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第19話
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マシンなら当然の、条件入力に対しての反応という事実を全く思いつかせずに、自分に〝意思〟だと直感させたのは、その目。
留める事など叶わない、与えられた結末を従容と受け入れ、切なくも強い決意を宿したその瞳を持つものが人でないとは、あまりに哀しい――。
少しもどかしげな色をその目から読んだ志賀は、人工声帯かスピーカだかが錆付いてしまったのかと、長身をかがめてアンドロイドの口元に耳を寄せる。
すると母たる者として生み出され、自らの役目を終えて物としてこの星に運ばれてきた彼女は、最期に志賀の額をかすめるように触れ、そして離れていった。
志賀はその姿勢のまま二重ドア、外部エアロックが閉じてロック内に生じた空気の白濁が消え、気圧が元に戻るまでそこにいた。その唇は何故か温かく、幼い頃に失くしてしまった母のキスを想い出させたから。
目を瞑っても浮かんではこない母の顔。澄んだ瞳の緑色だけが思い出せる。
先程彼女の瞳に映った自分の右眼、人工水晶体のライトグリーンの煌き。それは志賀の感情なりサイキなりが高まったときのみに現れる現象だ。自分では長らく気付かず他人に指摘されて知った、当たり前だが。
幼い頃、友人を助けようとした際に母をPKで死なせた。
友達との楽しい探検中だった。周囲にひと気のない、プログラミングされた建設重機と材料だけがある建設中のビル。そこが自分たちの秘密基地だった。当然、親たちからは行くのを禁止されていた場所である。
大人の目を掠め、やっと来るのに成功した秘密基地。
けれどその日の志賀はどうしても遊びに熱中できなかった。胸が苦しくなる程ドキドキし、気付くと握り締めた掌にじっとり汗をかいては服に擦り付けて拭く繰り返しだった。叫びだしたくなるような危険、危機。焦りは刻々と強くなり……今なら分かる。悪戯に不安を募らせるばかりの〝予知能力〟。
遊びにも上の空だった志賀は突然の悲鳴で友の窮地を知る。
子供の体重とはいえ、手放せば数十メートルもの下の地面に叩きつけられるであろう友人が必死に掴みぶらさがっていたワイアは、あまりにお粗末だった。そして勿論、志賀はサイキで助けようとした。当時まだ使いこなせなかったPKでそのワイアを庇いつつ、友をひたすら持ち上げようとしたのだ。
今なら簡単にテレポートさせられる。けれどあの頃は今以上に自らのサイキの使用や調節が不安定だった。強すぎるPKで友人を傷つけることも怖くて、これ以上ない程に緊張していた。自らも冷や汗を滴らせつつ必死になりながら、あの、手に汗握る嫌な感じはこのことだったのかと頭の片隅で思った。
『死なせない。絶対助ける、助けられる……』
そうして、あともう少しというところに伸ばされた白い手。手伝おうとしたのであろう。しかし引けば千切れるワイアを掴もうとした白いモノを邪魔だと思った。
いや、思う間もなく意識もせず咄嗟に排除してしまったのだ。幼さ故の自他共に認める事故である。助けた友人も志賀に感謝してくれた。その直後に目にした惨状に絶叫しようとも。
事故……それでも自分が殺した事実は変えようが無い。
死に顔すら見られなかったのだ。自分が吹き飛ばしてしまったのだから。
それを認めたくなくて自ら傷付けた右目だった。医学の力か自己防衛反応か、自傷したこと自体は覚えてもいない。いないが、その右眼に母の瞳と同じ色が宿る。
本来無色透明の人工水晶体であり、色が変化し輝く理由は不明だ。不都合はないから感想はない。敢えて思うとすれば……綺麗だからいいやってとこか。
振り返ると卓上にあった僅かな物がそこいら中に散乱している。結構な物音もしただろうに、アズラエルは静かに眠り続けていた。
