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第1話

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 再生槽から出るなり相棒バディのシドが『自主的リハビリ』と称して徘徊を始めたのには慣れていたが、捜して病室に連れ戻すのは毎回難儀な仕事だった。
 そのためにハイファも署の方は有休を取ってセントラル・リドリー病院の二人部屋に泊まり込み、単身者用官舎ビルの自室と病室を行ったり来たりで、飼い猫タマの世話とシドの監視に明け暮れている。

 今日もタマに夕食を与えて病室に速攻で戻ってみれば、シドのベッドは空だった。

 AD世紀から三千年の宇宙時代に、それもここは汎銀河一の治安の良さを誇る地球テラ本星のセントラルエリアである。義務と権利のバランスがとれた上にID管理の行き届いた社会で大概の人間は醒めていた。躰を張って犯罪に走るような熱い奴など殆どいない。

 だがその『殆ど』を一手に引き受けていると云っても過言でないのがハイファの愛し人であるシドこと若宮わかみや志度しどという男だ。道を歩けば、いや、表に立っているだけでも事件・事故が寄ってくるという超ナゾ特異体質のシドは誰が呼んだか『イヴェントストライカ』などと仇名されている。

 そんなシドにとって惑星警察の刑事という仕事は天職だろう。

 だがお蔭で四日前にも宝飾店を襲った強盗タタキにストライク、ホシ三人のうち一人が手にしていたハンドガンがコンマ四十四インチ口径のマグナム銃で、シドは特殊アイテムの対衝撃ジャケットでも防げないまでのマン・ストッピング・パワーを超至近距離で浴びたのだ。

 一方ホシ三人はシドとハイファからダブルタップを腹に食らい、同じくこの病院の再生槽でまだ睡眠中である。シドだって胸に二発を食らって右肋骨を二本骨折し、一本にヒビという本来ならまだ再生槽に沈んでいてもおかしくない重傷だ。

 そう。手術で骨を繋いだシドも、まだ薬で意識を落とされ再生槽の中で睡眠中の筈だった。だが薬の類に対し並外れて強い特異体質が徒となって勝手に目を覚まし、更には勝手に再生液から這い出してきたのだ。
 極悪患者に医師も看護師も呆れ、完全看護体制の病院でありながら全てハイファに丸投げされたのが昨日の昼間である。

 そのまま退院して自室に帰るというのを宥めすかし、泣き落として、最後には『不完全なバディに背中を預ける気はない』と、バディ解消をネタに脅し上げ、せめてあと二日は入院続行し患部に部分点滴を受けさせることをシドに承知させた。
 退院すれば通院などぶっちぎって、いつもの『足での捜査』にいそしみ、事件イヴェント遭遇ストライクするのは目に見えているからだ。

 溜息をつくなりオートドアが開いて馴染みの看護師が顔を出す。

「あら、ハイファス。また逃げられたのね」
「すみません、捜してきます」

 ナースステーションから直接伸びた持続部分点滴が勝手に止められ、気付かれたらしい。部分点滴は骨折箇所に直接アミノ酸やリン酸カルシウムなどを注入して治りを早めるものだ。
 そんな治療すら放擲するとは、あの男は治りたくないのか、マゾなのか。

 たった三十分の留守中に姿を眩ませるとはどういうことなのかと部屋を見回せば、ベッド上にはペラペラのガウンのような患者服が脱ぎ捨てられている。どうやらハイファがいない間にクリーニングサーヴィスを終えた普段着が戻ってきたらしい。

 パイプ椅子に掛けてあった対衝撃ジャケットも、枕許のキャビネットに置いてあったシドの愛銃であるレールガンもヒップホルスタごと消えていた。

 極悪患者の脱走にも慣れた看護師はハイファに気の毒そうな目を向ける。見られてハイファは曖昧な笑みを浮かべてみせた。今は同情しているが、この看護師もシドを連れ帰ればハイファ共々大目玉を食らわせる。
 何故に自分までが怒られなければならないのかハイファは激しく疑問なのだが、ここのナースに舌戦では敵わない。

 監督責任を問われ一人で怒られるのは勘弁、正犯を捕らえてこようとハイファはそそくさと病室を出ようとした。

「あっ、ハイファス、ちょっと待って。これにサインだけして貰えるかしら」

 珍しい紙媒体の書類は二人部屋の一方のベッドをハイファが借りている、その延長申請書だった。ハイファス=ファサルートとペンでサインをし改めて部屋を出る。

 まず覗いたのは喫煙室だ。けれど哀れな中毒患者の会合にシドは参加していなかった。こうなると何処を探していいのか迷う。そこで左手首に嵌めたリモータのトレーサーシステムをさっさと立ち上げた。果たして小さな画面に緑の輝点が現れる。

 ――目標は西に五百五十メートル、移動中。

 そういえば昼間に『煙草の残りが淋しいぜ』などと呟いていたのを思い出す。近場の自販機まで遠征したのかも知れない。何れにせよ野放しにはしておけない。

 エレベーターに乗って一階に降りエントランスを抜けてハイファは輝点を目指し、足早に歩いた。完全でないシドに表を独り歩きさせてイヴェントストライカっぷりを発揮されては危険だ。早足が徐々に駆け足となる。

 一番近い自販機より随分手前で求める人影を発見した。辺りのビル群の窓明かりや街灯、ビル同士を串刺しして繋ぐスカイチューブの航空灯などで見通しは良く、チャコールグレイで裾が長めの対衝撃ジャケットを見間違えることはない。

「シド、貴方何してるのサ!」
「んあ、煙草買ってきた」
「それくらい僕に言ってくれれば……」

「いいじゃねぇか、リハビリも兼ねてんだ」
「あーたが受けている現代再生液医療は、きちんと治せば、きちんと治せば、リハビリ要らずの筈ですが」
「なんだ、ネチこいな。歩くくらい、いつもと同じことじゃねぇか」

 署で事件待ちをしていればいいというのに、シドは『刑事は歩いてなんぼ』を標榜し、日頃から管内を歩き回っている。別に意味なく歩いているのではない。歩いていなければ見えてこない犯罪から人々を護ろうと、少しでも『間に合おう』としているのだ。

 それ故に刑事という仕事上だけではなくプライヴェート領域に渡る女房役を自認するハイファも、文句も言わずシドとともに日々、靴底を擦り減らしているのである。
 けれど、それとこれとは全く以て話が別だ。
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