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第21話
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「自分たちが推す野党議員をも殺すなんて矛盾してるし、勿体なくないの?」
「そこら辺はさじ加減ってヤツでさ。こうした会談で解決することもあります故」
「でもそんな目茶苦茶な政治形態なんて、この先、保つ訳がないよ?」
「分かっておりやす、ソフィーヤ様。しかし爛熟した果実が落ちるまで一万人を抱えてあたしらは足掻き、藻掻き続けるしかないんでさァねェ」
「うーん……」
「それでアンナ=シダース、あんたはよそ者で素人の俺たちなら、さっきの話にアレルギーを起こす、それでもしかしたら俺たちがドラレスを説得可能かも知れないと踏んだんだな?」
「可能なら僕らを通してグリーズ星系外に助けを求められると思ったんじゃない?」
アンナはそれぞれのカップに熱い紅茶のおかわりを注ぎながら頷く。
「そう、その通りよ。あたくしは貴方たちがテラ連邦軍人、それもテラ連邦議会に一番近い中央情報局第二部別室員だってことを知ってるわ。知り合いのテラ連邦議会議員から聞いたの。天下の別室ならあたくし一人くらい護ってくれるわよね?」
二人は即答をしなかった。シドは自分まで別室員にされたことに少々ムッとし、ハイファはドラレスならともかく、ケドラルを抑えようもない事実を告げないために黙っている。
けれど二人とも、このおばさんがマフィアに殺られるほどの大物に思えなかった。
「まあ別室には報告するし、ガードも雇っていれば大丈夫じゃないかな」
結局は薄愛主義者の安請け合いでアンナ=シダースは安堵したらしく笑みを浮かべる。もう何杯目か分からない紅茶が淹れられ、今度は茶菓子にアップルパイまでついた。だが食してしまうとシドに喫煙欲求が湧き起こる。辞書に遠慮の文字がないので要求した。
「なあ、灰皿ねぇか?」
「あらごめんなさい、あたくしったら、ええ、今出しますわ。はい、好きなだけ吸って吸って吸いまくって頂いて結構よ。まあ、テラ本星産の煙草は香りもいいわねえ。防湿加工じゃなくて防水加工なんてあるのね、あたくしもじゃあ一本吸おうかしら。この細巻きもいいのよ、ただメンソールだから男性は避ける方もいらっしゃるのよね、でもアレは都市伝説だって聞いたわ――」
またも始まったマシンガントークに閉口し、シドが一本煙草を吸うと退散だ。一応リモータIDだけは交換しシドは黒コートにマフラーとソフト帽を身に着けた。ハイファは黒テンの毛皮のコートと帽子だ。サロンを出ると一行は玄関ホールでアンナに見送られて外に出る。
「うっわ、まだ降ってやがる。外の見張りは大丈夫か、これ?」
「さあね、凍って割れてなきゃいいけど」
またカートに乗って門扉まで辿り着くと凍りかけていた門扉がオートで開いた。オニールが発振し屋敷の敷地外で見張っていた六人が戻ってくる。スーツは断熱素材だというのを聞いたが唇が紫色だ。皆、急いで商工会議所のBELまで歩く。
パイロットとコ・パイはカードゲームをしていた。皆が乗り込むとヒータを全開にして早々にテイクオフ。二時間半をシドとハイファは片目だけ開けておく気持ちで浅く眠った。
高い蒼穹が戻りBELはまもなく宮殿の屋上駐機場にランディングした。オニールの発振でジョルジュ他数十名が待ち受けていて降機するなりシドたちに頭を下げた。
「無事の御帰着、祝着至極にございます」
時代がかった挨拶を前にハイファに違和感を覚えシドはドレススーツの腕を掴む。
「えっ、どうしたの?」
「ソフィーヤ、お前何処か痛めてるだろ?」
「バレちゃった。パンプスで雪道歩いたら靴擦れと、たぶん右足首の軽い捻挫かな」
「そうか、慣れねぇ靴だもんな」
「って、ライナルト様、貴方怪我が!」
「お前くらい、軽い軽い」
皆が見ている前でふいに横抱きにされハイファは抵抗しようとしてやめた。余計にシドの怪我を悪化させるかと思ったのだ。それに他星任務での特典が嬉しかったのもある。
だがそんな二人を見てジョルジュは目頭を押さえ、オニールを始めとしてダークスーツたちが一様に泣き出していた。メイドたちも啜り泣いている。
「ああ、本当にドン・ライナルトとソフィーヤ様が戻ってこられたようだわ!」
「仲むつまじいお二人を見るようで……うううっ!」
「これは本当に目の毒ですなあ……ずびび」
とにかく三階のライナルトの私室に戻ると控え室の医師を呼んだ。ハイファの足は丁寧に処置され、走り回りさえしなければ三日と掛からず治るとのことだった。
だが一安心したところでシドが捕まり、胸のギプス包帯を外されてまた部分点滴だ。かったるい点滴は一時間近く掛かり、フランス窓からネムノキを通して見える外気がオレンジ色から藍色へと変わり、みるみるうちに夜をまとい始めるのを眺める。
つるべ落としとは良く言ったものだと思いながら、胸に固定帯を巻きつけられて本日の治療は終了だった。だが治療は終了でも暢気にしていられる筈もない。
