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第40話

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「幾らシミュニッション弾ったって、ヘッドショットはねぇだろ!」
「だって、そのまま助かっちゃったら意味がないじゃない。心臓を吹き飛ばされたって処置さえ早ければ助かるのが現代医療なんだから」
「そりゃあそうだけどさ……ったく、痛てて」

 シミュニッション弾とは訓練用の、いわゆるペイント弾である。当たればインクが飛び出し被弾を知らせるもので、普通は銃の部品をコンバージョンパーツと入れ替えて撃ち出す。ハイファは基地でそういった準備をしてきたのだ。

 だがペイント弾とはいえ当たればそれなりに痛い。特に今回ハイファは約千五百メートル離れたビルからシドを狙撃したのだ。
 窓をぶち破る際にインクが飛び出さないよう、特殊なプラスチック製タンデム弾頭を仕込んだ弾薬を使用したのである。一段目で窓を破り二段目が被弾……それでもプラスチック、痛くて当然だ。

 二人はソフィーヤの部屋で話していた。一応、キィロックコードもハイファが変更して、誰も入れないようにしてある。せっかく選挙に勝って首相の座を射止めたのに台無しにしたシドとハイファを、誰が跳ね上がって害するか分からないからだ。

 あれからたった一日経つがメディアは昨日からまだ大騒ぎの渦中にある。

「ここのみんなは、それでも意外と落ち着いてたよね」
「それで助かったけどな。病院から棺桶に詰められて運ばれる時はヒヤヒヤしたが」
「あとはどれだけ議会での『ライナルト=ドラレスの遺言』が実行されるかだね」
「そいつはここの星系民の気概とマフィアのなけなしの良心に掛かってる」

「ガザルの根絶はともかく三つのファミリーの連立政権が樹立されれば、もうバックに回って暗殺するふたつのファミリーもなくなる……かなあ?」
「そうなればいいけどな。それよりソフィーヤ、今度はお前だぜ?」
「ソフィーヤはドン・ライナルトのあとを追うようにして病死だもんね」

 何気なくリモータを見ると二十時、食事の時間だった。二人は互いの執銃を確かめ、神経を張り詰めてソフィーヤの部屋を出た。ドン・ライナルトの部屋も選挙戦の残骸は既に片付けられていて綺麗なものである。

 廊下に出ると一階まで階段で下りた。食堂に入るとミーアは既に席に着いており、いつ病院から出てきたものか、オニールを始め舎弟頭や顧問に手下らまでがずらりと並んでいた。
 硬い雰囲気の中、シドたちを認めると皆が一斉に頭を下げる。

「何だ、どうしたってんだよ?」

 訊きつつもシドは警戒を解かない。殆ど背中合わせに立ったハイファも同様だ。
 だがオニールが発したのは意外にも穏やかな言葉だった。

「若、姐さん。いい夢を見させて貰ったと皆で感謝しておりやす」

 その科白に嘘が欠片も含まれていないのを聞き取りシドとハイファは息をつく。

「そうか。なら俺たちもここまできた甲斐があったってもんだぜ」
「約束通りのガザルの流通ルートに関しては、こいつに収めてありますんで」

 と、MB一個が差し出されシドはそれをリモータに仕舞った。

「じゃあさ、せっかく集まったんだし、みんなでメシ食わねぇか?」
「ご一緒させて頂けるなら、是非」

 長机が増やされ、手下たちに混ざってシドとハイファにミーアも手伝い、全員の食事が急遽準備される。いきなりの提案だったためにメニューはまるで炊き出しのようなオニギリとミソスープに変更されたが、誰も文句は言わない。
 末席にはジョルジュや厨房員たちも連なり、オニギリにかぶりついた。シドはここにきて以来、一番旨い食事を堪能した。

「ソフィーヤ様の『病死』に関しては、あっしらが手筈を整えますんで」
「そっか。じゃあ本当に僕らはお役ご免だね」
「へい。これで本当のドンと姐さんの葬儀を出してやれます……うううっ!」

 男たちはミソスープを啜りながら涙し、洟を垂らして鮭オニギリを噛み締めた。

◇◇◇◇

 テラ本星に帰ったその日のうちにシドは友人で麻取のカミーユ=サトクリフにオニールから渡されたMBを預けた。中身も勿論確認したがアリアスファミリーからロニアマフィアのビューラーファミリー経由で違法麻薬ガザルは他星系に流されていた。

 MBには取引方法や場所に日時などまで詳細なデータが書き込まれていて、カミーユは驚くと同時にシドたちの『情報屋から手に入れた』という言葉を疑ったようだった。だが早くデータを元に動きたくなったらしく、入手経路についての突っ込みはせず急いで去っていった。

 そして帰りのタクシーの中でハイファが高らかに宣言する。

「さあて、貴方の病院の時間ですよー」
「何で俺が病院なんだよ?」
「胸の骨折。もう治ったなんて言わせないからね」

「胸より誰かに撃たれた頭が痛いぜ」
「なら頭も診て貰って。それともマルチェロ=サド先生に脳ミソ水洗いして貰う?」
「……病院でいい」

 お世話になりに行ったのはお馴染み七分署管内のセントラル・リドリー病院だ。

 銃撃戦のあとに手術はしてあったが、診察の結果三日間再生槽入りか一週間の部分点滴かの選択を迫られ、仕方なくシドは後者の通院を選んだ。

 簡易スキャンで頭には異常なしと診断されてこちらは一安心だ。あとは看護師らに上衣を引っぺがされて胸に点滴を受け、シミュニッション弾での打撲の痕には消炎スプレーをイヤというほど吹きつけられて今日のところは釈放パイとなる。

「明日も通院、明後日も通院~♪」

 歌うハイファとむっつりしたシドは五階の救急救命室から出てエレベーターで一階へ。一度も停まらずに着いた一階でエレベーターの扉が開いた瞬間、シドはハイファの前に出た。

 轟音と共にシドは吹っ飛ばされてハイファにぶつかる。ぶつかりながらもハンドガンをこちらに向ける男に対してレールガンを抜いた。フレシェット弾が男の右肩に、ハイファの放った九ミリパラが左肩に当たって男も仰向けに吹っ飛ぶ。

 だがその背後にいたもう一人の男が手にしていたのは何とサブマシンガン、遅くとも毎分四百発、速ければ毎分千五百発という発射速度で四十五口径弾が二人を襲う。二連射がシドの腕から胸を通過。シドは躰を捻ってハイファを抱くように庇う。その背にも一連射が着弾。

 周囲には患者や見舞客が溢れている、こんな所で銃撃戦はできない。

 判断は一瞬、ハイファはシドの肩越しにテミスコピーを発砲。フルメタルジャケット九ミリパラベラムはサブマシンガン男の頭を割れた西瓜以下に変えていた。

 即、七分署にリモータ発振しつつ、エレベーター内で倒れたシドに縋り付く。

「シド……シドっ!」

 幾ら呼んでも目を開けないシドは口から大量の血を溢れさせていた。顔色は真っ白で整いすぎるほど端正な造作も手伝って、よくできた人形のようにも見える。
 しかしまるで動かないシドにハイファは指先から血の気が引いて行くのを感じた。
 軽い眩暈で自分が貧血を起こしかけているのを自覚する。

 そんな場合ではないのは分かっているのだが……。
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