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第41話(最終話)

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 不幸中の幸い、ここは病院だ。すぐにシドは自走ストレッチャに乗せられて五階の救急救命に逆戻りした。馴染みの医師と看護師は呆れながらも機能し始める。

「大丈夫よ、ハイファス」
「そうよ、このくらいで死なせやしないから」

 看護師たちに宥められながらシドの検査結果を待った。

 結局シドは超至近距離からの被弾で左第四、第五と右第五肋骨を骨折、更に右肩胛骨を骨折していた。出血は舌を噛んだのと傷ついた左肺からのものだった。

 そのまま手術室に直行、その間にハイファは七分署から同報でやってきた同輩たちと実況見分に立ち会う。そしてマル被のリモータ解析でヒットマンがグリーズ星系のケドラルファミリーの鉄砲玉だと判明した。フランク=ケドラルの件といい、幾らでも恨みは買っているので理由はどれだか不明だ。

 ともかくシドは五日間の再生槽入りが決定、ハイファはまた官舎のシドの部屋と病院との往復で日々を過ごすことになった。

◇◇◇◇

「ったくもう。あーたは僕にリフレッシャすら浴びさせない気ですか?」
「仕方ねぇだろ、煙草が切れて……」
「シドっ! それ以上言うと退院してもヤラせませんからね!」

 いつものやり取りをしながら再生槽入り四日目にして自力で再生槽から這い出て医療スタッフを呆れさせた男は焦って若草色の瞳を窺う。ハイファは鉄壁の無表情だ。

「なあ、ハイファ……嘘だろ、おい?」
「嘘じゃありません。あと二日は大人しく入院して貰います」
「……ハイ」

 無表情のままハイファは病院沿いのファイバの歩道をゆっくりと歩く。途中のオートドリンカで保冷ボトルのアイスティーを買い、またシドに合わせてゆっくり病室に戻った。
 煙草を仕入れてきたシドではあるが、ここで喫煙ルームに遠征するほど空気が読めない訳ではないので大人しく患者服に着替えてベッドに腰掛ける。

 そしてまたハイファを窺った。

 真剣な切れ長の目に負けその肩からハイファは対衝撃ジャケットを掛けてやった。

「ん、すまん」
「ったく。……あ、ところで僕らを襲ったケドラルファミリーの鉄砲玉だけど」
「そいつがどうかしたか?」
「貴方がお散歩してる間にマイヤー警部補と別室から発振がきたんだよ」
「へえ、もう肩に二発の奴は再生槽から出て聴取可能か。それで?」

「本物のドン・ライナルトとソフィーヤの乗ったBELに細工したのも、ケドラルファミリーだって吐いたらしいよ。『連続議員殺傷の責を負って内閣総辞職』を事前に嗅ぎ取って、一番の政敵になりうるライナルト=ドラレスを殺ったんだってサ」
「そうか、そいつは気の毒だったな」
「そうだね。ミーアがレイバーンとアレなことだけが救いかな」

 言いつつハイファはアイスティーを開封して口を付ける。全く、リフレッシャを浴びて出てみれば極悪患者は逃走していて、水分を摂るヒマもなかったのだ。
 それを見て何気なくシドもポケットに入れっ放しだった茶色い瓶の怪しい栄養ドリンクを取り出して一気飲みする。二本目を出して再び飲みながら、ハイファの話の続きを聞いた。

「――んで、別室からの任務関連事項報告書に依れば違法麻薬ガザルは解除薬の不備を懸念して、医療用に関してもテラ連邦議会が厚生局から査察を入れることに決まったし、グリーズ星系では既にマフィアファミリーの枠を超えて野党結成の兆しが見え始めてるって」

「そうなると裏に回って暗殺っつー奴らもいなくなるってことだよな」
「今のところはシドのストーリー通りに動いてるよ」
「俺のストーリーっていうより、別室長ユアン=ガードナーの思惑通りだろ」
「えっ、何で?」

 訊き返したハイファをシドは睨みつける。

「例によって裏命令……違うのか?」

 睨まれて僅かに目を逸らそうとしたハイファだが、切れ長の目がそれを許さない。
 過去の任務でもたびたびあった、主任務を遂行することで達成される『もうひとつのテラの利』が。それはときに全てが終わってみなければ分からない、いや、終わってなおシドたちには告げられない場合もあるのだ。それによって二人は一喜一憂させられてきたのである。

「あの状況下で俺の思考をトレースして上手く嵌めた。そうじゃねぇのかよ?」
「さあ、どうなのかなあ?」
「誤魔化すんじゃねぇよ。別室戦術・戦略コンなら、あの状況下で俺たちが取る行動を予測可能な筈だ。それで別室長の野郎は俺たちをドラレスに放り込んだ……そういうことだろうが」

