24 / 24
第24話
しおりを挟む
だがいつもならホルスタを吊っている位置を、いつまでも眺めては溜息を吐くバディに向き直った志賀はアズラエルの紅い瞳を睨んで言った。
「あのなあ、モノ自体への執着なら俺も分かるけどサ。リープ出来るお前が抜くときはハッタリじゃなくて本気で撃つ時、必要と感じたときだろ」
志賀のいつに無い真剣さに思わず同意を示してしまうアズラエル。シリアスになると時折出る、『お前』と言われたのも効いている。
「でも今はPK使いと一緒にいるんだぜ、必要か? 要らねーだろ。なんかあったら俺んとこに跳びゃいいんだし。ったく、ナイフ一丁持たねーで何があっても眠りこけてたクセにサ。五日間も丸腰でいられてそりゃねーぜ。てっきりそれはこっちの役目って……そうでなきゃ、まるきりアンタの嫁さんみてーじゃんか俺」
その言葉にアズラエルは一瞬呆然とした。
そうなのだ。幾ら軍人でも、まさか実戦や特殊任務中でもない限り銃を携帯することはない。しかしサイキを標的にされる危険性から、自分は今までどうしても銃は手放せなかった。それなのに軍という組織に護られていない状況下で、ずっと銃はポッドに置いたままだったのだ。存在を忘れていたといってもいい。
他者がいない安心感? それもあっただろう。だが考えてみれば実はそうではない。データ上、追尾される可能性は薄かったにしろ、本気でギルド級に狙われた場合、これほど危ない状況はなかった筈なのだ。強力なサイキ二人を一切の痕跡を残さず拉致できる。
休暇気分どころか相棒に頼りきって呑気に過ごしていたのは自分だった。わざわざ指摘されるまでそんなことにすら気付かなかったとは。
「その代わりクソジジィとか偉い人の相手は頼むからサ。そんなつまんねーコトやってらんないからな。オイラの性に合わねー、適材適所って、おい。どうしたんだよ」
唐突に火が点いたように笑い出したアズラエルに志賀はギョッとする。発作のように肩を震わせる年上の相棒を眺めながら心配になった。
まだアッパーが効いているのかも知れない。この生真面目な相棒が毒キノコ御贈答セットと勘付いて放っておこうとしたのも普通じゃない。自分も含めて強力なサイキ持ちはキレた電波野郎が多いにしても、ラリったこいつはちょっと拙いか?
「なあ、ダイジョーブ? 戻ってきてくれよー、アズルよぅ」
「ああ何でもない。すまん、大丈夫だ。……貴様以上に奇天烈な父上にナマで初お目見えするかと思ったら、ちょっとな」
発作的笑いを収めて志賀に微笑しながらアズラエルは言った。微笑んでいられるのも今のうちだぜと志賀は思う。クソジジイの毒はキノコを上回る気がする。
長い長い間、単独で情報部員をやってきた年上の相棒に志賀は念を押した。
「覚悟しとけよ、クソジジィの強烈さってオイラの比じゃねーぞ。あの狂気は伝染性がある。絶対に取り込まれるんじゃねーぞ、相棒」
「ふん、それは遺伝というやつだ。だが自分でも分かっているようだな。自覚があるなら通常生活に於ける言動に注意しろ。降って湧いたPKは仕方ないにしろ」
アズラエルにしてみれば大変なのは志賀のPKだけではないのだ。子供のようだが大人だから面倒の後始末も大変で、実生活面でのそれに追われた四ヶ月だった。思うがままに振舞う志賀の言動は誰にも読めず、振り回されている。
いったい何が本気で何が冗談か読み難かったが子供のやる事だ。きっと全て本気なのだろうとアズラエルは悟りの境地に至りかけていた。そこで思い出す。
「お前、もうすぐ入隊して半年だな」
「ん、それがナニ?」
「普通、幹部候補生は半年で三尉任官する決まりだ。別室特例で降りた任官は一度蹴飛ばしたが……続けるんだろう?」
「ああ、暫くはそのつもり。本星は狭いし、こっちの方が面白そうだし。――宜しく、バディ・アズラエル=トラス殿」
と、意外にも志賀は教則本通りの挙手敬礼をして見せた。
「こちらこそ、だ」
対してアズラエルはゆったりとラフな答礼。
窓外はすでに真空間となり、暗い。
遠くの恒星たちがシンチレーション無しでくっきりと観察できる。遥か下方のゴミ溜め惑星が、今は夢の世界であったかのように朧に輝いていた。
(いつの日にか、この文明の末路ともいえる星にも大地が出来て、入植者が立ち根を張るときがくるのだろうか)
ふと、そんな思いを巡らすアズラエル。
(くるとしても、あれだけ大量のゴミが土に還るための時間だ。きっと気が遠くなる程の未来だろうな)
しかし、あと数分で自分達はリアルな世界に戻るのだ。様々な人間の異なる考えや組織の思惑、命の危険や……新たな魅惑溢れる世界へ。
「あ。ちょっちアズル。もひとつ大事なこと、忘れるトコだったぜ」
サーチのレンジを全開にしても、既に自分たちの艇以外何も引っ掛からない宇宙空間に思いを馳せていたアズラエルは、若い相棒が立ち上がり傍らまで来ていたのは知っていたが、そちらを見もしなかった。
「俺もサ、ポリシーに反するっつーか、ちっとばかりラインに抵触すっかなーって悩んではみたんだケド、決着つけねーと気になってしゃーねェ。……トリィ、ユン司令には言うなよ」
何をだ、と訊くより早くアズラエルはいきなり志賀の両手で頭部を挟まれ、強引に振り向かされる。そして何か反応をする間も無く、唇を塞がれた。
勢いよすぎて互いの歯がガチンと当たり、目眩と同時に星が飛んだ。しかし目眩は直後に差し入れられた、柔らかく濃厚な舌の感触に依るものだったかも知れない。
常にフラットさを要求され、数十年間たがわずそれを実行してきた情報軍人。そして任務に於いてもそうでなくとも、数え切れない程の命のやりとりを経験してきた能力者。
そのアズラエル=トラスは頭を突き放され、勝ち誇ったように好戦的な笑みを浮かべた同族の顔を見ても、操縦席から半分ずり落ちたまま動けなかった。
「おっしゃ~っ!! 勝ったな。へへ~、腰抜けてやんの。負けたまんまじゃ、けったクソ悪ィしな。こーゆーのは年とか経験の差じゃないって証明だぜ。……ぺっぺっ、野郎となんて二度と御免だ、うがいうがいっと……」
志賀は再び後部ポッドへ消える。
宙軍の巡察艦からの呼びかけがアラームから音声、音声から怒声へと変わっても、アズラエルは暫しレスすることが出来なかった。
了
「あのなあ、モノ自体への執着なら俺も分かるけどサ。リープ出来るお前が抜くときはハッタリじゃなくて本気で撃つ時、必要と感じたときだろ」
志賀のいつに無い真剣さに思わず同意を示してしまうアズラエル。シリアスになると時折出る、『お前』と言われたのも効いている。
「でも今はPK使いと一緒にいるんだぜ、必要か? 要らねーだろ。なんかあったら俺んとこに跳びゃいいんだし。ったく、ナイフ一丁持たねーで何があっても眠りこけてたクセにサ。五日間も丸腰でいられてそりゃねーぜ。てっきりそれはこっちの役目って……そうでなきゃ、まるきりアンタの嫁さんみてーじゃんか俺」
その言葉にアズラエルは一瞬呆然とした。
そうなのだ。幾ら軍人でも、まさか実戦や特殊任務中でもない限り銃を携帯することはない。しかしサイキを標的にされる危険性から、自分は今までどうしても銃は手放せなかった。それなのに軍という組織に護られていない状況下で、ずっと銃はポッドに置いたままだったのだ。存在を忘れていたといってもいい。
他者がいない安心感? それもあっただろう。だが考えてみれば実はそうではない。データ上、追尾される可能性は薄かったにしろ、本気でギルド級に狙われた場合、これほど危ない状況はなかった筈なのだ。強力なサイキ二人を一切の痕跡を残さず拉致できる。
休暇気分どころか相棒に頼りきって呑気に過ごしていたのは自分だった。わざわざ指摘されるまでそんなことにすら気付かなかったとは。
「その代わりクソジジィとか偉い人の相手は頼むからサ。そんなつまんねーコトやってらんないからな。オイラの性に合わねー、適材適所って、おい。どうしたんだよ」
唐突に火が点いたように笑い出したアズラエルに志賀はギョッとする。発作のように肩を震わせる年上の相棒を眺めながら心配になった。
まだアッパーが効いているのかも知れない。この生真面目な相棒が毒キノコ御贈答セットと勘付いて放っておこうとしたのも普通じゃない。自分も含めて強力なサイキ持ちはキレた電波野郎が多いにしても、ラリったこいつはちょっと拙いか?
「なあ、ダイジョーブ? 戻ってきてくれよー、アズルよぅ」
「ああ何でもない。すまん、大丈夫だ。……貴様以上に奇天烈な父上にナマで初お目見えするかと思ったら、ちょっとな」
発作的笑いを収めて志賀に微笑しながらアズラエルは言った。微笑んでいられるのも今のうちだぜと志賀は思う。クソジジイの毒はキノコを上回る気がする。
長い長い間、単独で情報部員をやってきた年上の相棒に志賀は念を押した。
「覚悟しとけよ、クソジジィの強烈さってオイラの比じゃねーぞ。あの狂気は伝染性がある。絶対に取り込まれるんじゃねーぞ、相棒」
「ふん、それは遺伝というやつだ。だが自分でも分かっているようだな。自覚があるなら通常生活に於ける言動に注意しろ。降って湧いたPKは仕方ないにしろ」
アズラエルにしてみれば大変なのは志賀のPKだけではないのだ。子供のようだが大人だから面倒の後始末も大変で、実生活面でのそれに追われた四ヶ月だった。思うがままに振舞う志賀の言動は誰にも読めず、振り回されている。
いったい何が本気で何が冗談か読み難かったが子供のやる事だ。きっと全て本気なのだろうとアズラエルは悟りの境地に至りかけていた。そこで思い出す。
「お前、もうすぐ入隊して半年だな」
「ん、それがナニ?」
「普通、幹部候補生は半年で三尉任官する決まりだ。別室特例で降りた任官は一度蹴飛ばしたが……続けるんだろう?」
「ああ、暫くはそのつもり。本星は狭いし、こっちの方が面白そうだし。――宜しく、バディ・アズラエル=トラス殿」
と、意外にも志賀は教則本通りの挙手敬礼をして見せた。
「こちらこそ、だ」
対してアズラエルはゆったりとラフな答礼。
窓外はすでに真空間となり、暗い。
遠くの恒星たちがシンチレーション無しでくっきりと観察できる。遥か下方のゴミ溜め惑星が、今は夢の世界であったかのように朧に輝いていた。
(いつの日にか、この文明の末路ともいえる星にも大地が出来て、入植者が立ち根を張るときがくるのだろうか)
ふと、そんな思いを巡らすアズラエル。
(くるとしても、あれだけ大量のゴミが土に還るための時間だ。きっと気が遠くなる程の未来だろうな)
しかし、あと数分で自分達はリアルな世界に戻るのだ。様々な人間の異なる考えや組織の思惑、命の危険や……新たな魅惑溢れる世界へ。
「あ。ちょっちアズル。もひとつ大事なこと、忘れるトコだったぜ」
サーチのレンジを全開にしても、既に自分たちの艇以外何も引っ掛からない宇宙空間に思いを馳せていたアズラエルは、若い相棒が立ち上がり傍らまで来ていたのは知っていたが、そちらを見もしなかった。
「俺もサ、ポリシーに反するっつーか、ちっとばかりラインに抵触すっかなーって悩んではみたんだケド、決着つけねーと気になってしゃーねェ。……トリィ、ユン司令には言うなよ」
何をだ、と訊くより早くアズラエルはいきなり志賀の両手で頭部を挟まれ、強引に振り向かされる。そして何か反応をする間も無く、唇を塞がれた。
勢いよすぎて互いの歯がガチンと当たり、目眩と同時に星が飛んだ。しかし目眩は直後に差し入れられた、柔らかく濃厚な舌の感触に依るものだったかも知れない。
常にフラットさを要求され、数十年間たがわずそれを実行してきた情報軍人。そして任務に於いてもそうでなくとも、数え切れない程の命のやりとりを経験してきた能力者。
そのアズラエル=トラスは頭を突き放され、勝ち誇ったように好戦的な笑みを浮かべた同族の顔を見ても、操縦席から半分ずり落ちたまま動けなかった。
「おっしゃ~っ!! 勝ったな。へへ~、腰抜けてやんの。負けたまんまじゃ、けったクソ悪ィしな。こーゆーのは年とか経験の差じゃないって証明だぜ。……ぺっぺっ、野郎となんて二度と御免だ、うがいうがいっと……」
