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第13話
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眉を顰めて焦点を宙に合わせたまま志賀は微動だにしない。妙にブルーなオーラを漂わせているのは珍しすぎる現象である。普段はあれだけ明るく軽くやかましいのに。
懸案すべき事象があれば幾ら能天気な志賀でも真剣にはなる。アズラエルもそういう場面は経験している。だがこういった掴みどころのない話題では、これまでのパターンなら感情に任せて憤慨するか、笑い飛ばすかだったのだが。
戦いにおいても同じだっただろうと同族のアズラエルには分かる。そんなこだわりやためらいを持っていては、今まで生きてはこられなかったであろうに。
常に明るく軽く子供のようにはしゃいでいる躁的なPK使いは今、否応なく周囲を巻き込むパワード・ナチュラルハイがすっかり鳴りを潜め、黙りこくったまま陰鬱な表情で何事か考え込んでいる風である。
普段の志賀からはまるで想像できない図だった。
アズラエル自身も内なる葛藤や過激な発想が時折湧いても、それを口にすることなど普段はないのだ。どうも志賀と今の状況に釣り込まれたらしい。
アズラエルは立ち上がると移動し、エアロックの脇に置いてあった林立する緑色の樹脂瓶から二本だけ取り上げた。それは志賀が鍋その他諸々の物資と共に宙港施設内から持ち出して来たもので、明日返しに行けとアズラエル自身が厳命したアルコール飲料だった。
「……って、いいのかよ」
卓上に置くまで目で追っていた志賀は起き上がりもせずにいう。
「良くはない、だがいいだろう。入隊後五ヶ月にして初、プライヴェートだ」
「任務っつーか、訓練じゃなかったっけ。アンタ昼間言ったばっかじゃん」
「今は実戦下ではない。知ってるだろう、独身営内者だろうが所帯持ちだろうが、通常課業が終われば一般人と変わらん」
「ふうん、そんなモン?」
言ってしまってからアズラエルは逸般人などというバカな単語を思いついたが振り払う。ルイスド駐屯地のあったTG887も相当な未開惑星だったが、やはり軍施設には変わりなく、志賀に対する様々な監視機構は活きていた、アズラエル自身も含めて。
ユンのように惚れたから監視なぞしない、そんなふざけた甘い事は言えないどころか発想さえなかった上に、それまでの任務すら否定するようで自分自身許せなかった。
しかしここでは対応する電子の檻はない。一切の他者の目さえも。
それにアズラエルのリモータが志賀のそれに気付かれぬようインターラプトをかけて生体データを採る事も、もうないのだ。ここに来る前に一旦報告のために収容された巡察艦内で上層部に『万崎志賀に対する監視任務』の返上を宣言し、その場でリモータの全機能をイニシャライズしてみせた。本当はそのセクタのみ抜けば済んだことなのだ。我ながらあざといデモンストレーションだとは思ったが。
軍、牽いてはテラ連邦を裏切る気はない。生きる道を他に知らない。だが初めての抗命だ。任務返上に上層部はなにがしかのペナルティを下すのだろうか。それでも左手首のごつい別室リモータが、ここ数ヶ月より軽くなった気がしたのは確かだった。
瓶のコルク栓を抜くものがなく、レーザーか単分子ナイフで樹脂を切ろうと移動しかけたアズラエルの髪が引っ張られる感触。同時に卓上の瓶上部が二本とも弾け飛んだ。
「やろうと思えば制御できるんだな」
「んー、何だろ。上手く切れちったぜ」
志賀の目はテーブル上に綺麗に着地した樹脂瓶上部に向いていたが、アズラエルの本音は自分の後ろ髪が軒並み抜かれず済んだ安堵だった。
「ンじゃ、いただきっと。次に業者が来たとき、ナシ付けんのアズルっちゅうことで」
「その前に明日、宙軍方面隊が飛行艇の破損部ユニットと一緒に需品を投下する筈だ。そこから何か戻せばいいだろう。業者には彼らが撤収する前に話はしてある。但し鍋は洗って返しておけ」
