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第13話

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 ぞろぞろと客列に並んで二人も降艦する。

「ここからは第四宙港まで定期BEL移動だよ」
「けど、そういう指示はまだ流れてこないんだがな」
「じゃあここで暫くは待ちだね。喫煙ルーム行くんでしょ」

 二人は歩き出しながら何となく透明な壁越しに外を眺める。タイタンの自転周期は約十六日で主星の土星の影に入ることもあるので一概には云えないが、昼が約八日、夜が約八日続く。今は昼のフェイズだが太陽から遠いので外は夕闇の暗さだった。

 だが発電衛星からアンテナで取り込み放題の電力が必要箇所をライトで照らし、目の底が痛いほどである。しかし外を散歩するには少々向かない土地柄なのだ。
 喫煙ルームに足を踏み入れるとシドはまたテラ本星産の煙草を買い足し、手にした対衝撃ジャケットのポケットに詰め込む。安堵してから一服だ。

 一方のハイファはオートドリンカにリモータを翳してクレジットを移し、省電力モードから息を吹き返させボタンを押してアイスティーの保冷ボトルを手に入れた。
 幾つか置かれたベンチだがやはりハイファはシドの隣に腰掛けると、ルージュを崩さないようボトルの液体を飲む研究をし始める。シドはストッキングに包まれた足を閉じて座ったハイファのスパイ根性に心の中で唸った。

 そこでシドのリモータが震え始める。操作して覗き込んだ。 

「発振、今度は何て?」
「何処にいるのかだってよ。『Dフロアの喫煙ルーム』と」
「あ、あそこにいるよ。おーい、じゃなかった、ここですよ~っ!」

 その集団は異星人までが闊歩するタイタンの宙港でも目立った。代貸・オニール氏を先頭にしてダークスーツ十五名ほどの男たちが辺りを払う勢いで歩いているのだ。
 それもダークスーツたちは一様に首には揃いも揃ってゴールドチェーン、リモータはギラギラという、ある種の制服じみた格好で『そのスジ系』だという事実を無言で振り撒いている。

「うーん、アレに混ざるのかあ。恥ずかしいなあ、もう」
「仕方ねぇだろ、出ようぜ」

 煙草を消したシドはハイファからルージュのついたボトルを手渡され、一気飲みしてダストボックスに放り込む。二人して喫煙ルームを出ると集団の先頭オニール氏の前に立った。
 途端にダークスーツの殆どの男たちが奇声を発し、周囲の利用客だけでなくシドとハイファまでもがギョッとする。二人は危うく銃を抜くところだった。

 何事かと思えば男たちは泣いているのであった。

 どうやらシドとハイファを見て、亡くなったドンと姐さんを思い出してしまったようだ。ドドメ色スーツのマフィアたち約十五名が男泣きに泣き崩れる。

「ライナルト様、うわあ~ん!」
「姐さん、姐さん、何で逝っちまったんスか~っ!」
「ソフィーヤ様、俺、惚れてたっスよ、わああ~っ!」

 跪いて床を叩く者まで現れる中、オニール氏が赤い目をして二人を見、ゴマ塩頭をゆっくりと下げて鼻水を床に零し、昨日と同じハンカチで拭いながら言った。

「何と似ていらっしゃる……これは本当に目の毒ですなあ。ずびび」
「それはともかく、こんな場所で身代わりが目立つのは良くないんじゃないかな?」
「おお、そうでしたな。では移動するとしましょう。まずは通関を――」

「って、第四宙港じゃねぇのかよ?」
「我がドラレスファミリーの所有艦がここ、第一宙港に待機しておりますので」
「へえ、落ち目みたいに聞こえたが、結構な羽振りじゃねぇか」

 歯に衣を着せないシドにハイファはヒヤヒヤしながら聞いていたが、オニール氏は何も気にした風ではない。ただ急かされてシドとハイファは通関へと向かった。

 だが二人はもうここで緊張する。二人が見るにダークスーツの男たちの殆どが懐や腹に得物を呑んでいる、つまり銃を隠していたからだ。しかし通関の機器の森をあっさり集団は通過してしまった。シドは通関の不備に呆れたが思い直す。

 危険な星に荷を運ぶ宙艦クルーや政府に雇われた傭兵などには、案外簡単に銃所持の許可が下りてしまうのだ。紛争地帯で活躍するPSC、プライヴェート・セキュリティ・カンパニーなどをトンネル企業にすれば、一気に全員の銃所持が認められてしまうこともある。
 この集団もそういった手を使ったのかも知れない。

 通関をクリアするとダークスーツが二人走り、宙港面専用コイルを二台調達してくる。総員十八名は九名ずつに分かれてワンボックス型コイルでドラレスファミリー所有艦に向かった。
 ドラレスファミリー所有艦は旅客専用艦ではなく軍の払い下げ中古艦だった。この辺りが落ち目の所以かとシドは思ったが、それでも全長は四十メートル近い。

 コイルを降りてエアロックをくぐると、さすがに通路は狭かった。身を縮めて歩き辿り着いたキャビンはそれでもきちんと改造され、サロンのようになっていた。

 だがいつのモノとも知れないハンティングトロフィーが飾られ、額縁にはシドにも読めない文化言語の漢字が墨痕淋漓と書かれ、虎の毛皮が足元に敷かれ、日本刀セットがギラギラと輝いているサロンはただただ派手でセンスはない。

「まあ、仕方ないよね」
「所詮はマフィアだからな」

 二人でぼそぼそと喋っているとチンピラがブランデーとグラス、ワープ薬を載せたワゴンを押してくる。本革張りのソファに腰掛けたのはシドとハイファにオニール氏だけだった。オニール氏付きらしい剣呑な目つきの兄さんは代貸の背後に立つ。

 このメンバーで飲まなければならないのかと思うと、もううんざりしたハイファだったが、男三人の視線が自分の胸と脚に向けられているのに気付いて声を上げた。

「おカネ取るからねっ!」

 その言葉で皆の視線が分散される。ワープ薬を全員が飲み、ブランデーを少し舐めたあとはハイファだけアイスコーヒーを貰った。それもオニール氏が発振して三十秒と経たずに出てくるのが結構スゴい。それに使われている豆はかなり上等なものだとハイファは看破する。

 アナウンスが入って出航してからハイファが訊いた。

「ワープ三回、間隔は?」
「四十分ですな。二時間四十分でグリーズ星系第五惑星ヤーン第一宙港です」
「で、僕は着いたらひとことも喋れないのかな?」
「おお、これは申し訳ない。この声帯変調器を奥歯に仕込んでおいて貰いたい」

 渡されたのはスタンダードなシロモノで、ハイファもスパイ時代に使用したことのあるアイテムだ。奥歯に被せると勝手に声帯まで機器が枝を伸ばし、発声時の振動を細かくすることで周波数を上げる。それである程度は声が高く聞こえるというものだ。

 それをスカートスーツのポケットに入れ、更に訊く。

「ヤーンの自転周期はどのくらいだっけ?」
「二十三時間四十五分十秒ですな。本星と殆ど変わりないのが売りでして――」

 歓楽街を仕切るマフィアの代貸は自分の手柄のように、ヤーンの自転周期が観光産業にも良い影響を与えているなどと語った。シドとハイファは右から左に聞き流すだけだったが。

「ところでそっちの兄さんも呑んでるんだろ?」

 訊かれて剣呑な目つきの男は黙って懐から銃を取り出した。マガジンキャッチを押してマガジンを手に落とし、二人に見せる。もしもの場合に一番近い者の残弾くらい知っておかなければ落ち着かない生活をしているシドとハイファである。

「ふうん。ダブルカーラムで四十五口径ACPをチャンバ一発マガジン十二発の計十三発ね」
「立派なモンをお持ちだな。俺のこれは残弾が二百六十三」
「僕はチャンバ一発マガジン十七発だからね。スペアマガジンが二本で計五十二」

「で、兄さんは何て呼べばいい?」
「……ラルフ=レイバーン。レイバーンと」
「分かった。俺は――」

「ライナルト様にソフィーヤ様ですな。ここから先はお間違えのないよう」
「承知した、オニール」
「その調子です……ううう、ライナルト様、ソフィーヤ様~っ!」

 男泣きにむせび泣くオニールの鬼瓦のような顔を眺め、ゴーダ警部といい勝負だなあ、などとシドは暢気に思った。思いながら酔わないのをいいことに高級ブランデーを茶の如く飲む。
 更に煙草を取り出して咥えると、オニールが少し咎める目をして洟を啜り口を開いた。
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