志賀は再び後部ポッドへ消える。
宙軍の巡察艦からの呼びかけがアラームから音声、音声から怒声へと変わっても、アズラエルは暫しレスすることが出来なかった。
了
0
お気に入りに追加
6
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
静寂の星
naomikoryo
SF
【★★★全7話+エピローグですので軽くお読みいただけます(^^)★★★】
深宇宙探査船《プロメテウス》は、未知の惑星へと不時着した。
そこは、異常なほど静寂に包まれた世界── 風もなく、虫の羽音すら聞こえない、完璧な沈黙の星 だった。
漂流した5人の宇宙飛行士たちは、救助を待ちながら惑星を探索する。
だが、次第に彼らは 「見えない何か」に監視されている という不気味な感覚に襲われる。
そしてある日、クルーのひとりが 跡形もなく消えた。
足跡も争った形跡もない。
ただ静かに、まるで 存在そのものが消されたかのように──。
「この星は“沈黙を守る”ために、我々を排除しているのか?」
音を発する者が次々と消えていく中、残されたクルーたちは 沈黙の星の正体 に迫る。
この惑星の静寂は、ただの自然現象ではなかった。
それは、惑星そのものの意志 だったのだ。
音を立てれば、存在を奪われる。
完全な沈黙の中で、彼らは生き延びることができるのか?
そして、最後に待ち受けるのは── 沈黙を破るか、沈黙に飲まれるかの選択 だった。
極限の静寂と恐怖が支配するSFサスペンス、開幕。
我ら新興文明保護艦隊
ビーデシオン
SF
もしも道行く野良猫が、百戦錬磨の獣戦士だったら?
もしも冴えないサラリーマンが、戦争上がりのアンドロイドだったら?
これは、実際にそんな空想めいた素性をもって、陰ながら地球を守っているエージェントたちのお話。
※表紙絵はひのたけきょー(@HinotakeDaYo)様より頂きました!
【完結】バグった俺と、依存的な引きこもり少女。 ~幼馴染は俺以外のセカイを知りたがらない~
山須ぶじん
SF
異性に関心はありながらも初恋がまだという高校二年生の少年、赤土正人(あかつちまさと)。
彼は毎日放課後に、一つ年下の引きこもりな幼馴染、伊武翠華(いぶすいか)という名の少女の家に通っていた。毎日訪れた正人のニオイを、密着し顔を埋めてくんくん嗅ぐという変わったクセのある女の子である。
そんな彼女は中学時代イジメを受けて引きこもりになり、さらには両親にも見捨てられて、今や正人だけが世界のすべて。彼に見捨てられないためなら、「なんでもする」と言ってしまうほどだった。
ある日、正人は来栖(くるす)という名のクラスメイトの女子に、愛の告白をされる。しかし告白するだけして彼女は逃げるように去ってしまい、正人は仕方なく返事を明日にしようと思うのだった。
だが翌日――。来栖は姿を消してしまう。しかも誰も彼女のことを覚えていないのだ。
それはまるで、最初から存在しなかったかのように――。
※第18回講談社ラノベ文庫新人賞の第2次選考通過、最終選考落選作品。
※『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載しています。
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。

改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる