この手を伸ばせば~楽園18~

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
3 / 41

第3話

しおりを挟む
 現代では汎銀河中でテラ人は暮らしていた。それらテラ系星系を統括するのがテラ連邦議会で、別室はテラ連邦議会を陰で支える組織である。
 曰く『巨大テラ連邦の利のために』を合い言葉に目的を達するためなら非合法イリーガルな手段でもためらいなく執る超法規的スパイの実働部隊といったところだ。

 そんな組織は出向させたからといって、放っておいてくれるほどスイートでないのは当然で、たびたび任務を振ってくる。そしてそれはイヴェントストライカという裏を返せば『何にでもぶち当たる奇跡のチカラ』を当て込み、今ではシドにまで降ってくるのだ。

 ハイファが現役軍人で別室エージェントということは軍機、軍事機密だ。職場でそれを知るのはシドと課長のみ、そのために任務が降ってこれば惑星警察サイドを『研修』だの『出張』だのと誤魔化して出掛けなければならない。

 そうしてここ暫く立て続けに任務に放り込まれ、ハイファだけでなくシドも幾度となく命の危険に晒された。心も躰も傷つきシドは幾度も死の淵を彷徨った。

 シド自身は別室に何の義理も借りもない。任務なんか無視してしまえば終わりなのだ。だが今も左手首に嵌めたガンメタリックのリモータをシドは外さないでいてくれる。
 惑星警察の官品に似せてはあるがそれより大型の、ハイファのシャンパンゴールドと色違いお揃いの別室と惑星警察をデュアルシステムにした別室カスタムメイドリモータだ。

 これはハイファと今のような仲になったばかりのある日の深夜、寝込みを襲うように宅配されてきた。それをシドは寝惚け頭で惑星警察の官品のヴァージョン更新と勘違いし嵌めてしまったという経緯がある。だが気付いたときにはもう遅い。

 こんなものはシドには無用の長物だ。しかし別室リモータは一度装着して生体IDを読み込んでしまうと、自分で外すか他者から外されるかに関わらず、『別室員一名失探ロスト』と判定して別室戦術コンがビィビィ鳴り出すので迂闊に外せない。

 まさに嵌められたという訳である。

 その代わりにあらゆる機能が搭載され、例えば軍隊用語でMIA――ミッシング・イン・アクション――と呼ばれる任務中行方不明に陥っても、部品ひとつひとつにまで埋め込まれたナノチップが発振し、テラ系有人惑星上空になら必ず上がっている軍事通信衛星MCSが感知するので探して貰いやすいなどという利点もある。

 その他にも様々なデータベースとしても、手軽なハッキングツールとしても使えるという、なかなかの優れものなのだ。
 だがこれを通して別室任務が舞い込むのである。シドとしては外して捨ててしまいたいところだろう。それでもシドはこれを外さない。

 一生、どんなものでも一緒に見ていくと誓った言葉そのままに、どんなに危険でもシドはともにきてくれる。どんなにつらい思いをしても、自らの身を投げ出して護ってくれる。だから今だけでも何も心配せずにゆっくり休んで欲しかった。

 今度は自分が護るから――。

 眠るシドの左薬指にはもうひとつのお揃い、ペアリングが鈍く光を弾いている。
 こんなペアリングまで嵌めておいて、太陽系広域惑星警察セントラル地方七分署の職場関係諸氏に対し、シドは未だにハイファを仕事上のバディにすぎないと言い張っている。
 だが今のような仲になってから一年数ヶ月が経ち、当然のことながら皆は既に二人をカップル認定していた。もう噂にも上らない。

 なのに照れ屋で意地っ張りな男は一度強固に否定してしまった以上、主張を翻すこともできなくなり、真顔で否定するのも苦しくなって最近はドツボに嵌っていた。
 ペアリングまで嵌めての一連のシドの葛藤とツンデレぶりにはハイファも時折可笑しくなるのだが、機嫌を損ねてリングを外されるのも嫌なので、その辺は気を使っている。

 何せ十六歳で出会ったその日に惚れて告白したのはハイファの方、だが完全ストレート性癖のシドに文字通り蹴り飛ばされながらも苦労して親友の地位を獲得、以来七年間も片想いしていたのだ。
 そして一年と数ヶ月前、シドを庇いハイファが死にかけたことをきっかけにシドはとうとう堕ちて、『この俺をやる』という言葉をくれたのである。

 それまでの別室員ハイファス=ファサルートは宇宙を駆け巡り、ノンバイナリー寄りのメンタルとバイである身と容姿とを最大の武器にして敵をタラし情報を盗み取るという、躰を張った任務に邁進していた。

 しかしシドに想いが通じた途端に、そういった手法での任務が突如として不可能になってしまった。敵をタラしてもその先ができない、平たく云えばシドしか受け付けない、シドとしかできない躰になってしまったのだ。

 お蔭で別室から惑星警察に出向という名目の左遷となり、自分たちにとってはこの上なく嬉しい二十四時間バディシステムが誕生したのである。

 けれど未だ別室員であるハイファとイヴェントストライカという二つ名を持つシドには危険が付き物で怪我をすることも少なくない。だがその怪我も圧倒的にシドが多く、何度手術し再生槽にまで浸からなければならない大怪我をしてきたことだろう。

 それでも笑ってみせる男はやはりマゾなのか……? 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜

西浦夕緋
キャラ文芸
【和風BL】【累計2万4千PV超】15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。 彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。 亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。 罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、 そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。 「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」 李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。 「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」 李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。

パーフェクトアンドロイド

ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。 だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。 俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。 レアリティ学園の新入生は100名。 そのうちアンドロイドは99名。 つまり俺は、生身の人間だ。 ▶︎credit 表紙イラスト おーい

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...