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第18話
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(嘘だろ、オイ……)
光素子アンテナが電源の室内は薄暗いものの、先程と変わりなくちゃんと見える。だからいつの間にか姿勢を変え、仰臥したアズラエルは別にどうでもいい。
但し、相棒に寄り添い唇を重ねている髪の長い女の存在さえ別にすれば、だ。
志賀は直接目にするまで他人の気配に気付かない程、間抜けではないつもりだ。それで現在まで生き延びてきた。今はラリっていない自信もある。故に疑ったのは相棒の方だった。
(いつの間にサユリ=マーティスのホログラムなんかセットしたんだ? それもそーゆう風に見せつけるなんて趣味ワリぃなー、ったく!)
そう思ったのだ。まあこんな星だ、他に考えようもない。
ズカズカと踏み入りながら相棒に向かって喚いた。
「おい、アズル! てっめーそりゃ御法度だろーがよっ」
他人のラヴシーン如きで動揺するほどウブではなく、悪趣味な相棒にトサカにきただけだ。
べったりと唇を重ねる彼らに手を伸ばした瞬間、メディアでしか見覚えの無いサユリ=マーティスの、何故かそれより少し若いように思われる彼女の肩に触れた。
(実体だ!!)
事態を分析するより志賀は咄嗟に短距離リープで間合いを取っている。と同時にアズラエルの胸の上下を確認していた。
(……良かった、生きてやがる)
だがホッとする間は無い、諸元の知れぬ女をPKで絡め取る。
ダウナーが効いていない今の志賀は制御に自信がない。敵の左腕だけ、アズラエルの首筋に掛かっている手のみをこちらに引くつもりだった。
だが思いのほか力が入ったのか、ブツリと外れる感触。
しまった、などとは思わない。
随分古めかしい、くすんだ色のワンピースをまとった女は服ごと左腕を引きちぎられながらもアズラエルから離れ、エアロックに向かい身を翻す。志賀は鈍い音を立てて落ちた腕などには目を遣らず、更にサイキ戦を仕掛けようと女の傍にリープする。
だがそのときには彼女の左腕付け根から流れ落ちるものが、馴染みのある匂いを発していないのに気付いていた。
薄暗い中、よく判らない色の長い髪の毛を掴む。
本物のサユリ=マーティスと同じなら髪もその瞳も褐色だろう、そう思って引き寄せた女の顔を真上から逆さに覗き込む。すると相手の目に志賀自身の目が映った。
昔、母を死なせた衝撃に耐えきれず自傷した右眼、培養でも何故か再生されずに入れた人工水晶体。それがライトグリーンに輝いているのも、はっきりと見えた。
それよりはっきりしていたのは女に殺気が無いことと、女が人間ではない事だった。アンドロイドである。ここまで精巧なのは志賀も初めてお目に掛かった。連邦内では製造禁止物、規制条項トップに類目されているからだ。
(それも人間にキスするAIだ!? 聞いたこともねーぞ)
意識の俎上に上ったのは本音と違っていた。禁じられればそれを破りたくなるのが人間である。金持ちが作らせる悪趣味な奴隷的ロボットや、時折当局に摘発されるセクサロイドの存在などは、公にはないものとされてはいるが確かに存在するのだ。
幾ら志賀が管理の行き届いた本星文化で育ってもそれくらいは知っている。
「アンタ何者? って言葉分かるよな、連邦標準語」
髪束を掴んだ右手をやや緩めて問うてみる。
答えることなく逃れようとした為、志賀は残る左肘を相手の首に掛ける。自分の素肌の腕にアンドロイドの産毛の感触まで伝わる。
その感触を裏切るほど細い首筋は冷たかった。
「アレに入ってたんだな、アンタ。俺が起こしちまったのか?」
自らの体を彼女に密着させた志賀は、エアロックの上半分の透明樹脂を透かし見ながら言った。彼女にも見えている筈の蓋が開いた柩を示す。やはり返事はない。
しかしこれだけ精巧に造られているのだ、発声できない訳はないと思った。
だが志賀は問いつつも何故か急にどうでも良くなっていた。人間並みの壊れ物なのは腕が千切れた事で分かっている。それに考えてみりゃマシンに殺気など無いだろうが、近接戦兵器でも仕込んであればとっくにセンサ反応しているだろう。あとはマシン自身の意思で使用か。
(マシンの意思、だって?)
