上 下
26 / 41

第26話

しおりを挟む
 叫びながらもシドは一射を放つ。同時にハイファもテミスコピーを発砲。フレシェット弾と九ミリパラがフランクのレーザーガンをトリガに掛かった指ごと、こなごなに撃ち壊す。フロアに鮮血が散って招待客らが悲鳴を上げた。

 けれどフランクの手下らは泣き喚く主人を担いだまま、足を止めずに大ホールから去った。
 おろおろとして見ていたアガサの会長をシドがじっと見返し頷くと、

「み、皆さん、アクシデントはありましたが、まだまだ時間はございます。酒とダンスを楽しんで頂きたい。オーケストラ、何をしているんだ、音楽を!」

 などと声を張り上げて手を打った。それでやっとざわめきが波紋のように広がって収まり、再び始まった音楽でダンスに興じるものも現れる。

「俺たちも帰るぞ。レイバーン、腕を出せ」

 左腕から血を流しながらも、だがレイバーンはハイファから受け取ったハンカチを使い自分で二の腕を縛り上げた。するともういつもの無表情である。そしてただひとこと口にした。

「構わず愉しんで下さい」
「そんな訳にいくか。いいから帰って医者に……」

 聞いているのかいないのかレイバーンは独りで大ホールを出て行った。ここの専属の医師でも探しに行ったのだと思われた。シドはダークスーツの一人にレイバーンを追わせる。

「まあ、レーザーは出血も少ないし大丈夫じゃないかな」

 ハイファの言葉に皆が頷いた。そんな大人たちを見てミーアが表情を緩める。

「じゃあ踊ろうかって言いたいけれど、私は足を痛めているし……ライナルト様?」
「何だよ、ソフィーヤ?」
「ミーアと踊ってあげたらどうかしら?」
「本当に兄様、踊ってくれるの?」

 要らんことを言ったハイファを睨みながら、ミーアの期待に輝く目を無視できない。

「ったく、ワルツしか踊れねぇからな」
「タンゴもいけるクセに」
「タンゴはソフィーヤ、お前としか踊らないって決めてるんだ。ミーア、行くぞ」

 ダンスエリアに出て行くとシドと可愛らしいミーアのペアは皆の微笑みを誘った。シドはミーアの手を取り背に腕を回して、三拍子のゆったりとしたリズムで踊り始める。
 技巧を凝らしリードする域までは達していないのでナチュラルターンとアウトサイドチェンジのみの流すような踊りだったが、ミーアはそれでも満足そうだった。

 最後はお約束で片膝を付いたシドはミーアの背を反らせてポーズを決めさせる。

 わあっと周囲が沸いて惜しみない拍手を貰い二人が戻ってみると、ハイファが見知らぬ男性陣に囲まれていてシドは一気に機嫌を悪くした。

 だがその男性陣もアガサ森林開発の仕事関係者ということで、話題は株価がどうのといったものばかりだ。聞いたこともないような数字とテクニカルタームの多用された話にシドはついて行けず、ムッとしたままワゴンを押す給仕から一番高そうだったウィスキーのショットグラスを貰って飲み始めた。

 飲んでしまうと煙草が恋しくなる。ダークスーツ半分を引き連れてスモーキングルームに行き一本咥えてオイルライターで火を点けた。紫煙を吐いていると開け放たれたドア口から廊下をレイバーンとダークスーツが歩いてゆくのが見えた。煙草を消してホールに戻る。

「大丈夫か、レイバーン?」
「……はい」
「戻ったらもう一度、必ず医者に診せろ。帰るぞ」

 今度こそ皆が従いシドは歓談しているアガサ森林開発の会長に黙礼してからパーティー会場をあとにした。BELに乗り込み宮殿に戻って私室に引っ込むともう零時を過ぎている。
 引き剥がすように盛装を脱ぎ捨てたシドは、そのままリフレッシャを浴びた。ドライモードで適当に乾かして出ると、下着と夜着を身に着ける。

 ソファに腰掛けて飲料ディスペンサーのジンジャーエールを飲みながら煙草を吸いつつ、何となくリモータ操作、3DホロTVを天井近くに浮かばせて眺めた。
 眺めながらも内容など頭に入らずボーッとしていると、リフレッシャを浴びたらしいハイファがこちらも夜着で入ってきた。自分でグラスにアイスティーを淹れて向かいに座る。

「あと実質四日で何とかしなきゃならねぇんだぞ」
「そうだね。でもいきなり、何?」
「敵に塩を送るっつーか、ミーアをその気にさせてどうすんだよ?」

 機嫌の悪いシドを前にハイファは笑った。

「だってミーアと結婚しないんでしょ、だったら思い出くらいはいいじゃない」
「思い出になるより先に死体にされねぇ策を考えようぜ」
「ああ、それね。もう別室には報告済みだし何とかなるんじゃないかな?」
「『テラ連邦議会が知ったので、もう終わりですよ』っつって、ここの奴らが納得するのか?」

「うーん、どうなんだろうね?」
「『爛熟した果実が落ちるまで』『足掻き、藻掻き続ける』んだぞ?」
「そっかあ。でもミーアはシドを愛してるんじゃない、単なるブラコンだと思うよ」

 そんなことはシドだって分かっていた。どういう理由かは知りたくもないが両親のいないミーアが歳の離れた兄を亡くしたばかりなのだ。マフィアファミリーのお嬢という立場でドライな性質のようにみせていても、哀しく淋しいのは当然である。

