ゴミと茸と男が二人~楽園の外側~

志賀雅基

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第17話

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 志賀は人体が耐えうる範囲ギリギリまで冷えた水を浴びて覚醒した。自然分解に依らず急激に醒めた所為か吐き気がした。
 食い過ぎか? そうじゃない気がする。実際に少し吐いた。するといつもの自分の居場所にすっと嵌った気がした。まるでテレパスの術中から抜けたような感覚だった。

 髪の先から流れ落ちる水滴を見ながら先程までの言動を反芻する。そうしてみたら赤面モノだった。
 何も新婚どうのという想像ではない。解かりきったことを、まるで青少年お悩み相談にアクセスしたかの如く、相棒にぶちまけた事が、だ。

 相棒は俺が何かに傷付いているとでも取っただろうか。だから気ぃ使ってあんなに語ってみせたのか。
 いつもみたいにぶん殴ってくれりゃいいのに、幸い互いに丈夫に出来てるんだし。男二人で薄暗い中、しみじみ語り合うよりよっぽど健康的だろうと思う。

 浴びせられる罵声やサイコパス扱い、そんなモノは本当に自分には関係ないのだ。

 二十年間で答えが出ないのだ、ウダウダとそんなつまらない事にかまけたくはない。自分がった相手に対して何の感慨も持てないことだって今更だ。相棒も言ったではないか、降りかかる火の粉は払えと。

 迷いなど必要ない。迷っている間に殺られる点では敵も自分も同等だ。サイキ持ちだって生身、負ければ終わり。そしてこの自分は誰かに負ける気などカケラもない。
 このままの自分でいい、満足だ。面白く生きていくのに何の不都合もないし。サイキだってこんな自分に似合いのPKだ。

 もうひとつの、ときどき降ってきやがる〝予知〟なんてのは欲しけりゃ誰かにくれてやりたいくらいだが、PKは気に入ってて手放す気などありゃしねぇ。ここまで外部発動するPKは珍しいっていうし。好きに生きるのに便利だとまで思える。そりゃ、テメェで決めて軍に入った以上は一応仕事はやるけど――。

 そこまで考えて志賀は、やっと仕事を思い出した。

(あのキノコの生えてた箱。アレってサユリちゃんの探しモンだったような……)

 大して本気でもなかったから、相棒が見ていた資料を志賀は真面目には読んでいない。それらは全てアズラエル任せだ。だがちらりと見た3Dポラと、あの今どき人の手に依る独特の彫刻はよく似ていたように思う。

 どうせクソジジィはまた、見つけられるかどうかで誰かと賭けをしているのだろう。ビョーキだ、親父もそれに付き合う奴らも。サイキ持ちでもないのに異常に面白そうな話に鼻が利くあいつを喜ばせたくなど無い、オモチャにされるのはもう沢山だ。

 こうなると、あとで処分を考えようとエアロックに放り出したままのそいつを、まだバディに見せていないのは正解だった。

 しかし視えない自分はともかく、何故アズラエルがあそこまでサーチしていて気付かなかったのだろう。いよいよ不思議に思い、志賀は独り首を捻る。

 エリティスファイバは電磁波をシールドする特異素材だから、精神波を逃れたか? いやそんな事は無い、引っ掛かったからこそ、あそこを掘るように言ったのだ。じゃあ何だ。ナニが今日の俺たちをおかしくした?
 
 確信を持って言える、今日の自分は異常だった。何か外的作用が加わったのだ。
 そんなことで悩むタイプだったら自分は今頃首を括っている。それとも自身の頭を吹き飛ばしているか。道具は要らない。

(――そっか。キノコだ、間違いネェな……)

 自然派生の菌子体はトキシン類が含まれる事が多く危ない。だがある程度以上の文明圏で産出される菌子体はそれにも増してアブないことがある。
 法の網目をかいくぐり、食用のそれにある種のアルカロイドがわざと含ませてある場合だ。植物塩基は中枢神経伝達物質であるセロトニンに似せやすい。

 いわゆる幻覚剤、それも様々な免疫があるテラ人でも効く強烈なヤツである。
 太古の昔からテラ人は懲りない。個人的にはそういう人間も面白くて好きだが。

 夕方、胞子を浴びた時点で効き始めていたのだろう。あのとき効き目が薄かったのは幸いだった。特殊な体質に感謝だ。まともにラッシュを食らっていれば今頃は外で凍っていたかも知れないのだ、摂氏マイナス六十度でカチンカチンに。

(もしかしてメチャメチャやばかったんじゃん、俺らって)

 胸をなで下ろす。だが多少は効いたのだ。どうも志賀にはダウナーとして作用したらしい。相棒はあれだけ飽きずに喋り倒したところをみると、逆にアッパーとして作用したのだろう。 
 そしてあのド腐れた妄想だ。本来の使用目的は催淫剤、いわゆる媚薬として使われていた公算が大だ。

 濡れた戦闘服を体から引き剥がしつつ冷たさに耐え切れなくなり湯に切り替える。エネルギー不足もなんのそので後先考えず高温設定にした。

(何て言い訳しよっかなー。……なーんて、そのまま放っとけば醒めるか)

 例の如く一歩間違えばとんでもないことになっていたという意識は既に無い。自身がのたまった情けない事柄も幻覚成分の、いや、酒の上での話にしてしまえてラッキーくらいに感じてさえもいない。忘れている。

 天井のライトパネルが消えかかったところで湯を止め、ドライモードに切り替える。長い髪が殆ど濡れたまま、電力不足のポッドの生命維持システム、そのフェイルセーフが正常作動、温風も息の根を止めた。
 ドアを蹴り開け、Tシャツと戦闘服のズボンを身につける。

 あのとき何を思ったか知れないが、自分で持ち帰ってしまったあの棺桶、始末するならアズラエルが寝ている今のうちだ。

(だけど、どうすっかなー。いっちょ派手に打ち上げ花火、それとも衛星軌道までテレポートさせるのもイイかな)

 そう思い、そっと相棒が寝ているのをこっそり窺う。と……目が点になった。
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