もう一度、女の目を覗き込むと力を緩めた。両手を解きアンドロイドを解放する。
自分たちの休暇に訪れた闖入者が敵でなければそれでいい。そう思った。
哀しみをあまりに上手く表現することに成功したAIの目に、まだ俺はラリってるのかと自問する。しかし行動は無造作だった。
エアロックを音も無く出て行こうとするそいつに背まで向け、規則正しい呼吸で眠り続ける相棒の傍らに落ちていた片腕を拾い上げた。声を掛けて留め、意外なくらい重さのあるそれを差し出す。
白く浮いて見える志賀の腕にとろりとした液体が垂れた。揮発性が薄いのかオイル臭は、さほどしない。軽合金らしい骨格の断裂部が捩じれているのに気付き舌打ちする。ちょっと指で挟んでみたが硬くて無理だった。
ダウナーから醒めたPKでは、直すどころか余計に壊す恐れがある。
「……ゴメンな。せっかくキレーだったのに取っちゃってサ。自己修復機能でも付いてればいいんだケド」
言ってはみたものの、化学物質の崩壊を促進させる惑星の厳しい夜の環境だ。エリティスファイバの蛹を捨てては、やわいバイオの外観などひとたまりも無い事は分かりきっていた。そのままで出て行こうとしているのだ。
差し出された腕と志賀を振り返り見つめる彼女。それは息を詰めるほど美しかった。科学技術の結集であることは間違いない。だが腕を失くした事でより芸術度を高めた古代の女神を思わせる。自分の粗野な行いを棚に上げるようだが。
その知性体の意思が、決意が、不可思議な感動をもたらしているのに間違いない。
無言で身の一部を受取った人でない彼女に志賀はみたび尋ねた。
「有機AIだよな、アンタ。そういやサユリ=マーティスって、小さい頃に病気で母親亡くして……じゃあホントに彼女の……ってイイわ、やっぱ」
ときどき天啓のように自分に降ってくる何かに相手が頷くのを見たくなくて、慌てて目を逸らした。
すると、まだ雫を落としている自分の髪にごく軽く触れられ、ふと顔を上げる。
果たして人工物とは思えない潤みを湛えたふたつの眼球が訴えかけるようにこちらを向いていた。
光素子アンテナが電源の室内は薄暗いものの、先程と変わりなくちゃんと見える。だからいつの間にか姿勢を変え、仰臥したアズラエルは別にどうでもいい。
但し、相棒に寄り添い唇を重ねている髪の長い女の存在さえ別にすれば、だ。
志賀は直接目にするまで他人の気配に気付かない程、間抜けではないつもりだ。それで現在まで生き延びてきた。今はラリっていない自信もある。故に疑ったのは相棒の方だった。
(いつの間にサユリ=マーティスのホログラムなんかセットしたんだ? それもそーゆう風に見せつけるなんて趣味ワリぃなー、ったく!)
そう思ったのだ。まあこんな星だ、他に考えようもない。
ズカズカと踏み入りながら相棒に向かって喚いた。
「おい、アズル! てっめーそりゃ御法度だろーがよっ」
他人のラヴシーン如きで動揺するほどウブではなく、悪趣味な相棒にトサカにきただけだ。
べったりと唇を重ねる彼らに手を伸ばした瞬間、メディアでしか見覚えの無いサユリ=マーティスの、何故かそれより少し若いように思われる彼女の肩に触れた。
(実体だ!!)
