

 ハイファがリモータを操作する。小さな画面を二人で覗き込んだ。

【中央情報局発:エクル星系第三惑星マベラスにて反政府武装勢力指導者・ヤン=バルマー暗殺に従事せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉】

「ふうん、他星任務だって」
「感想はそれだけかよ?」
「付属資料とか前払い経費とか色々流れてきてるけど……昨日買い物したばっかり、冷蔵庫の中身、貴方一人じゃ腐らせそうでヤダなあ」
「そこじゃねぇよ、問題は。お前独りで行かせねぇからな」
「えっ、何で?」

 本気で不思議そうなハイファにシドはポーカーフェイスにも不機嫌を溜めて唸る。

「お前に暗殺命令ってことはスナイプだろ」
「そうなると思うけど、それがどうかしたの?」
「スナイパーだってバディで動くんだろうが」
「そりゃあね、スポッタと一緒に動くよ。あ、もしかして妬いてくれてる?」
「ふん。お前のバディは俺だ。他の誰かと組むなんて許さねぇからな」

 そう言うと切れ長の黒い目でハイファを黙らせシドは階段を駆け上った。

「俺も出張ですからね!」

 デカ部屋に戻るなり、シドはヴィンティス課長に一方的に宣言する。

 別室の何処から何処まで知っているのか良く分からない課長は結構な鬼畜だった。管内の事件発生率をウナギ登りにする部下を何処でもいいからよそに押し付け喜んで送り出すのである。だが今回は珍しい自己申請にブルーアイを瞬かせた。

 多機能デスクに腕を突っ張り、やや声のトーンを落としたシドは課長に念を押す。

「『出張』の理由はご存じですね?」
「ふむ。自分でもぎ取ってくるんだな。くれぐれも惑星警察の名を貶めぬように」
「じゃあ課長はOK、と」
「構わんとも。だが言わずもがなだが、せめて制服くらいは着て行きたまえよ」
「だから巣で枕にするの、やめればいいのに」

 横から口を出したハイファは柳眉をひそめていた。

「でも貴方、本気なの?」

 既にシドはデカ部屋入り口脇のデジタルボードに歩み寄り、自分の名前の欄にハイファと同じく『出張』と入力している。
 期間は空欄だ。

「冗談言ってるように見えるか?」
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