ゴミと茸と男が二人~楽園の外側~

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
16 / 24

第16話

しおりを挟む
 アズラエルは夢を見ていた。

 最初は志賀との話の途中でいきなり暗転したのだが、何やら刺激を感じて僅かに意識が浮上、そして夢だと判っている世界にいた。
 判っている。そう、経験済みの過去だからだ。だから安心して見ていられる……。

(安心だと? これの何処が――)

 視界には数十年ぶりに見るジブリールの姿があった。黒い直毛は志賀と変わらず、だがもっと、腰より長い。何より女性だ。

 テラ宇宙進出初期の頃、本星より入植が実施され、その後の主権闘争にて惑星政府を樹立した由緒ある母星、エレガⅢ。

 勿論テラ連邦議会に加盟はしているものの、対テラ本星との主権闘争時、星系内で自給自足を目指した為に、その精神を受け継いだ惑星政府の指針により、文明程度を自らダウンさせている。いわゆるカルチャーダウンの星系だ。

 長らく帰星してはいないが、おそらく今でもテラ本星AD中世的な石造りの古城や町並みが残る。

 高台から望める穏やかな緑溢れる田園風景。その中でもひときわ目を引く大きな屋敷の庭は、専属の庭師が丹精したバラの園になっている。
 その懐かしくも平和な光景の中にかつて恋人であったジブリールがいた。白いバラを摘み、柔らかな笑顔を振り向ける彼女の髪に、アズラエルは一輪の花を挿す。

 ポラも失くして随分経つというのに、長命系の強靭な賦活神経細胞は忘れることさえ出来なかったようだ。だからこのあと彼女が微笑んでいう科白も覚えている。

『テラへ行きましょう、ラエル。テラ本星でなくてもいいわ。本星レヴェルの技術なら私たちにも子供が授かるって聴いたの』

 エレガは明確な婚姻制度を持たない。その分、性に関しては大らかだが子供が出来て初めて伴侶として社会的にも認められる。
 旧く由緒ある家系で伯爵位を代々継ぐトラス家、子爵位を持つジブリールのサリア家共に、自分たちに子供が出来ないのは憂慮すべき事態ではあった。

 このままでは自分たちの関係に破綻が訪れるのは確実――。

 だが自分のサイキが本来この星の一般人には想像し得ない世界を彼女にもたらした。子供が出来ないのは、そうあるべきだから。そんな摂理を超えた世界から、アズラエルは誘いをずっと以前より受けていた。
 昔と違い、今はエレガの政治中枢しか知る必要のない存在である、電算化された個人データ。自分のそれが連邦の目を引いたのはアズラエルが幼い頃だったらしい。

 そしていよいよ進退窮まった年老いた自分の父がサリア家に話を通したのだ。

 懇願する訳でなく普段と変わらず微笑みながら、しかし何度目かの彼女の言葉。それに自分はまた頷けない。何年かの後には帰星できると聞いてはいたが、能力者である自分に対する研究だとも、はっきり聴いていたからだ。

 それだけでない。幼い頃からもっと広い世界の存在を感じつづけてきた自分自身はともかく、ジブリールがそんな世界で変わってしまう事の方が怖かった。
 アズラエルが彼女の髪の毛を一本持って出て行き、数年後に子供を抱えて帰る。それはこの社会で受け入れられないだろうし、自分はもっと嫌だった。

 場面が変わる。
 夢と判っていても気分のいいものではない。無機的な白い部屋の中、他者の目を感じつつ彼女と自分が抱き合う光景は。

 結局、外部世界の圧力と内部圧力――家系存続の為という家長の命令――によって流されるまま、連邦内他星系のここに来てしまった。本星ではないが、高度文明惑星の研究所である。

 外部に部屋を用意され、かなりの自由を得られたが、やはり環境の激変がジブリールの精神の均衡を崩した。片時もアズラエルの傍から離れず、こうして研究所内に留まらざるを得なくなるのに、さほど時間は掛からなかった。
 目を離すと危険、これ以上彼女に薬物を使用するのはもっと危険だと思われた。

 それに、当然のように様々な薬品や装置を自分ではなく、彼女に与える研究所員が信用できなくなっていた。

 思うように食事も摂れず、薬だけで保たせているジブリールの体は、元々華奢な上に無惨に痩せてしまい、豊かだった髪までが細くなってしまったようだった。
 自分の指が彼女の乱れた長い黒髪に絡む。彼女の爪が自分の背に白く食い込むのを、夢を見ているアズラエルは俯瞰している。

 そうしながら思った。

(モニタしている失礼な奴等より、こんなときにまで周囲をサーチしている自分の方が余程、彼女に失礼だ――)

 その考えは夢の中の自分と同調している。自身がサーチを消す気配、その過去の自分の行動にハッとする。

(ああ、これはジブリールとの……最後の夜か)

 このあと自分と彼女は、僅かな私物を取りに外部の部屋に戻る途中で『亜人種』を狙う狂信的集団に襲われる。そんな危険があるなどとは本星育ちの志賀と違い、エレガⅢで育ったその時の自分は知らなかった。
 他人を害する物を身につけるのは、彼女と違いこの星にひと月も経たず馴染んだ自分でさえ嫌悪を感じた。研究所員に是非にと勧められたリモータの麻痺スタンレーザー搭載も、だから拒否したのだ。

 それゆえ彼女はこの数時間後に命を落とす。

 研究所を出たときからけられていたのだろう。武器を持った、異能者を排除することを目的とする狂信者集団に囲まれたときですらも、何が何だか分からなかった。

 アズラエルは至近距離からビームの一撃をジブリールと共に喰らいながらも、護れなかった彼女の体が反応を示さなくなるまで抱き締めていた。だがそのまま二撃目を受けるのは、ただでさえ強靭な力を持つ生物としての本能が拒んだ。

 取り囲む男らの一人と目が合い、そいつのいやらしい嗤いと持ち上がる銃口を認めた途端に腕の重み、ジブリールの細い腰の感触がふっと失せた。
 彼女を置いて研究所内の部屋、いま彼女と抱き合っているここにリープしたのだ。たったひとりで。自らの肩を焦がす異臭を、彼女の髪の香りより強く感じたところまで、くっきりと覚えている。

 それをこのときの自分はまだ知らない。それなのに彼女の最期を知っていたかのような、それまでに無い激しい行為だった。
 そしてこのとき自分は気付かなかった筈のジブリールの一筋の涙を、アズラエルは志賀の涙と重ね合わせてみていた。

 透明で綺麗な、何よりも濃い涙だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ラストフライト スペースシャトル エンデバー号のラスト・ミッショ

のせ しげる
SF
2017年9月、11年ぶりに大規模は太陽フレアが発生した。幸い地球には大きな被害はなかったが、バーストは7日間に及び、第24期太陽活動期中、最大級とされた。 同じころ、NASAの、若い宇宙物理学者ロジャーは、自身が開発したシミレーションプログラムの完成を急いでいた。2018年、新型のスパコン「エイトケン」が導入されテストプログラムが実行された。その結果は、2021年の夏に、黒点が合体成長し超巨大黒点となり、人類史上最大級の「フレア・バースト」が発生するとの結果を出した。このバーストは、地球に正対し発生し、地球の生物を滅ぼし地球の大気と水を宇宙空間へ持ち去ってしまう。地球の存続に係る重大な問題だった。 アメリカ政府は、人工衛星の打ち上げコストを削減する為、老朽化した衛星の回収にスペースシャトルを利用するとして、2018年の年の暮れに、アメリカ各地で展示していた「スペースシャトル」4機を搬出した。ロシアは、旧ソ連時代に開発し中断していた、ソ連版シャトル「ブラン」を再整備し、ISSへの大型資材の運搬に使用すると発表した。中国は、自国の宇宙ステイションの建設の為シャトル「天空」を打ち上げると発表した。 2020年の春から夏にかけ、シャトル七機が次々と打ち上げられた。実は、無人シャトル六機には核弾頭が搭載され、太陽黒点にシャトルごと打ち込み、黒点の成長を阻止しようとするミッションだった。そして、このミッションを成功させる為には、誰かが太陽まで行かなければならなかった。選ばれたのは、身寄りの無い、60歳代の元アメリカ空軍パイロット。もう一人が20歳代の日本人自衛官だった。この、二人が搭乗した「エンデバー号」が2020年7月4日に打ち上げられたのだ。  本作は、太陽活動を題材とし創作しております。しかしながら、このコ○ナ禍で「コ○ナ」はNGワードとされており、入力できませんので文中では「プラズマ」と表現しておりますので御容赦ください。  この物語はフィクションです。実際に起きた事象や、現代の技術、現存する設備を参考に創作した物語です。登場する人物・企業・団体・名称等は、実在のものとは関係ありません。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

我ら新興文明保護艦隊

ビーデシオン
SF
もしも道行く野良猫が、百戦錬磨の獣戦士だったら? もしも冴えないサラリーマンが、戦争上がりのアンドロイドだったら? これは、実際にそんな空想めいた素性をもって、陰ながら地球を守っているエージェントたちのお話。 ※表紙絵はひのたけきょー(@HinotakeDaYo)様より頂きました!

Another Japan Online(アナザージャパンオンライン) ~もう一つの日本~

むねじゅ
SF
この物語は、20XX年 AI技術が発達し、失業率90%を超えた時代の日本が舞台である。 日本政府は、この緊急事態を脱する提案を行う。 「もし生活に困窮している方がいるならば、暮らしに何も不自由が無い仮想現実の世界で生活しましょう」と… 働かなくて良いと言う甘い誘いに国民達は、次々に仮想現実の世界へ行く事を受け入れるのであった。 主人公は、真面目に働いていたブラック会社を解雇されてしまう。 更に追い打ちをかけるようにある出来事が起こる。 それをきっかけに「仮想現実の世界」に行く事を決意するのであった。

【完結】バグった俺と、依存的な引きこもり少女。 ~幼馴染は俺以外のセカイを知りたがらない~

山須ぶじん
SF
 異性に関心はありながらも初恋がまだという高校二年生の少年、赤土正人(あかつちまさと)。  彼は毎日放課後に、一つ年下の引きこもりな幼馴染、伊武翠華(いぶすいか)という名の少女の家に通っていた。毎日訪れた正人のニオイを、密着し顔を埋めてくんくん嗅ぐという変わったクセのある女の子である。  そんな彼女は中学時代イジメを受けて引きこもりになり、さらには両親にも見捨てられて、今や正人だけが世界のすべて。彼に見捨てられないためなら、「なんでもする」と言ってしまうほどだった。  ある日、正人は来栖(くるす)という名のクラスメイトの女子に、愛の告白をされる。しかし告白するだけして彼女は逃げるように去ってしまい、正人は仕方なく返事を明日にしようと思うのだった。  だが翌日――。来栖は姿を消してしまう。しかも誰も彼女のことを覚えていないのだ。  それはまるで、最初から存在しなかったかのように――。 ※第18回講談社ラノベ文庫新人賞の第2次選考通過、最終選考落選作品。 ※『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載しています。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...