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第10話
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志賀が人払いしたのか与えられた自室でもないのに周囲に誰の気配もない。無論リアルタイムでモニタされているだろうが。
志賀は手慰みのチューブを離すとベッド脇の椅子に腰掛け、土足を構わずアズラエルの使用するベッドにドカリと載せた。PK使い故だろうか、両手の指を組み頭の上に置く今では馴染みとなったポーズをとる。
そして濃灰色の瞳を真っ直ぐ向けてきた。
『俺が自分の意志でアンタを勝手に信用したんだ。見返りにアンタにもどうこうしろなんてアホくせーことは絶対言わねぇ。だからアンタには関係ないだろう?』
眉を顰めたアズラエルにこうも言う。
『他人にいきなり信用されると据わりが悪いか? よっぽど面白くない人生送ってきたんだな、お前』
十九やそこらの若造に『お前』呼ばわりされ、失礼な指摘をされても黙り込んだままの情報軍人に対し、志賀は挑戦的な笑みを頬に浮かべてみせた。先程の無垢の笑みは幻だったのかと思わせる程の変化だった。片側だけ吊り上げた口の端が普段は左右真対称に見えるほど整った顔を禍々しい美貌に変化させている。
そして自らの命と魂を賭けて戦い勝ち残ってきた男は、右目の底にライトグリーンの光跡を煌めかせながら言い放ったのだった。
『俺の意志だけは止めるな。軍で上官としての命令はともかく『本能』を駆使する場面での意志は止めるな。それだけは俺の自由だ。俺が生きるために最善と判断したそいつまで捻じ枉げようとする奴は自分の命を賭ければいい。俺はそうして今まで生き延びてきた。サイキ持ちアズラエル=トラス、テメェもじゃねぇのか?』
このときも今もまだアズラエルは、この世に存在しないとされながら志賀が持つ、予知能力を知らない。
志賀本人ですら認めようとしないそれのお蔭で任務中に命を助けられたことも、もしそれに基づく志賀の行動を止め得ていたなら『志賀の望まない』大カタストロフが訪れた……そうコンたちが揃って弾き出したにも関わらず、解答を呑んだまま吐こうとしていない事実も。
◇◇
必要とあらば彼をこの手で処分する任務を帯びた自分は、そのときどんな顔をしていたのだろう。相当間抜け顔か、それともやはり無表情だったのか。
別にその無垢な笑顔か悪魔的美貌だかにタラし込まれた訳でなく、万崎志賀を対象とする監視モニタ機能停止を、ここに来る前に上層部に申し入れてある。つまり何事かあれば志賀を処分する役目を降りると言ったのだ。初めての任務返上だった。
どうせバディなのだから四六時中行動は共にする事になるが、そういう目で監視し続けたり、定期的にモニタレポートを提出せずともよくなる訳だ。
更に具申したのが志賀のリモータのプライヴェート時の行動追尾アプリのデリートである。MCS対応のこれは受け入れられたらの話だが。それの解除キィはアズラエルにもない。このトレーサーは志賀が入隊する前から付けられていたという。
関与した事件全てが正当防衛だったとはいえ公的記録に載るくらいだ。民間人・万崎志賀のリモータは重犯罪歴を持つ者の如く、GPS対応のトレーサーが常にON状態になっていた。それを軍が引き継いだのだ、軍人・万崎志賀の狂気を危惧して。
それら全ての任務内容は軍上層部の思惑を差し置いて、あのライトグリーンの煌めきを見た直後に志賀本人に告げていた。あの強い意思の前に折れた訳ではない。ただ、この男には何をどう隠しても無駄だと悟ったからだ。
しかし細かな監視条項まで晒そうとしたアズラエルに対し志賀は言ったのだ。
『そんなつまんねーコトで痛そうな顔をするな、何でも勝手にしていいからサ』と。
アズラエルは黙るしかなかった。
