20 / 24
第20話
しおりを挟む
思い切り腕を撥ね退けたときには既に力など込められていなかった。
こちらを凝視する紅い瞳は、まだ潤んでいない。
しかし離れる一瞬前、接触テレパスが意識せずこちらに送ってしまったであろう映像が志賀の意識を占めた。その中では目前の相棒より少し若く見えるアズラエルが、明らかに命の炎が吹き消された女を抱き締めて幾筋もの涙を流していた。古い型のビームライフルを手にした男たちに取り囲まれて。
アズラエルが視た彼自身……という事は、そんな時にさえもこいつはサーチしていたのだ。フォーカスは暴漢たちのトリガに掛かった指だった。
志賀はそこに妙に感心してしまい、紅い目に縫い止められたように動けずにいた。サイキというよりも、その意思を畏れたといってもいい。
「……ジブリール」
自分をみつめたまま低く掠れた声が呟くのを聴く。
意外に滑らかに身を起こしたバディのメタルの頭が、今度は逆に志賀の胸に押し付けられた。それでも志賀は脚を投げ出し後ろ手を床に突いた姿勢で、硬直したまま動くことは叶わなかった。
もはや畏れは感じてはいなかったが、幽かな振動と歯を食い縛ったときの異音が伝わったからだ。
初めてみる年上の相棒の激情が徐々に収まったのを見計らって志賀は、戻らぬものを恋い続ける男の柔らかいメタルの頭を軽くはたく。
「な、寝ようぜ。ちゃんとベッドで寝りゃあ変な夢も見ねーって」
今度ばかりは本当に悪いことをした、そう思った。
自分の何処にそんなモノがあったか、かなり深い罪悪感から本日最も『らしくない』行動に出た志賀だった……の、だが。
メタルの髪に載せた右手首が突然掴まれた。途端に志賀は本能的に背筋を這い昇るものを感じる。本能だがサイキではなく男としての、だ。
咄嗟に空いた左手で相手の胸を突く。志賀は自分の左手首、嵌めっ放しのリモータ周囲の産毛がそそけ立っているのを見た。未だ正気でない相棒の目が、同性には決して赦さない絶対領域を侵して自分に近づいて来るのも。
(げっ。そういや、あのキノコは媚薬っ!!)
薬物で強化されたのか、尋常でない力で掴まれた右手を振り払おうとするが外れない。思わずPKを使いそうになって焦る。
「うわっ、ちょっと待て! アズル、俺をよく見ろ、髪あってもムネがねェだろっ」
突き飛ばした筈の左手までも封じられ、抵抗したら逆関節状態になってしまった。ラリっているとはいえ軍歴の差は埋め難い。ジリジリと後退してはみたものの、志賀の背はすぐに壁まで追い詰められた。脚を引き寄せ膝蹴りを入れるが体勢が悪く効かない。
相棒のトロンとした紅い目に鳥肌を立てながらリープしようとした。だがその一瞬前にアンテナのバッテリー切れか室内が暗転。近すぎる距離に相手の体温を感じつつ志賀は絶叫した。
「早まるな、オッサン! 頼む、ヤメてくれ~っ!! ……んぐっ」
予想だにしなかった種類の危機に志賀の思考は停止する。
いや、何故か頭の中でひとつだけ物悲しくループしていた。
(アズル、今まで俺が悪かった。だからそのメチャメチャ上手いべろチューだけは止してくれ……)
◇◇◇◇
アズラエル=トラスは飛行艇パイロット席で大きなくしゃみをした。オリーブドラブ色の飛行服のポケットからハンカチを出して口元を拭う。
飛行艇は螺旋を描いて低空を飛行するようセットしてある。ダイレクト通信可能な座標に一番近い星系の宙軍が迎えの艦を寄越すまで待機中だ。
大気圏内飛行タイプ・乗員二名のコンパクトな飛行艇コクピットとはいえ、不安部位の全てをアッシー交換した今は、G装置によりこの惑星の脱出速度を超える事なく宇宙航行も可能である。
だがワープ航法は不可能な為、大型艦用救命ポッドばりの後部を牽引したまま真空を長時間漂うよりも、さっさと収容して貰った方が気が楽だ。
迎えは宙軍のシステム通信師団司令部付き隊の一艦。通信関係は構成上、中央情報局が統制しやすい。名目はCPX、指揮所演習だ。
来たときはゴミ業者の独航艦にコンテナとして引っ掛かって来て振り落とされたというのに、任務完遂となれば現金な話だった。それならばと昨日星系外座標を示唆されたとき、この惑星上空を希望した。
アズラエルの軍歴がいかに長かろうと、理論で分かっていても宇宙航法は専門外だ。
過去の任務に於いて必要に駆られ惑星内配置空軍のウィングマークは取得したが、修理だって本音を言えば殆ど知らない。ユニットごとに単純化されているからこそ、リモータにインプットしていた取説で何とか間に合ったが。
これ以上自分たちがクラッシャーとして名を馳せるのは嫌だったために、必死だったというのもある。破壊したのは志賀でもバディはワンセット、連帯責任。
軍は理不尽の塊だ。
再びデカいくしゃみを発したら耐温樹脂のキャノピにまで飛沫が飛んだ。情けなく洟を啜りながら空いた副操縦士席を眺める。普段なら『キッタネエな、オッサン』などと突っ込む筈の志賀はまだ後部ポッド内だ。何故か自分を避けて。
昨日の朝、ポッドの床で目覚めたのも、このくしゃみが原因だった。
こちらを凝視する紅い瞳は、まだ潤んでいない。
しかし離れる一瞬前、接触テレパスが意識せずこちらに送ってしまったであろう映像が志賀の意識を占めた。その中では目前の相棒より少し若く見えるアズラエルが、明らかに命の炎が吹き消された女を抱き締めて幾筋もの涙を流していた。古い型のビームライフルを手にした男たちに取り囲まれて。
アズラエルが視た彼自身……という事は、そんな時にさえもこいつはサーチしていたのだ。フォーカスは暴漢たちのトリガに掛かった指だった。
志賀はそこに妙に感心してしまい、紅い目に縫い止められたように動けずにいた。サイキというよりも、その意思を畏れたといってもいい。
「……ジブリール」
自分をみつめたまま低く掠れた声が呟くのを聴く。
意外に滑らかに身を起こしたバディのメタルの頭が、今度は逆に志賀の胸に押し付けられた。それでも志賀は脚を投げ出し後ろ手を床に突いた姿勢で、硬直したまま動くことは叶わなかった。
もはや畏れは感じてはいなかったが、幽かな振動と歯を食い縛ったときの異音が伝わったからだ。
初めてみる年上の相棒の激情が徐々に収まったのを見計らって志賀は、戻らぬものを恋い続ける男の柔らかいメタルの頭を軽くはたく。
「な、寝ようぜ。ちゃんとベッドで寝りゃあ変な夢も見ねーって」
今度ばかりは本当に悪いことをした、そう思った。
自分の何処にそんなモノがあったか、かなり深い罪悪感から本日最も『らしくない』行動に出た志賀だった……の、だが。
メタルの髪に載せた右手首が突然掴まれた。途端に志賀は本能的に背筋を這い昇るものを感じる。本能だがサイキではなく男としての、だ。
咄嗟に空いた左手で相手の胸を突く。志賀は自分の左手首、嵌めっ放しのリモータ周囲の産毛がそそけ立っているのを見た。未だ正気でない相棒の目が、同性には決して赦さない絶対領域を侵して自分に近づいて来るのも。
(げっ。そういや、あのキノコは媚薬っ!!)
