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第31話
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「若、次は斜向かいのクラブでして……お疲れじゃありやせんか?」
「お疲れだ。疲れ切って顔面が割れそうだぜ」
「ではクラブで飲み物でも準備させますので、ささ、こちらへ」
オニールに案内されたクラブは盛況だった。
カウンターと僅かなテーブル席以外は皆、立ったままでグラスや瓶ビールを手にし、ボリュームが大きめのジャズに躰を揺らしている。
環境が環境で鉢巻き法被に不審な目を向ける者もいたが、シドとハイファに関しては店の者がすっ飛んできた以外、特に誰にも構われずに済んで二人は却ってホッとした。
どうやってか空けられたカウンターの、まだ他人の体温が残っているスツールに二人は案内されて腰を下ろした。世話を焼く店の者にシドは容赦なく一番高そうなウィスキーをダブルで酔っては話にならないハイファはスプリッツァーを頼む。
文句なく旨いウィスキーを飲み、白ワインの炭酸割りで喉を潤していた、そのときだった。
屋内射撃特有の「ガーン!」と尾を引く撃発音が響き、それが合図だったのか、次には踊っていた客たち全員が銃を手にして、鉢巻き法被の一団とシドにハイファを包囲している。
「ドラレスファミリー、動くな!」
「動けばドン・ライナルトとソフィーヤを撃つ!」
不運なことに鉢巻き法被の三十名近いドラレスの手下は殆どが他店を巡っていて、このクラブに入店したのはシドとハイファにオニールとレイバーン他三名だけだった。自らの油断を噛み締めたオニールは顔を歪めて腹から銃を抜き出し、途端に右肩に一発を食らう。
「うっ、ぐ……!」
「大丈夫か、オニール!」
「若、ケドラルのお礼参りでさァ。あっしらが盾に……ソフィーヤ様と外に……」
だがオニールが言うほど簡単なことではない。本当にドラレスがフランク=ケドラルを殺ったかどうかはもはや問題ではなく、百名近い客の全員が刺客という状況は、二人の予想をも超えた大イヴェントだった。
続けざまに弾が飛来しレーザーが空気を灼く。しかし場数は踏んできたのでシドもハイファもこんな所でチンピラたちに蜂の巣にされる気などこれっぽっちもない。
動いた手が残像に見えるほどの素早さでシドとハイファは愛銃を抜き撃ちながら、立ち上がりざまカウンターに片手をついて飛び越えている。
そうしてかなり頑丈な造りのカウンターを掩蔽物にして刺客に銃弾を叩き込み始めた。気付くとレイバーンも同様にカウンター内から撃っている。
「レイバーン、援護する! オニールたちをこっちに入れろ!」
叫んでおいてシドはレールガンをフルオートモードにして薙ぐ。バタバタと刺客が倒れた。その間にレイバーンはカウンターのスイングドアから身を低くして出て、オニールだけでなく既にあちこち弾傷を負った法被姿の手下たち、都合四名をカウンターに引きずり込む。
それを認めてシドは反動の強すぎるフルオートから単発に戻した。
間断なく銃弾は飛び交いレーザーがバリバリと降り注いだが、これは不幸中の幸いで刺客は人数が多すぎ、フレンドリーファイアしないように前面の十名ばかりが撃つのがやっとの状態である。それもシドのフルオート作戦でカウンター近くには半死体が山と築かれていた。
「頃合いだぞ、行けるか、ハイファ?」
「うん、救急機も呼んだしね。じゃあカウントお願い」
ハイファと頷き合っておいてシドはレイバーンに叫ぶ。
「俺たちが囮になる、お前らは地元惑星警察と救急がくるまで保たせろ!」
