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第34話
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イヴェントストライカなる特異体質故に、たびたび悲惨な事件にもぶち当たってしまうシドは、いつも『間に合いたい』という思いで日々歩いている。
だが哀しいかな刑事という仕事は『間に合わない』のが普通だ。そういったものの積み重なりに押し潰されてしまわないよう、シドは自分に出来る限りのことをする。
だから結果が哀しいものであっても後悔せず、ベストを尽くした自分を恥じない。
今回も自分に出来る限りのことをする、それだけなのだとハイファは理解していた。しかし引き留めるのも自分の仕事だとハイファは思い、口にする。
「でも言っちゃうけど、今の貴方にガザル合法化は止められないんじゃないかな?」
「分かってるが、せめて他星系への流通ルートだけでも知りたい。そいつが割れたらこのグリーズ星系の麻取も動くだろ。ここでは合法化しても他星では立派な違法モンなんだからさ」
「確かに麻取は惑星警察よりも他星系同士の横の繋がりが太いしね」
「本星でもガザルを食っての犯罪が増加の一途だ。何とかしねぇと」
そこでグラスワインに前菜、スープとパンが出されてシドは煙草を消す。二人は思考から捜査を追い出して純粋に料理を味わうことにした。
「あ、このスープ美味しい。野菜の漉し方が絶妙だよ」
スープをさっさと飲んだシドはサラダに掛かっているドレッシングの酸っぱいニオイで鼻にシワを寄せたがハイファの監督の許、仕方なくモサモサと食してワインで口直しだ。
鉄板で焼かれた肉もひとくちサイズに切られてサーヴィスされる。レアを指定した上質な肉はかなりの美味しさだった。シドの食べっぷりを微笑んで眺めつつハイファはソースのレシピを推定しながら優雅に食す。デザートの桃のシャーベッドまで味わい、コーヒー&煙草タイムになると満腹感からかシドは大欠伸だ。
「この宙港ホテルに泊まる? それとも星系首都ルムランが傍だから行く?」
「そうだな、ルムランに行ってみるか。街の様子も分かるしな」
クレジット精算して店外に出るとエアコンが利きすぎて寒いくらいだった。
「シド、貴方傷は痛まない?」
「全然。お前こそ寒いだろ」
エレベーターを探しながらハイファはシドの手の温かさを腰に感じていた。一階直通エレベーターの中でソフトキス。エントランスから出ると却って生温かく感じられる風が吹く中、無人コイルタクシーが数台駐まっているのを発見し、先頭の一台に乗り込んだ。
ルムランの都市を流すようペン型デバイスでモニタパネルに指示すると、タクシーは身を浮かせて走り出す。ここからもう片側三車線の大通り、前方はボウッと燐光を放つような大都市だった。夜の日だが時間的に真昼の今はコイルもファイバの歩道を往く人々も多い。
「すっげぇ、本星セントラルの官庁街に匹敵するな」
「アレじゃない、後発惑星が本星セントラルを模して開発したっていう」
喋りながらもハイファはタクシーからマップを頂戴していた。こういうものにはマフィアが仕切る歓楽街情報なども詳しく載っているので見逃せないのだ。
「ホテルは何処だ?」
「色々だけど、ビジネスホテルでもいい?」
「リフレッシャが浴びられて、寝られれば何処でも構わねぇよ」
ということでハイファがタクシーを着けたのは、ビジネスホテルチェーンとしてはテラ連邦内でも名の売れた、コンスタンスホテルだった。降りるとエントランスのリモータチェッカをクリアして足を踏み入れフロントでハイファが口を利く。
「ダブル一室、喫煙でお願いします」
いい加減に慣れてもいいと思うが、ダブルという言葉にシドは照れてしまうのだ。
「二十八階、二八〇五号室になります。キィロックコードをお流し致します」
リモータにキィコードを流して貰い、料金は前払いで取り敢えず一日分を支払った。明日十二時がチェックアウトで時間になれば勝手にキィコードが消滅する仕組みだ。
エレベーターで上がり入った二八〇五号室はスタンダードなビジネスホテルのダブルの部屋だった。ダブルベッドにクローゼット、端末付きデスクにチェアがあるだけだ。
手前のドアが洗面所に小容量のダートレス、あとはバスルームとトイレだった。フリースペースは殆どないが飲料ディスペンサー付きは少しサーヴィスがいい。
「で、何をすればいいのかな」
「まずはお前のハッキングに期待する」
「何処で何を拾えばいいのサ?」
「合法化する法案があったんだ。ガザルや解除薬を作る工場とか、扱う合法ドラッグ店の共通点とか色々あるだろ。何でもいいから片端から調べてくれ」
「はいはい、分かりました。じゃあ貴方は先にリフレッシャ浴びてきていいよ」
ジャケットを脱いで執銃を解くと、ハイファはデスク付属のチェアに腰掛けて端末を起動した。別室カスタムメイドリモータからリードを引き出して端末に繋ぎ、ホロキィボードを叩いてホロディスプレイを見つめる。
デフォルトはホテルのインフォメーションページ、そこからコンテンツの管理権限者を装って上階層へと上ってゆく。
ホテルの管理コンからインフラの管理コンへ、ルムランの都市の管理コンから下って惑星警察の捜査戦術コンへと侵入を果たすまで十分と掛からなかった。
