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第7話
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三本目をフィルタギリギリまで吸ったシドは灰皿に吸い殻を捨てるなり気配を感じ、ハイファから一メートルは飛び退いた。
どうしたのかとハイファが振り向くと、いつから見ていたのか、そこには太陽系広域惑星警察セントラル地方七分署・刑事部機動捜査課の面々、つまりはシドとハイファの同僚たちが一様にニヤニヤして立っていたのである。
「よう。珍しく大人しく収監されてると思ったら、お楽しみ中かい」
折れたのはアバラ、だが背骨まで折れそうなほどの勢いで主任のゴーダ警部がシドの背をサザエのようなこぶしでどついた。
片やシドの先輩マイヤー警部補はリモータを振る。
「大変、いい画を撮らせて頂きました」
涼しい顔をしていても機動捜査課の人間だ。マイヤー警部補の撮ったポラは、間違いなく今日中に七分署の全女性職員にメール配布されるだろう。調子に乗ってシドの後輩ヤマサキまでがニヤニヤ笑いをやめず、シドはその脛を蹴り飛ばした。
「あ痛たた、いきなり酷いじゃないっスか!」
「鍛え方が足りねぇんだよ。ところで何の用なんだ?」
これにはあとから入ってきた捜査一課のヘイワード警部補が答える。
「あんたが釈放になる前に見舞いに来た……ってのが半分。残りはあんたら夫婦が先々週から持ち込んだタタキの裏取りだ。やっと再生槽から出たらしくてな」
さらりと『夫婦』口撃をされて怯んだシドの代わりにハイファが無難に言う。
「それはご苦労様です」
「有休取ってまで旦那の世話するあんたもな、ハイファス」
「戦線離脱してすみません、主任」
「困るほどデカいヤマは抱えてねぇ。それより旦那の世話の方が最前線だろうが」
「まあ、そうですね」
そのやり取りにシド独りが不機嫌にポーカーフェイスの眉間にシワを刻んでいる。
だがゴーダ主任の言葉通りイヴェントストライカ不在の機捜課はヒマらしい。捜一に駆り出されての下請け仕事、聞き込みに歩いているようだ。
そこまで考えて日頃から歩いてばかりのシドは僅かに羨ましそうな顔をし、皆から笑われる。
「平和そうでいいじゃない。誰よりも平和を愛する男なんでしょ」
「それはそうだけどさ」
「今頃はヴィンティス課長もイヴェントストライカの不在に低血圧も胃痛も治って、すっかり太ってるかもね」
「くそう、人の不幸で命の洗濯をしやがって」
「そういう貴方は一ピコ秒でも早く命の洗濯板を叩き割りに行く予定じゃないの?」
「当たり前だろ。けど例の話も――」
シドの科白が立ち消えとなった。左手首のリモータが震えだしていたのだ。同時にハイファのリモータも発振している。そのパターンは発振人が別室だと告げていた。
眩暈がする思いで二人は顔を見合わせる。既に皆の冷やかしすらシドの耳に入らない。ハイファの他星系旅行許可申請と資料請求だけではシドにまで別室から連絡がくるとは思えず、つまりはまたも別室任務ということだった。
「まあ、タダで旅行させてくれるほど甘くはないよね……」
「身代わりの話、今から全力拒否してもだめか?」
これ以上は囁き合うのも拙い。刑事の耳は地獄耳なのだ。だがもう何事かを悟ったものか七分署一空気の読めない男であるヤマサキ以外の皆が再びニヤニヤしている。
普段から二人にばかり降ってくる『研修』に『出張』の特別勤務だ。ヤマサキを除いて、誰もがもう七分署機捜課七不思議だとは思っていない。シドとハイファには何か秘密があると嗅ぎつけているのだ。彼らは悟った上で黙ってくれているのである。
半ば上の空となったシドは適当な雑談で茶を濁し四人の同僚たちを見送ると、ガラガラと点滴台を引きずって、ハイファとともに六一五号室までとぼとぼと戻った。
「くそう、別室長ユアン=ガードナーの妖怪野郎……」
「でも命令書を見ないと本当に身代わりと関係あるのかどうかも分からないし」
「この流れでそれを言えるお前を、ある意味俺は尊敬するぜ」
「今頃、課長は小躍りしてるかもね」
きっとヴィンティス課長はブルーアイを澄み切らせ、ほくそ笑んでいることだろう。恐ろしいことに課長と別室長は飲み友達で情報は筒抜けなのだ。
「チクショウ、もういい! さっさと見るぞ」
「では、三、二、一、ポチッと」
ハイファのカウントでシドは乱暴にキィ操作した。
小さな画面に浮き出た緑色に光る文字を読み取る。
【中央情報局発:グリーズ星系において星系政府議会議員及び同星系輩出のテラ連邦議会議員が殺傷される事件が続発。事件の真相を調査し報告せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
どうしたのかとハイファが振り向くと、いつから見ていたのか、そこには太陽系広域惑星警察セントラル地方七分署・刑事部機動捜査課の面々、つまりはシドとハイファの同僚たちが一様にニヤニヤして立っていたのである。
「よう。珍しく大人しく収監されてると思ったら、お楽しみ中かい」
折れたのはアバラ、だが背骨まで折れそうなほどの勢いで主任のゴーダ警部がシドの背をサザエのようなこぶしでどついた。
片やシドの先輩マイヤー警部補はリモータを振る。
「大変、いい画を撮らせて頂きました」
涼しい顔をしていても機動捜査課の人間だ。マイヤー警部補の撮ったポラは、間違いなく今日中に七分署の全女性職員にメール配布されるだろう。調子に乗ってシドの後輩ヤマサキまでがニヤニヤ笑いをやめず、シドはその脛を蹴り飛ばした。
「あ痛たた、いきなり酷いじゃないっスか!」
「鍛え方が足りねぇんだよ。ところで何の用なんだ?」
これにはあとから入ってきた捜査一課のヘイワード警部補が答える。
「あんたが釈放になる前に見舞いに来た……ってのが半分。残りはあんたら夫婦が先々週から持ち込んだタタキの裏取りだ。やっと再生槽から出たらしくてな」
さらりと『夫婦』口撃をされて怯んだシドの代わりにハイファが無難に言う。
「それはご苦労様です」
「有休取ってまで旦那の世話するあんたもな、ハイファス」
「戦線離脱してすみません、主任」
「困るほどデカいヤマは抱えてねぇ。それより旦那の世話の方が最前線だろうが」
「まあ、そうですね」
そのやり取りにシド独りが不機嫌にポーカーフェイスの眉間にシワを刻んでいる。
だがゴーダ主任の言葉通りイヴェントストライカ不在の機捜課はヒマらしい。捜一に駆り出されての下請け仕事、聞き込みに歩いているようだ。
そこまで考えて日頃から歩いてばかりのシドは僅かに羨ましそうな顔をし、皆から笑われる。
「平和そうでいいじゃない。誰よりも平和を愛する男なんでしょ」
「それはそうだけどさ」
「今頃はヴィンティス課長もイヴェントストライカの不在に低血圧も胃痛も治って、すっかり太ってるかもね」
「くそう、人の不幸で命の洗濯をしやがって」
「そういう貴方は一ピコ秒でも早く命の洗濯板を叩き割りに行く予定じゃないの?」
「当たり前だろ。けど例の話も――」
シドの科白が立ち消えとなった。左手首のリモータが震えだしていたのだ。同時にハイファのリモータも発振している。そのパターンは発振人が別室だと告げていた。
眩暈がする思いで二人は顔を見合わせる。既に皆の冷やかしすらシドの耳に入らない。ハイファの他星系旅行許可申請と資料請求だけではシドにまで別室から連絡がくるとは思えず、つまりはまたも別室任務ということだった。
「まあ、タダで旅行させてくれるほど甘くはないよね……」
「身代わりの話、今から全力拒否してもだめか?」
これ以上は囁き合うのも拙い。刑事の耳は地獄耳なのだ。だがもう何事かを悟ったものか七分署一空気の読めない男であるヤマサキ以外の皆が再びニヤニヤしている。
普段から二人にばかり降ってくる『研修』に『出張』の特別勤務だ。ヤマサキを除いて、誰もがもう七分署機捜課七不思議だとは思っていない。シドとハイファには何か秘密があると嗅ぎつけているのだ。彼らは悟った上で黙ってくれているのである。
半ば上の空となったシドは適当な雑談で茶を濁し四人の同僚たちを見送ると、ガラガラと点滴台を引きずって、ハイファとともに六一五号室までとぼとぼと戻った。
「くそう、別室長ユアン=ガードナーの妖怪野郎……」
「でも命令書を見ないと本当に身代わりと関係あるのかどうかも分からないし」
「この流れでそれを言えるお前を、ある意味俺は尊敬するぜ」
「今頃、課長は小躍りしてるかもね」
きっとヴィンティス課長はブルーアイを澄み切らせ、ほくそ笑んでいることだろう。恐ろしいことに課長と別室長は飲み友達で情報は筒抜けなのだ。
「チクショウ、もういい! さっさと見るぞ」
「では、三、二、一、ポチッと」
ハイファのカウントでシドは乱暴にキィ操作した。
小さな画面に浮き出た緑色に光る文字を読み取る。
【中央情報局発:グリーズ星系において星系政府議会議員及び同星系輩出のテラ連邦議会議員が殺傷される事件が続発。事件の真相を調査し報告せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
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