14 / 24
第14話
しおりを挟む
変わったものでは宇宙空間で船団を作り暮らす少数の者たちの中で、実体がない高度知性体とでもいう存在と共生しているという人類が居るという、伝説めいた噂もある。その知性体とは閉鎖された中で独自に発展を遂げたプログラムだと思われるが。
過去においてはロボットの人権などというややこしい議論が展開された挙句、ヒューマノイド型人工物にAIを搭載するのに規制が掛かったという経緯もあった。
既に生産され残った彼らは哀れにも、電磁的にシステムダウンさせておいて、志賀の言い方ではないがスクラップへの道を辿った。
そういった宇宙社会でサイキは初期に政治的思惑から綾を付けられ必要以上に注目されてしまった人間の中の、いちマイノリティに過ぎない。
そして自分たちは人間社会に生きる以上サイキ持ちとしてだろうが軍人としてだろうが一般人としてだろうが、今、与えられた世界で生きて行かなくてはならないのだ。
高度文明圏に生まれた以上、IDデータとしてサイキという特性が記載された自分たち。そのために生後二十年間ほぼ軟禁状態でテラ本星暮らしだった志賀。
志賀は民間人とはいえ多々起こる刑事事件の当事者として、人権問題などもはや云々できない状態で、犯罪者のようにトレーサーを恒常的につけられていた。
それでも我と我が身を自身で護らなければならなかったのだ。
法に護って貰えなかった者が、それが一度や二度ならともかくも、一方的に押し付けるばかりのそれにずっと護ってなど貰えなかった志賀が、備わった力と意志を誇示し生き抜こうとするのは当然である。志賀は自分から先に動いたことなどない。だが我が身と魂を自ら護った結果がこれである。
しかし只人の生活をしていても差別は何処にでもあるのだ。ちょっとした他人との違いを人間は敏感に嗅ぎ分け、レッテルを貼る残酷さがある。誰にでもだ。過酷なそれに対抗するために己の唯一最後の持ち物でさえ懸けた抗議をせざるを得ない者もいる。
自ら圧力を撥ね退ける意思と力とがあり、それが更に圧力を招き、人でなしと罵られようとも、意識せず人でなしに成り下がっている人間より志賀は人間らしい。
他人より楽して優位に生きるためでなく、意思を貫くために闘っているからだ。
「敵にはともかく味方には『何か』を感じたんだろう、あのとき。赤の他人の『もっと生きたい』という想い、それを想像して涙を流せるお前は、間違いなく人間だ」
「あのサ……あんましオイラが泣いたこと、言わねーでくれっかな?」
さりげなく、しかし明らかに目を逸らして言った志賀にアズラエルは微笑む。
「泣くという行為は悪いことではないんだぞ、時と場合に依るが」
「だからねえ、ダンナ。そーゆう意味じゃなくてですね……」
「ではどういう意味だ。涙はストレス物質も一緒に流し去るぞ。体外にコルチゾールというストレス物質の余剰生産分を排出する。悪いことではあるまい」
「だあーっ、アンタ鈍すぎじゃね? あんとき俺がアンタを追い払って大泣きしたのは事実だけどサ、それってトリィの前で……だからって男は余裕みせてぇだろ!」
少々考えたアズラエルは、あのあと男の顔をずっと維持していた志賀がそれなりに必死だったと知り、可笑しくもなったが笑いはしなかった。気持ちは分かる。
そこでふいに話を急旋回させ志賀は『人間について』の相棒の語りに疑問を呈した。
「でもアンタが言うの、逆な気ぃするけど。『他人より楽して優位に生きたい』、人より上手く生きようってのが人間じゃないのか?」
「実際社会ではそういった傾向にあるな」
「じゃ、ダメじゃんかよ」
「違う。ただ食うだけでなく、与えられた中でどう自分らしく生きるか。それを選ぶのが人間だと言っている。お前、サイキを使わず生きていく事も可能だろう?」
「クソジジィ、親父のこと言ってんのか? あいつの世話には一生なりたかねーよ。PKなしの自分も想像できねーし」
確かにアズラエルもサイキなしの自分は想像不可能だ、本能だから。けれど子供の頃とは違い、今は隠す知恵もある。幾ら内面がガキであろうと志賀もだろう。
「連邦議会を動かすほどの大物を父上に持つんだ。それに入隊時IDデータの改竄もしてあった。気付いているんだろう、自分の意思でやったのではないにしろ」
「ん、まあな」
上層部はどうだか知らないが、アズラエルは知っている。接触テレパスの自分があのとき視てしまった画。数々のまばゆい画の中でそれだけが引き歪み、苦しみに彩られた女性の遺体。それが志賀の母親だったことをアズラエルは志賀本人の口から聞き及んでいる。
幼かった志賀は友人を助けるために制御の甘いPKを使い、居合わせた母親を誤って吹き飛ばしてしまったのだ。
