20 / 41
第20話
しおりを挟む
全員がシートに腰掛けると、プログラミングされたカートもオートで動き出す。何もかもが雪に埋もれて分からないが、蔓薔薇のアーチらしきものがあるのを見ると、庭も丹精されているらしい。
そして屋敷の車寄せに到着しカートは停止し接地した。皆で降りて大きな玄関扉についたノッカーをオニールが叩く。すると扉が開き中から暖かな空気が流れてきた。
それと共に出てきたのはテラ標準歴なら五十を越えた女性である。
「まああ、この雪の中を呼びつけたりして、ごめんなさいねえ。ささ、中に入って体を温めて頂戴。あら、そういえばドン・ライナルトはお怪我もなされているとか。大丈夫ですの? ほらほら、雪は融ける前に落として。あらまあ、ソフィーヤ様は素敵なコートをお召しになってらっしゃるわね。まあ、それにとっても美人さんだわ。ドンもまあ綺麗なお顔して――」
途切れることのないマシンガントークを放つこの女性こそ、ドラレスファミリーが推す野党第二党幹事長のアンナ=シダースだった。
とにかく喋りまくりながらアンナ=シダースは自らサロンに皆を案内してくれた。ここでレイバーンと三名が残り、オニールにシドとハイファだけが足を踏み入れる。
サロンは屋敷に比して小ぢんまりしていた。使用人も寄せ付けずアンナ=シダース自身が三人に手ずから紅茶を振る舞った。その間も喋りっ放しでシドは知らない言語の音楽を聴いている気分だった。ただ紅茶の香りは良かったので冷えた躰に流し込んで二杯目を貰う。
ソファに座して黙ったままマシンガントークを浴びること二十分、三人の膀胱に水分がかなり溜まった頃、とうとうオニールが口火を切った。
「だからね、あたくしはあの法案に反対じゃないってことなのよ。なのに――」
「シダース議員、お話の本題を伺いたい」
「何で身代わり、ニセモノと知っていて俺たちを呼んだ?」
オニールの訊きたいこととズレているのを承知でシドは黙っていられず訊く。するとアンナ=シダースはやっとマシンガントークを止め、ソファに深く沈み込んだ。
「あたくしを護って欲しい……殺さないで欲しいんですの」
「あんたを殺すってのはドラレスファミリーが殺すってことなのか?」
「お願い、今回の与党議員提出の違法麻薬ガザルの合法化法案に本当は反対じゃなかったのよ。だけど立場上仕方なかった……だからお願い、あたくしを殺さないで!」
「ちょっと落ち着けよ。法案に反対したら殺されるのか?」
「そう、今の与党議員の半分以上を推しているのはアリアスファミリー、そのアリアスの意向に逆らえば刺客がやってくる。それは裏に回らざるを得ないファミリー、今ならドラレスとケドラルの仕事なのよ――」
この星系で現在のマフィア・アリアスは自分たちに都合のいい法案を自らが推した議員に提出させるという、影の星系政府のような存在だ。だが当然ながら表の政府には与党があれば野党もある。法案が通過するかどうかは表の戦いだ。
野党が強硬に意義ある反対をすれば法案が通らない可能性も出てくる。当然だ、議員はマフィアではない選出された一般人である。
そこで影の政府のアリアスから指令が下るのだ、あの邪魔な議員を殺せと。それは法案提出前から始まっている。だから無茶な法案提出に反対する与党議員が多数殺傷されたのだ。
「だけどさ、何で敵対組織ともいえるアリアスの言いなりになってるんだ?」
「それは一般人もマフィアの存在を認める、この星系独特の考え方なんでさァ――」
一般人は力のあるマフィアの推す立候補者に投票する。何故かといえば自分たちが求める法案も通すことができるからだ。マフィアとしても無茶な法案ばかりを通す訳ではない。マフィアの推した議員は一般人、一般人の求める生活に見合った法案を通すのが通常時の議員だ。
「けれど影の星系政府になれなかったふたつのマフィアファミリーは、野党議員を推すだけじゃあ存在意義を保てないんでさ」
巷にはこのグリーズ星系の不健全な政府に反感を持ちマフィアファミリーなど潰せと声高に叫ぶ者もいる。そして彼らが攻撃するのは人間の本能として弱い者からだ。
だが叩かれても存在意義さえあれば堂々としていられる。喩えそれが違法であってもだ。その辺りはシドたちに理解するのは無理なマフィア流の考え方でもあろう。
「いつから暗殺を始めたのかは分かりやせん――」
