ゴミと茸と男が二人~楽園の外側~

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
17 / 24

第17話

しおりを挟む
 志賀は人体が耐えうる範囲ギリギリまで冷えた水を浴びて覚醒した。自然分解に依らず急激に醒めた所為か吐き気がした。
 食い過ぎか? そうじゃない気がする。実際に少し吐いた。するといつもの自分の居場所にすっと嵌った気がした。まるでテレパスの術中から抜けたような感覚だった。

 髪の先から流れ落ちる水滴を見ながら先程までの言動を反芻する。そうしてみたら赤面モノだった。
 何も新婚どうのという想像ではない。解かりきったことを、まるで青少年お悩み相談にアクセスしたかの如く、相棒にぶちまけた事が、だ。

 相棒は俺が何かに傷付いているとでも取っただろうか。だから気ぃ使ってあんなに語ってみせたのか。
 いつもみたいにぶん殴ってくれりゃいいのに、幸い互いに丈夫に出来てるんだし。男二人で薄暗い中、しみじみ語り合うよりよっぽど健康的だろうと思う。

 浴びせられる罵声やサイコパス扱い、そんなモノは本当に自分には関係ないのだ。

 二十年間で答えが出ないのだ、ウダウダとそんなつまらない事にかまけたくはない。自分がった相手に対して何の感慨も持てないことだって今更だ。相棒も言ったではないか、降りかかる火の粉は払えと。

 迷いなど必要ない。迷っている間に殺られる点では敵も自分も同等だ。サイキ持ちだって生身、負ければ終わり。そしてこの自分は誰かに負ける気などカケラもない。
 このままの自分でいい、満足だ。面白く生きていくのに何の不都合もないし。サイキだってこんな自分に似合いのPKだ。

 もうひとつの、ときどき降ってきやがる〝予知〟なんてのは欲しけりゃ誰かにくれてやりたいくらいだが、PKは気に入ってて手放す気などありゃしねぇ。ここまで外部発動するPKは珍しいっていうし。好きに生きるのに便利だとまで思える。そりゃ、テメェで決めて軍に入った以上は一応仕事はやるけど――。

 そこまで考えて志賀は、やっと仕事を思い出した。

(あのキノコの生えてた箱。アレってサユリちゃんの探しモンだったような……)

 大して本気でもなかったから、相棒が見ていた資料を志賀は真面目には読んでいない。それらは全てアズラエル任せだ。だがちらりと見た3Dポラと、あの今どき人の手に依る独特の彫刻はよく似ていたように思う。

 どうせクソジジィはまた、見つけられるかどうかで誰かと賭けをしているのだろう。ビョーキだ、親父もそれに付き合う奴らも。サイキ持ちでもないのに異常に面白そうな話に鼻が利くあいつを喜ばせたくなど無い、オモチャにされるのはもう沢山だ。

 こうなると、あとで処分を考えようとエアロックに放り出したままのそいつを、まだバディに見せていないのは正解だった。

 しかし視えない自分はともかく、何故アズラエルがあそこまでサーチしていて気付かなかったのだろう。いよいよ不思議に思い、志賀は独り首を捻る。

 エリティスファイバは電磁波をシールドする特異素材だから、精神波を逃れたか? いやそんな事は無い、引っ掛かったからこそ、あそこを掘るように言ったのだ。じゃあ何だ。ナニが今日の俺たちをおかしくした?
 
 確信を持って言える、今日の自分は異常だった。何か外的作用が加わったのだ。
 そんなことで悩むタイプだったら自分は今頃首を括っている。それとも自身の頭を吹き飛ばしているか。道具は要らない。

(――そっか。キノコだ、間違いネェな……)

 自然派生の菌子体はトキシン類が含まれる事が多く危ない。だがある程度以上の文明圏で産出される菌子体はそれにも増してアブないことがある。
 法の網目をかいくぐり、食用のそれにある種のアルカロイドがわざと含ませてある場合だ。植物塩基は中枢神経伝達物質であるセロトニンに似せやすい。

 いわゆる幻覚剤、それも様々な免疫があるテラ人でも効く強烈なヤツである。
 太古の昔からテラ人は懲りない。個人的にはそういう人間も面白くて好きだが。

 夕方、胞子を浴びた時点で効き始めていたのだろう。あのとき効き目が薄かったのは幸いだった。特殊な体質に感謝だ。まともにラッシュを食らっていれば今頃は外で凍っていたかも知れないのだ、摂氏マイナス六十度でカチンカチンに。

(もしかしてメチャメチャやばかったんじゃん、俺らって)