その事実がIDデータにも惑星警察のドラグネットにも載っていない。改竄されていなければ事故とはいえ、まさか肉親殺しの過去を持っての入隊は不可能である。
連邦重要人物である父を持ち、おまけに鉄壁のセキュリティを誇るテラ本星のID管理システム、そいつに割り込み書き換えるほどのシンパもいるのだ。それこそ人ではない、連邦が誇る大容量特殊戦略コン、他のいかなるコンピュータでも検算不可能で発想が勘や閃きレヴェルで危ないと噂の彼女、SSCⅡテンダネスの事だが。
デュアルシステムとして開発されたSSC初号機のグローリアが世を儚んで自殺してから少々情緒不安定になっており、テンダネスは何を思ったか志賀に惚れているらしいのだ。
過去においてはロボットの人権などというややこしい議論が展開された挙句、ヒューマノイド型人工物にAIを搭載するのに規制が掛かったという経緯もあった。
既に生産され残った彼らは哀れにも、電磁的にシステムダウンさせておいて、志賀の言い方ではないがスクラップへの道を辿った。
そういった宇宙社会でサイキは初期に政治的思惑から綾を付けられ必要以上に注目されてしまった人間の中の、いちマイノリティに過ぎない。
そして自分たちは人間社会に生きる以上サイキ持ちとしてだろうが軍人としてだろうが一般人としてだろうが、今、与えられた世界で生きて行かなくてはならないのだ。
高度文明圏に生まれた以上、IDデータとしてサイキという特性が記載された自分たち。そのために生後二十年間ほぼ軟禁状態でテラ本星暮らしだった志賀。
志賀は民間人とはいえ多々起こる刑事事件の当事者として、人権問題などもはや云々できない状態で、犯罪者のようにトレーサーを恒常的につけられていた。
それでも我と我が身を自身で護らなければならなかったのだ。
法に護って貰えなかった者が、それが一度や二度ならともかくも、一方的に押し付けるばかりのそれにずっと護ってなど貰えなかった志賀が、備わった力と意志を誇示し生き抜こうとするのは当然である。志賀は自分から先に動いたことなどない。だが我が身と魂を自ら護った結果がこれである。
しかし只人の生活をしていても差別は何処にでもあるのだ。ちょっとした他人との違いを人間は敏感に嗅ぎ分け、レッテルを貼る残酷さがある。誰にでもだ。過酷なそれに対抗するために己の唯一最後の持ち物でさえ懸けた抗議をせざるを得ない者もいる。
自ら圧力を撥ね退ける意思と力とがあり、それが更に圧力を招き、人でなしと罵られようとも、意識せず人でなしに成り下がっている人間より志賀は人間らしい。
他人より楽して優位に生きるためでなく、意思を貫くために闘っているからだ。
「敵にはともかく味方には『何か』を感じたんだろう、あのとき。赤の他人の『もっと生きたい』という想い、それを想像して涙を流せるお前は、間違いなく人間だ」
「あのサ……あんましオイラが泣いたこと、言わねーでくれっかな?」
さりげなく、しかし明らかに目を逸らして言った志賀にアズラエルは微笑む。
「泣くという行為は悪いことではないんだぞ、時と場合に依るが」
「だからねえ、ダンナ。そーゆう意味じゃなくてですね……」
「ではどういう意味だ。涙はストレス物質も一緒に流し去るぞ。体外にコルチゾールというストレス物質の余剰生産分を排出する。悪いことではあるまい」
「だあーっ、アンタ鈍すぎじゃね? あんとき俺がアンタを追い払って大泣きしたのは事実だけどサ、それってトリィの前で……だからって男は余裕みせてぇだろ!」
少々考えたアズラエルは、あのあと男の顔をずっと維持していた志賀がそれなりに必死だったと知り、可笑しくもなったが笑いはしなかった。気持ちは分かる。
そこでふいに話を急旋回させ志賀は『人間について』の相棒の語りに疑問を呈した。
「でもアンタが言うの、逆な気ぃするけど。『他人より楽して優位に生きたい』、人より上手く生きようってのが人間じゃないのか?」
「実際社会ではそういった傾向にあるな」
「じゃ、ダメじゃんかよ」
「違う。ただ食うだけでなく、与えられた中でどう自分らしく生きるか。それを選ぶのが人間だと言っている。お前、サイキを使わず生きていく事も可能だろう?」
「クソジジィ、親父のこと言ってんのか? あいつの世話には一生なりたかねーよ。PKなしの自分も想像できねーし」
確かにアズラエルもサイキなしの自分は想像不可能だ、本能だから。けれど子供の頃とは違い、今は隠す知恵もある。幾ら内面がガキであろうと志賀もだろう。
「連邦議会を動かすほどの大物を父上に持つんだ。それに入隊時IDデータの改竄もしてあった。気付いているんだろう、自分の意思でやったのではないにしろ」
「ん、まあな」
上層部はどうだか知らないが、アズラエルは知っている。接触テレパスの自分があのとき視てしまった画。数々のまばゆい画の中でそれだけが引き歪み、苦しみに彩られた女性の遺体。それが志賀の母親だったことをアズラエルは志賀本人の口から聞き及んでいる。
幼かった志賀は友人を助けるために制御の甘いPKを使い、居合わせた母親を誤って吹き飛ばしてしまったのだ。
その事実がIDデータにも惑星警察のドラグネットにも載っていない。改竄されていなければ事故とはいえ、まさか肉親殺しの過去を持っての入隊は不可能である。
連邦重要人物である父を持ち、おまけに鉄壁のセキュリティを誇るテラ本星のID管理システム、そいつに割り込み書き換えるほどのシンパもいるのだ。それこそ人ではない、連邦が誇る大容量特殊戦略コン、他のいかなるコンピュータでも検算不可能で発想が勘や閃きレヴェルで危ないと噂の彼女、SSCⅡテンダネスの事だが。
デュアルシステムとして開発されたSSC初号機のグローリアが世を儚んで自殺してから少々情緒不安定になっており、テンダネスは何を思ったか志賀に惚れているらしいのだ。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
静寂の星
naomikoryo
SF
【★★★全7話+エピローグですので軽くお読みいただけます(^^)★★★】
深宇宙探査船《プロメテウス》は、未知の惑星へと不時着した。
そこは、異常なほど静寂に包まれた世界── 風もなく、虫の羽音すら聞こえない、完璧な沈黙の星 だった。
漂流した5人の宇宙飛行士たちは、救助を待ちながら惑星を探索する。
だが、次第に彼らは 「見えない何か」に監視されている という不気味な感覚に襲われる。
そしてある日、クルーのひとりが 跡形もなく消えた。
足跡も争った形跡もない。
ただ静かに、まるで 存在そのものが消されたかのように──。
「この星は“沈黙を守る”ために、我々を排除しているのか?」
音を発する者が次々と消えていく中、残されたクルーたちは 沈黙の星の正体 に迫る。
この惑星の静寂は、ただの自然現象ではなかった。
それは、惑星そのものの意志 だったのだ。
音を立てれば、存在を奪われる。
完全な沈黙の中で、彼らは生き延びることができるのか?
そして、最後に待ち受けるのは── 沈黙を破るか、沈黙に飲まれるかの選択 だった。
極限の静寂と恐怖が支配するSFサスペンス、開幕。

【完結】バグった俺と、依存的な引きこもり少女。 ~幼馴染は俺以外のセカイを知りたがらない~
山須ぶじん
SF
異性に関心はありながらも初恋がまだという高校二年生の少年、赤土正人(あかつちまさと)。
彼は毎日放課後に、一つ年下の引きこもりな幼馴染、伊武翠華(いぶすいか)という名の少女の家に通っていた。毎日訪れた正人のニオイを、密着し顔を埋めてくんくん嗅ぐという変わったクセのある女の子である。
そんな彼女は中学時代イジメを受けて引きこもりになり、さらには両親にも見捨てられて、今や正人だけが世界のすべて。彼に見捨てられないためなら、「なんでもする」と言ってしまうほどだった。
ある日、正人は来栖(くるす)という名のクラスメイトの女子に、愛の告白をされる。しかし告白するだけして彼女は逃げるように去ってしまい、正人は仕方なく返事を明日にしようと思うのだった。
だが翌日――。来栖は姿を消してしまう。しかも誰も彼女のことを覚えていないのだ。
それはまるで、最初から存在しなかったかのように――。
※第18回講談社ラノベ文庫新人賞の第2次選考通過、最終選考落選作品。
※『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載しています。
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。
独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす
【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す
【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す
【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす
【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる