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第12話
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志賀が自身の血にプラハイトの遺伝子を見出され、あまり気分良く思っていないらしいのは、付き合いのあったアストリア=ユンの姿が脳裏にあるからだろう。
彼女はサイキを持たぬ只人であったものの、どう見ても長命系人種の容貌を持っていた。だが自らも与り知らぬ過去のテラ系の血により『忌むべき存在』とされた半生を送り、その後、故郷の星系を出てテラ連邦軍に身を投じたのだ。
だがアズラエルはその点については醒めている。長く組織で過ごしていると割り切らねばならない事は多い。サイキの有る無しに関わらず。
「古い種族にはありがちだ。特に長寿の個体がその生に於いて文化の変容を受け入れるのは難しいからな。平たく言えば頭が固い。それだけだ」
「ンな、アズルみてーな悟りきったこと言ってると世の中なーんも変わんねぇんだぜ。まだ俺たちみたいなのが出てきて千年なんだからサ、最初が肝心だって」
十世紀というスパンを最初と捉える事が出来るのは、志賀の若さか生来の不敵さか。
「条約機構が初期に発表した、『亜人種』思想を言っているのか?」
「そう、それ。プラハイトが言い出したんだろ、それって」
亜人種。人間に似た、そして準じる亜種。
人類社会の最高意思表明機関でもある汎銀河条約機構が、サイキ持ちを人類の亜流だと呼んだ時期が短期間だが確かにあった。何らかの政治的思惑によると思われるが公表はされていない。
亜人種、それでも連邦標準語ではソフトな言い方だ。プラハイトの言語では侮蔑、そのものずばりの『人ではない怪物』で通ずる。そして強力なサイキ持ちの能力、その発現結果を目の当たりにした者が思わず口にするのは化け物、あれは『人ではない』という形容が当然なされる。
千年経っても『亜人種』の呼び名は未だにサイキ持ちへの侮蔑語として根強い。
「ま、俺が『人でなし』の化けモンなのは否定しねぇし、他人が何と言おうとそれはそいつの自由、関係ねーしな」
軽い調子で志賀は紫煙を吐きながら吸殻をレーションの空きパックに突っ込んだ。
アズラエルのサイキと違い、志賀のそれは明らかに攻撃として発現する。
サイキを隠そうともせず生きてきた過去二十年間に、彼が他人に何とそしられてきたのかは想像に難くない。喩え差別排除に他所にないほどの取り組みをみせるテラ本星であっても、実際に人には有り得ぬ力を見せつけられた者が志賀をその後、どのような目で見るかはおよそ想像がつく。
「そう、他人は関係ない。だがお前は、勿論私もだが、確かに人間だ」
「ヒューマノイドっつー意味ならな」
志賀は卓代わりの箱を足で横にずらすと組んだ両手を頭に置き、ドサリとその場に仰向けになった。そんな志賀を眺めつつアズラエルが静かにいう。
「外見をいっているのではない。こうして人間社会に組み込まれて生きているだろう」
「そうかな。時々、自分でも判んなくなるぜ」
「何だ、何が言いたい?」
「長命だろうがテラの平均寿命百三十年オーダーだろうが、関係ねぇってこと」
「殺る者はいつか殺られる、誰でもだ。私だって全う出来るなどとは思っていない」
「そんなのは分かってるんだってばよ。違ってサ、オイラがいなけりゃ今頃ピンピンしてられた奴らっている訳だろ。俺、本星とこの前のギルドとのサイキ戦で何人殺したか覚えてねぇんだけど。こーゆうのって忘れちゃっていいモンなのかな?」
「私だってそんなものは覚えていない。それに降りかかる火の粉は払え」
「分かってるって言ってんだろ。そうじゃなくってサ、なんつったらいいかなー。そうだ、スクラップに囲まれて思ったんだ、そいつらと同じだって」
仰臥したまま、目を合わさず続ける。
「バーラバラのぐっちゃぐちゃに吹っ飛ばした敵と人間が生み出した粉々の残骸。機能停止すれば結局はゴミ、おんなじ……敵も味方も『人』であるのは変わんねぇ筈なのに、そんな風にしか思わないオレってやっぱ人でなし。絶対なんか足んねー気がすんだよ、人として。上が俺を警戒するのも分かるってもんだぜ、しゃーねぇよ。ところがその、足らない何かってのがサッパリ……」
「敵に対していちいち感慨を抱いていては身が持たんぞ。それに数からいえば軍歴の長い私の方が上だ。モラルをどうこうしていては仕事にならん」
咄嗟に考える間もなく、救いにもならないことを若い同族に言ってしまう。数十年もの軍歴の中で過去何人の命を奪ったかなど覚えてもいない。これまで任務で同族殺しもやってきたし、潜入時に敵方に取り込まれた別室員の粛正に携わったこともある。
それに法に則って裁きは受けたものの、最初に他人を手に掛けた時は軍人ですらなかった。その点は志賀と同じだ。
大切な者を護ろうとした志賀。
護れず復讐心に身を焼き、実行した自分……。
志賀が意識しているのはおそらく殺人に対する禁忌だろう。明確な言葉に換えるだけの感性が育つ余裕がなかっただけだ。そこに引っ掛かるだけマシだと思われた。
(疑いを持つだけ、私より余程人間らしいか)
そんなことが頭を掠めた。だが軍に志願入隊しておいて、そんな今更なことで悩まれても実際困るのだ。最初は気に食わずば誰彼構わず危害を加えるのではないかと危惧された。
しかし発現サイキの制御こそ甘いとはいえ、ちゃんと敵性判断し軍務を遂行可能だと思われる結果を二週間前に叩き出したところなのだ。別室も当然使えると判断するだろう、こんな土木作業員でなく。
テラ連邦圏で大規模宇宙艦隊戦は過去一度もなかった。これでも政治屋どもは割と巧くやっている。だがこの巨大テラ連邦、牽いては汎銀河世界において自分たち中央情報局第二部別室員の仕事がなくなることはない。諜報・宣伝謀略、それに暗殺など。引きも切らない。テラ連邦軍に在って尤もダーティーな部署だ、別室は。
タブーは必要、当たり前だ。けれど軍人は下命あれば疑問を持たず他者を害せねば存在意義がない。ありていに言えばプロの人殺しとして飼われているのだ。そのために訓練する。実戦でPKを使おうが銃を使おうが肉弾戦だろうがこの際関係ないのだ。
彼女はサイキを持たぬ只人であったものの、どう見ても長命系人種の容貌を持っていた。だが自らも与り知らぬ過去のテラ系の血により『忌むべき存在』とされた半生を送り、その後、故郷の星系を出てテラ連邦軍に身を投じたのだ。
だがアズラエルはその点については醒めている。長く組織で過ごしていると割り切らねばならない事は多い。サイキの有る無しに関わらず。
「古い種族にはありがちだ。特に長寿の個体がその生に於いて文化の変容を受け入れるのは難しいからな。平たく言えば頭が固い。それだけだ」
「ンな、アズルみてーな悟りきったこと言ってると世の中なーんも変わんねぇんだぜ。まだ俺たちみたいなのが出てきて千年なんだからサ、最初が肝心だって」
十世紀というスパンを最初と捉える事が出来るのは、志賀の若さか生来の不敵さか。
「条約機構が初期に発表した、『亜人種』思想を言っているのか?」
「そう、それ。プラハイトが言い出したんだろ、それって」
亜人種。人間に似た、そして準じる亜種。
人類社会の最高意思表明機関でもある汎銀河条約機構が、サイキ持ちを人類の亜流だと呼んだ時期が短期間だが確かにあった。何らかの政治的思惑によると思われるが公表はされていない。
亜人種、それでも連邦標準語ではソフトな言い方だ。プラハイトの言語では侮蔑、そのものずばりの『人ではない怪物』で通ずる。そして強力なサイキ持ちの能力、その発現結果を目の当たりにした者が思わず口にするのは化け物、あれは『人ではない』という形容が当然なされる。
千年経っても『亜人種』の呼び名は未だにサイキ持ちへの侮蔑語として根強い。
「ま、俺が『人でなし』の化けモンなのは否定しねぇし、他人が何と言おうとそれはそいつの自由、関係ねーしな」
軽い調子で志賀は紫煙を吐きながら吸殻をレーションの空きパックに突っ込んだ。
