この手を伸ばせば~楽園18~

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
33 / 41

第33話

しおりを挟む
「自分から銃撃戦に飛び込んでいくなんて、信じられない!」
「結局、掠り傷で済んだんだ。もう愚痴るんじゃねぇよ」
「何処が掠り傷、また二連射食らって血を吐いたのは誰ですかっ!」
「んあ、俺か?」

 二人は宙港メインビル内にある医務室にいた。シドは診察台に横になったまま、胸と腕とにチューブを繋がれて点滴の刑である。まだ治っていなかった肋骨二本骨折を局所麻酔だけで内視鏡下穿孔手術し、繋ぎ直したばかりなのだ。

 他にはレイバーンと駆け付けた手下七名があちこちの弾傷を診て貰っている。ここ第五惑星ヤーンにある公共施設はドラレスの息が掛かったも同然で、この宙港医務室のスタッフも余計な詮索や通報などせず、黙って丁寧に処置をしてくれた。

 ここにいないオニール以下二十名の手下たちは都市内の病院に担ぎ込まれて殆どが三日間の再生槽入りということだった。

 つまりは起きてみれば既に選挙戦は終わっているということでもある。

 点滴が終わるとシドはまた胸にギプス包帯をキッチリ巻かれて固められた。それで治療は一応終わり、ハイファは手を貸して甲斐甲斐しく服を着せる。二人はドン・ライナルトとソフィーヤとして医療スタッフに礼を言い、手下八名を引き連れてドラレス専用艦に戻った。

 日付が変わって三時間が経ってもミーアは起きて待っていた。そして戻ったメンバーの中にレイバーンを見つけると抱きついて、ダークスーツに染みを幾つも作ったのだった。

「ブラコンは卒業したのかな?」
「さあな。何にしろ、こっちとしちゃ有難い限りだ」
「パーティーで命を張って護られて、惚れちゃったってことかあ」
「それでも十三歳は犯罪レヴェルだぞ」
「じゃあシドはレイバーンがミーアと子供を作らない方に賭ける?」

「いや。今のミーアが誰かと子供を作るなら、もうレイバーン以外にいねぇだろ」
「だよね。レイバーンは複雑だろうけど」
「けど、ああ見えて情もある。愛だ恋だは関係なくても、レイバーンの野郎は立派に親父としての責任は果たすだろうぜ」

 二人が小声で喋っている間、レイバーンはミーアの髪をずっと撫でてやっていた。

 やがてミーアが落ち着きを取り戻し、シドとハイファにレイバーンだけを残して手下たちをサロンから追い出すと、おもむろにレイバーンがシドに向かって手を差し出した。見ればその掌にはシドのオイルライターが載っている。クラブでウォッカ漬けの刺客に投げたものだ。

 礼を言って受け取ると、目を赤くしたミーアが言った。

「逃げる手助けはしてあげたいけれど、あたしのキィコードでは第三惑星ヨニルか第四惑星メルズに送ってあげるのが精一杯なの。それでもいいかしら?」

 選挙戦に意欲を燃やす連中が再生槽入りの間に逃げ出そうという魂胆だった。

「構わねぇよ。だができるなら第三惑星ヨニルに送ってくれ」
「分かったわ。航行は三十分、間にショートワープ一回よ」

 ワープと聞いてハイファは怪我をしたばかりのシドをじっと見たが、シドは気付かぬフリでミーアから渡されたワープ薬をポイと口に放り込み嚥下した。
 二十分後に出航、星系首都も置かれているヨニルに宙艦は難なく到着する。

 ミーアたちに礼を言って二人がエアロックから出ると外は夜だった。
 宙港メインビルに向かうため専用コイルに乗り込みハイファがリモータ操作する。

「ヨニルの自転周期は四十五時間十八分二十六秒。それを半分にして約二十二時間半を一日として人々は暮らしてるんだってサ」
「夜の日と昼の日がある訳だな。今は夜の日の十時か。それにしても腹減ったな」
「あーたは怪我しても休養より栄養派だもんね」