薬物で強化されたのか、尋常でない力で掴まれた右手を振り払おうとするが外れない。思わずPKを使いそうになって焦る。
「うわっ、ちょっと待て! アズル、俺をよく見ろ、髪あってもムネがねェだろっ」
突き飛ばした筈の左手までも封じられ、抵抗したら逆関節状態になってしまった。ラリっているとはいえ軍歴の差は埋め難い。ジリジリと後退してはみたものの、志賀の背はすぐに壁まで追い詰められた。脚を引き寄せ膝蹴りを入れるが体勢が悪く効かない。
相棒のトロンとした紅い目に鳥肌を立てながらリープしようとした。だがその一瞬前にアンテナのバッテリー切れか室内が暗転。近すぎる距離に相手の体温を感じつつ志賀は絶叫した。
「早まるな、オッサン! 頼む、ヤメてくれ~っ!! ……んぐっ」
予想だにしなかった種類の危機に志賀の思考は停止する。
いや、何故か頭の中でひとつだけ物悲しくループしていた。
(アズル、今まで俺が悪かった。だからそのメチャメチャ上手いべろチューだけは止してくれ……)
◇◇◇◇
アズラエル=トラスは飛行艇パイロット席で大きなくしゃみをした。オリーブドラブ色の飛行服のポケットからハンカチを出して口元を拭う。
飛行艇は螺旋を描いて低空を飛行するようセットしてある。ダイレクト通信可能な座標に一番近い星系の宙軍が迎えの艦を寄越すまで待機中だ。
大気圏内飛行タイプ・乗員二名のコンパクトな飛行艇コクピットとはいえ、不安部位の全てをアッシー交換した今は、G装置によりこの惑星の脱出速度を超える事なく宇宙航行も可能である。
だがワープ航法は不可能な為、大型艦用救命ポッドばりの後部を牽引したまま真空を長時間漂うよりも、さっさと収容して貰った方が気が楽だ。
迎えは宙軍のシステム通信師団司令部付き隊の一艦。通信関係は構成上、中央情報局が統制しやすい。名目はCPX、指揮所演習だ。
来たときはゴミ業者の独航艦にコンテナとして引っ掛かって来て振り落とされたというのに、任務完遂となれば現金な話だった。それならばと昨日星系外座標を示唆されたとき、この惑星上空を希望した。
アズラエルの軍歴がいかに長かろうと、理論で分かっていても宇宙航法は専門外だ。
過去の任務に於いて必要に駆られ惑星内配置空軍のウィングマークは取得したが、修理だって本音を言えば殆ど知らない。ユニットごとに単純化されているからこそ、リモータにインプットしていた取説で何とか間に合ったが。
これ以上自分たちがクラッシャーとして名を馳せるのは嫌だったために、必死だったというのもある。破壊したのは志賀でもバディはワンセット、連帯責任。
軍は理不尽の塊だ。
再びデカいくしゃみを発したら耐温樹脂のキャノピにまで飛沫が飛んだ。情けなく洟を啜りながら空いた副操縦士席を眺める。普段なら『キッタネエな、オッサン』などと突っ込む筈の志賀はまだ後部ポッド内だ。何故か自分を避けて。
昨日の朝、ポッドの床で目覚めたのも、このくしゃみが原因だった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
静寂の星
naomikoryo
SF
【★★★全7話+エピローグですので軽くお読みいただけます(^^)★★★】
深宇宙探査船《プロメテウス》は、未知の惑星へと不時着した。
そこは、異常なほど静寂に包まれた世界── 風もなく、虫の羽音すら聞こえない、完璧な沈黙の星 だった。
漂流した5人の宇宙飛行士たちは、救助を待ちながら惑星を探索する。
だが、次第に彼らは 「見えない何か」に監視されている という不気味な感覚に襲われる。
そしてある日、クルーのひとりが 跡形もなく消えた。
足跡も争った形跡もない。
ただ静かに、まるで 存在そのものが消されたかのように──。
「この星は“沈黙を守る”ために、我々を排除しているのか?」
音を発する者が次々と消えていく中、残されたクルーたちは 沈黙の星の正体 に迫る。
この惑星の静寂は、ただの自然現象ではなかった。
それは、惑星そのものの意志 だったのだ。
音を立てれば、存在を奪われる。
完全な沈黙の中で、彼らは生き延びることができるのか?
そして、最後に待ち受けるのは── 沈黙を破るか、沈黙に飲まれるかの選択 だった。
極限の静寂と恐怖が支配するSFサスペンス、開幕。

【完結】バグった俺と、依存的な引きこもり少女。 ~幼馴染は俺以外のセカイを知りたがらない~
山須ぶじん
SF
異性に関心はありながらも初恋がまだという高校二年生の少年、赤土正人(あかつちまさと)。
彼は毎日放課後に、一つ年下の引きこもりな幼馴染、伊武翠華(いぶすいか)という名の少女の家に通っていた。毎日訪れた正人のニオイを、密着し顔を埋めてくんくん嗅ぐという変わったクセのある女の子である。
そんな彼女は中学時代イジメを受けて引きこもりになり、さらには両親にも見捨てられて、今や正人だけが世界のすべて。彼に見捨てられないためなら、「なんでもする」と言ってしまうほどだった。
ある日、正人は来栖(くるす)という名のクラスメイトの女子に、愛の告白をされる。しかし告白するだけして彼女は逃げるように去ってしまい、正人は仕方なく返事を明日にしようと思うのだった。
だが翌日――。来栖は姿を消してしまう。しかも誰も彼女のことを覚えていないのだ。
それはまるで、最初から存在しなかったかのように――。
※第18回講談社ラノベ文庫新人賞の第2次選考通過、最終選考落選作品。
※『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載しています。
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる