この手を伸ばせば~楽園18~

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
32 / 41

第32話

しおりを挟む
 レンタル料は決して安くはなかったが、財源は別室からの前払い経費なので腹は痛まない。おまけにハイファがテラ連邦軍のBEL操縦資格・ウィングマークを見せたので、保険料を三割引にして貰えて二人は喜んだ。何れ伝統ある耐乏官品である。

 クレジットと引き替えにBELのキィロックコードを流して貰うとドライ、つまり乗員なしの機体のみで借り受けたBELに二人は乗り込んだ。

 民間機でのパイロット席である左にシドが、コ・パイロット席の右にハイファが座る。だからといってシドは何をするでもなくハイファ任せなのだが、どちらにも操縦機能はついているので構わない。

「で、本当に第二宙港でいいの?」
「いや、第一宙港だ」

 思わずハイファはシドを振り返ったがシドはポーカーフェイスで頷いたのみだ。怪訝な思いに囚われながらもハイファは反重力装置を起動しテイクオフさせる。手動操縦で夜空にBELを舞わせた。都市上空を飛ぶので低速だがコイルよりは断然速い。

 と、思っていると何かが耐熱塗装を施したスライドドアに当たった。甲高い音を立ててぶつかってくるのは下方から刺客が撃ってくる弾丸だ。けれどシドのレールガンでもなければ、余程の腕か運がなければBELを墜とすことなど不可能である。

 それでも気持ちのいいものではなくハンドガンの射程外まで高度を取ったのちハイファはオートパイロットの座標を第一宙港にセットした。あとはお任せ飛行である。

「航空交通法規を遵守しても二十分で着けるけど。本当に第一宙港でいいの?」
「ブラフを掛けたいところだが、ここは敢えて正攻法で行く」
「ふうん、変なの」

 バディの端正な横顔を眺めているうちに第一宙港管制から通信が入り、コントロールを渡した。借り物BELはあっさりと宙港隅のBEL駐機場へとランディングさせられる。

「で、タイタン便? それとも何処でもいいから直近の便に乗る?」
「いや、まだやり残したことがあるからな」
「何それ?」
「まあ、そのうち分かる」
「教えてくれないの? ケチ!」

 ハイファの文句を聞き流しておもむろにシドは立ち上がり、ハイファを促すと機外に出た。宙港面専用のコイルに二人で乗り込む。何せ宙港は広大だ。
 メインビルには近づかず、そのまま白いファイバの宙港面を疾走させて辿り着いたのは何とドラレスファミリー専用艦のエアロック前だった。

 エアロック脇のリモータチェッカをクリア、シドに続いてハイファも中に足を踏み入れる。

「ああ、良かった。シドもハイファスも無事だったのね!」

 サロンに二人が入るなり、声を上げて迎えてくれたのはミーアだった。『刑事の仕事に誇りを持ってる』と言ったシドをこの星系から逃がすため、協力を申し出てくれたのである。
 その代償として明後日のミーアの誕生日に『特別なプレゼント』を渡すという約束をしたのはハイファには内緒だった。

 持ち出してきたショルダーバッグをハイファに返しながらミーアは首を傾げる。

「でも他のみんな、オニールやレイバーンはどうしたのかしら?」
「悪いが、囮の囮になって貰った」
「囮の囮って、まさかシドたちが逃げるために置いてきちゃったって言うの?」
「結果、そうなったことは否定しねぇよ」
「そんな……酷い、酷いじゃない!」

 急激に感情的になったミーアは泣くどころか、顔色を真っ青にしてシドに掴み掛からんばかりである。そんなミーアをあやすように片手を叩きながらシドが言った。

「だからミーア、ちょっと行ってくる。時間的にもいい頃合いだしな」
「行くって、何処へ?」
「正攻法なら俺たちを追って敵も味方も集まる場所……ここの宙港メインビルだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【第一部完結】保健室におっさんは似合わない!

ウサギテイマーTK
キャラ文芸
加藤誠作は私立男子校の養護教諭である。元々は、某旧帝大の医学部の学生だったが、動物実験に嫌気がさして、医学部から教育学部に転部し、全国でも70人くらいしかいない、男性の養護教諭となった、と本人は言っている。有名な推理小説の探偵役のプロフを、真似ているとしか言えない人物である。とはいえ、公立の教員採用試験では、何度受けても採点すらしてもらえない過去を持ち、勤務態度も決して良いとは言えない。ただ、生徒の心身の問題に直面すると、人が変わったように能力を発揮する。これは加藤と加藤の同僚の白根澤が、学校で起こった事件を解決していく、かもしれない物語である。 第一部完結。 現在エピソード追加中。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚

ススキ荻経
キャラ文芸
【京都×動物妖怪のお仕事小説!】 「目付け役」――。それは、平時から妖怪が悪さをしないように見張る役目を任された者たちのことである。 しかし、妖狐を専門とする目付け役「狐番」の京都担当は、なんとサボりの常習犯だった!? 京の平和を全力で守ろうとする新米陰陽師の賀茂紬は、ひねくれものの狐番の手を(半ば強引に)借り、今日も動物妖怪たちが引き起こすトラブルを解決するために奔走する! これは京都に潜むもふもふなあやかしたちの物語。 エブリスタにも掲載しています。

少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜

西浦夕緋
キャラ文芸
【和風BL】【累計2万4千PV超】15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。 彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。 亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。 罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、 そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。 「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」 李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。 「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」 李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。

処理中です...