 それでも顔色の悪い愛し人が心配でハイファはコイルの中で手を握り続けた。
 一方のシドは窓外の光景を眺めている。

 さすがに推す議員を首相として歴任させてきたというべきか、アリアスファミリーの仕切る星の宙港メインビルは非常に立派だった。見上げると首が痛くなりそうなビルが二本も建っていてスカイチューブで強固に繋がれている。

 やがてコイルはビルのロータリーに滑り込んで停止し接地した。
 星系間移動なので面倒な通関もない。二人はビル内に入るとまずはロビーに幾つもあるインフォメーション端末のブースでマップをダウンロードする。

 次は食事の前に買い物である。シドもハイファも変装しないと危ない。今の二人はグリーズ星系内で一番の注目株たる人物なのだ。

 幸い宙港ビル内には様々な店舗の入ったショッピングモールがあった。その中のドラッグストアでヘアマニキュアと目薬型のカラーコンタクトを二人分購入し、レストルームに籠もって互いに髪を染める。
 服や肌についても染まらない優れものを互いに頭に振りかけ、ハイファは黒髪、シドは金髪という普段と逆の色にした。これは約五十時間持続するという。

 カラコンは二人ともブルーだ。これで随分と印象が変わった筈だった。
 化粧を落としたハイファは元のソフトスーツに着替えてホッとする。

 それから食事のできる場所探しだ。二本のビル内にはショッピングモールの他にホテルやシネコンにカジノまで揃っていて、勿論レストランも無数にあり却って迷った末に蛋白質とカルシウムを積極的に摂らせようとハイファが選んだのはステーキハウスだった。
 入店すると黒服のギャルソンが丁寧にお辞儀した。

「お二人様ですね」
「はい。できれば喫煙席でお願いします」
「承知致しました。ではこちらへ」

 案内されたのはシェフが腕を振るうのが見られる、鉄板を目前にしたカウンター席だった。オーダーを済ませて早速煙草を咥えながらシドは数え上げる。

「オニールとの約束も反故、ガザルの流通ルートは独自に探らなきゃな」
「ふうん、そのために怪我を押してまでヨニルにきたんだ。偉いねー」
「ンな言い方するなよな。とにかくこのグリーズ星系でのガザルの合法化を食い止めねぇと、幾ら解除薬とセットでもあれに関しちゃ無謀すぎる」

「貴方、厚生局の麻取まとりでもないのに勤勉すぎない?」
「勤勉なんかじゃねぇよ。単に見過ごすのが嫌なだけだ」
「それを勤勉って言うんじゃないの? 他星系の内情にまで首突っ込んでサ」

「ラストAD世紀の宇宙時代になって三十世紀だ。他星系には他星系のやり方があって、俺にはどうにもならねぇことばかりっていうのも分かってる。だがそいつで人生ボロボロにする奴がいるのも、罪のねぇ奴がそいつに害されるのも俺は自分の目の前でだけは嫌なんだ」

「それは分からないでもないけど」
「俺は、俺にできることならやりたい。もう少しだけ付き合ってくれねぇか?」

 浮かない顔で、それでもハイファは頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜

西浦夕緋
キャラ文芸
【和風BL】【累計2万4千PV超】15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。 彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。 亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。 罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、 そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。 「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」 李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。 「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」 李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

海の見える家で……

梨香
キャラ文芸
祖母の突然の死で十五歳まで暮らした港町へ帰った智章は見知らぬ女子高校生と出会う。祖母の死とその女の子は何か関係があるのか? 祖母の死が切っ掛けになり、智章の特殊能力、実父、義理の父、そして奔放な母との関係などが浮き彫りになっていく。

先輩はときどきカワウソになる!?

渋川宙
キャラ文芸
リケジョの椎名美織は、憧れの先輩・占部史晴がカワウソに変化するところを目撃してしまった。 それは謎の呪いが原因で、しかも魔法使いが絡んでいるのだとか!?が、史晴はひょっとしたら科学の力で何とかなるかもと奮闘しているという。 秘密を知ってしまった以上は手伝うしかない!美織は憧れの先輩をカワウソ姿から救えるのか?!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...