囮も何も刺客はシドとハイファ狙いだろう。レイバーンは僅かに逡巡してから鋭い目だけで了解の合図を寄越した。ドンと姐さんを殺られる訳には行かないだろうが、何れにせよこのままでは皆殺しにされるまで時間の問題である。
レイバーンはシドとハイファの腕を見極めた上で、僅かなりとも生存確率の高い選択に同意したのだ。
「三、二、一、ファイア!」
再びのフルオート作戦で裏口に近い刺客たちを薙ぎ倒す。ハイファは弾の温存で徹底したヘッドショットだ。そのうちレイバーンも援護に回る。ずらりと並んだウォッカの瓶を叩き割って中身の液体を次々と刺客に向かって浴びせ始めたのだ。
「行くぞ、ハイファ!」
「ヤー!」
カウンターを飛び越えるなりシドは火を点けたままのオイルライターを刺客の方に投げる。爆発的に青い炎が上がった。頭からウォッカでずぶ濡れだった刺客たちは火だるまとなって悶える。その隙にシドはハイファを庇いつつ、裏口から外の通りに出ることに成功した。
「レイバーン、残弾が四しかなかったけど、大丈夫かな?」
「奪えば銃も弾も無尽蔵だ。だが他人事じゃねぇ、こっちもサバイバルだぞ」
人目を惹かないくらいの早足で裏通りを歩きながら、ハイファはリモータ操作して近くのBELレンタル会社を検索する。二件がヒットし幸いこの通りを二百メートルほど先に向かった雑居ビル屋上に一社があった。これならBEL泥棒をせずに済む。
着いたビルはリモータチェッカもないビルで中にはゲーセンやスナック、合法ドラッグ店などが入居していた。十二階建てだがここでエレベーターは使わないのがセオリーだ。
だが今に限っては時間との勝負、敢えてエレベーターに駆け込み十階まで上がる。慎重に辺りを窺って降りたが刺客は潜んでいなかった。
こちらに敵の一人も現れないのをみるとレイバーンは余程の手練れらしい。
とにかく十階からは階段を使い屋上のBELレンタル会社に辿り着く。ここではハイファが口を利き『第二宙港まで往復』というプランで小型BELを一機借りた。
「お疲れだ。疲れ切って顔面が割れそうだぜ」
「ではクラブで飲み物でも準備させますので、ささ、こちらへ」
オニールに案内されたクラブは盛況だった。
カウンターと僅かなテーブル席以外は皆、立ったままでグラスや瓶ビールを手にし、ボリュームが大きめのジャズに躰を揺らしている。
環境が環境で鉢巻き法被に不審な目を向ける者もいたが、シドとハイファに関しては店の者がすっ飛んできた以外、特に誰にも構われずに済んで二人は却ってホッとした。
どうやってか空けられたカウンターの、まだ他人の体温が残っているスツールに二人は案内されて腰を下ろした。世話を焼く店の者にシドは容赦なく一番高そうなウィスキーをダブルで酔っては話にならないハイファはスプリッツァーを頼む。
文句なく旨いウィスキーを飲み、白ワインの炭酸割りで喉を潤していた、そのときだった。
屋内射撃特有の「ガーン!」と尾を引く撃発音が響き、それが合図だったのか、次には踊っていた客たち全員が銃を手にして、鉢巻き法被の一団とシドにハイファを包囲している。
「ドラレスファミリー、動くな!」
「動けばドン・ライナルトとソフィーヤを撃つ!」
不運なことに鉢巻き法被の三十名近いドラレスの手下は殆どが他店を巡っていて、このクラブに入店したのはシドとハイファにオニールとレイバーン他三名だけだった。自らの油断を噛み締めたオニールは顔を歪めて腹から銃を抜き出し、途端に右肩に一発を食らう。
「うっ、ぐ……!」
「大丈夫か、オニール!」
「若、ケドラルのお礼参りでさァ。あっしらが盾に……ソフィーヤ様と外に……」
だがオニールが言うほど簡単なことではない。本当にドラレスがフランク=ケドラルを殺ったかどうかはもはや問題ではなく、百名近い客の全員が刺客という状況は、二人の予想をも超えた大イヴェントだった。
続けざまに弾が飛来しレーザーが空気を灼く。しかし場数は踏んできたのでシドもハイファもこんな所でチンピラたちに蜂の巣にされる気などこれっぽっちもない。
動いた手が残像に見えるほどの素早さでシドとハイファは愛銃を抜き撃ちながら、立ち上がりざまカウンターに片手をついて飛び越えている。
そうしてかなり頑丈な造りのカウンターを掩蔽物にして刺客に銃弾を叩き込み始めた。気付くとレイバーンも同様にカウンター内から撃っている。
「レイバーン、援護する! オニールたちをこっちに入れろ!」
叫んでおいてシドはレールガンをフルオートモードにして薙ぐ。バタバタと刺客が倒れた。その間にレイバーンはカウンターのスイングドアから身を低くして出て、オニールだけでなく既にあちこち弾傷を負った法被姿の手下たち、都合四名をカウンターに引きずり込む。
それを認めてシドは反動の強すぎるフルオートから単発に戻した。
間断なく銃弾は飛び交いレーザーがバリバリと降り注いだが、これは不幸中の幸いで刺客は人数が多すぎ、フレンドリーファイアしないように前面の十名ばかりが撃つのがやっとの状態である。それもシドのフルオート作戦でカウンター近くには半死体が山と築かれていた。
「頃合いだぞ、行けるか、ハイファ?」
「うん、救急機も呼んだしね。じゃあカウントお願い」
ハイファと頷き合っておいてシドはレイバーンに叫ぶ。
「俺たちが囮になる、お前らは地元惑星警察と救急がくるまで保たせろ!」
囮も何も刺客はシドとハイファ狙いだろう。レイバーンは僅かに逡巡してから鋭い目だけで了解の合図を寄越した。ドンと姐さんを殺られる訳には行かないだろうが、何れにせよこのままでは皆殺しにされるまで時間の問題である。
レイバーンはシドとハイファの腕を見極めた上で、僅かなりとも生存確率の高い選択に同意したのだ。
「三、二、一、ファイア!」
再びのフルオート作戦で裏口に近い刺客たちを薙ぎ倒す。ハイファは弾の温存で徹底したヘッドショットだ。そのうちレイバーンも援護に回る。ずらりと並んだウォッカの瓶を叩き割って中身の液体を次々と刺客に向かって浴びせ始めたのだ。
「行くぞ、ハイファ!」
「ヤー!」
カウンターを飛び越えるなりシドは火を点けたままのオイルライターを刺客の方に投げる。爆発的に青い炎が上がった。頭からウォッカでずぶ濡れだった刺客たちは火だるまとなって悶える。その隙にシドはハイファを庇いつつ、裏口から外の通りに出ることに成功した。
「レイバーン、残弾が四しかなかったけど、大丈夫かな?」
「奪えば銃も弾も無尽蔵だ。だが他人事じゃねぇ、こっちもサバイバルだぞ」
人目を惹かないくらいの早足で裏通りを歩きながら、ハイファはリモータ操作して近くのBELレンタル会社を検索する。二件がヒットし幸いこの通りを二百メートルほど先に向かった雑居ビル屋上に一社があった。これならBEL泥棒をせずに済む。
着いたビルはリモータチェッカもないビルで中にはゲーセンやスナック、合法ドラッグ店などが入居していた。十二階建てだがここでエレベーターは使わないのがセオリーだ。
だが今に限っては時間との勝負、敢えてエレベーターに駆け込み十階まで上がる。慎重に辺りを窺って降りたが刺客は潜んでいなかった。
こちらに敵の一人も現れないのをみるとレイバーンは余程の手練れらしい。
とにかく十階からは階段を使い屋上のBELレンタル会社に辿り着く。ここではハイファが口を利き『第二宙港まで往復』というプランで小型BELを一機借りた。
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