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第11話
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バディとは軍における隊の最小単位、命が懸かった場面で互いの背を預けることの出来る存在である。いざというとき頼れなくては単なる荷物でしかなくこれまで通り単独の方がましだ。
これからも軍で任務をこなしてゆくために抗命するなど、落ち着いて考えればもっと上手い遣り方が有ったかも知れないと今なら思う。だが敢えてアンビヴァレントな行動を取らせる何かが志賀にはあった。
本人には監視役返上の事は告げていない。
『私はいつ、お前の頭をブチ抜くかも知れんのだぞ』
そういったアズラエルに対して、
『前に言ったろ、俺は自分の意志でアンタを勝手に信用したんだって。それはアンタの問題であって、俺には関係ねぇよ』
そう言い切った志賀に伝える必要などない。確かに馬鹿ではあるが聡くもある志賀のことだ、任務返上のことなど感づいてはいるのだろうが。
これから先、互いが初めてバディなる存在を持つ。先にこちらを信用したのは志賀、あの笑顔。だが信頼……志賀は誰かに頼ることが可能だろうか。
そして自分も――。
「……相変わらずよく食うな、お前」
クタクタに煮えた陰生植物だけでは足りないのは判っているが、意外にいけるそれをアズラエルが物思いに耽りながら口に運ぶ間に、彼は発光キノコ鍋を食いつつレーション三つ目に取り掛かっている。
「ん、若いからな。誰かと違ってサ」
ユンの前で一度大泣きしたが、そのあとはいっぱしの男の顔付きをしていた。見せかけではなく彼女とアズラエルを守る為に敵テレパスを吹き飛ばした。だが今の志賀は口一杯に物を頬張りポロポロ食べ物をこぼす子供だった。アズラエルから見れば事実幼いのだ。
「全く。いい加減に私を年寄り扱いするのはよせ。お前もいつ加齢ペースが変化するか分からんのだぞ」
「まあねえ。DNAの尻尾、テロメアだっけ。寿命決定部分は普通の人と一緒でもコレだけ結果が違うと読めないよな」
「そう、私はこれで数十年だ。ガニメデのサイキ研で言われたが、優勢劣性全て無視で長命系の遺伝子特徴が出ているらしい」
「約千年前に起こった突然の超能力者出現の謎。唯一解かった事実が長命系人種とテラ人の、過去の代における混血ってヤツだっけか」
やっと箸を置き、戦闘服の袖で口を拭う。立ちあがると日中大気中の水分を集めて濾過した飲料水タンクからコップに半分ほど酌み飲み干して、それでようやく満足したようだった。洗濯もロクにできないのに構うことなく袖で口元を拭っている。
それを眺めながらアズラエルは胸ポケットから煙草を取り出し咥えると火を点けた。やめなければと思いつつそのままになっている、ユンからうつされた悪癖だ。ライターを貰ったのが拙かった。
だが煙草からニコチン・タール等の害は取り除かれている。ただ資本主義社会における企業努力として依存物質は含まれているのでこの始末だ。しかしアズラエルに限っては依存物質に冒されたというより精神的なものである。
尤も、この志賀と付き合うには弱すぎる精神安定剤だが。
三十数世紀前にG制御・反物質機関発明とワープ航法の偶然の発見。それによって宇宙時代を迎えたテラ人は尽きる事のない資源を得、自分たち以外の複数の異種人類の存在を知った。
お蔭で更なる技術革命時代を迎えた訳だが高度に発達した科学力に比べ、必要とされた一般市民の生活水準はラストAD世紀のテラ本星最終戦争、WWⅦ前後のものだった。今以って誰もがそれで満足し暮らしている。
あまりに発達しすぎても人間主役の社会システム自体が危うくなるからだろう。需要と供給、雇用問題も伴う。その辺りを個人レヴェルでも無意識に悟っているのだ。
そしてそれら過去三千数百年の副産物がこの星だったり、一度はこの世から消えた煙草だったり、自分たちのような超マイノリティだったりするのだ。
吸う気があれば取れるようテーブルの真ん中に紙箱を滑らせてやる。志賀は細かい事が苦手なPKでプルプルと紙巻を震わせ、時間をかけながら一本引き抜くことに成功した。だがその先は飽きたらしい、恋人の物であったライターにさっさと手を伸ばす。カチリと火を点け、紫煙を吐き出した。
「そういや俺も研究所のオッサンに言われたっけな。俺ってサ、外見はかなり本星旧東洋系じゃん? でも遺伝子レヴェルではほぼ長命系人種で、それも大御所プラハイト星系ってハッキリ解かるくらいなんだってサ」
プラハイトとは長命系種族とテラ人が総称する異星人種の中でも中心的な役割を果たす巨大星系であり、テラ連邦議会と同じく複数恒星系を抱える。
尋常でないバイタリティを持つ種であるテラに、統括星系数・個体数共に敵わないものの個体寿命が二百年から五百年、人によってはそれ以上という特性を生かし、汎銀河条約機構内でもテラ系と双璧を成す人種だ。
志賀は勿論アズラエルもテラ連邦軍に在籍する以上テラ系惑星出身だが、サイキ持ちのもう片方の先祖ともいえる長命系の特性はその長寿だけではない。
「私は長命とテラだけでなく色々混ざっているらしい、同定は不可能だと。それにしてもプラハイトか……」
「そ。秘密主義、テラ文化嫌いの急先鋒。当然、血の交配結果のサイキ持ちの存在なんて赦せねーって奴らだ。それでもってテラとの交易の歴史は一番古くて、ってんだからわっかんねェ御先祖サンだぜ」
「互いに邂逅当初は混乱もあっただろうしな」
「そりゃそうだ。ま、その宇宙進出初期の混乱に乗じてこっち側の御先祖サンが手ェ出したンだろーな、テラ人はいつでもサカってるし、奴らは綺麗だしよ」
外見的にはテラ人とさほど変わらない長命系人種だが、長い長い歴史の間に淘汰されたか、テラ人の目から見ても美しい者が多いのだ。
そして特異な文化形態を持ち、短命種を嫌う傾向にある。
志賀の言うようにテラ系人種の血、特にサイキ持ちに対しての見解は、汎銀河条約機構内でも見過ごせないものがあった。遥か昔の邂逅混乱期における自分たちの先祖に対するテラ人の暴虐。そしてそれを裏付けるように現れた、自分たちの血を先祖返りの如く濃く持ったサイキ持ち。
プラハイト星系人にとってサイキ持ちは汚辱の証拠だ。
これからも軍で任務をこなしてゆくために抗命するなど、落ち着いて考えればもっと上手い遣り方が有ったかも知れないと今なら思う。だが敢えてアンビヴァレントな行動を取らせる何かが志賀にはあった。
本人には監視役返上の事は告げていない。
『私はいつ、お前の頭をブチ抜くかも知れんのだぞ』
そういったアズラエルに対して、
『前に言ったろ、俺は自分の意志でアンタを勝手に信用したんだって。それはアンタの問題であって、俺には関係ねぇよ』
そう言い切った志賀に伝える必要などない。確かに馬鹿ではあるが聡くもある志賀のことだ、任務返上のことなど感づいてはいるのだろうが。
これから先、互いが初めてバディなる存在を持つ。先にこちらを信用したのは志賀、あの笑顔。だが信頼……志賀は誰かに頼ることが可能だろうか。
そして自分も――。
「……相変わらずよく食うな、お前」
クタクタに煮えた陰生植物だけでは足りないのは判っているが、意外にいけるそれをアズラエルが物思いに耽りながら口に運ぶ間に、彼は発光キノコ鍋を食いつつレーション三つ目に取り掛かっている。
「ん、若いからな。誰かと違ってサ」
ユンの前で一度大泣きしたが、そのあとはいっぱしの男の顔付きをしていた。見せかけではなく彼女とアズラエルを守る為に敵テレパスを吹き飛ばした。だが今の志賀は口一杯に物を頬張りポロポロ食べ物をこぼす子供だった。アズラエルから見れば事実幼いのだ。
「全く。いい加減に私を年寄り扱いするのはよせ。お前もいつ加齢ペースが変化するか分からんのだぞ」
「まあねえ。DNAの尻尾、テロメアだっけ。寿命決定部分は普通の人と一緒でもコレだけ結果が違うと読めないよな」
「そう、私はこれで数十年だ。ガニメデのサイキ研で言われたが、優勢劣性全て無視で長命系の遺伝子特徴が出ているらしい」