事態を分析するより志賀は咄嗟に短距離リープで間合いを取っている。と同時にアズラエルの胸の上下を確認していた。
(……良かった、生きてやがる)
だがホッとする間は無い、諸元の知れぬ女をPKで絡め取る。
ダウナーが効いていない今の志賀は制御に自信がない。敵の左腕だけ、アズラエルの首筋に掛かっている手のみをこちらに引くつもりだった。
だが思いのほか力が入ったのか、ブツリと外れる感触。
しまった、などとは思わない。
随分古めかしい、くすんだ色のワンピースをまとった女は服ごと左腕を引きちぎられながらもアズラエルから離れ、エアロックに向かい身を翻す。志賀は鈍い音を立てて落ちた腕などには目を遣らず、更にサイキ戦を仕掛けようと女の傍にリープする。
だがそのときには彼女の左腕付け根から流れ落ちるものが、馴染みのある匂いを発していないのに気付いていた。
薄暗い中、よく判らない色の長い髪の毛を掴む。
本物のサユリ=マーティスと同じなら髪もその瞳も褐色だろう、そう思って引き寄せた女の顔を真上から逆さに覗き込む。すると相手の目に志賀自身の目が映った。
昔、母を死なせた衝撃に耐えきれず自傷した右眼、培養でも何故か再生されずに入れた人工水晶体。それがライトグリーンに輝いているのも、はっきりと見えた。
それよりはっきりしていたのは女に殺気が無いことと、女が人間ではない事だった。アンドロイドである。ここまで精巧なのは志賀も初めてお目に掛かった。連邦内では製造禁止物、規制条項トップに類目されているからだ。
(それも人間にキスするAIだ!? 聞いたこともねーぞ)
意識の俎上に上ったのは本音と違っていた。禁じられればそれを破りたくなるのが人間である。金持ちが作らせる悪趣味な奴隷的ロボットや、時折当局に摘発されるセクサロイドの存在などは、公にはないものとされてはいるが確かに存在するのだ。
幾ら志賀が管理の行き届いた本星文化で育ってもそれくらいは知っている。
「アンタ何者? って言葉分かるよな、連邦標準語」
髪束を掴んだ右手をやや緩めて問うてみる。
答えることなく逃れようとした為、志賀は残る左肘を相手の首に掛ける。自分の素肌の腕にアンドロイドの産毛の感触まで伝わる。
その感触を裏切るほど細い首筋は冷たかった。
「アレに入ってたんだな、アンタ。俺が起こしちまったのか?」
自らの体を彼女に密着させた志賀は、エアロックの上半分の透明樹脂を透かし見ながら言った。彼女にも見えている筈の蓋が開いた柩を示す。やはり返事はない。
しかしこれだけ精巧に造られているのだ、発声できない訳はないと思った。
だが志賀は問いつつも何故か急にどうでも良くなっていた。人間並みの壊れ物なのは腕が千切れた事で分かっている。それに考えてみりゃマシンに殺気など無いだろうが、近接戦兵器でも仕込んであればとっくにセンサ反応しているだろう。あとはマシン自身の意思で使用か。
(マシンの意思、だって?)
もう一度、女の目を覗き込むと力を緩めた。両手を解きアンドロイドを解放する。
自分たちの休暇に訪れた闖入者が敵でなければそれでいい。そう思った。
哀しみをあまりに上手く表現することに成功したAIの目に、まだ俺はラリってるのかと自問する。しかし行動は無造作だった。
エアロックを音も無く出て行こうとするそいつに背まで向け、規則正しい呼吸で眠り続ける相棒の傍らに落ちていた片腕を拾い上げた。声を掛けて留め、意外なくらい重さのあるそれを差し出す。
白く浮いて見える志賀の腕にとろりとした液体が垂れた。揮発性が薄いのかオイル臭は、さほどしない。軽合金らしい骨格の断裂部が捩じれているのに気付き舌打ちする。ちょっと指で挟んでみたが硬くて無理だった。
ダウナーから醒めたPKでは、直すどころか余計に壊す恐れがある。
「……ゴメンな。せっかくキレーだったのに取っちゃってサ。自己修復機能でも付いてればいいんだケド」
言ってはみたものの、化学物質の崩壊を促進させる惑星の厳しい夜の環境だ。エリティスファイバの蛹を捨てては、やわいバイオの外観などひとたまりも無い事は分かりきっていた。そのままで出て行こうとしているのだ。
差し出された腕と志賀を振り返り見つめる彼女。それは息を詰めるほど美しかった。科学技術の結集であることは間違いない。だが腕を失くした事でより芸術度を高めた古代の女神を思わせる。自分の粗野な行いを棚に上げるようだが。
その知性体の意思が、決意が、不可思議な感動をもたらしているのに間違いない。
無言で身の一部を受取った人でない彼女に志賀はみたび尋ねた。
「有機AIだよな、アンタ。そういやサユリ=マーティスって、小さい頃に病気で母親亡くして……じゃあホントに彼女の……ってイイわ、やっぱ」
ときどき天啓のように自分に降ってくる何かに相手が頷くのを見たくなくて、慌てて目を逸らした。
すると、まだ雫を落としている自分の髪にごく軽く触れられ、ふと顔を上げる。
果たして人工物とは思えない潤みを湛えたふたつの眼球が訴えかけるようにこちらを向いていた。
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