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第6話
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「いいじゃねぇか、普段から精勤してんだ。有休も随分溜まってるしな。それに俺がいない方がヴィンティス課長だって喜ぶだろ」
「喜ばせたくなんかないクセに。嫌がらせに一日も早く出勤するって息巻いてたじゃないのサ?」
「まあ、そう言うな。別室任務でもねぇ他星旅行だと思えばいいじゃねぇか」
「うーん、色々問題はありそうだけど……それに子供ができるまでなんて、何ヶ月掛かるか分からないじゃない?」
そこでオニールは安心させるように頷いた。
「ご心配なさらず。お嬢の結婚が決定した時点で、人工子宮で跡継ぎを作ります」
「ほら、な。十月十日も待つ訳じゃねぇんだ。いいじゃねぇか」
何故そこまで押すのか、まるで分からないハイファを前に、シドはありとあらゆることをすっとばして『ハイファの女装姿』に大いに期待する心を押し隠した。
未だストレート性癖を主張するシドは、相棒の女装を想像して鼻血が出そうなくらい期待してしまっているのだった。
そんな二人にオニールはまた頭を下げて話をまとめに掛かる。
「なるべく急いでご決心頂きたいところですが急な話でもありますし、明日の午後までに色よい返答を頂ければと思います。それでは」
本物のドンと姐さんが死んだのだ、それを隠して様々な処理に追われているのだろう。だが忙しさを表に出さず、しかし鋭い目光の一閃を残しオニールは若い男を従えて去った。
「それにしても、あーたがそこまで乗り気になるのは珍しいよね」
「ガザルの流通ルートだぞ? カミーユに流せば一網打尽に出来るチャンスだ」
「知り合いの麻取のカミーユ=サトクリフさんね。でもそれだけで刑事の貴方がマフィアに与するとはねえ……うーん」
「いるだけでいいんだ、まさかドンと姐さん自ら銃撃戦もねぇだろ」
「まあ、そうかも知れないけど」
「じゃあお前も参加でいいんだな?」
「即答はできません。僕らのリモータが勝手に本星から消えたら別室戦術コンがビィビィ鳴り出しちゃうから一応、別室にお伺いを立ててからだよ」
「何だ、またそれかよ?」
別室と聞いてシドはポーカーフェイスの眉間に不機嫌を溜める。幾らハイファ独りを危険な任務に送り出せずに毎回自分も参加しているとはいえ喜んで任務を受けるほど脳天気ではない。別室と別室長ユアン=ガードナーをシドは毛嫌いしているのだ。
そんなシドを横目にハイファはリモータ操作を始めた。報告だけでなくグリーズ星系とやらの資料請求もしなければならない。
「これでよし、と。あとは返事を待つだけだよ」
丁度リフトに朝食が届きハイファがトレイふたつを両手に持ってくる。シドのベッドに付属したテーブルに並べて置いた。内臓疾患でもないのでそこそこ旨そうな、だがありきたりの病院食である。
ベッドサイドのパイプ椅子に腰掛けたハイファはそんなものでも優雅に食す。
ハイファはテラ連邦でも有数のエネルギー関連会社ファサルートコーポレーション・通称FCの会長御曹司だ。名ばかりながら代表取締役専務でもある。子供の頃は跡継ぎとしてマナー全般を叩き込まれ、帝王学まで学ばせられたのだという。
おまけに生みの母はレアメタルで有名なセフェロ星系の直系王族で、一歩間違えば次代のセフェロ王だったという大した出自なのだ。
「半分王族のお前がマフィアの姐さんか。実際、俺にドンが務まると思うか?」
「充分務まると思うよ」
「俺の何処を見て言ってんだよ?」
「鏡でも見てきたら」
暢気にデザートのバナナを食べてしまうと、またヒマも戻ってくる。シドは点滴を携帯式に替えて貰い、点滴台をガラガラ引きながら喫煙室へと遠征だ。無論、監視もついてくる。
食後の一服を味わう愛し人を眺めるのはハイファにとっても至福の刻だ。シドが嬉しければ自分も嬉しいのがハイファという健気さである。片割れは不埒な思いを抱いているのに、まだ気付いていないのだ。
とにかく煙草から有害物質が取り除かれて久しい。企業努力として依存物質は含まれているので、ここに中毒患者が集うのだが。
「それにしても他星でBELの事故なんて運の悪い人たちだよね」
「まあな。捜査戦術コンのドラグネットに……あったぞ。三分署管内上空で反重力装置の部品が脱落しスカイチューブに接触、尾翼損傷。郊外まで飛んで墜ちたらしい」
「オートじゃなかったのかな?」
「最近の遊覧飛行は規定でオートの筈だが、ちょっとアクロバティックな飛行でスリルを愉しませる業者くらい、いてもおかしくねぇさ。勿論立場上、暗殺っつー可能性もあるけどな」
「ふうん、そっか……羨ましい」
「何でだよ?」
「だって好きな人と一緒に死ねるなんて本望じゃない」
割とシリアスに呟いたハイファの薄い肩をシドは片腕で抱き寄せる。人目もあるのにシドの側からのスキンシップは珍しくハイファは内心舞い上がった。
「『一生、一緒の長さ生きてる』っつったのはお前だぜ? そいつは今日でも明日でもねぇ、ずっとずっと先のことだ。俺の夢は……分かってるだろ?」
「お爺さんになってから、僕に乗っかって腹上死だっけ?」
「そうだ。忘れるなよな」
笑いながらシドは煙草を二本灰にし三本目でハイファに睨まれる。煙が喉に悪いというのがハイファの言い分だ。その尖った視線に気付かぬフリで窓から青く澄み渡った空を眺めた。
気象制御装置に頼ってかここ暫く晴天が続いている。さほど遠くない超高層ビル群と、それらの腹を串刺しにして繋ぐ通路のスカイチューブが陽を弾いて目に眩しい。
多数のBELが蜂のように飛び交っていた。
見下ろせば僅かに地から浮いて走るコイル群が、色とりどりのボンネットを輝かせている。通勤ラッシュは過ぎたかオートにしても流れは緩やかだ。
これも小型反重力装置駆動なので排気も騒音も出さない。クリアな空気がテラ本星セントラルエリアを包んでいる。
「喜ばせたくなんかないクセに。嫌がらせに一日も早く出勤するって息巻いてたじゃないのサ?」
「まあ、そう言うな。別室任務でもねぇ他星旅行だと思えばいいじゃねぇか」
「うーん、色々問題はありそうだけど……それに子供ができるまでなんて、何ヶ月掛かるか分からないじゃない?」
そこでオニールは安心させるように頷いた。
「ご心配なさらず。お嬢の結婚が決定した時点で、人工子宮で跡継ぎを作ります」
「ほら、な。十月十日も待つ訳じゃねぇんだ。いいじゃねぇか」
何故そこまで押すのか、まるで分からないハイファを前に、シドはありとあらゆることをすっとばして『ハイファの女装姿』に大いに期待する心を押し隠した。
未だストレート性癖を主張するシドは、相棒の女装を想像して鼻血が出そうなくらい期待してしまっているのだった。
そんな二人にオニールはまた頭を下げて話をまとめに掛かる。
「なるべく急いでご決心頂きたいところですが急な話でもありますし、明日の午後までに色よい返答を頂ければと思います。それでは」
本物のドンと姐さんが死んだのだ、それを隠して様々な処理に追われているのだろう。だが忙しさを表に出さず、しかし鋭い目光の一閃を残しオニールは若い男を従えて去った。
「それにしても、あーたがそこまで乗り気になるのは珍しいよね」
「ガザルの流通ルートだぞ? カミーユに流せば一網打尽に出来るチャンスだ」
「知り合いの麻取のカミーユ=サトクリフさんね。でもそれだけで刑事の貴方がマフィアに与するとはねえ……うーん」
「いるだけでいいんだ、まさかドンと姐さん自ら銃撃戦もねぇだろ」
「まあ、そうかも知れないけど」
「じゃあお前も参加でいいんだな?」
「即答はできません。僕らのリモータが勝手に本星から消えたら別室戦術コンがビィビィ鳴り出しちゃうから一応、別室にお伺いを立ててからだよ」
「何だ、またそれかよ?」
別室と聞いてシドはポーカーフェイスの眉間に不機嫌を溜める。幾らハイファ独りを危険な任務に送り出せずに毎回自分も参加しているとはいえ喜んで任務を受けるほど脳天気ではない。別室と別室長ユアン=ガードナーをシドは毛嫌いしているのだ。
そんなシドを横目にハイファはリモータ操作を始めた。報告だけでなくグリーズ星系とやらの資料請求もしなければならない。
「これでよし、と。あとは返事を待つだけだよ」
丁度リフトに朝食が届きハイファがトレイふたつを両手に持ってくる。シドのベッドに付属したテーブルに並べて置いた。内臓疾患でもないのでそこそこ旨そうな、だがありきたりの病院食である。
ベッドサイドのパイプ椅子に腰掛けたハイファはそんなものでも優雅に食す。
ハイファはテラ連邦でも有数のエネルギー関連会社ファサルートコーポレーション・通称FCの会長御曹司だ。名ばかりながら代表取締役専務でもある。子供の頃は跡継ぎとしてマナー全般を叩き込まれ、帝王学まで学ばせられたのだという。
おまけに生みの母はレアメタルで有名なセフェロ星系の直系王族で、一歩間違えば次代のセフェロ王だったという大した出自なのだ。
「半分王族のお前がマフィアの姐さんか。実際、俺にドンが務まると思うか?」
「充分務まると思うよ」
「俺の何処を見て言ってんだよ?」
「鏡でも見てきたら」
暢気にデザートのバナナを食べてしまうと、またヒマも戻ってくる。シドは点滴を携帯式に替えて貰い、点滴台をガラガラ引きながら喫煙室へと遠征だ。無論、監視もついてくる。
食後の一服を味わう愛し人を眺めるのはハイファにとっても至福の刻だ。シドが嬉しければ自分も嬉しいのがハイファという健気さである。片割れは不埒な思いを抱いているのに、まだ気付いていないのだ。
とにかく煙草から有害物質が取り除かれて久しい。企業努力として依存物質は含まれているので、ここに中毒患者が集うのだが。
「それにしても他星でBELの事故なんて運の悪い人たちだよね」
「まあな。捜査戦術コンのドラグネットに……あったぞ。三分署管内上空で反重力装置の部品が脱落しスカイチューブに接触、尾翼損傷。郊外まで飛んで墜ちたらしい」
「オートじゃなかったのかな?」
「最近の遊覧飛行は規定でオートの筈だが、ちょっとアクロバティックな飛行でスリルを愉しませる業者くらい、いてもおかしくねぇさ。勿論立場上、暗殺っつー可能性もあるけどな」
「ふうん、そっか……羨ましい」
「何でだよ?」
「だって好きな人と一緒に死ねるなんて本望じゃない」
割とシリアスに呟いたハイファの薄い肩をシドは片腕で抱き寄せる。人目もあるのにシドの側からのスキンシップは珍しくハイファは内心舞い上がった。
「『一生、一緒の長さ生きてる』っつったのはお前だぜ? そいつは今日でも明日でもねぇ、ずっとずっと先のことだ。俺の夢は……分かってるだろ?」
「お爺さんになってから、僕に乗っかって腹上死だっけ?」
「そうだ。忘れるなよな」
笑いながらシドは煙草を二本灰にし三本目でハイファに睨まれる。煙が喉に悪いというのがハイファの言い分だ。その尖った視線に気付かぬフリで窓から青く澄み渡った空を眺めた。
気象制御装置に頼ってかここ暫く晴天が続いている。さほど遠くない超高層ビル群と、それらの腹を串刺しにして繋ぐ通路のスカイチューブが陽を弾いて目に眩しい。
多数のBELが蜂のように飛び交っていた。
見下ろせば僅かに地から浮いて走るコイル群が、色とりどりのボンネットを輝かせている。通勤ラッシュは過ぎたかオートにしても流れは緩やかだ。
これも小型反重力装置駆動なので排気も騒音も出さない。クリアな空気がテラ本星セントラルエリアを包んでいる。
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