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第33話
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「自分から銃撃戦に飛び込んでいくなんて、信じられない!」
「結局、掠り傷で済んだんだ。もう愚痴るんじゃねぇよ」
「何処が掠り傷、また二連射食らって血を吐いたのは誰ですかっ!」
「んあ、俺か?」
二人は宙港メインビル内にある医務室にいた。シドは診察台に横になったまま、胸と腕とにチューブを繋がれて点滴の刑である。まだ治っていなかった肋骨二本骨折を局所麻酔だけで内視鏡下穿孔手術し、繋ぎ直したばかりなのだ。
他にはレイバーンと駆け付けた手下七名があちこちの弾傷を診て貰っている。ここ第五惑星ヤーンにある公共施設はドラレスの息が掛かったも同然で、この宙港医務室のスタッフも余計な詮索や通報などせず、黙って丁寧に処置をしてくれた。
ここにいないオニール以下二十名の手下たちは都市内の病院に担ぎ込まれて殆どが三日間の再生槽入りということだった。
つまりは起きてみれば既に選挙戦は終わっているということでもある。
点滴が終わるとシドはまた胸にギプス包帯をキッチリ巻かれて固められた。それで治療は一応終わり、ハイファは手を貸して甲斐甲斐しく服を着せる。二人はドン・ライナルトとソフィーヤとして医療スタッフに礼を言い、手下八名を引き連れてドラレス専用艦に戻った。
日付が変わって三時間が経ってもミーアは起きて待っていた。そして戻ったメンバーの中にレイバーンを見つけると抱きついて、ダークスーツに染みを幾つも作ったのだった。
「ブラコンは卒業したのかな?」
「さあな。何にしろ、こっちとしちゃ有難い限りだ」
「パーティーで命を張って護られて、惚れちゃったってことかあ」
「それでも十三歳は犯罪レヴェルだぞ」
「じゃあシドはレイバーンがミーアと子供を作らない方に賭ける?」
「いや。今のミーアが誰かと子供を作るなら、もうレイバーン以外にいねぇだろ」
「だよね。レイバーンは複雑だろうけど」
「けど、ああ見えて情もある。愛だ恋だは関係なくても、レイバーンの野郎は立派に親父としての責任は果たすだろうぜ」
二人が小声で喋っている間、レイバーンはミーアの髪をずっと撫でてやっていた。
やがてミーアが落ち着きを取り戻し、シドとハイファにレイバーンだけを残して手下たちをサロンから追い出すと、おもむろにレイバーンがシドに向かって手を差し出した。見ればその掌にはシドのオイルライターが載っている。クラブでウォッカ漬けの刺客に投げたものだ。
礼を言って受け取ると、目を赤くしたミーアが言った。
「逃げる手助けはしてあげたいけれど、あたしのキィコードでは第三惑星ヨニルか第四惑星メルズに送ってあげるのが精一杯なの。それでもいいかしら?」
選挙戦に意欲を燃やす連中が再生槽入りの間に逃げ出そうという魂胆だった。
「構わねぇよ。だができるなら第三惑星ヨニルに送ってくれ」
「分かったわ。航行は三十分、間にショートワープ一回よ」
ワープと聞いてハイファは怪我をしたばかりのシドをじっと見たが、シドは気付かぬフリでミーアから渡されたワープ薬をポイと口に放り込み嚥下した。
二十分後に出航、星系首都も置かれているヨニルに宙艦は難なく到着する。
ミーアたちに礼を言って二人がエアロックから出ると外は夜だった。
宙港メインビルに向かうため専用コイルに乗り込みハイファがリモータ操作する。
「ヨニルの自転周期は四十五時間十八分二十六秒。それを半分にして約二十二時間半を一日として人々は暮らしてるんだってサ」
「夜の日と昼の日がある訳だな。今は夜の日の十時か。それにしても腹減ったな」
「あーたは怪我しても休養より栄養派だもんね」
それでも顔色の悪い愛し人が心配でハイファはコイルの中で手を握り続けた。
一方のシドは窓外の光景を眺めている。
さすがに推す議員を首相として歴任させてきたというべきか、アリアスファミリーの仕切る星の宙港メインビルは非常に立派だった。見上げると首が痛くなりそうなビルが二本も建っていてスカイチューブで強固に繋がれている。
やがてコイルはビルのロータリーに滑り込んで停止し接地した。
星系間移動なので面倒な通関もない。二人はビル内に入るとまずはロビーに幾つもあるインフォメーション端末のブースでマップをダウンロードする。
次は食事の前に買い物である。シドもハイファも変装しないと危ない。今の二人はグリーズ星系内で一番の注目株たる人物なのだ。
幸い宙港ビル内には様々な店舗の入ったショッピングモールがあった。その中のドラッグストアでヘアマニキュアと目薬型のカラーコンタクトを二人分購入し、レストルームに籠もって互いに髪を染める。
服や肌についても染まらない優れものを互いに頭に振りかけ、ハイファは黒髪、シドは金髪という普段と逆の色にした。これは約五十時間持続するという。
カラコンは二人ともブルーだ。これで随分と印象が変わった筈だった。
化粧を落としたハイファは元のソフトスーツに着替えてホッとする。
それから食事のできる場所探しだ。二本のビル内にはショッピングモールの他にホテルやシネコンにカジノまで揃っていて、勿論レストランも無数にあり却って迷った末に蛋白質とカルシウムを積極的に摂らせようとハイファが選んだのはステーキハウスだった。
入店すると黒服のギャルソンが丁寧にお辞儀した。
「お二人様ですね」
「はい。できれば喫煙席でお願いします」
「承知致しました。ではこちらへ」
案内されたのはシェフが腕を振るうのが見られる、鉄板を目前にしたカウンター席だった。オーダーを済ませて早速煙草を咥えながらシドは数え上げる。
「オニールとの約束も反故、ガザルの流通ルートは独自に探らなきゃな」
「ふうん、そのために怪我を押してまでヨニルにきたんだ。偉いねー」
「ンな言い方するなよな。とにかくこのグリーズ星系でのガザルの合法化を食い止めねぇと、幾ら解除薬とセットでもあれに関しちゃ無謀すぎる」
「貴方、厚生局の麻取でもないのに勤勉すぎない?」
「勤勉なんかじゃねぇよ。単に見過ごすのが嫌なだけだ」
「それを勤勉って言うんじゃないの? 他星系の内情にまで首突っ込んでサ」
「ラストAD世紀の宇宙時代になって三十世紀だ。他星系には他星系のやり方があって、俺にはどうにもならねぇことばかりっていうのも分かってる。だがそいつで人生ボロボロにする奴がいるのも、罪のねぇ奴がそいつに害されるのも俺は自分の目の前でだけは嫌なんだ」
「それは分からないでもないけど」
「俺は、俺にできることならやりたい。もう少しだけ付き合ってくれねぇか?」
浮かない顔で、それでもハイファは頷いた。
「結局、掠り傷で済んだんだ。もう愚痴るんじゃねぇよ」
「何処が掠り傷、また二連射食らって血を吐いたのは誰ですかっ!」
「んあ、俺か?」
二人は宙港メインビル内にある医務室にいた。シドは診察台に横になったまま、胸と腕とにチューブを繋がれて点滴の刑である。まだ治っていなかった肋骨二本骨折を局所麻酔だけで内視鏡下穿孔手術し、繋ぎ直したばかりなのだ。
他にはレイバーンと駆け付けた手下七名があちこちの弾傷を診て貰っている。ここ第五惑星ヤーンにある公共施設はドラレスの息が掛かったも同然で、この宙港医務室のスタッフも余計な詮索や通報などせず、黙って丁寧に処置をしてくれた。
ここにいないオニール以下二十名の手下たちは都市内の病院に担ぎ込まれて殆どが三日間の再生槽入りということだった。
つまりは起きてみれば既に選挙戦は終わっているということでもある。
点滴が終わるとシドはまた胸にギプス包帯をキッチリ巻かれて固められた。それで治療は一応終わり、ハイファは手を貸して甲斐甲斐しく服を着せる。二人はドン・ライナルトとソフィーヤとして医療スタッフに礼を言い、手下八名を引き連れてドラレス専用艦に戻った。
日付が変わって三時間が経ってもミーアは起きて待っていた。そして戻ったメンバーの中にレイバーンを見つけると抱きついて、ダークスーツに染みを幾つも作ったのだった。
「ブラコンは卒業したのかな?」
「さあな。何にしろ、こっちとしちゃ有難い限りだ」
「パーティーで命を張って護られて、惚れちゃったってことかあ」
「それでも十三歳は犯罪レヴェルだぞ」
「じゃあシドはレイバーンがミーアと子供を作らない方に賭ける?」
「いや。今のミーアが誰かと子供を作るなら、もうレイバーン以外にいねぇだろ」
「だよね。レイバーンは複雑だろうけど」
「けど、ああ見えて情もある。愛だ恋だは関係なくても、レイバーンの野郎は立派に親父としての責任は果たすだろうぜ」
二人が小声で喋っている間、レイバーンはミーアの髪をずっと撫でてやっていた。
