21 / 24
第21話
しおりを挟む
いつになく良く眠ったようで爽快な気分とは裏腹にアズラエルの体調は不完全だった。エアロックの窓から日が差し込み微かなホコリが乱舞する中で、後頭部に非常な痛みがある事に気付いたのだ。
傍らには緑色の樹脂瓶。かなり分厚いそれが凹み転がっている。明らかに自分の髪が数本、僅かな血と一緒にくっついたままになっていた。
卓上の灰皿代わりの何かの蓋は吸殻が山を築いている。それと空っぽの樹脂瓶が五、六本。そして自分の戦闘服の胸の辺りに茶色い染みが数滴。
(酔っ払って奴と殴り合いでもしたのか?)
頭に手を遣ると、頭頂よりやや後ろにこわばった物がくっついている。覚えのある手触りに恐る恐るサーチしてみると、ファーストエイドの初歩さえ無視したガムテープが髪の毛ごと貼り付けてあった。引き剥がすのに涙が出た。一周してなくて本当に良かった。
全く、これが仮にもバディに対する態度かとムカっ腹を立てて、サーチのレンジを周囲に拡大する。志賀はポッドの外にいた。
痛む頭を庇いつつ立ち上がると半長靴を履く。これだってバカ志賀が土足厳禁と騒いだのだ、生活動線位置を下げたのは奴なのに。ともかく志賀の傍にリープした。
すると志賀はアズラエルの顔を見るなり飛び退いたのだ。
濁った濃灰色の目は笑ってなどいなかった。それどころか探るようにこちらを窺っている。間合いを取った志賀からは饐えたアルコール臭がした。
まだしつこく喧嘩の続きでもしようというのか、そう説教を垂れようとしたとき、相棒が何やら作業を施していた品物が目に入った。
驚いてバディとそれとを見比べる。
任務対象物、サユリ=マーティスの遺失した棺桶だった。
◇◇
探る目ではなく、怯えた目だった昨日の志賀。
その滅多に観られない表情を思い出しながら、アズラエルは操縦パネルの嵌め込みが浅い部分を指で押し込む。浮いたままだ、素人仕事だから仕方ないが。放っておくしかない。誰かのように何でもかんでもガムテープを貼るよりいいだろう。
そろそろ宙軍の艦からドッキング座標指定のアクティヴ波が届く頃だった。直後に思いを読んだようにアラームが短く鳴る。
アズラエルがヘッドアップディスプレイをチェックすると、ダイレクト受信は発信時刻と約五百秒のずれがあった。本星でいう約一AUの近距離にまで近づいた宙軍巡察艦がこちらを認識したということだ。
先方のアクティヴレーダー波に投げ出すように全て任せてオートパイロットON。これで飛行艇は勝手に機動する。回収まで高出力EHF誘導波と航法コンの仕事だ。
来たときのように志賀の前で何か操作してみせると、俺もやりたいなどと言い出し、またクラッシュさせかねない。
近いうちに操縦を教えるべきだろうか、単独で長距離リープ不可能な志賀に。つらつらとそんなことがよぎる。高額備品と秤に掛けて悩むところだ。
その志賀を呼び出し続けているのだが、後部ポッドから出てこない。仕方なくリモータ発振する。
『……なに?』
ドスの利いた低い声で相変わらず機嫌が悪いようだ。
「何、ではないだろう。操縦は分からずとも規則だ。出てこい」
『俺の半径三メートル以内に近づくな、それなら行く』
「まだ言うかっ! しつこいぞ、貴様」
狭いコクピットで何を言ってるんだか。
どうやら自分が正体を無くして及んだ行為は、志賀のアイデンティティを揺るがす類のモノであったらしい。ようやく現れたかと思えば戦闘服の首にジャンパの袖を巻きつけた暑苦しい姿なだけでなく、超ブルーな顔つきで志賀はうっそりと現れた。
そんな志賀を見ながら思う、甘いなと。自分の行いを棚に上げるようだが。
こんなアクシデントでおたつくようではアズラエルの軍歴は無かった。ある種の同性を惹き付けるらしいのだ、自分は。そしてこの若い相棒だって長身が邪魔だが、ズルズル伸ばした髪と整った顔だけなら化粧すれば女で通る。
所属する場所にも拠るが官品の宴会などというものは想像を絶する。妙な話だが前線から遠い部隊ほど、その傾向は強い。鬱憤が溜まっているからか、酒が入ると絡む・殴る・脱ぐなどは当たり前でそれはもう、もの凄いのだ。
その乱れた場でこいつが目を付けられない訳がない。
「何でリープして逃げなかったんだ、お前。不覚にも酔った自分が悪いのは認めるが。それに軍では勘違い野郎など幾らでもいるぞ」
「他の野郎に油断するかよ。それに停電した。見えなきゃリープできない」
民間機とは逆の左席に着席しつつ仏頂面で志賀が呟く。
リープのできる自分たちは万が一の射出ベルトなど着けない。志賀はともかくアズラエルは余計に危ないという意識がある。だからコ・パイ席に志賀が座るのも軍規があるというだけで他に意味など無い。
昨朝から自分を避け続けるバディを引っ張り出す口実ともいえた。
昨日の需品投下時に任務完了のパルス送信をしたら、返す刀で撤退準備と来た。
自分たちの身の振りかた云々より、箱の中身に興味津々のジジィが居ると志賀の弁である。確かにそうかも知れない。だが相棒と妙にギクシャクしたままで上層部の前に雁首並べるのは御免だった。
傍らには緑色の樹脂瓶。かなり分厚いそれが凹み転がっている。明らかに自分の髪が数本、僅かな血と一緒にくっついたままになっていた。
卓上の灰皿代わりの何かの蓋は吸殻が山を築いている。それと空っぽの樹脂瓶が五、六本。そして自分の戦闘服の胸の辺りに茶色い染みが数滴。
(酔っ払って奴と殴り合いでもしたのか?)
