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第4話
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そんなことを考えながら端正な寝顔を眺めていると消灯、オートで天井のライトパネルが常夜灯モードに変わる。そっとシドに毛布を掛け直した。
まだ眠る気はなかったが、出入り口側のベッドに移って腰掛ける。薬室含めてフルメタルジャケット九ミリパラベラム十八弾フルロードの大型セミ・オート、名銃テミスM89のコピーである愛銃も、ドレスシャツに装着したショルダーバンドで左脇に吊ったまま、上からソフトスーツのジャケットも着たままだ。
愛銃テミスコピーは異種人類の集う最高立法機関である汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント、いわゆる交戦規定に違反している。パワーコントロール不能な銃本体も違法モノ、登録してあるが元より私物を別室から手を回して貰い、特権的に使用しているのだ。
ここで何があるとも思えないが、有り得ないことが降り掛かるのがイヴェントストライカたるこの男だ。それ故にシドも枕元に愛銃を置いていた。
シドの愛銃はセントラルエリア統括本部長の声掛かりで武器開発課が作った奇跡と呼ばれる品で、二丁あったが一丁は壊されて二丁めの貴重な巨大レールガンである。三桁もの針状通電弾体・フレシェット弾を発射可能で、マックスパワーなら有効射程五百メートルを誇る危険物だ。
右腰から下げてなお突き出した銃身を専用ホルスタ付属のバンドで右大腿部に留めていつも保持していた。
そもそも太陽系では普通、私服司法警察員に通常時の銃の携帯を許可していない。シドとハイファの同僚たちは持っていてもせいぜいリモータ搭載の麻痺レーザーだ。
それだって殆ど使用しないというのに、イヴェントストライカとそのバディであるハイファが職務を遂行するに当たっては何故か銃をぶちかまさなければならない。
銃はもはや生活必需品だった。捜査戦術コンも必要性を認めている。
それでもまさか、ここでカチコミは食らわないだろう。愛しい寝息を聞きながら一時間半ほどを過ごし、極悪患者が起き出す前に起きようと思って眠るためのシークエンスに入る。スーツを脱いで作り付けの小さなクローゼットに掛け、ドレスシャツと下着だけでシーツに横になった。毛布を被る。テミスコピーはショルダーホルスタに入ったまま、枕元だ。
別室入りする前はスナイパーだったハイファだ。何となくクセで心音に合わせて呼吸していると徐々に眠気が訪れる。
飼い猫のタマはシドの自室の隣人に任せてきたので朝のエサの心配はない。
寝返りを打ってシドの方を向き、いつもの左腕の腕枕を想う。
温かく逞しい胸に抱かれ長い後ろ髪を優しく指で梳かれる感触を思い出しながら、ハイファは眠りに落ちていった。
◇◇◇◇
完全防音の病室だがオートドアの外にある音声素子が拾った、ただならぬ気配でハイファは目を開いた。薄暗い中でシドも切れ長の黒い目を覗かせている。ハイファがリモータを見ると二時半過ぎだったが要領よく眠れたようで、さほどの眠気は残っていない。
消灯前から眠っていたシドも同じらしく滑らかに躰を起こした。
オートドアは患者本人か付き添い、それに医師と看護師にしか開けられなくなっている。だが少々待ってはみたが誰も入ってくる様子はない。
「シド、貴方はいいから寝てて」
勝手に点滴を外そうとするのを留め、ハイファは素早くベッドから滑り降りると、ドレスシャツの上にショルダーホルスタとクローゼットから出したスラックスだけを身に着け、オートドアから無造作に廊下に出た。そして少々仰け反る。
隣室の六一三号室のオートドアが開け放たれ、入りきれないほどのダークスーツの一団が溢れかえっていたのだ。老いも若きも入り交じったスーツ軍団は一様に目を赤くしている。洟を啜る者もいれば、床に伏して号泣している者もいた。