長身を起こすと、いきなり志賀はニヤニヤし始める。
「ふうん。需品にオカズも入ってっかなー」
「……」
「ナニ考えた今? レーションのことだぜ、ヤラしぃの。テラ歴ウン十歳のジジィが」
「違うッ! スラビライザーのアッシー交換用のツールを頼んだかどうかをだな―」
「力いっぱい否定するとこが怪しいんだよなー、このオッサンはよ」
「五月蠅い、女と見ればすり寄っていく貴様と一緒にするな」
男二人の虚しい会話をしつつもアズラエルは、志賀が瓶を傾けるのを見て少しホッとする。そして語った。
◇◇
本来この広い連続した空間で『人間』とは何か、という定義は甚だ曖昧だ。
そもそも現在ではAD世紀の昔に考えられていたような『発生した生命体は環境により無数の形態に進化する』といった説は当たり前ではない。生命体が発生する環境はほぼ限られており、故に異星系でも霊長は少々の生存条件・見た目の違いこそあれ、概して似たような進化を辿るとされる。
そうでなければ汎銀河条約機構などという『ヒューマノイド社会における最高立法機関』など必要無い訳だ。
最初汎銀河条約機構は異星系間交易における様々な問題を解決するために発足した。その後、刑法にあたる『汎銀河法』制定や、惑星間紛争の仲裁などにも深く関わり、常駐実効部隊は持たないものの、議会票決されれば即時各星系から人員を招集する権限を持つ。
だから取り敢えずは似た価値観をもつヒューマノイド社会の最高意思表明機関として機能しているのだ。
しかし不可侵条項のためだけに加盟はすれど、高い知能は持ちながらも生体維持条件の違いから自らの惑星を出られないものもいる。例えば海洋を住み家とする人類だ。かといえばヒューマノイド型で脳容量自体は充分だがニューロンのみ進化の袋小路に突き当たり、文化的未発達という以前の問題を抱える生物もいる。先に志賀たちが赴任していたTG887の原住中等知能生物がそれだった。
その原住中等知能生物はギルドの違法な実験により、一部の者は『人間』と呼べるほど高い知能を有するまでに至った。だが違法実験の証拠隠滅のために撒かれたB・C兵器で遠からず彼らは絶滅する運命を背負ってしまっている。
懸案すべき事象があれば幾ら能天気な志賀でも真剣にはなる。アズラエルもそういう場面は経験している。だがこういった掴みどころのない話題では、これまでのパターンなら感情に任せて憤慨するか、笑い飛ばすかだったのだが。
戦いにおいても同じだっただろうと同族のアズラエルには分かる。そんなこだわりやためらいを持っていては、今まで生きてはこられなかったであろうに。
常に明るく軽く子供のようにはしゃいでいる躁的なPK使いは今、否応なく周囲を巻き込むパワード・ナチュラルハイがすっかり鳴りを潜め、黙りこくったまま陰鬱な表情で何事か考え込んでいる風である。
普段の志賀からはまるで想像できない図だった。
アズラエル自身も内なる葛藤や過激な発想が時折湧いても、それを口にすることなど普段はないのだ。どうも志賀と今の状況に釣り込まれたらしい。
アズラエルは立ち上がると移動し、エアロックの脇に置いてあった林立する緑色の樹脂瓶から二本だけ取り上げた。それは志賀が鍋その他諸々の物資と共に宙港施設内から持ち出して来たもので、明日返しに行けとアズラエル自身が厳命したアルコール飲料だった。
「……って、いいのかよ」
卓上に置くまで目で追っていた志賀は起き上がりもせずにいう。
「良くはない、だがいいだろう。入隊後五ヶ月にして初、プライヴェートだ」
「任務っつーか、訓練じゃなかったっけ。アンタ昼間言ったばっかじゃん」
「今は実戦下ではない。知ってるだろう、独身営内者だろうが所帯持ちだろうが、通常課業が終われば一般人と変わらん」
「ふうん、そんなモン?」
言ってしまってからアズラエルは逸般人などというバカな単語を思いついたが振り払う。ルイスド駐屯地のあったTG887も相当な未開惑星だったが、やはり軍施設には変わりなく、志賀に対する様々な監視機構は活きていた、アズラエル自身も含めて。
ユンのように惚れたから監視なぞしない、そんなふざけた甘い事は言えないどころか発想さえなかった上に、それまでの任務すら否定するようで自分自身許せなかった。
しかしここでは対応する電子の檻はない。一切の他者の目さえも。
それにアズラエルのリモータが志賀のそれに気付かれぬようインターラプトをかけて生体データを採る事も、もうないのだ。ここに来る前に一旦報告のために収容された巡察艦内で上層部に『万崎志賀に対する監視任務』の返上を宣言し、その場でリモータの全機能をイニシャライズしてみせた。本当はそのセクタのみ抜けば済んだことなのだ。我ながらあざといデモンストレーションだとは思ったが。
軍、牽いてはテラ連邦を裏切る気はない。生きる道を他に知らない。だが初めての抗命だ。任務返上に上層部はなにがしかのペナルティを下すのだろうか。それでも左手首のごつい別室リモータが、ここ数ヶ月より軽くなった気がしたのは確かだった。
瓶のコルク栓を抜くものがなく、レーザーか単分子ナイフで樹脂を切ろうと移動しかけたアズラエルの髪が引っ張られる感触。同時に卓上の瓶上部が二本とも弾け飛んだ。
「やろうと思えば制御できるんだな」
「んー、何だろ。上手く切れちったぜ」
志賀の目はテーブル上に綺麗に着地した樹脂瓶上部に向いていたが、アズラエルの本音は自分の後ろ髪が軒並み抜かれず済んだ安堵だった。
「ンじゃ、いただきっと。次に業者が来たとき、ナシ付けんのアズルっちゅうことで」
「その前に明日、宙軍方面隊が飛行艇の破損部ユニットと一緒に需品を投下する筈だ。そこから何か戻せばいいだろう。業者には彼らが撤収する前に話はしてある。但し鍋は洗って返しておけ」
長身を起こすと、いきなり志賀はニヤニヤし始める。
「ふうん。需品にオカズも入ってっかなー」
「……」
「ナニ考えた今? レーションのことだぜ、ヤラしぃの。テラ歴ウン十歳のジジィが」
「違うッ! スラビライザーのアッシー交換用のツールを頼んだかどうかをだな―」
「力いっぱい否定するとこが怪しいんだよなー、このオッサンはよ」
「五月蠅い、女と見ればすり寄っていく貴様と一緒にするな」
男二人の虚しい会話をしつつもアズラエルは、志賀が瓶を傾けるのを見て少しホッとする。そして語った。
◇◇
本来この広い連続した空間で『人間』とは何か、という定義は甚だ曖昧だ。
そもそも現在ではAD世紀の昔に考えられていたような『発生した生命体は環境により無数の形態に進化する』といった説は当たり前ではない。生命体が発生する環境はほぼ限られており、故に異星系でも霊長は少々の生存条件・見た目の違いこそあれ、概して似たような進化を辿るとされる。
そうでなければ汎銀河条約機構などという『ヒューマノイド社会における最高立法機関』など必要無い訳だ。
最初汎銀河条約機構は異星系間交易における様々な問題を解決するために発足した。その後、刑法にあたる『汎銀河法』制定や、惑星間紛争の仲裁などにも深く関わり、常駐実効部隊は持たないものの、議会票決されれば即時各星系から人員を招集する権限を持つ。
だから取り敢えずは似た価値観をもつヒューマノイド社会の最高意思表明機関として機能しているのだ。
しかし不可侵条項のためだけに加盟はすれど、高い知能は持ちながらも生体維持条件の違いから自らの惑星を出られないものもいる。例えば海洋を住み家とする人類だ。かといえばヒューマノイド型で脳容量自体は充分だがニューロンのみ進化の袋小路に突き当たり、文化的未発達という以前の問題を抱える生物もいる。先に志賀たちが赴任していたTG887の原住中等知能生物がそれだった。
その原住中等知能生物はギルドの違法な実験により、一部の者は『人間』と呼べるほど高い知能を有するまでに至った。だが違法実験の証拠隠滅のために撒かれたB・C兵器で遠からず彼らは絶滅する運命を背負ってしまっている。
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