やがてミーアが落ち着きを取り戻し、シドとハイファにレイバーンだけを残して手下たちをサロンから追い出すと、おもむろにレイバーンがシドに向かって手を差し出した。見ればその掌にはシドのオイルライターが載っている。クラブでウォッカ漬けの刺客に投げたものだ。
礼を言って受け取ると、目を赤くしたミーアが言った。
「逃げる手助けはしてあげたいけれど、あたしのキィコードでは第三惑星ヨニルか第四惑星メルズに送ってあげるのが精一杯なの。それでもいいかしら?」
選挙戦に意欲を燃やす連中が再生槽入りの間に逃げ出そうという魂胆だった。
「構わねぇよ。だができるなら第三惑星ヨニルに送ってくれ」
「分かったわ。航行は三十分、間にショートワープ一回よ」
ワープと聞いてハイファは怪我をしたばかりのシドをじっと見たが、シドは気付かぬフリでミーアから渡されたワープ薬をポイと口に放り込み嚥下した。
二十分後に出航、星系首都も置かれているヨニルに宙艦は難なく到着する。
ミーアたちに礼を言って二人がエアロックから出ると外は夜だった。
宙港メインビルに向かうため専用コイルに乗り込みハイファがリモータ操作する。
「ヨニルの自転周期は四十五時間十八分二十六秒。それを半分にして約二十二時間半を一日として人々は暮らしてるんだってサ」
「夜の日と昼の日がある訳だな。今は夜の日の十時か。それにしても腹減ったな」
「あーたは怪我しても休養より栄養派だもんね」
それでも顔色の悪い愛し人が心配でハイファはコイルの中で手を握り続けた。
一方のシドは窓外の光景を眺めている。
さすがに推す議員を首相として歴任させてきたというべきか、アリアスファミリーの仕切る星の宙港メインビルは非常に立派だった。見上げると首が痛くなりそうなビルが二本も建っていてスカイチューブで強固に繋がれている。
やがてコイルはビルのロータリーに滑り込んで停止し接地した。
星系間移動なので面倒な通関もない。二人はビル内に入るとまずはロビーに幾つもあるインフォメーション端末のブースでマップをダウンロードする。
次は食事の前に買い物である。シドもハイファも変装しないと危ない。今の二人はグリーズ星系内で一番の注目株たる人物なのだ。
幸い宙港ビル内には様々な店舗の入ったショッピングモールがあった。その中のドラッグストアでヘアマニキュアと目薬型のカラーコンタクトを二人分購入し、レストルームに籠もって互いに髪を染める。
服や肌についても染まらない優れものを互いに頭に振りかけ、ハイファは黒髪、シドは金髪という普段と逆の色にした。これは約五十時間持続するという。
カラコンは二人ともブルーだ。これで随分と印象が変わった筈だった。
化粧を落としたハイファは元のソフトスーツに着替えてホッとする。
それから食事のできる場所探しだ。二本のビル内にはショッピングモールの他にホテルやシネコンにカジノまで揃っていて、勿論レストランも無数にあり却って迷った末に蛋白質とカルシウムを積極的に摂らせようとハイファが選んだのはステーキハウスだった。
入店すると黒服のギャルソンが丁寧にお辞儀した。
「お二人様ですね」
「はい。できれば喫煙席でお願いします」
「承知致しました。ではこちらへ」
案内されたのはシェフが腕を振るうのが見られる、鉄板を目前にしたカウンター席だった。オーダーを済ませて早速煙草を咥えながらシドは数え上げる。
「オニールとの約束も反故、ガザルの流通ルートは独自に探らなきゃな」
「ふうん、そのために怪我を押してまでヨニルにきたんだ。偉いねー」
「ンな言い方するなよな。とにかくこのグリーズ星系でのガザルの合法化を食い止めねぇと、幾ら解除薬とセットでもあれに関しちゃ無謀すぎる」
「貴方、厚生局の麻取でもないのに勤勉すぎない?」
「勤勉なんかじゃねぇよ。単に見過ごすのが嫌なだけだ」
「それを勤勉って言うんじゃないの? 他星系の内情にまで首突っ込んでサ」
「ラストAD世紀の宇宙時代になって三十世紀だ。他星系には他星系のやり方があって、俺にはどうにもならねぇことばかりっていうのも分かってる。だがそいつで人生ボロボロにする奴がいるのも、罪のねぇ奴がそいつに害されるのも俺は自分の目の前でだけは嫌なんだ」
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