入隊前の殺人歴や分裂傾向にある言動、高い知能、計り知れぬほど強力なPK。軍隊においてはそれにも増して危険な、己の意思を捻じ枉げるものを排除するという思想。それら全てを身のうちに収め、飄々と笑う志賀。
その脳にサイコパスの兆候である損傷は全く見られなかったが、志賀に対し中央情報局の幹部たちはシリアルキラー的懸念を未だにしている。そしてそれは最初、アズラエル自身もだった。
志賀が視せた美しく輝く映像群。その中で唯一苦悶に歪んだ画があった。原風景の如く幾度も幾度も繰り返し現れた昏く重く、狂気ともいえる悲痛な感情に彩られた女性の遺体の画。
今はそれが彼の母親であり、幼い頃のPK制御の甘さから引き起こした事故だったと本人から聞き及んでいるものの、当時はその怖気をふるうような狂気が非情な任務の中で志賀の何かを弾くかも知れない、そう懸念もした。
様々な不確定要素により抱いた危惧と、それまでの単独任務にはなかった自分の右側を占める笑顔。そのギャップに苦悩し続けた。今は違う。
二週間前に初めて見た、志賀の涙。
敵の犠牲になった赤の他人である兵士たちを、少々奇矯ではあったものの彼なりに悼んで流した涙。男の意地でアズラエルには一筋しか見ることを許さなかったそれが、非情な情報部員としての行動原理回路をカットオフした。志賀は一個の人間として素直なだけだ、子供のように。ただそれだけだと唐突に理解したからだ。
突発的破壊行動及び連邦議会の意向を無視した捕獲対象者の殺害。志賀を処分する材料は明らかに揃っていた。不可視地点に即リープ可能な自分には容易いこと、サイキ持ちといえど生身なのだから光速で脳幹を抜けば一発だ。だが出来る訳などなかった。
明確な抗命、重ねて任務返上。上層部にとっておかしな言動を採る馬鹿は志賀だけでない、自分も一緒だ。この先二人共に軍での生活が続くのなら、この青年と対等に向き合いたかった。それだけの理由で長い軍歴の全てを、上に言わせれば棒に振った。
自分としてはそんなネガティヴな発想など一切なかったが。
数ヶ月間行動を共にするのに必要だった信用というボーダーラインを引き上げ信頼のレヴェル。それを互いに得なければ、この先バディとしてやってゆく事など不可能だ。
志賀は手慰みのチューブを離すとベッド脇の椅子に腰掛け、土足を構わずアズラエルの使用するベッドにドカリと載せた。PK使い故だろうか、両手の指を組み頭の上に置く今では馴染みとなったポーズをとる。
そして濃灰色の瞳を真っ直ぐ向けてきた。
『俺が自分の意志でアンタを勝手に信用したんだ。見返りにアンタにもどうこうしろなんてアホくせーことは絶対言わねぇ。だからアンタには関係ないだろう?』
眉を顰めたアズラエルにこうも言う。
『他人にいきなり信用されると据わりが悪いか? よっぽど面白くない人生送ってきたんだな、お前』
十九やそこらの若造に『お前』呼ばわりされ、失礼な指摘をされても黙り込んだままの情報軍人に対し、志賀は挑戦的な笑みを頬に浮かべてみせた。先程の無垢の笑みは幻だったのかと思わせる程の変化だった。片側だけ吊り上げた口の端が普段は左右真対称に見えるほど整った顔を禍々しい美貌に変化させている。
そして自らの命と魂を賭けて戦い勝ち残ってきた男は、右目の底にライトグリーンの光跡を煌めかせながら言い放ったのだった。
『俺の意志だけは止めるな。軍で上官としての命令はともかく『本能』を駆使する場面での意志は止めるな。それだけは俺の自由だ。俺が生きるために最善と判断したそいつまで捻じ枉げようとする奴は自分の命を賭ければいい。俺はそうして今まで生き延びてきた。サイキ持ちアズラエル=トラス、テメェもじゃねぇのか?』
このときも今もまだアズラエルは、この世に存在しないとされながら志賀が持つ、予知能力を知らない。
志賀本人ですら認めようとしないそれのお蔭で任務中に命を助けられたことも、もしそれに基づく志賀の行動を止め得ていたなら『志賀の望まない』大カタストロフが訪れた……そうコンたちが揃って弾き出したにも関わらず、解答を呑んだまま吐こうとしていない事実も。
◇◇
必要とあらば彼をこの手で処分する任務を帯びた自分は、そのときどんな顔をしていたのだろう。相当間抜け顔か、それともやはり無表情だったのか。
別にその無垢な笑顔か悪魔的美貌だかにタラし込まれた訳でなく、万崎志賀を対象とする監視モニタ機能停止を、ここに来る前に上層部に申し入れてある。つまり何事かあれば志賀を処分する役目を降りると言ったのだ。初めての任務返上だった。
どうせバディなのだから四六時中行動は共にする事になるが、そういう目で監視し続けたり、定期的にモニタレポートを提出せずともよくなる訳だ。
更に具申したのが志賀のリモータのプライヴェート時の行動追尾アプリのデリートである。MCS対応のこれは受け入れられたらの話だが。それの解除キィはアズラエルにもない。このトレーサーは志賀が入隊する前から付けられていたという。
関与した事件全てが正当防衛だったとはいえ公的記録に載るくらいだ。民間人・万崎志賀のリモータは重犯罪歴を持つ者の如く、GPS対応のトレーサーが常にON状態になっていた。それを軍が引き継いだのだ、軍人・万崎志賀の狂気を危惧して。
それら全ての任務内容は軍上層部の思惑を差し置いて、あのライトグリーンの煌めきを見た直後に志賀本人に告げていた。あの強い意思の前に折れた訳ではない。ただ、この男には何をどう隠しても無駄だと悟ったからだ。
しかし細かな監視条項まで晒そうとしたアズラエルに対し志賀は言ったのだ。
『そんなつまんねーコトで痛そうな顔をするな、何でも勝手にしていいからサ』と。
アズラエルは黙るしかなかった。
入隊前の殺人歴や分裂傾向にある言動、高い知能、計り知れぬほど強力なPK。軍隊においてはそれにも増して危険な、己の意思を捻じ枉げるものを排除するという思想。それら全てを身のうちに収め、飄々と笑う志賀。
その脳にサイコパスの兆候である損傷は全く見られなかったが、志賀に対し中央情報局の幹部たちはシリアルキラー的懸念を未だにしている。そしてそれは最初、アズラエル自身もだった。
志賀が視せた美しく輝く映像群。その中で唯一苦悶に歪んだ画があった。原風景の如く幾度も幾度も繰り返し現れた昏く重く、狂気ともいえる悲痛な感情に彩られた女性の遺体の画。
今はそれが彼の母親であり、幼い頃のPK制御の甘さから引き起こした事故だったと本人から聞き及んでいるものの、当時はその怖気をふるうような狂気が非情な任務の中で志賀の何かを弾くかも知れない、そう懸念もした。
様々な不確定要素により抱いた危惧と、それまでの単独任務にはなかった自分の右側を占める笑顔。そのギャップに苦悩し続けた。今は違う。
二週間前に初めて見た、志賀の涙。
敵の犠牲になった赤の他人である兵士たちを、少々奇矯ではあったものの彼なりに悼んで流した涙。男の意地でアズラエルには一筋しか見ることを許さなかったそれが、非情な情報部員としての行動原理回路をカットオフした。志賀は一個の人間として素直なだけだ、子供のように。ただそれだけだと唐突に理解したからだ。
突発的破壊行動及び連邦議会の意向を無視した捕獲対象者の殺害。志賀を処分する材料は明らかに揃っていた。不可視地点に即リープ可能な自分には容易いこと、サイキ持ちといえど生身なのだから光速で脳幹を抜けば一発だ。だが出来る訳などなかった。
明確な抗命、重ねて任務返上。上層部にとっておかしな言動を採る馬鹿は志賀だけでない、自分も一緒だ。この先二人共に軍での生活が続くのなら、この青年と対等に向き合いたかった。それだけの理由で長い軍歴の全てを、上に言わせれば棒に振った。
自分としてはそんなネガティヴな発想など一切なかったが。
数ヶ月間行動を共にするのに必要だった信用というボーダーラインを引き上げ信頼のレヴェル。それを互いに得なければ、この先バディとしてやってゆく事など不可能だ。
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