ゴミと茸と男が二人~楽園の外側~

志賀雅基

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第20話

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 思い切り腕を撥ね退けたときには既に力など込められていなかった。
 こちらを凝視する紅い瞳は、まだ潤んでいない。

 しかし離れる一瞬前、接触テレパスが意識せずこちらに送ってしまったであろう映像が志賀の意識を占めた。その中では目前の相棒より少し若く見えるアズラエルが、明らかに命の炎が吹き消された女を抱き締めて幾筋もの涙を流していた。古い型のビームライフルを手にした男たちに取り囲まれて。

 アズラエルが視た彼自身……という事は、そんな時にさえもこいつはサーチしていたのだ。フォーカスは暴漢たちのトリガに掛かった指だった。
 志賀はそこに妙に感心してしまい、紅い目に縫い止められたように動けずにいた。サイキというよりも、その意思を畏れたといってもいい。

「……ジブリール」

 自分をみつめたまま低く掠れた声が呟くのを聴く。

 意外に滑らかに身を起こしたバディのメタルの頭が、今度は逆に志賀の胸に押し付けられた。それでも志賀は脚を投げ出し後ろ手を床に突いた姿勢で、硬直したまま動くことは叶わなかった。
 もはや畏れは感じてはいなかったが、幽かな振動と歯を食い縛ったときの異音が伝わったからだ。

 初めてみる年上の相棒の激情が徐々に収まったのを見計らって志賀は、戻らぬものを恋い続ける男の柔らかいメタルの頭を軽くはたく。

「な、寝ようぜ。ちゃんとベッドで寝りゃあ変な夢も見ねーって」

 今度ばかりは本当に悪いことをした、そう思った。
 自分の何処にそんなモノがあったか、かなり深い罪悪感から本日最も『らしくない』行動に出た志賀だった……の、だが。

 メタルの髪に載せた右手首が突然掴まれた。途端に志賀は本能的に背筋を這い昇るものを感じる。本能だがサイキではなく男としての、だ。
 咄嗟に空いた左手で相手の胸を突く。志賀は自分の左手首、嵌めっ放しのリモータ周囲の産毛がそそけ立っているのを見た。未だ正気でない相棒の目が、同性には決して赦さない絶対領域を侵して自分に近づいて来るのも。

(げっ。そういや、あのキノコは媚薬っ!!)

 薬物で強化されたのか、尋常でない力で掴まれた右手を振り払おうとするが外れない。思わずPKを使いそうになって焦る。

「うわっ、ちょっと待て! アズル、俺をよく見ろ、髪あってもムネがねェだろっ」

 突き飛ばした筈の左手までも封じられ、抵抗したら逆関節状態になってしまった。ラリっているとはいえ軍歴の差は埋め難い。ジリジリと後退してはみたものの、志賀の背はすぐに壁まで追い詰められた。脚を引き寄せ膝蹴りを入れるが体勢が悪く効かない。

 相棒のトロンとした紅い目に鳥肌を立てながらリープしようとした。だがその一瞬前にアンテナのバッテリー切れか室内が暗転。近すぎる距離に相手の体温を感じつつ志賀は絶叫した。

「早まるな、オッサン! 頼む、ヤメてくれ~っ!! ……んぐっ」

 予想だにしなかった種類の危機に志賀の思考は停止する。
 いや、何故か頭の中でひとつだけ物悲しくループしていた。

(アズル、今まで俺が悪かった。だからそのメチャメチャ上手いべろチューだけは止してくれ……)

◇◇◇◇

 アズラエル=トラスは飛行艇パイロット席で大きなくしゃみをした。オリーブドラブ色の飛行服のポケットからハンカチを出して口元を拭う。

 飛行艇は螺旋を描いて低空を飛行するようセットしてある。ダイレクト通信可能な座標に一番近い星系の宙軍が迎えの艦を寄越すまで待機中だ。
 大気圏内飛行タイプ・乗員二名のコンパクトな飛行艇コクピットとはいえ、不安部位の全てをアッシー交換した今は、G装置によりこの惑星の脱出速度を超える事なく宇宙航行も可能である。

 だがワープ航法は不可能な為、大型艦用救命ポッドばりの後部を牽引したまま真空を長時間漂うよりも、さっさと収容して貰った方が気が楽だ。
 迎えは宙軍のシステム通信師団司令部付き隊の一艦。通信関係は構成上、中央情報局が統制しやすい。名目はCPX、指揮所演習だ。

 来たときはゴミ業者の独航艦トランパーにコンテナとして引っ掛かって来て振り落とされたというのに、任務完遂となれば現金な話だった。それならばと昨日星系外座標を示唆されたとき、この惑星上空を希望した。
 アズラエルの軍歴がいかに長かろうと、理論で分かっていても宇宙航法は専門外だ。

 過去の任務に於いて必要に駆られ惑星内配置空軍のウィングマークは取得したが、修理だって本音を言えば殆ど知らない。ユニットごとに単純化されているからこそ、リモータにインプットしていた取説で何とか間に合ったが。

 これ以上自分たちがクラッシャーとして名を馳せるのは嫌だったために、必死だったというのもある。破壊したのは志賀でもバディはワンセット、連帯責任。

 軍は理不尽の塊だ。

 再びデカいくしゃみを発したら耐温樹脂のキャノピにまで飛沫が飛んだ。情けなく洟を啜りながら空いた副操縦士コ・パイ席を眺める。普段なら『キッタネエな、オッサン』などと突っ込む筈の志賀はまだ後部ポッド内だ。何故か自分を避けて。

 昨日の朝、ポッドの床で目覚めたのも、このくしゃみが原因だった。
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