ゴミと茸と男が二人~楽園の外側~

志賀雅基

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第23話

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「何も外見で選り好みしたんじゃない。そもそも外見は不味くなかった、彼女の係累だしな。どちらにしろ遺伝子操作だ、関係ない」
「じゃあ、何でなんで?」
「お前な……幾ら母星に無い遺伝子操作のコネが出来たからって、ジブリールの弟と、男と子供を作りたいか? それを育てて眺めたいか!?……自分は御免だ、ためらいなく逃げたぞ私は」

 既に志賀は笑いを堪えきれずシートから転げ落ちていた。

「そ、それが……情報局第二部別室の、音に聞こえた氷銀のコールド・シルバートラスの……ン十年前の入隊の、理由スか? あ、ありえネェ!! ヒィ~スゲェ、俺より情けねェっ!」

 狭い足元に転がる相棒の背に硬い靴底でアズラエルは思い切り蹴りを入れる。

「五月蝿いっ、そのときは切実だったんだ、若かったし。惑星管理GPSで私用ビーム攻撃などと、馬鹿げた親子喧嘩でバカ晒す貴様と一緒にするな!」
「い、一緒じゃねェって……俺より情けねぇって……アンタほんっとに面白い!」

 まだ言うかと更に蹴っ飛ばそうとしてアズラエルは、飛行艇が上昇機動に移ったのを感じて着席した。言うんじゃなかった、疲れた。

 だが互いにそれだけで巨大組織に飛び込んだのではないことくらい解かっている。
 笑い飛ばして済むのなら幾らでも笑えばいいのだ。そうして先に進めるのならそれに越した事はない。まだ笑いつづける志賀を見ながらアズラエルは思った。

 人が真剣な事でも文化や考え方が違えば笑いごとだ。

 たった二人、世にも稀な同族であってもそんなもの。そしてまたこうやって、志賀の得意な言い方をすれば、面白い事の溢れるリアルな世界に戻って行くのだ。
 アズラエル=トラスも万崎志賀も自己完結するより、他者のノイズに晒される方を選んだのだから。

「――ところで私の銃を知らないか?」

 能力者としてのアズラエルは現実世界にそのままでは戻れない。それに気付いて、やっと笑いを収めた相棒に訊く。サイキを狙う危険に対し、攻撃サイキを自分は持たないからだ。逃げの一手は打てるものの、宇宙空間ではリープするにも限度がある。

 ジブリールを殺されてから、ずっと武器を携帯する習性がこびりついていた。

 初めて殺傷兵器を手にしたのは彼女を殺された復讐を遂げるため。
 そして若きアズラエル=トラスは冷酷無比にそれを完遂したのだった。
 
 勿論のちに汎銀河法で裁きを受けたが、そのとき収容された刑務星で今のテラ連邦軍中央情報局・第二部別室から声が掛かり今に至っている。
 
 それからずっと愛銃のエレガ製ハンドガンを手放したことはない。
 超旧式なパウダー・カートリッジ、つまり火薬使用式である。ダブルアクションで九発マガジン・薬室チャンバ含めれば十連発のそれは、現在では弾丸を手に入れることさえ難儀な旧式機械機構の四十五口径セミオートだ。
 本来なら汎銀河条約機構の交戦規定、ルールオブエンゲージメントに抵触するシロモノを別室特権で使用しているのである。

 レーザー全盛のこの時代に何故この銃なのかといえば、電脳サイキのEシンパス相手の任務では、これに勝る信頼度は他にないからである。彼らの中でも凄腕にかかれば、レーザー銃のエネルギーインジケータは使わずしてゼロを指し、レールガンは針状弾体を爆発的に撒き散らすこともあり得るのだ。

 他人を信用しないことで生き延びてきたアズラエルは数十年もの間、身に帯びてきた武器がないのに気付いた途端、不安感が首をもたげ落ち着かなくなる。長い軍歴と苛烈な任務の中で、銃こそがこれまでのアズラエルのバディだったと言っても過言ではない。

 それにこれから上層部に会うのだ。中央情報局上級幹部に。
 自分も含めて過去、内部粛清を一切ためらわなかった別室実働部員もエリートガードの名目で来ているかも知れない。この辺境で時間的にはどうかと思うが。

 上層部は志賀をどう判定したのか。おまけに自分は任務返上である。
 あのときのやり方は確かにあざとく拙かった。後悔こそしていないが――。

 ふいに志賀がまたテンションの下がった声を出す。

「アンタさ、そんな顔すんだったらシッカリ握っとけよ。レーザーなら一昨日エネルギボックス空にした、緊急用インバータで照明にしちまった。充電もしてねーよ」
「それではない、いつもの実包の私物の方だが……」

「ああ、あれね。カーゴに入ってる、ここにはないよーん」
「何故カーゴに……ってまさか、あの柩の中にキノコと一緒に詰め込んだんじゃないだろうな!?」

 もう『面白い事』を想像しニヤニヤする志賀。青くなって詰め寄るアズラエル。

「通信の巡察艦に絶対クソジジィは乗ってると見たぜ、オイラは。あんな面白い物、ジジイの琴線に触れないワケがねェ。真っ先に見たがる筈だ。だけど中身は逃げちゃったから代わりのキノコのサプライズでーす。俺はジジイに会いたくなんかねーからアズル、あんた相手してやってよ」

 実物に直接は会っていないが、遊園地のコーヒーカップでグルグル回転しながらテラ連邦議会議員でも知り得ない情報を大声で叫び、それをエロファイルに混ぜて送ってくるような大物にはアズラエルも会いたくはなかった。

 何よりも、この志賀と親子関係でありながら戦争並みの喧嘩をする人物である。そんな大物が強烈な催淫作用のキノコの胞子を浴びたらと思うと紅い目も虚ろになる。

「銃を取り戻したければ父上と初顔合わせとは……お前、意外にねちこいんだな」

 がっくりとうなだれる年上の相棒に志賀は、してやったりと胸を反らす。

「甘いぜ、相棒。俺はやられた事はキッチリ倍返しだ」
「倍どころなものか――」
「またキノコ酔いするのが嫌ならガスマスクでもしてけよ。そいでもってあいつのラリった間抜け顔、ポラで撮っといて。ダーツの的にして遊ぶからよ。アンタのリモータなら盗撮くらいチョロいだろ」

 軽く言い放つと、既にアズラエルの苦情も耳に入らない様子で志賀はブツブツ呟いている。いやキノコの方が却って喜んじまうかも、そりゃ困る。賭けの対象は十中八九中身だろうけど、落ちてた腕一本とキノコに銃じゃ勝敗は……などと理解し難い事を、だ。
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