困った顔で立ち尽くす看護師の一人とハイファが目を合わせると、看護師は肩を竦めて首を横に振った。どうやら隣室の患者が亡くなったらしい。
「ご夫婦でBELの事故よ。仲が良かったみたいで二人一緒に……再生槽は別だったのに、本当に同じ時間に逝かれたの」
看護師の説明はともかく、泣き叫ぶ男たちの団体様である。彼らは首からお約束のゴールドチェーンを提げ、リモータはギラギラのデコレーションという、どう見てもチンピラマフィアだったのだ。残り半分もそれなりに身なりはいいが、明らかに何処かのスジ者といった雰囲気を醸している。
そしてこのクリーンなテラ本星にマフィアなどといった地下組織は存在しない。
だがテラ連邦に加盟しながらもテラの意向に添わない星系があるのが実情で、一方の雄が四六時中内紛を繰り返しテロリスト育成の温床になっているヴィクトル星系であり、もう一方の雄が林立するマフィアファミリーが全星を牛耳り『人口よりも銃の数が多い』というのがキャッチフレーズのロニア星系第四惑星ロニアⅣだ。
特にロニアは太陽系の出入り口である土星の衛星タイタンのハブ宙港からワープたったの一回という近さで、ここから流れてくる武器弾薬や違法ドラッグ、偽造IDを使った不法入星者などが惑星警察刑事というシドとハイファの仕事にも直結する問題となっていた。
だがロニアは意外に人気もあるのだ。大概のことに慣れ、平和に倦み飽きた人々が少々スリルのあるお遊びとばかりにロニア観光に出掛け、テラ連邦では違法なカジノや売春宿、交戦規定違反の銃を撃たせるツアーに参加し、外貨を落とすという悪循環にも陥っている。
そんなロニアから逆にマフィアがテラ本星に平和観光に来て事故に遭ったのかも知れない。死んだのは中堅以上、たぶんこの騒ぎではファミリーのドンといったところだろう。
「急変の連絡でホテルから駆け付けた人たちなんだけれど……」
通常の騒ぎなら一喝で蹴散らす看護師も事態が事態で困惑気味らしい。労いに曖昧な笑みを投げておいてハイファは六一五号室に引っ込み、シドに説明する。
まだ眠る気はなかったが、出入り口側のベッドに移って腰掛ける。薬室含めてフルメタルジャケット九ミリパラベラム十八弾フルロードの大型セミ・オート、名銃テミスM89のコピーである愛銃も、ドレスシャツに装着したショルダーバンドで左脇に吊ったまま、上からソフトスーツのジャケットも着たままだ。
愛銃テミスコピーは異種人類の集う最高立法機関である汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント、いわゆる交戦規定に違反している。パワーコントロール不能な銃本体も違法モノ、登録してあるが元より私物を別室から手を回して貰い、特権的に使用しているのだ。
ここで何があるとも思えないが、有り得ないことが降り掛かるのがイヴェントストライカたるこの男だ。それ故にシドも枕元に愛銃を置いていた。
シドの愛銃はセントラルエリア統括本部長の声掛かりで武器開発課が作った奇跡と呼ばれる品で、二丁あったが一丁は壊されて二丁めの貴重な巨大レールガンである。三桁もの針状通電弾体・フレシェット弾を発射可能で、マックスパワーなら有効射程五百メートルを誇る危険物だ。
右腰から下げてなお突き出した銃身を専用ホルスタ付属のバンドで右大腿部に留めていつも保持していた。
そもそも太陽系では普通、私服司法警察員に通常時の銃の携帯を許可していない。シドとハイファの同僚たちは持っていてもせいぜいリモータ搭載の麻痺レーザーだ。
それだって殆ど使用しないというのに、イヴェントストライカとそのバディであるハイファが職務を遂行するに当たっては何故か銃をぶちかまさなければならない。
銃はもはや生活必需品だった。捜査戦術コンも必要性を認めている。
それでもまさか、ここでカチコミは食らわないだろう。愛しい寝息を聞きながら一時間半ほどを過ごし、極悪患者が起き出す前に起きようと思って眠るためのシークエンスに入る。スーツを脱いで作り付けの小さなクローゼットに掛け、ドレスシャツと下着だけでシーツに横になった。毛布を被る。テミスコピーはショルダーホルスタに入ったまま、枕元だ。
別室入りする前はスナイパーだったハイファだ。何となくクセで心音に合わせて呼吸していると徐々に眠気が訪れる。
飼い猫のタマはシドの自室の隣人に任せてきたので朝のエサの心配はない。
寝返りを打ってシドの方を向き、いつもの左腕の腕枕を想う。
温かく逞しい胸に抱かれ長い後ろ髪を優しく指で梳かれる感触を思い出しながら、ハイファは眠りに落ちていった。
◇◇◇◇
完全防音の病室だがオートドアの外にある音声素子が拾った、ただならぬ気配でハイファは目を開いた。薄暗い中でシドも切れ長の黒い目を覗かせている。ハイファがリモータを見ると二時半過ぎだったが要領よく眠れたようで、さほどの眠気は残っていない。
消灯前から眠っていたシドも同じらしく滑らかに躰を起こした。
オートドアは患者本人か付き添い、それに医師と看護師にしか開けられなくなっている。だが少々待ってはみたが誰も入ってくる様子はない。
「シド、貴方はいいから寝てて」
勝手に点滴を外そうとするのを留め、ハイファは素早くベッドから滑り降りると、ドレスシャツの上にショルダーホルスタとクローゼットから出したスラックスだけを身に着け、オートドアから無造作に廊下に出た。そして少々仰け反る。
隣室の六一三号室のオートドアが開け放たれ、入りきれないほどのダークスーツの一団が溢れかえっていたのだ。老いも若きも入り交じったスーツ軍団は一様に目を赤くしている。洟を啜る者もいれば、床に伏して号泣している者もいた。
困った顔で立ち尽くす看護師の一人とハイファが目を合わせると、看護師は肩を竦めて首を横に振った。どうやら隣室の患者が亡くなったらしい。
「ご夫婦でBELの事故よ。仲が良かったみたいで二人一緒に……再生槽は別だったのに、本当に同じ時間に逝かれたの」
看護師の説明はともかく、泣き叫ぶ男たちの団体様である。彼らは首からお約束のゴールドチェーンを提げ、リモータはギラギラのデコレーションという、どう見てもチンピラマフィアだったのだ。残り半分もそれなりに身なりはいいが、明らかに何処かのスジ者といった雰囲気を醸している。
そしてこのクリーンなテラ本星にマフィアなどといった地下組織は存在しない。
だがテラ連邦に加盟しながらもテラの意向に添わない星系があるのが実情で、一方の雄が四六時中内紛を繰り返しテロリスト育成の温床になっているヴィクトル星系であり、もう一方の雄が林立するマフィアファミリーが全星を牛耳り『人口よりも銃の数が多い』というのがキャッチフレーズのロニア星系第四惑星ロニアⅣだ。
特にロニアは太陽系の出入り口である土星の衛星タイタンのハブ宙港からワープたったの一回という近さで、ここから流れてくる武器弾薬や違法ドラッグ、偽造IDを使った不法入星者などが惑星警察刑事というシドとハイファの仕事にも直結する問題となっていた。
だがロニアは意外に人気もあるのだ。大概のことに慣れ、平和に倦み飽きた人々が少々スリルのあるお遊びとばかりにロニア観光に出掛け、テラ連邦では違法なカジノや売春宿、交戦規定違反の銃を撃たせるツアーに参加し、外貨を落とすという悪循環にも陥っている。
そんなロニアから逆にマフィアがテラ本星に平和観光に来て事故に遭ったのかも知れない。死んだのは中堅以上、たぶんこの騒ぎではファミリーのドンといったところだろう。
「急変の連絡でホテルから駆け付けた人たちなんだけれど……」
通常の騒ぎなら一喝で蹴散らす看護師も事態が事態で困惑気味らしい。労いに曖昧な笑みを投げておいてハイファは六一五号室に引っ込み、シドに説明する。
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