影の政府になれなかったふたつのファミリーは影の政府の指令だけでなく、存在意義を懸けて法案通過に反対した議員を暗殺するようになった。一般人はそんな事実など知らない。だが反対派議員が消えてゆくのを目の当たりにして、うすうすは勘づいている状態なのだという。
特に今回はこの星系特産とも云える違法麻薬ガザルの合法化法案だ。作用解除薬は既に開発されていてセットにすると謳ってはいるが、テラ連邦議会の厚生局に申請してもまず通らないであろう作用と依存性の強い違法麻薬である。
そんなブツを歓楽街の合法ドラッグ店で堂々と売りたい、シノギを増やしたいだけでアリアスが無茶をしたのだ。
それ故に反対派議員も多く、二桁に上る星系政府議会議員と法案提出を知りテラ連邦議会に報告しようとしたこの星系出身のテラ連邦議会議員が殺傷されたのである。
「ホシは全員、ドラレスかケドラルに雇われたか脅された鉄砲玉か?」
「その通りでさ。償って戻ってきたらファミリーが好待遇で迎える手筈になっておりやす」
話を聞いてシドとハイファは溜息を洩らしていた。
そして屋敷の車寄せに到着しカートは停止し接地した。皆で降りて大きな玄関扉についたノッカーをオニールが叩く。すると扉が開き中から暖かな空気が流れてきた。
それと共に出てきたのはテラ標準歴なら五十を越えた女性である。
「まああ、この雪の中を呼びつけたりして、ごめんなさいねえ。ささ、中に入って体を温めて頂戴。あら、そういえばドン・ライナルトはお怪我もなされているとか。大丈夫ですの? ほらほら、雪は融ける前に落として。あらまあ、ソフィーヤ様は素敵なコートをお召しになってらっしゃるわね。まあ、それにとっても美人さんだわ。ドンもまあ綺麗なお顔して――」
途切れることのないマシンガントークを放つこの女性こそ、ドラレスファミリーが推す野党第二党幹事長のアンナ=シダースだった。
とにかく喋りまくりながらアンナ=シダースは自らサロンに皆を案内してくれた。ここでレイバーンと三名が残り、オニールにシドとハイファだけが足を踏み入れる。
サロンは屋敷に比して小ぢんまりしていた。使用人も寄せ付けずアンナ=シダース自身が三人に手ずから紅茶を振る舞った。その間も喋りっ放しでシドは知らない言語の音楽を聴いている気分だった。ただ紅茶の香りは良かったので冷えた躰に流し込んで二杯目を貰う。
ソファに座して黙ったままマシンガントークを浴びること二十分、三人の膀胱に水分がかなり溜まった頃、とうとうオニールが口火を切った。
「だからね、あたくしはあの法案に反対じゃないってことなのよ。なのに――」
「シダース議員、お話の本題を伺いたい」
「何で身代わり、ニセモノと知っていて俺たちを呼んだ?」
オニールの訊きたいこととズレているのを承知でシドは黙っていられず訊く。するとアンナ=シダースはやっとマシンガントークを止め、ソファに深く沈み込んだ。
「あたくしを護って欲しい……殺さないで欲しいんですの」
「あんたを殺すってのはドラレスファミリーが殺すってことなのか?」
「お願い、今回の与党議員提出の違法麻薬ガザルの合法化法案に本当は反対じゃなかったのよ。だけど立場上仕方なかった……だからお願い、あたくしを殺さないで!」
「ちょっと落ち着けよ。法案に反対したら殺されるのか?」
「そう、今の与党議員の半分以上を推しているのはアリアスファミリー、そのアリアスの意向に逆らえば刺客がやってくる。それは裏に回らざるを得ないファミリー、今ならドラレスとケドラルの仕事なのよ――」
この星系で現在のマフィア・アリアスは自分たちに都合のいい法案を自らが推した議員に提出させるという、影の星系政府のような存在だ。だが当然ながら表の政府には与党があれば野党もある。法案が通過するかどうかは表の戦いだ。
野党が強硬に意義ある反対をすれば法案が通らない可能性も出てくる。当然だ、議員はマフィアではない選出された一般人である。
そこで影の政府のアリアスから指令が下るのだ、あの邪魔な議員を殺せと。それは法案提出前から始まっている。だから無茶な法案提出に反対する与党議員が多数殺傷されたのだ。
「だけどさ、何で敵対組織ともいえるアリアスの言いなりになってるんだ?」
「それは一般人もマフィアの存在を認める、この星系独特の考え方なんでさァ――」
一般人は力のあるマフィアの推す立候補者に投票する。何故かといえば自分たちが求める法案も通すことができるからだ。マフィアとしても無茶な法案ばかりを通す訳ではない。マフィアの推した議員は一般人、一般人の求める生活に見合った法案を通すのが通常時の議員だ。
「けれど影の星系政府になれなかったふたつのマフィアファミリーは、野党議員を推すだけじゃあ存在意義を保てないんでさ」
巷にはこのグリーズ星系の不健全な政府に反感を持ちマフィアファミリーなど潰せと声高に叫ぶ者もいる。そして彼らが攻撃するのは人間の本能として弱い者からだ。
だが叩かれても存在意義さえあれば堂々としていられる。喩えそれが違法であってもだ。その辺りはシドたちに理解するのは無理なマフィア流の考え方でもあろう。
「いつから暗殺を始めたのかは分かりやせん――」
影の政府になれなかったふたつのファミリーは影の政府の指令だけでなく、存在意義を懸けて法案通過に反対した議員を暗殺するようになった。一般人はそんな事実など知らない。だが反対派議員が消えてゆくのを目の当たりにして、うすうすは勘づいている状態なのだという。
特に今回はこの星系特産とも云える違法麻薬ガザルの合法化法案だ。作用解除薬は既に開発されていてセットにすると謳ってはいるが、テラ連邦議会の厚生局に申請してもまず通らないであろう作用と依存性の強い違法麻薬である。
そんなブツを歓楽街の合法ドラッグ店で堂々と売りたい、シノギを増やしたいだけでアリアスが無茶をしたのだ。
それ故に反対派議員も多く、二桁に上る星系政府議会議員と法案提出を知りテラ連邦議会に報告しようとしたこの星系出身のテラ連邦議会議員が殺傷されたのである。
「ホシは全員、ドラレスかケドラルに雇われたか脅された鉄砲玉か?」
「その通りでさ。償って戻ってきたらファミリーが好待遇で迎える手筈になっておりやす」
話を聞いてシドとハイファは溜息を洩らしていた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜
西浦夕緋
キャラ文芸
【和風BL】【累計2万4千PV超】15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。
彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。
亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。
罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、
そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。
「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」
李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。
「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」
李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。
パーフェクトアンドロイド
ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。
だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。
俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。
レアリティ学園の新入生は100名。
そのうちアンドロイドは99名。
つまり俺は、生身の人間だ。
▶︎credit
表紙イラスト おーい
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
先輩はときどきカワウソになる!?
渋川宙
キャラ文芸
リケジョの椎名美織は、憧れの先輩・占部史晴がカワウソに変化するところを目撃してしまった。
それは謎の呪いが原因で、しかも魔法使いが絡んでいるのだとか!?が、史晴はひょっとしたら科学の力で何とかなるかもと奮闘しているという。
秘密を知ってしまった以上は手伝うしかない!美織は憧れの先輩をカワウソ姿から救えるのか?!

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる