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第29話
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オニールが『全て任せておくんなせェ』などと言った通り、遊説をして歩かなくてもいいのは助かった。
それでもシドのポラに動画合成して喋らせ、各TV局に配信させたりしているので、結果としては似たようなものだったが、ド素人が政治屋の真似事をしなくてもいいのは大きな違いである。
あれから三日目だった。何れにせよ明後日にはシドも腹を括らねばならない。
十五時の軽食を食堂で摂り、今はスモーキングルームで一服していた。ハイファは一蓮托生だというのを分かっているのか、暢気におやつのパイのレシピを厨房に聞きに行っている。
こうして一服していても落ち着かない。鉢巻き法被の手下たちが常に付き従い、どの部屋も紅白の紙花が貼り付けられ、電子ホワイトボードには刻々と『支持者速報』なる票の予想がグラフで表示されているのだ。このままでは首相はともかく議員当選するのは確実だった。
「ごきげんよう、ライナルト兄様」
スモーキングルームにやってきたのはミーア、先程食堂で一緒にパイを食ったばかりだが、グレイのワンピースから着替えて白いブラウスにブルーのスカートを身に着けていた。
「兄様と姉様の喪が明けたから」
「ふうん。そういやまともな葬式もしてやれなかったんだよな、悪かったな」
「シドが悪いんじゃないでしょう。それに地下霊廟室にちゃんと安置されてるもの」
「そうか……」
これ以上の話のエスカレート防止にシドがホロTVを点ける。殆どが選挙戦だったが、ふいに耳につく音がした。ニュース速報だ。テロップが出る。
《ミツレム=ケドラル候補の次男フランク氏が何者かに射殺される》
「って、まさか本当にドラレスが殺ったのか?」
「どうかしら。選挙戦真っ最中に危ない橋は渡らないと思うけれど」
ミーアの言葉は尤もだった。だがアガサ森林開発会長のパーティーでの一件を知っている者はいるだろう。諸刃の剣になりえる事件だった。
「これで票が落ちればいいんだがな」
「あら、兄様は一星系の首相になりたくないの? どうして?」
「なりたい訳ねぇだろ。俺は刑事だ。刑事の仕事に誇りを持ってる」
「そうなんだ……誇りなんて素敵ね」
暫くミーアと喋っていると、そこにせかせかと鉢巻き法被のオニールがやってきた。
「若、申し訳ありませんが、今晩だけは協力して欲しいんで」
「今度は何なんだよ?」
「歓楽街で踏ん張ってる手下たちを鼓舞してやって欲しいんでさ」
欲しいも何も選択肢はありそうになかった。スモーキングルームには目の血走った鉢巻き法被が二桁もシドの一挙一動を窺っているのだ。オニールは殺気立っている。
「顔を出すだけなら行ってもいい。但しソフィーヤも一緒だぞ」
「分かっておりやす。では」
「ちょっと待て。フランク=ケドラルが殺られたのを知ってるか?」
「へえ。今朝、第四惑星メルズの歓楽街で撃たれたとか」
「ドラレスが弾いたのか?」
「いえ、まさか」
「本当だろうな?」
そこでオニールはマフィアの貌を垣間見せながらシドをじっと見つめて答えた。
「……はい」
「ふ……ん、分かった。忙しいのに悪かったな」
オニールと共にミーアも去る。入れ違いにハイファが入ってきた。リモータ操作して今日のパイのレシピを入力しているらしい。確かに今日の黄色いジャムの入ったパイは旨かったので、これは本星に帰ってから期待できそうだとシドは思う。
だがそれもこれも無事に帰れたらの話である。
「おい、フランクが今朝、撃たれて殺られたぞ」
「えっ、本当に? じゃあ、お礼参りとかあるんじゃ?」
「オニールには、すっ惚けられたけどな」
「そっか。うーん、色々と盛り上がってきたなあ」
「おまけに今晩は歓楽街巡りだ、気を付けねぇと蜂の巣にされるぜ」
「確かにそこまできてイヴェントストライカに何もない方がおかしい……ごめん!」
「その二つ名を今言うか? そこに直れ。土下座しろ。泣いて謝れ!」
「帰ったらオムライスと梨ジャムのパイ、作ってあげるから!」
ひとしきり騒いだのちに、もう紅白の花と鉢巻き法被にうんざりし、唯一余計な飾りのないソフィーヤの私室に戻ってシエスタ……のつもりが結構激しい運動となる。
「ちょっと、もうだめ……シド、やだってば」
「もう一回だけ、いいだろ?」
禁句を口にしたと言うだけで調子込んだ男と、半ば無理矢理その気にさせられた男は、面倒事の全てを今、この時だけでも忘れようと夢中になり、お互いに溺れて行った――。
それでもシドのポラに動画合成して喋らせ、各TV局に配信させたりしているので、結果としては似たようなものだったが、ド素人が政治屋の真似事をしなくてもいいのは大きな違いである。
あれから三日目だった。何れにせよ明後日にはシドも腹を括らねばならない。
十五時の軽食を食堂で摂り、今はスモーキングルームで一服していた。ハイファは一蓮托生だというのを分かっているのか、暢気におやつのパイのレシピを厨房に聞きに行っている。
こうして一服していても落ち着かない。鉢巻き法被の手下たちが常に付き従い、どの部屋も紅白の紙花が貼り付けられ、電子ホワイトボードには刻々と『支持者速報』なる票の予想がグラフで表示されているのだ。このままでは首相はともかく議員当選するのは確実だった。
「ごきげんよう、ライナルト兄様」
スモーキングルームにやってきたのはミーア、先程食堂で一緒にパイを食ったばかりだが、グレイのワンピースから着替えて白いブラウスにブルーのスカートを身に着けていた。
「兄様と姉様の喪が明けたから」
「ふうん。そういやまともな葬式もしてやれなかったんだよな、悪かったな」
「シドが悪いんじゃないでしょう。それに地下霊廟室にちゃんと安置されてるもの」
「そうか……」
これ以上の話のエスカレート防止にシドがホロTVを点ける。殆どが選挙戦だったが、ふいに耳につく音がした。ニュース速報だ。テロップが出る。
《ミツレム=ケドラル候補の次男フランク氏が何者かに射殺される》
「って、まさか本当にドラレスが殺ったのか?」
「どうかしら。選挙戦真っ最中に危ない橋は渡らないと思うけれど」
ミーアの言葉は尤もだった。だがアガサ森林開発会長のパーティーでの一件を知っている者はいるだろう。諸刃の剣になりえる事件だった。
「これで票が落ちればいいんだがな」
「あら、兄様は一星系の首相になりたくないの? どうして?」
「なりたい訳ねぇだろ。俺は刑事だ。刑事の仕事に誇りを持ってる」
「そうなんだ……誇りなんて素敵ね」
暫くミーアと喋っていると、そこにせかせかと鉢巻き法被のオニールがやってきた。
「若、申し訳ありませんが、今晩だけは協力して欲しいんで」
「今度は何なんだよ?」
「歓楽街で踏ん張ってる手下たちを鼓舞してやって欲しいんでさ」
欲しいも何も選択肢はありそうになかった。スモーキングルームには目の血走った鉢巻き法被が二桁もシドの一挙一動を窺っているのだ。オニールは殺気立っている。
「顔を出すだけなら行ってもいい。但しソフィーヤも一緒だぞ」
「分かっておりやす。では」
「ちょっと待て。フランク=ケドラルが殺られたのを知ってるか?」
「へえ。今朝、第四惑星メルズの歓楽街で撃たれたとか」
「ドラレスが弾いたのか?」
「いえ、まさか」
「本当だろうな?」
そこでオニールはマフィアの貌を垣間見せながらシドをじっと見つめて答えた。
「……はい」
「ふ……ん、分かった。忙しいのに悪かったな」
オニールと共にミーアも去る。入れ違いにハイファが入ってきた。リモータ操作して今日のパイのレシピを入力しているらしい。確かに今日の黄色いジャムの入ったパイは旨かったので、これは本星に帰ってから期待できそうだとシドは思う。
だがそれもこれも無事に帰れたらの話である。
「おい、フランクが今朝、撃たれて殺られたぞ」
「えっ、本当に? じゃあ、お礼参りとかあるんじゃ?」
「オニールには、すっ惚けられたけどな」
「そっか。うーん、色々と盛り上がってきたなあ」
「おまけに今晩は歓楽街巡りだ、気を付けねぇと蜂の巣にされるぜ」
「確かにそこまできてイヴェントストライカに何もない方がおかしい……ごめん!」
「その二つ名を今言うか? そこに直れ。土下座しろ。泣いて謝れ!」
「帰ったらオムライスと梨ジャムのパイ、作ってあげるから!」
ひとしきり騒いだのちに、もう紅白の花と鉢巻き法被にうんざりし、唯一余計な飾りのないソフィーヤの私室に戻ってシエスタ……のつもりが結構激しい運動となる。
「ちょっと、もうだめ……シド、やだってば」
「もう一回だけ、いいだろ?」
禁句を口にしたと言うだけで調子込んだ男と、半ば無理矢理その気にさせられた男は、面倒事の全てを今、この時だけでも忘れようと夢中になり、お互いに溺れて行った――。
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