この手を伸ばせば~楽園18~

志賀雅基

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第26話

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 叫びながらもシドは一射を放つ。同時にハイファもテミスコピーを発砲。フレシェット弾と九ミリパラがフランクのレーザーガンをトリガに掛かった指ごと、こなごなに撃ち壊す。フロアに鮮血が散って招待客らが悲鳴を上げた。

 けれどフランクの手下らは泣き喚く主人を担いだまま、足を止めずに大ホールから去った。
 おろおろとして見ていたアガサの会長をシドがじっと見返し頷くと、

「み、皆さん、アクシデントはありましたが、まだまだ時間はございます。酒とダンスを楽しんで頂きたい。オーケストラ、何をしているんだ、音楽を!」

 などと声を張り上げて手を打った。それでやっとざわめきが波紋のように広がって収まり、再び始まった音楽でダンスに興じるものも現れる。

「俺たちも帰るぞ。レイバーン、腕を出せ」

 左腕から血を流しながらも、だがレイバーンはハイファから受け取ったハンカチを使い自分で二の腕を縛り上げた。するともういつもの無表情である。そしてただひとこと口にした。

「構わず愉しんで下さい」
「そんな訳にいくか。いいから帰って医者に……」

 聞いているのかいないのかレイバーンは独りで大ホールを出て行った。ここの専属の医師でも探しに行ったのだと思われた。シドはダークスーツの一人にレイバーンを追わせる。

「まあ、レーザーは出血も少ないし大丈夫じゃないかな」

 ハイファの言葉に皆が頷いた。そんな大人たちを見てミーアが表情を緩める。

「じゃあ踊ろうかって言いたいけれど、私は足を痛めているし……ライナルト様?」
「何だよ、ソフィーヤ?」
「ミーアと踊ってあげたらどうかしら?」
「本当に兄様、踊ってくれるの?」

 要らんことを言ったハイファを睨みながら、ミーアの期待に輝く目を無視できない。

「ったく、ワルツしか踊れねぇからな」
「タンゴもいけるクセに」
「タンゴはソフィーヤ、お前としか踊らないって決めてるんだ。ミーア、行くぞ」

 ダンスエリアに出て行くとシドと可愛らしいミーアのペアは皆の微笑みを誘った。シドはミーアの手を取り背に腕を回して、三拍子のゆったりとしたリズムで踊り始める。
 技巧を凝らしリードする域までは達していないのでナチュラルターンとアウトサイドチェンジのみの流すような踊りだったが、ミーアはそれでも満足そうだった。

 最後はお約束で片膝を付いたシドはミーアの背を反らせてポーズを決めさせる。

 わあっと周囲が沸いて惜しみない拍手を貰い二人が戻ってみると、ハイファが見知らぬ男性陣に囲まれていてシドは一気に機嫌を悪くした。

 だがその男性陣もアガサ森林開発の仕事関係者ということで、話題は株価がどうのといったものばかりだ。聞いたこともないような数字とテクニカルタームの多用された話にシドはついて行けず、ムッとしたままワゴンを押す給仕から一番高そうだったウィスキーのショットグラスを貰って飲み始めた。

 飲んでしまうと煙草が恋しくなる。ダークスーツ半分を引き連れてスモーキングルームに行き一本咥えてオイルライターで火を点けた。紫煙を吐いていると開け放たれたドア口から廊下をレイバーンとダークスーツが歩いてゆくのが見えた。煙草を消してホールに戻る。

「大丈夫か、レイバーン?」
「……はい」
「戻ったらもう一度、必ず医者に診せろ。帰るぞ」

 今度こそ皆が従いシドは歓談しているアガサ森林開発の会長に黙礼してからパーティー会場をあとにした。BELに乗り込み宮殿に戻って私室に引っ込むともう零時を過ぎている。
 引き剥がすように盛装を脱ぎ捨てたシドは、そのままリフレッシャを浴びた。ドライモードで適当に乾かして出ると、下着と夜着を身に着ける。

 ソファに腰掛けて飲料ディスペンサーのジンジャーエールを飲みながら煙草を吸いつつ、何となくリモータ操作、3DホロTVを天井近くに浮かばせて眺めた。
 眺めながらも内容など頭に入らずボーッとしていると、リフレッシャを浴びたらしいハイファがこちらも夜着で入ってきた。自分でグラスにアイスティーを淹れて向かいに座る。

「あと実質四日で何とかしなきゃならねぇんだぞ」
「そうだね。でもいきなり、何?」
「敵に塩を送るっつーか、ミーアをその気にさせてどうすんだよ?」

 機嫌の悪いシドを前にハイファは笑った。

「だってミーアと結婚しないんでしょ、だったら思い出くらいはいいじゃない」
「思い出になるより先に死体にされねぇ策を考えようぜ」
「ああ、それね。もう別室には報告済みだし何とかなるんじゃないかな?」
「『テラ連邦議会が知ったので、もう終わりですよ』っつって、ここの奴らが納得するのか?」

「うーん、どうなんだろうね?」
「『爛熟した果実が落ちるまで』『足掻き、藻掻き続ける』んだぞ?」
「そっかあ。でもミーアはシドを愛してるんじゃない、単なるブラコンだと思うよ」

 そんなことはシドだって分かっていた。どういう理由かは知りたくもないが両親のいないミーアが歳の離れた兄を亡くしたばかりなのだ。マフィアファミリーのお嬢という立場でドライな性質のようにみせていても、哀しく淋しいのは当然である。

 そこに兄によく似た男が身代わりに現れたのだ、甘えられるなら甘えたいのが人情だろう。だからといってそれが真似事であっても、同情で結婚してやるほどシドも器がデカくない。ハイファの想いを裏切ることはできない。自分がしたくなかった。
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