 そこに兄によく似た男が身代わりに現れたのだ、甘えられるなら甘えたいのが人情だろう。だからといってそれが真似事であっても、同情で結婚してやるほどシドも器がデカくない。ハイファの想いを裏切ることはできない。自分がしたくなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やんごとなき依頼人~Barter.20~

志賀雅基
キャラ文芸
◆この航路を往かねばならぬ/準備万端整えたなら/荒れてもスリル日和だろう◆ キャリア機捜隊長×年下刑事バディPart20[全53話] 釣りを愉しむ機捜隊長・霧島と部下の京哉。電波の届かない洋上で連休を愉しんでいた。だが一旦帰港し再びクルーザーで海に出ると船内で男が勝手に飲み食いし寝ていた。その正体は中央アジアで富む小国の皇太子。窮屈なスケジュールに飽き、警視庁のSPたちをまいて僅かなカネで辿り着いたという。彼の意向で二人がSPに任命された。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能な仕様です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

Area Nosferatu[エリア ノスフェラトゥ]~Barter.22~

志賀雅基
キャラ文芸
◆理性の眠りは怪物を生み出す/Los Caprichos43rd◆ キャリア機捜隊長×年下刑事バディシリーズPart22【海外編】[全66話] 霧島と京哉のバディは護送任務で海外へ。だが護送は空振り、代わりに『パンデミック発生、ワクチン運搬』の特別任務が。しかし現実はワクチンどころかウイルス発見にも至らず、罹患者は凶暴化し人血を好む……現代に蘇った吸血鬼・見えない罹患の脅威との戦いが始まる! 〔当作は2018年11月に執筆したもので特定疾病や罹患者とは一切関係ありません〕 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

零れたミルクをすくい取れ~Barter.18~

志賀雅基
キャラ文芸
◆『取り返し』とは何だ/躰に刻まれ/心に刻まれ/それがどうした/取り返すのみ◆ キャリア機捜隊長×年下刑事バディシリーズPart18【海外編】[全48話] 互いを思いやったが為に喧嘩した機捜隊長・霧島とバディの京哉。仲違いをしたまま特別任務を受けてしまい、二人は別行動をとる。霧島が国内での任務に就いている間に京哉は単身では初めての海外任務に出てしまう。任務内容はマフィアのドンの狙撃。そして数日が経ち、心配で堪らない霧島に本部長が京哉の消息不明の報を告げた。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

セイレーン~楽園27~

志賀雅基
キャラ文芸
◆貴方は彼女を忘れるだけでいいから//そう、か//次は後ろから撃つから◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart27[全43話] 怪しい男らと銃撃戦をしたシドとハイファは駆け付けた同僚らと共に巨大水槽の中の海洋性人種、つまり人魚を見た。だが現場は軍に押さえられ惑星警察は案件を取り上げられる。そこでシドとハイファに降りた別室命令は他星系での人魚の横流し阻止。現地に飛んだ二人だがシドは偶然管理されていない自由な人魚と出会ってしまい――。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

Pair[ペア]~楽園22~

志賀雅基
キャラ文芸
◆大人になったら結婚できると思ってた/by.2chスレタイ◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart22[全32話] 人質立て籠もり事件発生。刑事のシドとハイファも招集されシドが現場へ先行。シドは犯人らを制圧するもビームライフルで左手首を蒸発させられ、培養移植待ちの間に武器密輸を探れと別室任務が下った。同行を主張するシドをハイファは薬で眠らせて独り、内戦中の他星系へと発つ。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

切り替えスイッチ~割り箸男2~

志賀雅基
キャラ文芸
◆俺の回路は短絡し/想う権利を行使した/ざけんな動け!/護りたくば動け!◆ 『欲張りな割り箸男の食らった罰は』Part2。 県警本部の第三SIT要員として、ようやくバディを組めて平穏な生活を獲得した二人に特命が下る。海に浮いた複数の密入国者、これも密輸される大量の銃に弾薬。それらの組織犯罪の全容を暴くため、二人は暴力団に潜入するが……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・ムーンライトノベルズ・エブリスタ・ノベルアップ+に掲載】

Green Eyed[グリーン アイド]~楽園21~

志賀雅基
キャラ文芸
◆月が輝いて見えた/分け隔てなく照らし降り注ぐ/光が必要だったんだ◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart21[全41話] 大企業役員略取誘拐が連続発生。対してテラ連邦軍はカウンターテロリズムに特化したHRT(ホステージ・レスキュー・チーム)を設置。シドとハイファも別室命令でHRTに入るが計ったようにハイファの父・ファサルートコーポレーション会長が他星系で誘拐される。直ちに現地に飛ぶもチーム員は皆ハイファと昔馴染み。シドは心穏やかでなく……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

King of Bookmaker[博打王]~楽園30~

志賀雅基
キャラ文芸
◆――Alea jacta est!――◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart30[全47話] 刑事のシドとハイファはクスリの売人をネオニューヨークに護送する。だが売人に情報を洩らされたくない他星のマフィアの襲撃を受け、逃げ込んだ地下で敵は殲滅するが隠し部屋と箱を発見。お宝かと思いきや出てきたのは三千年前に冷凍睡眠に入った巨大保険シンジケートの創設者だった。そして持ち上がった星系レヴェルの詐欺事件を何故かその創設者も一緒に追う、スラップスティックSF。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能な仕様です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

処理中です...