「うーん、敵わないなあ」
「ふん。バディの俺にまで気付かねぇフリしやがって。この落とし前はキッチリつけて貰うからな」

 ふいに立ち上がったシドに抱き上げられ、ベッドに放り出されてハイファは逃れようと暴れる。それでも経験に裏打ちされた技を前にソフトスーツの上着を脱がされ、ドレスシャツのボタンを全て外されるまで幾らも掛からなかった。

「んっ、シド……だめ、まだ消灯前なんだから……やだ、ああん!」

 前をはだけられ組み敷かれて肩口に顔を埋められる。鎖骨から首筋までを舐め上げられてきつく吸われハイファは、いつしか抵抗を忘れてシドの黒髪をかき乱している。

 と、そのとき室内の音声素子が震えた。

《ミーア=ドラレスだけど、開けて貰えるかしら?》

 二人は顔を見合わせ、ハイファは慌てて身繕いした。
 中からのリモータ操作でオートドアを開けると入ってきたのは、紛れもなくミーアとレイバーン他、護衛の手下が四名だった。見舞いの大きなフルーツカゴを手下が抱えている。

「お兄様、じゃなくてシド、お加減はいかが?」
「上々だが、こんな遠くにまで見舞いか?」
「それもあるけれど、シド、貴方って忘れてない?」
「何をだ?」
「あたしの誕生日に『特別なプレゼント』をくれるって言ったじゃない」

 軽く頬を膨らませたミーアにシドは本気で忘れていたのを思い出した。というよりも、自分と結婚する宣言をしたミーアがレイバーンに惚れて子供を作ったことで、自分はもうお役ご免だと思い込んでいたのである。

「プレゼントはもうレイバーンから貰ったんじゃねぇのか?」
「あら、あたしは『シドと結婚する宣言』を撤回したつもりはないわよ」
「……」

 傍のハイファだけでなく、レイバーンの鋭い目までが剣呑な光を帯びるのを察知して、シドは黙って対衝撃ジャケットのポケットを探った。そして握りこぶしをミーアに差し出す。

 両手でそれを受け取ったミーアは怪訝な顔をした。それはミーアにとっては見慣れたもの、ドラレスの宮殿の外に生えていたネムノキの種だったのだ。
 マメ科らしくカサカサに乾いたサヤの中に幾つかの種が収まっている。

「これが『特別なプレゼント』なの?」
「ああ。そいつを植えて赤いタワシみてぇな花が咲いたら、もっぺん俺の所にこい。そうしたら結婚を考えてやってもいい。どうだ?」
「本当に、本当に花が咲いたら……?」

 頷いてやるとミーアはそれこそ花が咲いたように笑った。そしてハイファから既に聞いたような世間話をすると本星観光をしてから帰ると言って手を振り出て行った。

 出て行き際にレイバーンがシドに含みのある視線を投げ、今もまたハイファが温度のない視線を寄越していたが、シドは気付かぬフリで先程の続きをしようとハイファを抱き上げる。

「やだ、やめてよ……離してよ、変態!」
「変態はねぇだろ。いいじゃねぇか、ネムノキは植えてから十年経たねぇと花が咲かないっつったのはお前だぜ? 十年も経てばブラコンも醒めるだろうし、レイバーンだって……」
「違うっ!」
「何が違うんだよ?」

「あのねえ、ネムノキったって色々種類があるの。確かに僕は花が咲くまで『普通は十年』って言ったけど、一才ネムっていう種類ならテラ標準歴で二、三年もあれば花が咲いちゃうんだよ。十五歳のミーアに迫られたらどうするのサ!」
「って……マジかよ?」

 ベッドにすとんと腰を落とし呆然とするシドを睨んだのち、ハイファは苦笑する。

「良く知りもしないのに気障キザなことをするから、もう」
「気障な真似をしたつもりはねぇよ、本当に十年だと思ってだな……」
「そもそも、あと二日の退院も待てない人が、他人を十年待たせようっていうのが間違いだって言ってるの」

 そう言った途端に天井のライトパネルが常夜灯モードに変わる。消灯だ。
 そっとハイファは跪くとシドの脚を開かせて躰の中心に触れ、下着を押し下げる。そこはもうハイファを欲しがって太い茎まで蜜で濡れそぼっていた。

「あんな怪しいドリンク剤を二本も飲むからだよ」
「違うって……俺は本当にお前が欲しくて、あ、うっく――」

 そこでふいにハイファが顔を上げた。

「ネムノキの花言葉、知らないよね?」
「あっふ……何て、言うんだ?」
「『この手を伸ばせば』。絶対ミーアなんかに伸ばさせないんだから!」

 そうしてハイファはシドを深く深く咥え込んで、低く甘く呻かせる――。


                           了
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