 胸をなで下ろす。だが多少は効いたのだ。どうも志賀にはダウナーとして作用したらしい。相棒はあれだけ飽きずに喋り倒したところをみると、逆にアッパーとして作用したのだろう。 
 そしてあのド腐れた妄想だ。本来の使用目的は催淫剤、いわゆる媚薬として使われていた公算が大だ。

 濡れた戦闘服を体から引き剥がしつつ冷たさに耐え切れなくなり湯に切り替える。エネルギー不足もなんのそので後先考えず高温設定にした。

(何て言い訳しよっかなー。……なーんて、そのまま放っとけば醒めるか)

 例の如く一歩間違えばとんでもないことになっていたという意識は既に無い。自身がのたまった情けない事柄も幻覚成分の、いや、酒の上での話にしてしまえてラッキーくらいに感じてさえもいない。忘れている。

 天井のライトパネルが消えかかったところで湯を止め、ドライモードに切り替える。長い髪が殆ど濡れたまま、電力不足のポッドの生命維持システム、そのフェイルセーフが正常作動、温風も息の根を止めた。
 ドアを蹴り開け、Tシャツと戦闘服のズボンを身につける。

 あのとき何を思ったか知れないが、自分で持ち帰ってしまったあの棺桶、始末するならアズラエルが寝ている今のうちだ。

(だけど、どうすっかなー。いっちょ派手に打ち上げ花火、それとも衛星軌道までテレポートさせるのもイイかな)

 そう思い、そっと相棒が寝ているのをこっそり窺う。と……目が点になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

我ら新興文明保護艦隊

ビーデシオン
SF
もしも道行く野良猫が、百戦錬磨の獣戦士だったら? もしも冴えないサラリーマンが、戦争上がりのアンドロイドだったら? これは、実際にそんな空想めいた素性をもって、陰ながら地球を守っているエージェントたちのお話。 ※表紙絵はひのたけきょー(@HinotakeDaYo)様より頂きました!

Another Japan Online(アナザージャパンオンライン) ~もう一つの日本~

むねじゅ
SF
この物語は、20XX年 AI技術が発達し、失業率90%を超えた時代の日本が舞台である。 日本政府は、この緊急事態を脱する提案を行う。 「もし生活に困窮している方がいるならば、暮らしに何も不自由が無い仮想現実の世界で生活しましょう」と… 働かなくて良いと言う甘い誘いに国民達は、次々に仮想現実の世界へ行く事を受け入れるのであった。 主人公は、真面目に働いていたブラック会社を解雇されてしまう。 更に追い打ちをかけるようにある出来事が起こる。 それをきっかけに「仮想現実の世界」に行く事を決意するのであった。

【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?

俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。 この他、 「新訳 零戦戦記」 「総統戦記」もよろしくお願いします。

【完結】バグった俺と、依存的な引きこもり少女。 ~幼馴染は俺以外のセカイを知りたがらない~

山須ぶじん
SF
 異性に関心はありながらも初恋がまだという高校二年生の少年、赤土正人(あかつちまさと)。  彼は毎日放課後に、一つ年下の引きこもりな幼馴染、伊武翠華(いぶすいか)という名の少女の家に通っていた。毎日訪れた正人のニオイを、密着し顔を埋めてくんくん嗅ぐという変わったクセのある女の子である。  そんな彼女は中学時代イジメを受けて引きこもりになり、さらには両親にも見捨てられて、今や正人だけが世界のすべて。彼に見捨てられないためなら、「なんでもする」と言ってしまうほどだった。  ある日、正人は来栖(くるす)という名のクラスメイトの女子に、愛の告白をされる。しかし告白するだけして彼女は逃げるように去ってしまい、正人は仕方なく返事を明日にしようと思うのだった。  だが翌日――。来栖は姿を消してしまう。しかも誰も彼女のことを覚えていないのだ。  それはまるで、最初から存在しなかったかのように――。 ※第18回講談社ラノベ文庫新人賞の第2次選考通過、最終選考落選作品。 ※『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

世界の敵と愛し合え!

みらいつりびと
SF
中学時代、ホームラン率3割だったキャッチャー時根巡也の幼馴染は、奪三振率7割のピッチャー空尾凜奈。 ふたりは廃部寸前の青十字高校野球部に入り、部を再建して甲子園出場をめざす。しかし新生野球部のメンバーはたった9人で、捕手と2塁手以外は全員が女の子。 人に化ける変身生物に侵略されている世界で、高校生離れした打力を持つ時根と魔球のごとき変化球を投げる空尾には、変身生物ではないかという疑惑があって……。 恋愛野球SF小説全48話。

EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~

青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

処理中です...