そう、シドとハイファはこの星系のマフィアの秘密を知ってしまったのである。
「そこら辺はさじ加減ってヤツでさ。こうした会談で解決することもあります故」
「でもそんな目茶苦茶な政治形態なんて、この先、保つ訳がないよ?」
「分かっておりやす、ソフィーヤ様。しかし爛熟した果実が落ちるまで一万人を抱えてあたしらは足掻き、藻掻き続けるしかないんでさァねェ」
「うーん……」
「それでアンナ=シダース、あんたはよそ者で素人の俺たちなら、さっきの話にアレルギーを起こす、それでもしかしたら俺たちがドラレスを説得可能かも知れないと踏んだんだな?」
「可能なら僕らを通してグリーズ星系外に助けを求められると思ったんじゃない?」
アンナはそれぞれのカップに熱い紅茶のおかわりを注ぎながら頷く。
「そう、その通りよ。あたくしは貴方たちがテラ連邦軍人、それもテラ連邦議会に一番近い中央情報局第二部別室員だってことを知ってるわ。知り合いのテラ連邦議会議員から聞いたの。天下の別室ならあたくし一人くらい護ってくれるわよね?」
二人は即答をしなかった。シドは自分まで別室員にされたことに少々ムッとし、ハイファはドラレスならともかく、ケドラルを抑えようもない事実を告げないために黙っている。
けれど二人とも、このおばさんがマフィアに殺られるほどの大物に思えなかった。
「まあ別室には報告するし、ガードも雇っていれば大丈夫じゃないかな」
結局は薄愛主義者の安請け合いでアンナ=シダースは安堵したらしく笑みを浮かべる。もう何杯目か分からない紅茶が淹れられ、今度は茶菓子にアップルパイまでついた。だが食してしまうとシドに喫煙欲求が湧き起こる。辞書に遠慮の文字がないので要求した。
「なあ、灰皿ねぇか?」
「あらごめんなさい、あたくしったら、ええ、今出しますわ。はい、好きなだけ吸って吸って吸いまくって頂いて結構よ。まあ、テラ本星産の煙草は香りもいいわねえ。防湿加工じゃなくて防水加工なんてあるのね、あたくしもじゃあ一本吸おうかしら。この細巻きもいいのよ、ただメンソールだから男性は避ける方もいらっしゃるのよね、でもアレは都市伝説だって聞いたわ――」
またも始まったマシンガントークに閉口し、シドが一本煙草を吸うと退散だ。一応リモータIDだけは交換しシドは黒コートにマフラーとソフト帽を身に着けた。ハイファは黒テンの毛皮のコートと帽子だ。サロンを出ると一行は玄関ホールでアンナに見送られて外に出る。
「うっわ、まだ降ってやがる。外の見張りは大丈夫か、これ?」
「さあね、凍って割れてなきゃいいけど」
またカートに乗って門扉まで辿り着くと凍りかけていた門扉がオートで開いた。オニールが発振し屋敷の敷地外で見張っていた六人が戻ってくる。スーツは断熱素材だというのを聞いたが唇が紫色だ。皆、急いで商工会議所のBELまで歩く。
パイロットとコ・パイはカードゲームをしていた。皆が乗り込むとヒータを全開にして早々にテイクオフ。二時間半をシドとハイファは片目だけ開けておく気持ちで浅く眠った。
高い蒼穹が戻りBELはまもなく宮殿の屋上駐機場にランディングした。オニールの発振でジョルジュ他数十名が待ち受けていて降機するなりシドたちに頭を下げた。
「無事の御帰着、祝着至極にございます」
時代がかった挨拶を前にハイファに違和感を覚えシドはドレススーツの腕を掴む。
「えっ、どうしたの?」
「ソフィーヤ、お前何処か痛めてるだろ?」
「バレちゃった。パンプスで雪道歩いたら靴擦れと、たぶん右足首の軽い捻挫かな」
「そうか、慣れねぇ靴だもんな」
「って、ライナルト様、貴方怪我が!」
「お前くらい、軽い軽い」
皆が見ている前でふいに横抱きにされハイファは抵抗しようとしてやめた。余計にシドの怪我を悪化させるかと思ったのだ。それに他星任務での特典が嬉しかったのもある。
だがそんな二人を見てジョルジュは目頭を押さえ、オニールを始めとしてダークスーツたちが一様に泣き出していた。メイドたちも啜り泣いている。
「ああ、本当にドン・ライナルトとソフィーヤ様が戻ってこられたようだわ!」
「仲むつまじいお二人を見るようで……うううっ!」
「これは本当に目の毒ですなあ……ずびび」
とにかく三階のライナルトの私室に戻ると控え室の医師を呼んだ。ハイファの足は丁寧に処置され、走り回りさえしなければ三日と掛からず治るとのことだった。
だが一安心したところでシドが捕まり、胸のギプス包帯を外されてまた部分点滴だ。かったるい点滴は一時間近く掛かり、フランス窓からネムノキを通して見える外気がオレンジ色から藍色へと変わり、みるみるうちに夜をまとい始めるのを眺める。
つるべ落としとは良く言ったものだと思いながら、胸に固定帯を巻きつけられて本日の治療は終了だった。だが治療は終了でも暢気にしていられる筈もない。
そう、シドとハイファはこの星系のマフィアの秘密を知ってしまったのである。
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