この手を伸ばせば~楽園18~

志賀雅基

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第30話

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 シドに抱かれたままリフレッシャを浴びたハイファは、ワードローブから自分とシドの衣装一式を選びシドに持たせると、ゆっくり移動して私室のソファに腰掛けた。

「ったくもう。これでパンプス履いて歩かなきゃならないんだよ?」
「悪かったって」

 平謝りの姿勢を取りながらもシドの機嫌はいい。

「ほら、着替えるなら手伝うぞ」

 今日の衣装も執銃可能なようにベルト使用のスカートにジャケットだ。ミドル丈のフレアスカートは紺地に白とパープルのチェック柄、ブラウスはボウタイのある白、ジャケットも金の縁取りがある白だった。

 全て身に着けてから奥歯に声帯変調器を仕込んで、鏡台のスツールに腰掛ける。もうメイクも慣れて、ポイントを押さえたごく薄い化粧が短時間で可能になっていた。

 自分の準備が終わるとシドの世話を焼く。オリーブ色のドレスシャツにルビーのカフスを着けさせ、自分のスカートに合わせて紺のタイを締めさせた。スーツはセピアブラウンだ。選挙戦に協力する気はないものの、何となくいつもよりソフトなイメージにまとまる。

 互いの髪に櫛を通した。ハイファは長い髪を銀の金具で留めて貰う。

 準備が整うと部屋を出た。もうそこには手下たちが待ち受けている。ぞろぞろとエレベーターに乗り込み一階に降りて食堂へ。着席すると早めの夕食が出された。
 食べて一服するとオニールがやってきて、もう歓楽街行きである。

「BELではなくコイルで行きますからな」
「遠いのか?」
「この辺りは郊外ですからな、都市部までは一時間半ほどでしょうか」

 鉢巻き法被の手下らに囲まれて玄関ホールを出ると、また頑丈そうな黒塗りコイルが五台待っていた。分乗して乗り込む。シドとハイファは真ん中のコイルでオニールにレイバーンと手下二人が同乗した。総勢三十名近い大所帯で出発だ。

 僅かに浮いて走り出すと同時にシドは大欠伸する。ハイファも眠かった。結局シエスタどころかアレだった上に、昨夜だってナニだったのだ。二人は肩を凭れさせ合うと目を瞑る。
 寝ていた一時間半は早かった。タイミング良く目を覚まし、そして目を瞠る。

「うっわ、結構な都市じゃねぇか」
「本当、すごいね。人もあんなに歩いてる」

 テラ本星セントラルエリアからきたシドとハイファにも、都市は遜色なく煌めいて見えた。時刻は二十一時前だというのにまだ歩道には人々が行き交っている。ビルの低層階には様々なテナントショップが明かりを灯し、コイルもヘッドライトを点けて車列を作っていた。

 見上げればビルはかなりの高層建築で、どれもがまだ窓明かりを零し、腹にブスブスとスカイチューブを刺して、色分けされた航空灯を騒々しく輝かせている。光害で星も見えない夜空には、BELの航法灯も数多く飛び回っていた。

「この辺りは繁華街、買い物客で賑わう場所ですな」
「ふうん。あ、手を振ってる」
「笑って振り返してやっておくんなせェ」
「わー、本当に何処かのファーストレディみたい」

 暢気である。だが徐々にビルが低くなり、何故か辺りに家電屋が増えてきたと思うと、歩道も車道も無視して人々がわさわさと歩いていた。その人波を割るように黒塗りは低速で走る。
 やがて家電屋がゲームセンターやクラブにバーなどへと変わり、カジノや合法ドラッグ店などが立ち並ぶ界隈で黒塗りは停止し接地した。

「若、姐さん、この辺りから店を回って貰いたいんで」
「だが俺は――」
「分かっておりやす。黙って手を振るだけで構いません」

 そこまで言われて仕方なく、オニール以下手下たち三十名ばかりに囲まれながら降車する。
 ファイバの地面に靴底を付けるなり家電の大きな箱を下げたオバちゃんが五、六人やってきて握手を求められた。
 何処から出しているのか「きゃあきゃあ」と黄色い声を発しながら、オバちゃん軍団は騒いでシドたちを見送った。

 そこからも黙って手を振るだけという訳にはいかなかった。

 居並ぶ店の従業員、つまりはドラレスファミリーの末端である準構成員たちに顔を見せるだけでは済まず、何処に行っても老若男女問わず『次期首相候補』に挨拶しにくるのだ。

 それでもボロを出さないよう、ひとことも喋らず鉄面皮を押し通したのは天晴れである。代わりにハイファがカヴァーするように微笑み仮面で『次代ファーストレディ』を演じた。

「シド、いい加減に貴方も少しは笑ってよね」
「面白くもねぇのに笑えるか」
「政治屋さんの宿命なんだから努力して。ほら」

「ふん。『笑うな』って言われれば三日でも笑わねぇ自信はあるんだがな。大体、お前もいい加減に誰彼構わずタラすのはやめろよな。票が上がって困るのは俺たちなんだぜ?」
「分かってるよ。でもみんな笑ってるんだもん、ムッとしてる訳に行かないでしょ」
「いやに積極的じゃねぇか。でも分かってるんだろ?」

 一瞬真顔になったハイファは鋭くシドを見て小さく頷く。
 そう、逃げるならこの機会を置いて他にない。そしてシド自身は認めたがらないが事実としてイヴェントストライカ、なにがしかのアクシデント的イヴェントが起こるのを二人は待っているのである。それに紛れて逃げる。

 コイルでもBELでもいい、かっぱらって一路宙港を目指す計画だった。
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