何にも知らずに眠りこける年上のバディに近づくと、仰臥したアズラエルの脇腹を志賀は蹴っ飛ばす。自他共に認める人非人である。
「オーイ、ダンナぁ。ちょっち呑気すぎるんでナイの?」
もちろん加減はしたが二撃、三撃と続けても起きようとしない。キノコ酔いが完全に醒めた志賀は、相手が疲れていようが何だろうが容赦はしない。オトコを抱えるなど絶対的にポリシーに反したからだ。
「ったく、どーかしてるぜ。オイラと違って攻撃サイキも持たねーってのに、ナイフ一丁に置かないで。よく生きて来られたモンだな、アンタ」
そう愚痴りながらも、カケラほどの罪悪感をかき集めて心配してみた。同じテラ系とはいえ自分とは混ざり具合が違う相棒、なまの胞子も頭から大量に浴びていた。もしや効き目が強すぎての昏睡かとしゃがみ込んで様子を伺う。
すると志賀の視線を感じたかのように紅い目が唐突に見開かれた。
「オッサン。寝棚に行けよ、自力で。今PKでやったら多分潰すぜ」
聞いているのかいないのか、茫洋と焦点定まらぬ目付きでいた異星人の風貌が色濃い男は、目前に垂れ下がった長い黒髪にいきなり手を伸ばした。
思いも寄らないバディの、自分の髪を引っ張るという行動に志賀は体勢を崩し、辛うじて地面ではなくアズラエルの胸に顔面をブチ当ててしまう。
「ってーなこの野郎、何すんだよ」
鼻が折れるかと思うくらいぶつけてしまい、ツンと鼻腔の奥が熱くなる。錆び臭い。相手も普通なら咳き込むような衝撃の筈だった。だが文句を続ける隙間もないほど強く志賀の頭はアズラエルの両腕に抱え込まれ、そのまま胸に押し付けられた。
寝惚けているにしては異常に強い力にフガフガと抵抗しながら志賀は、
(ホントに寝惚けてんのか、それとも新手の接近戦の訓練か?)
などと酸欠に喘ぎながらも割と冷静に考えていた。
それならばと床に突いた手と膝とで、相手の強靭な腕のブロックを持ち上げようとする。けれど僅かに頬への圧迫が緩んだとき、アズラエルの呼吸が不規則になっているのに気付いてしまった。
慟哭、だった。
留める事など叶わない、与えられた結末を従容と受け入れ、切なくも強い決意を宿したその瞳を持つものが人でないとは、あまりに哀しい――。
少しもどかしげな色をその目から読んだ志賀は、人工声帯かスピーカだかが錆付いてしまったのかと、長身をかがめてアンドロイドの口元に耳を寄せる。
すると母たる者として生み出され、自らの役目を終えて物としてこの星に運ばれてきた彼女は、最期に志賀の額をかすめるように触れ、そして離れていった。
志賀はその姿勢のまま二重ドア、外部エアロックが閉じてロック内に生じた空気の白濁が消え、気圧が元に戻るまでそこにいた。その唇は何故か温かく、幼い頃に失くしてしまった母のキスを想い出させたから。
目を瞑っても浮かんではこない母の顔。澄んだ瞳の緑色だけが思い出せる。
先程彼女の瞳に映った自分の右眼、人工水晶体のライトグリーンの煌き。それは志賀の感情なりサイキなりが高まったときのみに現れる現象だ。自分では長らく気付かず他人に指摘されて知った、当たり前だが。
幼い頃、友人を助けようとした際に母をPKで死なせた。
友達との楽しい探検中だった。周囲にひと気のない、プログラミングされた建設重機と材料だけがある建設中のビル。そこが自分たちの秘密基地だった。当然、親たちからは行くのを禁止されていた場所である。
大人の目を掠め、やっと来るのに成功した秘密基地。
けれどその日の志賀はどうしても遊びに熱中できなかった。胸が苦しくなる程ドキドキし、気付くと握り締めた掌にじっとり汗をかいては服に擦り付けて拭く繰り返しだった。叫びだしたくなるような危険、危機。焦りは刻々と強くなり……今なら分かる。悪戯に不安を募らせるばかりの〝予知能力〟。
遊びにも上の空だった志賀は突然の悲鳴で友の窮地を知る。
子供の体重とはいえ、手放せば数十メートルもの下の地面に叩きつけられるであろう友人が必死に掴みぶらさがっていたワイアは、あまりにお粗末だった。そして勿論、志賀はサイキで助けようとした。当時まだ使いこなせなかったPKでそのワイアを庇いつつ、友をひたすら持ち上げようとしたのだ。
今なら簡単にテレポートさせられる。けれどあの頃は今以上に自らのサイキの使用や調節が不安定だった。強すぎるPKで友人を傷つけることも怖くて、これ以上ない程に緊張していた。自らも冷や汗を滴らせつつ必死になりながら、あの、手に汗握る嫌な感じはこのことだったのかと頭の片隅で思った。
『死なせない。絶対助ける、助けられる……』
そうして、あともう少しというところに伸ばされた白い手。手伝おうとしたのであろう。しかし引けば千切れるワイアを掴もうとした白いモノを邪魔だと思った。
いや、思う間もなく意識もせず咄嗟に排除してしまったのだ。幼さ故の自他共に認める事故である。助けた友人も志賀に感謝してくれた。その直後に目にした惨状に絶叫しようとも。
事故……それでも自分が殺した事実は変えようが無い。
死に顔すら見られなかったのだ。自分が吹き飛ばしてしまったのだから。
それを認めたくなくて自ら傷付けた右目だった。医学の力か自己防衛反応か、自傷したこと自体は覚えてもいない。いないが、その右眼に母の瞳と同じ色が宿る。
本来無色透明の人工水晶体であり、色が変化し輝く理由は不明だ。不都合はないから感想はない。敢えて思うとすれば……綺麗だからいいやってとこか。
振り返ると卓上にあった僅かな物がそこいら中に散乱している。結構な物音もしただろうに、アズラエルは静かに眠り続けていた。
何にも知らずに眠りこける年上のバディに近づくと、仰臥したアズラエルの脇腹を志賀は蹴っ飛ばす。自他共に認める人非人である。
「オーイ、ダンナぁ。ちょっち呑気すぎるんでナイの?」
もちろん加減はしたが二撃、三撃と続けても起きようとしない。キノコ酔いが完全に醒めた志賀は、相手が疲れていようが何だろうが容赦はしない。オトコを抱えるなど絶対的にポリシーに反したからだ。
「ったく、どーかしてるぜ。オイラと違って攻撃サイキも持たねーってのに、ナイフ一丁に置かないで。よく生きて来られたモンだな、アンタ」
そう愚痴りながらも、カケラほどの罪悪感をかき集めて心配してみた。同じテラ系とはいえ自分とは混ざり具合が違う相棒、なまの胞子も頭から大量に浴びていた。もしや効き目が強すぎての昏睡かとしゃがみ込んで様子を伺う。
すると志賀の視線を感じたかのように紅い目が唐突に見開かれた。
「オッサン。寝棚に行けよ、自力で。今PKでやったら多分潰すぜ」
聞いているのかいないのか、茫洋と焦点定まらぬ目付きでいた異星人の風貌が色濃い男は、目前に垂れ下がった長い黒髪にいきなり手を伸ばした。
思いも寄らないバディの、自分の髪を引っ張るという行動に志賀は体勢を崩し、辛うじて地面ではなくアズラエルの胸に顔面をブチ当ててしまう。
「ってーなこの野郎、何すんだよ」
鼻が折れるかと思うくらいぶつけてしまい、ツンと鼻腔の奥が熱くなる。錆び臭い。相手も普通なら咳き込むような衝撃の筈だった。だが文句を続ける隙間もないほど強く志賀の頭はアズラエルの両腕に抱え込まれ、そのまま胸に押し付けられた。
寝惚けているにしては異常に強い力にフガフガと抵抗しながら志賀は、
(ホントに寝惚けてんのか、それとも新手の接近戦の訓練か?)
などと酸欠に喘ぎながらも割と冷静に考えていた。
それならばと床に突いた手と膝とで、相手の強靭な腕のブロックを持ち上げようとする。けれど僅かに頬への圧迫が緩んだとき、アズラエルの呼吸が不規則になっているのに気付いてしまった。
慟哭、だった。
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