頭に手を遣ると、頭頂よりやや後ろにこわばった物がくっついている。覚えのある手触りに恐る恐るサーチしてみると、ファーストエイドの初歩さえ無視したガムテープが髪の毛ごと貼り付けてあった。引き剥がすのに涙が出た。一周してなくて本当に良かった。
全く、これが仮にもバディに対する態度かとムカっ腹を立てて、サーチのレンジを周囲に拡大する。志賀はポッドの外にいた。
痛む頭を庇いつつ立ち上がると半長靴を履く。これだってバカ志賀が土足厳禁と騒いだのだ、生活動線位置を下げたのは奴なのに。ともかく志賀の傍にリープした。
すると志賀はアズラエルの顔を見るなり飛び退いたのだ。
濁った濃灰色の目は笑ってなどいなかった。それどころか探るようにこちらを窺っている。間合いを取った志賀からは饐えたアルコール臭がした。
まだしつこく喧嘩の続きでもしようというのか、そう説教を垂れようとしたとき、相棒が何やら作業を施していた品物が目に入った。
驚いてバディとそれとを見比べる。
任務対象物、サユリ=マーティスの遺失した棺桶だった。
◇◇
探る目ではなく、怯えた目だった昨日の志賀。
その滅多に観られない表情を思い出しながら、アズラエルは操縦パネルの嵌め込みが浅い部分を指で押し込む。浮いたままだ、素人仕事だから仕方ないが。放っておくしかない。誰かのように何でもかんでもガムテープを貼るよりいいだろう。
そろそろ宙軍の艦からドッキング座標指定のアクティヴ波が届く頃だった。直後に思いを読んだようにアラームが短く鳴る。
アズラエルがヘッドアップディスプレイをチェックすると、ダイレクト受信は発信時刻と約五百秒のずれがあった。本星でいう約一AUの近距離にまで近づいた宙軍巡察艦がこちらを認識したということだ。
先方のアクティヴレーダー波に投げ出すように全て任せてオートパイロットON。これで飛行艇は勝手に機動する。回収まで高出力EHF誘導波と航法コンの仕事だ。
来たときのように志賀の前で何か操作してみせると、俺もやりたいなどと言い出し、またクラッシュさせかねない。
近いうちに操縦を教えるべきだろうか、単独で長距離リープ不可能な志賀に。つらつらとそんなことがよぎる。高額備品と秤に掛けて悩むところだ。
その志賀を呼び出し続けているのだが、後部ポッドから出てこない。仕方なくリモータ発振する。
『……なに?』
ドスの利いた低い声で相変わらず機嫌が悪いようだ。
「何、ではないだろう。操縦は分からずとも規則だ。出てこい」
『俺の半径三メートル以内に近づくな、それなら行く』
「まだ言うかっ! しつこいぞ、貴様」
狭いコクピットで何を言ってるんだか。
どうやら自分が正体を無くして及んだ行為は、志賀のアイデンティティを揺るがす類のモノであったらしい。ようやく現れたかと思えば戦闘服の首にジャンパの袖を巻きつけた暑苦しい姿なだけでなく、超ブルーな顔つきで志賀はうっそりと現れた。
そんな志賀を見ながら思う、甘いなと。自分の行いを棚に上げるようだが。
こんなアクシデントでおたつくようではアズラエルの軍歴は無かった。ある種の同性を惹き付けるらしいのだ、自分は。そしてこの若い相棒だって長身が邪魔だが、ズルズル伸ばした髪と整った顔だけなら化粧すれば女で通る。
所属する場所にも拠るが官品の宴会などというものは想像を絶する。妙な話だが前線から遠い部隊ほど、その傾向は強い。鬱憤が溜まっているからか、酒が入ると絡む・殴る・脱ぐなどは当たり前でそれはもう、もの凄いのだ。
その乱れた場でこいつが目を付けられない訳がない。
「何でリープして逃げなかったんだ、お前。不覚にも酔った自分が悪いのは認めるが。それに軍では勘違い野郎など幾らでもいるぞ」
「他の野郎に油断するかよ。それに停電した。見えなきゃリープできない」
民間機とは逆の左席に着席しつつ仏頂面で志賀が呟く。
リープのできる自分たちは万が一の射出ベルトなど着けない。志賀はともかくアズラエルは余計に危ないという意識がある。だからコ・パイ席に志賀が座るのも軍規があるというだけで他に意味など無い。
昨朝から自分を避け続けるバディを引っ張り出す口実ともいえた。
昨日の需品投下時に任務完了のパルス送信をしたら、返す刀で撤退準備と来た。
自分たちの身の振りかた云々より、箱の中身に興味津々のジジィが居ると志賀の弁である。確かにそうかも知れない。だが相棒と妙にギクシャクしたままで上層部の前に雁首並べるのは御免だった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