「さすがの手並みだな」
「ふふん。……あ、それとも傷が痛むならリフレッシャは一緒に浴びる?」
「いや、一人で大丈夫だ」
だが哀しいかな刑事という仕事は『間に合わない』のが普通だ。そういったものの積み重なりに押し潰されてしまわないよう、シドは自分に出来る限りのことをする。
だから結果が哀しいものであっても後悔せず、ベストを尽くした自分を恥じない。
今回も自分に出来る限りのことをする、それだけなのだとハイファは理解していた。しかし引き留めるのも自分の仕事だとハイファは思い、口にする。
「でも言っちゃうけど、今の貴方にガザル合法化は止められないんじゃないかな?」
「分かってるが、せめて他星系への流通ルートだけでも知りたい。そいつが割れたらこのグリーズ星系の麻取も動くだろ。ここでは合法化しても他星では立派な違法モンなんだからさ」
「確かに麻取は惑星警察よりも他星系同士の横の繋がりが太いしね」
「本星でもガザルを食っての犯罪が増加の一途だ。何とかしねぇと」
そこでグラスワインに前菜、スープとパンが出されてシドは煙草を消す。二人は思考から捜査を追い出して純粋に料理を味わうことにした。
「あ、このスープ美味しい。野菜の漉し方が絶妙だよ」
スープをさっさと飲んだシドはサラダに掛かっているドレッシングの酸っぱいニオイで鼻にシワを寄せたがハイファの監督の許、仕方なくモサモサと食してワインで口直しだ。
鉄板で焼かれた肉もひとくちサイズに切られてサーヴィスされる。レアを指定した上質な肉はかなりの美味しさだった。シドの食べっぷりを微笑んで眺めつつハイファはソースのレシピを推定しながら優雅に食す。デザートの桃のシャーベッドまで味わい、コーヒー&煙草タイムになると満腹感からかシドは大欠伸だ。
「この宙港ホテルに泊まる? それとも星系首都ルムランが傍だから行く?」
「そうだな、ルムランに行ってみるか。街の様子も分かるしな」
クレジット精算して店外に出るとエアコンが利きすぎて寒いくらいだった。
「シド、貴方傷は痛まない?」
「全然。お前こそ寒いだろ」
エレベーターを探しながらハイファはシドの手の温かさを腰に感じていた。一階直通エレベーターの中でソフトキス。エントランスから出ると却って生温かく感じられる風が吹く中、無人コイルタクシーが数台駐まっているのを発見し、先頭の一台に乗り込んだ。
ルムランの都市を流すようペン型デバイスでモニタパネルに指示すると、タクシーは身を浮かせて走り出す。ここからもう片側三車線の大通り、前方はボウッと燐光を放つような大都市だった。夜の日だが時間的に真昼の今はコイルもファイバの歩道を往く人々も多い。
「すっげぇ、本星セントラルの官庁街に匹敵するな」
「アレじゃない、後発惑星が本星セントラルを模して開発したっていう」
喋りながらもハイファはタクシーからマップを頂戴していた。こういうものにはマフィアが仕切る歓楽街情報なども詳しく載っているので見逃せないのだ。
「ホテルは何処だ?」
「色々だけど、ビジネスホテルでもいい?」
「リフレッシャが浴びられて、寝られれば何処でも構わねぇよ」
ということでハイファがタクシーを着けたのは、ビジネスホテルチェーンとしてはテラ連邦内でも名の売れた、コンスタンスホテルだった。降りるとエントランスのリモータチェッカをクリアして足を踏み入れフロントでハイファが口を利く。
「ダブル一室、喫煙でお願いします」
いい加減に慣れてもいいと思うが、ダブルという言葉にシドは照れてしまうのだ。
「二十八階、二八〇五号室になります。キィロックコードをお流し致します」
リモータにキィコードを流して貰い、料金は前払いで取り敢えず一日分を支払った。明日十二時がチェックアウトで時間になれば勝手にキィコードが消滅する仕組みだ。
エレベーターで上がり入った二八〇五号室はスタンダードなビジネスホテルのダブルの部屋だった。ダブルベッドにクローゼット、端末付きデスクにチェアがあるだけだ。
手前のドアが洗面所に小容量のダートレス、あとはバスルームとトイレだった。フリースペースは殆どないが飲料ディスペンサー付きは少しサーヴィスがいい。
「で、何をすればいいのかな」
「まずはお前のハッキングに期待する」
「何処で何を拾えばいいのサ?」
「合法化する法案があったんだ。ガザルや解除薬を作る工場とか、扱う合法ドラッグ店の共通点とか色々あるだろ。何でもいいから片端から調べてくれ」
「はいはい、分かりました。じゃあ貴方は先にリフレッシャ浴びてきていいよ」
ジャケットを脱いで執銃を解くと、ハイファはデスク付属のチェアに腰掛けて端末を起動した。別室カスタムメイドリモータからリードを引き出して端末に繋ぎ、ホロキィボードを叩いてホロディスプレイを見つめる。
デフォルトはホテルのインフォメーションページ、そこからコンテンツの管理権限者を装って上階層へと上ってゆく。
ホテルの管理コンからインフラの管理コンへ、ルムランの都市の管理コンから下って惑星警察の捜査戦術コンへと侵入を果たすまで十分と掛からなかった。
「さすがの手並みだな」
「ふふん。……あ、それとも傷が痛むならリフレッシャは一緒に浴びる?」
「いや、一人で大丈夫だ」
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