アズラエルのサイキと違い、志賀のそれは明らかに攻撃として発現する。
サイキを隠そうともせず生きてきた過去二十年間に、彼が他人に何とそしられてきたのかは想像に難くない。喩え差別排除に他所にないほどの取り組みをみせるテラ本星であっても、実際に人には有り得ぬ力を見せつけられた者が志賀をその後、どのような目で見るかはおよそ想像がつく。
「そう、他人は関係ない。だがお前は、勿論私もだが、確かに人間だ」
「ヒューマノイドっつー意味ならな」
志賀は卓代わりの箱を足で横にずらすと組んだ両手を頭に置き、ドサリとその場に仰向けになった。そんな志賀を眺めつつアズラエルが静かにいう。
「外見をいっているのではない。こうして人間社会に組み込まれて生きているだろう」
「そうかな。時々、自分でも判んなくなるぜ」
「何だ、何が言いたい?」
「長命だろうがテラの平均寿命百三十年オーダーだろうが、関係ねぇってこと」
「殺る者はいつか殺られる、誰でもだ。私だって全う出来るなどとは思っていない」
「そんなのは分かってるんだってばよ。違ってサ、オイラがいなけりゃ今頃ピンピンしてられた奴らっている訳だろ。俺、本星とこの前のギルドとのサイキ戦で何人殺したか覚えてねぇんだけど。こーゆうのって忘れちゃっていいモンなのかな?」
「私だってそんなものは覚えていない。それに降りかかる火の粉は払え」
「分かってるって言ってんだろ。そうじゃなくってサ、なんつったらいいかなー。そうだ、スクラップに囲まれて思ったんだ、そいつらと同じだって」
仰臥したまま、目を合わさず続ける。
「バーラバラのぐっちゃぐちゃに吹っ飛ばした敵と人間が生み出した粉々の残骸。機能停止すれば結局はゴミ、おんなじ……敵も味方も『人』であるのは変わんねぇ筈なのに、そんな風にしか思わないオレってやっぱ人でなし。絶対なんか足んねー気がすんだよ、人として。上が俺を警戒するのも分かるってもんだぜ、しゃーねぇよ。ところがその、足らない何かってのがサッパリ……」
「敵に対していちいち感慨を抱いていては身が持たんぞ。それに数からいえば軍歴の長い私の方が上だ。モラルをどうこうしていては仕事にならん」
咄嗟に考える間もなく、救いにもならないことを若い同族に言ってしまう。数十年もの軍歴の中で過去何人の命を奪ったかなど覚えてもいない。これまで任務で同族殺しもやってきたし、潜入時に敵方に取り込まれた別室員の粛正に携わったこともある。
それに法に則って裁きは受けたものの、最初に他人を手に掛けた時は軍人ですらなかった。その点は志賀と同じだ。
大切な者を護ろうとした志賀。
護れず復讐心に身を焼き、実行した自分……。
志賀が意識しているのはおそらく殺人に対する禁忌だろう。明確な言葉に換えるだけの感性が育つ余裕がなかっただけだ。そこに引っ掛かるだけマシだと思われた。
(疑いを持つだけ、私より余程人間らしいか)
そんなことが頭を掠めた。だが軍に志願入隊しておいて、そんな今更なことで悩まれても実際困るのだ。最初は気に食わずば誰彼構わず危害を加えるのではないかと危惧された。
しかし発現サイキの制御こそ甘いとはいえ、ちゃんと敵性判断し軍務を遂行可能だと思われる結果を二週間前に叩き出したところなのだ。別室も当然使えると判断するだろう、こんな土木作業員でなく。
テラ連邦圏で大規模宇宙艦隊戦は過去一度もなかった。これでも政治屋どもは割と巧くやっている。だがこの巨大テラ連邦、牽いては汎銀河世界において自分たち中央情報局第二部別室員の仕事がなくなることはない。諜報・宣伝謀略、それに暗殺など。引きも切らない。テラ連邦軍に在って尤もダーティーな部署だ、別室は。
タブーは必要、当たり前だ。けれど軍人は下命あれば疑問を持たず他者を害せねば存在意義がない。ありていに言えばプロの人殺しとして飼われているのだ。そのために訓練する。実戦でPKを使おうが銃を使おうが肉弾戦だろうがこの際関係ないのだ。
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