静寂の星
naomikoryo
SF
【★★★全7話+エピローグですので軽くお読みいただけます(^^)★★★】
深宇宙探査船《プロメテウス》は、未知の惑星へと不時着した。
そこは、異常なほど静寂に包まれた世界── 風もなく、虫の羽音すら聞こえない、完璧な沈黙の星 だった。
漂流した5人の宇宙飛行士たちは、救助を待ちながら惑星を探索する。
だが、次第に彼らは 「見えない何か」に監視されている という不気味な感覚に襲われる。
そしてある日、クルーのひとりが 跡形もなく消えた。
足跡も争った形跡もない。
ただ静かに、まるで 存在そのものが消されたかのように──。
「この星は“沈黙を守る”ために、我々を排除しているのか?」
音を発する者が次々と消えていく中、残されたクルーたちは 沈黙の星の正体 に迫る。
この惑星の静寂は、ただの自然現象ではなかった。
それは、惑星そのものの意志 だったのだ。
音を立てれば、存在を奪われる。
完全な沈黙の中で、彼らは生き延びることができるのか?
そして、最後に待ち受けるのは── 沈黙を破るか、沈黙に飲まれるかの選択 だった。
極限の静寂と恐怖が支配するSFサスペンス、開幕。
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
我ら新興文明保護艦隊
ビーデシオン
SF
もしも道行く野良猫が、百戦錬磨の獣戦士だったら?
もしも冴えないサラリーマンが、戦争上がりのアンドロイドだったら?
これは、実際にそんな空想めいた素性をもって、陰ながら地球を守っているエージェントたちのお話。
※表紙絵はひのたけきょー(@HinotakeDaYo)様より頂きました!
ラストフライト スペースシャトル エンデバー号のラスト・ミッショ
のせ しげる
SF
2017年9月、11年ぶりに大規模は太陽フレアが発生した。幸い地球には大きな被害はなかったが、バーストは7日間に及び、第24期太陽活動期中、最大級とされた。
同じころ、NASAの、若い宇宙物理学者ロジャーは、自身が開発したシミレーションプログラムの完成を急いでいた。2018年、新型のスパコン「エイトケン」が導入されテストプログラムが実行された。その結果は、2021年の夏に、黒点が合体成長し超巨大黒点となり、人類史上最大級の「フレア・バースト」が発生するとの結果を出した。このバーストは、地球に正対し発生し、地球の生物を滅ぼし地球の大気と水を宇宙空間へ持ち去ってしまう。地球の存続に係る重大な問題だった。
アメリカ政府は、人工衛星の打ち上げコストを削減する為、老朽化した衛星の回収にスペースシャトルを利用するとして、2018年の年の暮れに、アメリカ各地で展示していた「スペースシャトル」4機を搬出した。ロシアは、旧ソ連時代に開発し中断していた、ソ連版シャトル「ブラン」を再整備し、ISSへの大型資材の運搬に使用すると発表した。中国は、自国の宇宙ステイションの建設の為シャトル「天空」を打ち上げると発表した。
2020年の春から夏にかけ、シャトル七機が次々と打ち上げられた。実は、無人シャトル六機には核弾頭が搭載され、太陽黒点にシャトルごと打ち込み、黒点の成長を阻止しようとするミッションだった。そして、このミッションを成功させる為には、誰かが太陽まで行かなければならなかった。選ばれたのは、身寄りの無い、60歳代の元アメリカ空軍パイロット。もう一人が20歳代の日本人自衛官だった。この、二人が搭乗した「エンデバー号」が2020年7月4日に打ち上げられたのだ。
本作は、太陽活動を題材とし創作しております。しかしながら、このコ○ナ禍で「コ○ナ」はNGワードとされており、入力できませんので文中では「プラズマ」と表現しておりますので御容赦ください。
この物語はフィクションです。実際に起きた事象や、現代の技術、現存する設備を参考に創作した物語です。登場する人物・企業・団体・名称等は、実在のものとは関係ありません。

EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~
青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。
※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる