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第22話
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「停電? 後先考えない自分の所為だろうが。まあ私もPKで吹き飛ばされずに済んだのは幸いか。しかし何故そこまで大人しくしてたんだ?」
「……なんかさ、全ての流れがそーゆー風になってたし」
長身の志賀は身を傾がせ遥か下方、動きの一切ない世界を眺めている。
目前は数々のパネルが明滅する活きたグラスコクピット。その窓外は往き着いた文明の死の世界。
「お前でも逆らえない流れか。――分からんな。それとあの柩の中を私にも覗かせないようシール材で密封したのは、関係があるのか?」
「あるよーな、ねぇようなって感じ」
「全く以って分からん。まあ、中身までは任務のうちではないからいいが」
「そーなの? ってアズルはあの中身、サーチできないのかよ?」
志賀は両手を組んで頭に載せるいつもの姿勢をとると、窓外から視線を外してこちらを向いた。昨夜はこちらが機体の最終調整に励む間、ゲームにハマってずっと起きていたようだ。濃灰色の目は紗が掛かったようにボンヤリしている。
徹夜二晩とは幾らなんでも警戒しすぎだ、バカめ。
「拝命は『柩を見つけろ』だ。あの素材はサーチしづらいのは確かだが、あの箱程度の薄さなら可能だろうな」
「なら、何でヨ?」
「隠すものを見たくは無い。知らない方が幸せ、そんな気がするだけだ。貴様が素直にあの箱を父上に渡すつもりになっているのだからな」
アズラエルはさらっと言ったつもりだったが、それに志賀は何を感じたか向けた視線に力が入る。
「オイラがクソジジィに素直にって……アズルてめー、中身知ってんなっ。それにラリってた間の事も全部!」
「中身はお前の思考パターンからの想像だ。クソ、もとい父上にも薬物作用を浴びせようという魂胆なのだろう? それに多分、全部ではないと思うが……少しは思い出したような気が――」
「コレと、コレはっ!?」
志賀は勢い込んで口元と首を親指で示す。
顔面の第三種接近遭遇――いや、無理矢理だから第四種か――くらいはあっただろうと想像はついた。何せ傷っパゲができそうな程、自分は殴られたのだ。それで何となく思い出したのだが、それ以上のことなど男相手にこの自分が及ぶ訳がない。幾ら何でも望む関係はそんなものではないのだ。
「……昨日からのその暑苦しい格好、意味があるのか?」
やや遠慮がちに尋ねたアズラエルに、志賀は無言でジャンパの袖を解いてみせた。
男にしては白く滑らかな首筋には小さな鬱血があった。それも一箇所でなく、やたらと密に点々としている。きっと最初は赤かったであろうソレは、時間が経った今は紫とも茶色ともつかない色に変色していた。
どう見てもキスマークである。
志賀自身に無理な以上、残る生物はこの惑星上に自分しかいない。
アズラエル、頭を抱える。
「……すまん」
あまりの素な反応に、思わず立ち上がり長身を天井に頭をぶつけながら若い相棒は怒鳴った。
「ワザとやったんじゃねーだろうな!」
全面的に悪いのは自分で醜態を晒しただけだと、プライドを枉げて収めておいてやろうとしていたアズラエルは、志賀の物言いに反射的にキレた。
「ワザとな筈無いだろう! 貴様が、貴様が得体の知れんモノを喰わせるからだろうがっ、アルコール如きであそこまで酔うものか!!」
「だからって無防備に寝倒した挙げ句に男にここまでするかよ、フツー!? なけなしの良心搾り出してまで心配するんじゃなかったぜっ」
「普通でなく、したのは誰だっ、私も男になど興味は無いっ!」
「あってたまるかよ、これからずっと一緒の相方だっつーのに。でもこんな星で男相手に貞操の危機なんて感じちゃった、そんときの俺の孤独が分かるか、オイっ!?」
「相方なんて言うなといってるだろう、漫才じゃあるまいに」
「問題はソコじゃねェだろっ、ったく馬鹿力だしよ」
「貴様にだけは馬鹿力などと言われたくない、私は普通だ。軍人として鍛え方が足りんっ!」
「ンだと、コラ。もっぺん言ってみろっ、今度こそ殴り殺す!」
「やれるものならやってみろ、この新兵ふぜいがっ! 大体馬鹿力は事実だろう、そのお蔭でここにいるんだ。それに私だってショックなんだぞ、ジブリールと貴様とがダブるなどと。原因はお前のイカモノ料理、貴様のそれは逆ギレだっ!」
唾を飛ばし距離を詰め、どちらが先に手を出すか蹴りを入れるかというところまできていた。だが余りの低レヴェルな争いに嫌気が差した。
こんな狭い所で殴り合ったら自分たちはともかく、せっかく直した飛行艇も無事では済まないだろう。このテの飛行艇コクピットは男二人が殴り合う場所としては大変不向きである。それも原因がキノコの拾い喰いなど、宙軍通信の連中に口が裂けても言えない。
それに自分で彼女の名を出したことでアズラエルは急激に冷める。志賀もシートにストンと落ち着いた。
「訊いていいかな」と答えを待たず志賀、「それから家に帰ってねーの?」
それから。いつからかなど改めて訊かずともバディが言っている意味は分かる。
「いや。一度だけ帰ったが」
「ふーん、何で一度だけ? 帰りたくなったりしねーのかよ」
四ヶ月以上一緒にいてアズラエルの口から母星の話題が出たことはなかった。
「絶対、無いな」
志賀の目は決して同情的ではなかったが、束の間の沈黙にアズラエルは渋々口を開く。
「彼女の葬儀を済ませたあと、私の家では継嗣問題の対応策が練られた。サイキ持ちは子供ができ難いらしいな」
志賀はポカンと口を開ける。
「けいし……継嗣って、跡継ぎぃ!? アンタんちっていったいどんな……それに彼女が死んですぐ縁談? 子供作るだけのために? 非道いなー、それって」
「エレガでは文化的に当たり前だ。受け入れる覚悟はあった……最初はな」
「じゃ、俺んち並みに親父がヤな奴ってか、そいで見限って軍に入ったとか?」
「嫌だったのは父ではなく相手だ」
「相手? キレイそうじゃん、アンタの星の女って。選り好みした挙げ句に軍なんかで非道い命令に従う、非道い人でなしになっちゃったワケ?」
他人事だと思って無責任に突っ込む相棒を苦々しくアズラエルはねめつけた。
「……なんかさ、全ての流れがそーゆー風になってたし」
長身の志賀は身を傾がせ遥か下方、動きの一切ない世界を眺めている。
目前は数々のパネルが明滅する活きたグラスコクピット。その窓外は往き着いた文明の死の世界。
「お前でも逆らえない流れか。――分からんな。それとあの柩の中を私にも覗かせないようシール材で密封したのは、関係があるのか?」
「あるよーな、ねぇようなって感じ」
「全く以って分からん。まあ、中身までは任務のうちではないからいいが」
「そーなの? ってアズルはあの中身、サーチできないのかよ?」
志賀は両手を組んで頭に載せるいつもの姿勢をとると、窓外から視線を外してこちらを向いた。昨夜はこちらが機体の最終調整に励む間、ゲームにハマってずっと起きていたようだ。濃灰色の目は紗が掛かったようにボンヤリしている。
徹夜二晩とは幾らなんでも警戒しすぎだ、バカめ。
「拝命は『柩を見つけろ』だ。あの素材はサーチしづらいのは確かだが、あの箱程度の薄さなら可能だろうな」
「なら、何でヨ?」
「隠すものを見たくは無い。知らない方が幸せ、そんな気がするだけだ。貴様が素直にあの箱を父上に渡すつもりになっているのだからな」
アズラエルはさらっと言ったつもりだったが、それに志賀は何を感じたか向けた視線に力が入る。
「オイラがクソジジィに素直にって……アズルてめー、中身知ってんなっ。それにラリってた間の事も全部!」
「中身はお前の思考パターンからの想像だ。クソ、もとい父上にも薬物作用を浴びせようという魂胆なのだろう? それに多分、全部ではないと思うが……少しは思い出したような気が――」
「コレと、コレはっ!?」
志賀は勢い込んで口元と首を親指で示す。
顔面の第三種接近遭遇――いや、無理矢理だから第四種か――くらいはあっただろうと想像はついた。何せ傷っパゲができそうな程、自分は殴られたのだ。それで何となく思い出したのだが、それ以上のことなど男相手にこの自分が及ぶ訳がない。幾ら何でも望む関係はそんなものではないのだ。
「……昨日からのその暑苦しい格好、意味があるのか?」
やや遠慮がちに尋ねたアズラエルに、志賀は無言でジャンパの袖を解いてみせた。
男にしては白く滑らかな首筋には小さな鬱血があった。それも一箇所でなく、やたらと密に点々としている。きっと最初は赤かったであろうソレは、時間が経った今は紫とも茶色ともつかない色に変色していた。
どう見てもキスマークである。
志賀自身に無理な以上、残る生物はこの惑星上に自分しかいない。
アズラエル、頭を抱える。
「……すまん」
あまりの素な反応に、思わず立ち上がり長身を天井に頭をぶつけながら若い相棒は怒鳴った。
「ワザとやったんじゃねーだろうな!」
全面的に悪いのは自分で醜態を晒しただけだと、プライドを枉げて収めておいてやろうとしていたアズラエルは、志賀の物言いに反射的にキレた。
「ワザとな筈無いだろう! 貴様が、貴様が得体の知れんモノを喰わせるからだろうがっ、アルコール如きであそこまで酔うものか!!」
「だからって無防備に寝倒した挙げ句に男にここまでするかよ、フツー!? なけなしの良心搾り出してまで心配するんじゃなかったぜっ」
「普通でなく、したのは誰だっ、私も男になど興味は無いっ!」
「あってたまるかよ、これからずっと一緒の相方だっつーのに。でもこんな星で男相手に貞操の危機なんて感じちゃった、そんときの俺の孤独が分かるか、オイっ!?」
「相方なんて言うなといってるだろう、漫才じゃあるまいに」
「問題はソコじゃねェだろっ、ったく馬鹿力だしよ」
「貴様にだけは馬鹿力などと言われたくない、私は普通だ。軍人として鍛え方が足りんっ!」
「ンだと、コラ。もっぺん言ってみろっ、今度こそ殴り殺す!」
「やれるものならやってみろ、この新兵ふぜいがっ! 大体馬鹿力は事実だろう、そのお蔭でここにいるんだ。それに私だってショックなんだぞ、ジブリールと貴様とがダブるなどと。原因はお前のイカモノ料理、貴様のそれは逆ギレだっ!」
唾を飛ばし距離を詰め、どちらが先に手を出すか蹴りを入れるかというところまできていた。だが余りの低レヴェルな争いに嫌気が差した。
こんな狭い所で殴り合ったら自分たちはともかく、せっかく直した飛行艇も無事では済まないだろう。このテの飛行艇コクピットは男二人が殴り合う場所としては大変不向きである。それも原因がキノコの拾い喰いなど、宙軍通信の連中に口が裂けても言えない。
それに自分で彼女の名を出したことでアズラエルは急激に冷める。志賀もシートにストンと落ち着いた。
「訊いていいかな」と答えを待たず志賀、「それから家に帰ってねーの?」
それから。いつからかなど改めて訊かずともバディが言っている意味は分かる。
「いや。一度だけ帰ったが」
「ふーん、何で一度だけ? 帰りたくなったりしねーのかよ」
四ヶ月以上一緒にいてアズラエルの口から母星の話題が出たことはなかった。
「絶対、無いな」
志賀の目は決して同情的ではなかったが、束の間の沈黙にアズラエルは渋々口を開く。
「彼女の葬儀を済ませたあと、私の家では継嗣問題の対応策が練られた。サイキ持ちは子供ができ難いらしいな」
志賀はポカンと口を開ける。
「けいし……継嗣って、跡継ぎぃ!? アンタんちっていったいどんな……それに彼女が死んですぐ縁談? 子供作るだけのために? 非道いなー、それって」
「エレガでは文化的に当たり前だ。受け入れる覚悟はあった……最初はな」
「じゃ、俺んち並みに親父がヤな奴ってか、そいで見限って軍に入ったとか?」
「嫌だったのは父ではなく相手だ」
「相手? キレイそうじゃん、アンタの星の女って。選り好みした挙げ句に軍なんかで非道い命令に従う、非道い人でなしになっちゃったワケ?」
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