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第21話
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いつになく良く眠ったようで爽快な気分とは裏腹にアズラエルの体調は不完全だった。エアロックの窓から日が差し込み微かなホコリが乱舞する中で、後頭部に非常な痛みがある事に気付いたのだ。
傍らには緑色の樹脂瓶。かなり分厚いそれが凹み転がっている。明らかに自分の髪が数本、僅かな血と一緒にくっついたままになっていた。
卓上の灰皿代わりの何かの蓋は吸殻が山を築いている。それと空っぽの樹脂瓶が五、六本。そして自分の戦闘服の胸の辺りに茶色い染みが数滴。
(酔っ払って奴と殴り合いでもしたのか?)
頭に手を遣ると、頭頂よりやや後ろにこわばった物がくっついている。覚えのある手触りに恐る恐るサーチしてみると、ファーストエイドの初歩さえ無視したガムテープが髪の毛ごと貼り付けてあった。引き剥がすのに涙が出た。一周してなくて本当に良かった。
全く、これが仮にもバディに対する態度かとムカっ腹を立てて、サーチのレンジを周囲に拡大する。志賀はポッドの外にいた。
痛む頭を庇いつつ立ち上がると半長靴を履く。これだってバカ志賀が土足厳禁と騒いだのだ、生活動線位置を下げたのは奴なのに。ともかく志賀の傍にリープした。
すると志賀はアズラエルの顔を見るなり飛び退いたのだ。
濁った濃灰色の目は笑ってなどいなかった。それどころか探るようにこちらを窺っている。間合いを取った志賀からは饐えたアルコール臭がした。
まだしつこく喧嘩の続きでもしようというのか、そう説教を垂れようとしたとき、相棒が何やら作業を施していた品物が目に入った。
驚いてバディとそれとを見比べる。
任務対象物、サユリ=マーティスの遺失した棺桶だった。
◇◇
探る目ではなく、怯えた目だった昨日の志賀。
その滅多に観られない表情を思い出しながら、アズラエルは操縦パネルの嵌め込みが浅い部分を指で押し込む。浮いたままだ、素人仕事だから仕方ないが。放っておくしかない。誰かのように何でもかんでもガムテープを貼るよりいいだろう。
そろそろ宙軍の艦からドッキング座標指定のアクティヴ波が届く頃だった。直後に思いを読んだようにアラームが短く鳴る。
アズラエルがヘッドアップディスプレイをチェックすると、ダイレクト受信は発信時刻と約五百秒のずれがあった。本星でいう約一AUの近距離にまで近づいた宙軍巡察艦がこちらを認識したということだ。
先方のアクティヴレーダー波に投げ出すように全て任せてオートパイロットON。これで飛行艇は勝手に機動する。回収まで高出力EHF誘導波と航法コンの仕事だ。
来たときのように志賀の前で何か操作してみせると、俺もやりたいなどと言い出し、またクラッシュさせかねない。
近いうちに操縦を教えるべきだろうか、単独で長距離リープ不可能な志賀に。つらつらとそんなことがよぎる。高額備品と秤に掛けて悩むところだ。
その志賀を呼び出し続けているのだが、後部ポッドから出てこない。仕方なくリモータ発振する。
『……なに?』
ドスの利いた低い声で相変わらず機嫌が悪いようだ。
「何、ではないだろう。操縦は分からずとも規則だ。出てこい」
『俺の半径三メートル以内に近づくな、それなら行く』
「まだ言うかっ! しつこいぞ、貴様」
狭いコクピットで何を言ってるんだか。
どうやら自分が正体を無くして及んだ行為は、志賀のアイデンティティを揺るがす類のモノであったらしい。ようやく現れたかと思えば戦闘服の首にジャンパの袖を巻きつけた暑苦しい姿なだけでなく、超ブルーな顔つきで志賀はうっそりと現れた。
そんな志賀を見ながら思う、甘いなと。自分の行いを棚に上げるようだが。
こんなアクシデントでおたつくようではアズラエルの軍歴は無かった。ある種の同性を惹き付けるらしいのだ、自分は。そしてこの若い相棒だって長身が邪魔だが、ズルズル伸ばした髪と整った顔だけなら化粧すれば女で通る。
所属する場所にも拠るが官品の宴会などというものは想像を絶する。妙な話だが前線から遠い部隊ほど、その傾向は強い。鬱憤が溜まっているからか、酒が入ると絡む・殴る・脱ぐなどは当たり前でそれはもう、もの凄いのだ。
その乱れた場でこいつが目を付けられない訳がない。
「何でリープして逃げなかったんだ、お前。不覚にも酔った自分が悪いのは認めるが。それに軍では勘違い野郎など幾らでもいるぞ」
「他の野郎に油断するかよ。それに停電した。見えなきゃリープできない」
民間機とは逆の左席に着席しつつ仏頂面で志賀が呟く。
リープのできる自分たちは万が一の射出ベルトなど着けない。志賀はともかくアズラエルは余計に危ないという意識がある。だからコ・パイ席に志賀が座るのも軍規があるというだけで他に意味など無い。
昨朝から自分を避け続けるバディを引っ張り出す口実ともいえた。
昨日の需品投下時に任務完了のパルス送信をしたら、返す刀で撤退準備と来た。
自分たちの身の振りかた云々より、箱の中身に興味津々のジジィが居ると志賀の弁である。確かにそうかも知れない。だが相棒と妙にギクシャクしたままで上層部の前に雁首並べるのは御免だった。
傍らには緑色の樹脂瓶。かなり分厚いそれが凹み転がっている。明らかに自分の髪が数本、僅かな血と一緒にくっついたままになっていた。
卓上の灰皿代わりの何かの蓋は吸殻が山を築いている。それと空っぽの樹脂瓶が五、六本。そして自分の戦闘服の胸の辺りに茶色い染みが数滴。
(酔っ払って奴と殴り合いでもしたのか?)
頭に手を遣ると、頭頂よりやや後ろにこわばった物がくっついている。覚えのある手触りに恐る恐るサーチしてみると、ファーストエイドの初歩さえ無視したガムテープが髪の毛ごと貼り付けてあった。引き剥がすのに涙が出た。一周してなくて本当に良かった。
全く、これが仮にもバディに対する態度かとムカっ腹を立てて、サーチのレンジを周囲に拡大する。志賀はポッドの外にいた。
痛む頭を庇いつつ立ち上がると半長靴を履く。これだってバカ志賀が土足厳禁と騒いだのだ、生活動線位置を下げたのは奴なのに。ともかく志賀の傍にリープした。
すると志賀はアズラエルの顔を見るなり飛び退いたのだ。
濁った濃灰色の目は笑ってなどいなかった。それどころか探るようにこちらを窺っている。間合いを取った志賀からは饐えたアルコール臭がした。
まだしつこく喧嘩の続きでもしようというのか、そう説教を垂れようとしたとき、相棒が何やら作業を施していた品物が目に入った。
驚いてバディとそれとを見比べる。
任務対象物、サユリ=マーティスの遺失した棺桶だった。
◇◇
探る目ではなく、怯えた目だった昨日の志賀。
その滅多に観られない表情を思い出しながら、アズラエルは操縦パネルの嵌め込みが浅い部分を指で押し込む。浮いたままだ、素人仕事だから仕方ないが。放っておくしかない。誰かのように何でもかんでもガムテープを貼るよりいいだろう。
そろそろ宙軍の艦からドッキング座標指定のアクティヴ波が届く頃だった。直後に思いを読んだようにアラームが短く鳴る。
アズラエルがヘッドアップディスプレイをチェックすると、ダイレクト受信は発信時刻と約五百秒のずれがあった。本星でいう約一AUの近距離にまで近づいた宙軍巡察艦がこちらを認識したということだ。
先方のアクティヴレーダー波に投げ出すように全て任せてオートパイロットON。これで飛行艇は勝手に機動する。回収まで高出力EHF誘導波と航法コンの仕事だ。
来たときのように志賀の前で何か操作してみせると、俺もやりたいなどと言い出し、またクラッシュさせかねない。
近いうちに操縦を教えるべきだろうか、単独で長距離リープ不可能な志賀に。つらつらとそんなことがよぎる。高額備品と秤に掛けて悩むところだ。
その志賀を呼び出し続けているのだが、後部ポッドから出てこない。仕方なくリモータ発振する。
『……なに?』
ドスの利いた低い声で相変わらず機嫌が悪いようだ。
「何、ではないだろう。操縦は分からずとも規則だ。出てこい」
『俺の半径三メートル以内に近づくな、それなら行く』
「まだ言うかっ! しつこいぞ、貴様」
狭いコクピットで何を言ってるんだか。
どうやら自分が正体を無くして及んだ行為は、志賀のアイデンティティを揺るがす類のモノであったらしい。ようやく現れたかと思えば戦闘服の首にジャンパの袖を巻きつけた暑苦しい姿なだけでなく、超ブルーな顔つきで志賀はうっそりと現れた。
そんな志賀を見ながら思う、甘いなと。自分の行いを棚に上げるようだが。
こんなアクシデントでおたつくようではアズラエルの軍歴は無かった。ある種の同性を惹き付けるらしいのだ、自分は。そしてこの若い相棒だって長身が邪魔だが、ズルズル伸ばした髪と整った顔だけなら化粧すれば女で通る。
所属する場所にも拠るが官品の宴会などというものは想像を絶する。妙な話だが前線から遠い部隊ほど、その傾向は強い。鬱憤が溜まっているからか、酒が入ると絡む・殴る・脱ぐなどは当たり前でそれはもう、もの凄いのだ。
その乱れた場でこいつが目を付けられない訳がない。
「何でリープして逃げなかったんだ、お前。不覚にも酔った自分が悪いのは認めるが。それに軍では勘違い野郎など幾らでもいるぞ」
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