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第22話

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 ソファに腰掛けロウテーブルを挟んで二人は夕食までの間、飲料ディスペンサーのコーヒーを啜りながら過ごした。

「オニールはシダース議員の話がどんなものか予想してたんだよね?」
「当然だろ。なのに俺たちに秘密を洩らした。用済みになったら消すつもりかもな」
「ミーアの誕生日が五日後、そのままフランク=ケドラルと結婚したとして人工子宮を作ったとして……一週間くらいがリミットってとこかな。それまでに離脱する?」

「ミーアの誕生日までは無理じゃねぇか、こっちに目が集中しすぎてるからさ」
「そっか……拙いなあ」
「それに秘密を知った以上、狙ってくるのはドラレスだけじゃねぇ可能性もある、あのアンナ=シダースの口を塞ぐのは不可能、とすると他のファミリーも狙ってくる可能性が――」

 そのときチャリンとベルの音がした。シドが立ってモニタパネルを覗き込む。オニール他、見たような顔が三名だ。リモータ操作しロック解除するとソファに戻って腰掛ける。
 入ってきた四人は皆それぞれ一癖ある面構えだ。その顔でソファセットの傍に立ったまま、四人は深々と頭を下げる。そして顔を上げた彼らの目は据わっていた。

「若、姐さん、おくつろぎのところを申し訳ありません」
「だから若じゃ……何なんだ、揃いも揃って」
「へえ、こいつらは舎弟頭と顧問の二人でありやす、どうぞお見知りおきを。早速でありやすが五日後のミーアお嬢と若の結婚式についてお話を詰めようと……」

「ちょっと待て、兄妹で結婚式もクソもねぇだろ?」
「そいつはそうですが、ドン・ライナルトではなく若宮志度の兄さんとなら結婚も大いに可能でしょう」
「不可能。俺の相棒は唯一人、ハイファス=ファサルート以外にはいねぇんだって」
「何処までもそう言い張るんで?」

 さすがマフィアの幹部とでもいおうか、オニールが低くそう言った途端に残り三人もシドとハイファを足許から舐め上げるように睨みつけ、底冷えのするような貌を二人に向けた。舎弟頭と顧問二人が二人を睨みつけたまま吼える。

「このグリーズ星系のマフィアの秘密を知った素人さん二人、バラして埋めるくらい簡単だってのを、身を以て知りてぇなら構やしねぇんだぜ!」
「ミーアお嬢のお心を惑わした落とし前だけでもつけさせてやりやしょうか!」
「ドンと姐さんにそっくりとはいえ中身はいえタダの身代わり、この世界の掟をよぉく知って貰いやしょう!」

 口々に喚く幹部たちをオニールが諫めた。

「お前ら、やめんかい! 素人さんをこの世界に引っ張り込んだのはこっちの都合、この上、恩を仇で返すなどとはドラレスファミリーの名折れだろうが!」

 そこで口調を新たにしてオニールは言葉を継ぐ。

「ですが私らドラレスファミリーの幹部一同、膝を折ってでもお願い致しやす。ミーアお嬢の結婚話、受けてやっておくんなせェ。いや、何もずっとファミリーを背負えとは言いやせん。人工子宮での継嗣を作るところまで、そこまでで構わないんで」

 グッドコップ・バッドコップ――片方が乱暴に詰め寄り、片方が「まあまあ」と諫めて吐かせる――の典型を、シドは呆れて見ていた。マフィアに頼まれて片足突っ込んだだけ、なのに何故こんな星までやってきて絞り取られ、子供まで作らなければならないのか。

 そもそも妙なポイントで乗り気になった自分が悪いというのは忘れている。

 一方でハイファは打ち沈んでいた。非常に拙い事態であるだけでなく、それを解消するのがシドの一滴(?)だというのである。シドに子供ができる、自分は作ってやれない子供が――。

 半ば恐怖に駆られてハイファは顔色を蒼白にしていた。今までシドが子供を欲しがったことはないが、できてしまえば放置するような男ではない。心の何割かを持って行かれるのは確実である。自分に対する愛情が目減りするとは思わないが、事実として心を砕く対象が自分以外にできてしまうのだ。

「フランク=ケドラルとの結婚話はどうなる?」
「そっちはヒットマンの三、四人でも送り込めば済むことでさ」

 シドの問いにオニールが得々と答えた。フランク=ケドラルも気の毒な話である。

「……取り敢えず、考えさせてくれ」
「勿論でさァ。色よい返事を待っておりやす。では」

 オニール以下四名は踵を返して部屋を出て行った。

「マジかよ、チクショウ」

 唸ったシドはコーヒーを淹れ直してソファにドスンと腰を下ろした。煙草を咥えて火を点けると、紫煙混じりの溜息をつく。そこでハイファの顔色に気付いた。

「お前ハイファ、大丈夫か? 足が痛むのか?」
「……ううん、何でもないよ」

 シドが即答しなかったことにショックを受けたハイファはそれだけ言うのが精一杯で思わず立ち上がると、ふいに駆け出して隣のソフィーヤの私室へと入りロックをする。
 シドはいきなりのハイファの異変に驚いて追いかけたが、このソフィーヤの私室のロックに関しては唯一ドンのマスターキィコードでも解けないようになっていた。

「ハイファ、大丈夫か、ハイファ!」

 何度音声素子に呼び掛けても応えない。心配で堪らずリモータチェッカにリモータから引き出したリードを繋ぐ。幾つかのコマンドを打ち込むもなかなかロックが解けずに苛つき、レールガンでもぶちかまそうかと思った途端にロックが解けた。

「ハイファ?」

 隣室もドン・ライナルトの私室と造りは変わらない。だが女性的な色合いのものが多く、鏡台などが置かれているという違いがあった。そして化粧品の甘やかな匂いが漂っている。
 ハイファはベッドに突っ伏していた。シドは枕許に腰掛ける。

「どうしたんだよ、何かあったら言えよな」
「僕……僕は、貴方の子供を産んであげられない」
「はあ? お前子供が欲しいのか? どうしてもっつーなら俺と遺伝子操作で――」

「違う。通常手段で若宮志度の優秀な遺伝子を残してあげられない。それに貴方はあんなにプニプニしたがるくらい女性が好きで……僕はいつも女性に敵わない」

 またも相棒が同じ処に嵌ったのを知って、シドは明るい金のしっぽを優しく撫でた。
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