「約千年前に起こった突然の超能力者出現の謎。唯一解かった事実が長命系人種とテラ人の、過去の代における混血ってヤツだっけか」
やっと箸を置き、戦闘服の袖で口を拭う。立ちあがると日中大気中の水分を集めて濾過した飲料水タンクからコップに半分ほど酌み飲み干して、それでようやく満足したようだった。洗濯もロクにできないのに構うことなく袖で口元を拭っている。
それを眺めながらアズラエルは胸ポケットから煙草を取り出し咥えると火を点けた。やめなければと思いつつそのままになっている、ユンからうつされた悪癖だ。ライターを貰ったのが拙かった。
だが煙草からニコチン・タール等の害は取り除かれている。ただ資本主義社会における企業努力として依存物質は含まれているのでこの始末だ。しかしアズラエルに限っては依存物質に冒されたというより精神的なものである。
尤も、この志賀と付き合うには弱すぎる精神安定剤だが。
三十数世紀前にG制御・反物質機関発明とワープ航法の偶然の発見。それによって宇宙時代を迎えたテラ人は尽きる事のない資源を得、自分たち以外の複数の異種人類の存在を知った。
お蔭で更なる技術革命時代を迎えた訳だが高度に発達した科学力に比べ、必要とされた一般市民の生活水準はラストAD世紀のテラ本星最終戦争、WWⅦ前後のものだった。今以って誰もがそれで満足し暮らしている。
あまりに発達しすぎても人間主役の社会システム自体が危うくなるからだろう。需要と供給、雇用問題も伴う。その辺りを個人レヴェルでも無意識に悟っているのだ。
そしてそれら過去三千数百年の副産物がこの星だったり、一度はこの世から消えた煙草だったり、自分たちのような超マイノリティだったりするのだ。
吸う気があれば取れるようテーブルの真ん中に紙箱を滑らせてやる。志賀は細かい事が苦手なPKでプルプルと紙巻を震わせ、時間をかけながら一本引き抜くことに成功した。だがその先は飽きたらしい、恋人の物であったライターにさっさと手を伸ばす。カチリと火を点け、紫煙を吐き出した。
「そういや俺も研究所のオッサンに言われたっけな。俺ってサ、外見はかなり本星旧東洋系じゃん? でも遺伝子レヴェルではほぼ長命系人種で、それも大御所プラハイト星系ってハッキリ解かるくらいなんだってサ」
プラハイトとは長命系種族とテラ人が総称する異星人種の中でも中心的な役割を果たす巨大星系であり、テラ連邦議会と同じく複数恒星系を抱える。
尋常でないバイタリティを持つ種であるテラに、統括星系数・個体数共に敵わないものの個体寿命が二百年から五百年、人によってはそれ以上という特性を生かし、汎銀河条約機構内でもテラ系と双璧を成す人種だ。
志賀は勿論アズラエルもテラ連邦軍に在籍する以上テラ系惑星出身だが、サイキ持ちのもう片方の先祖ともいえる長命系の特性はその長寿だけではない。
「私は長命とテラだけでなく色々混ざっているらしい、同定は不可能だと。それにしてもプラハイトか……」
「そ。秘密主義、テラ文化嫌いの急先鋒。当然、血の交配結果のサイキ持ちの存在なんて赦せねーって奴らだ。それでもってテラとの交易の歴史は一番古くて、ってんだからわっかんねェ御先祖サンだぜ」
「互いに邂逅当初は混乱もあっただろうしな」
「そりゃそうだ。ま、その宇宙進出初期の混乱に乗じてこっち側の御先祖サンが手ェ出したンだろーな、テラ人はいつでもサカってるし、奴らは綺麗だしよ」
外見的にはテラ人とさほど変わらない長命系人種だが、長い長い歴史の間に淘汰されたか、テラ人の目から見ても美しい者が多いのだ。
そして特異な文化形態を持ち、短命種を嫌う傾向にある。
志賀の言うようにテラ系人種の血、特にサイキ持ちに対しての見解は、汎銀河条約機構内でも見過ごせないものがあった。遥か昔の邂逅混乱期における自分たちの先祖に対するテラ人の暴虐。そしてそれを裏付けるように現れた、自分たちの血を先祖返りの如く濃く持ったサイキ持ち。
プラハイト星系人にとってサイキ持ちは汚辱の証拠だ。
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