ゴミと茸と男が二人~楽園の外側~

志賀雅基

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第8話

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「ンまいよ、ホント。ショーユ入れただけなのに旨い。メチャ出汁でてるぜ。そんなに腹壊したくねーなら二、三時間して俺の腹具合見てから食えば?」

 唖然とするアズラエルを尻目にロウテーブルの向かい側、地べたにきちんと正座すると志賀は行儀良く合掌した。改めて胡座をかいて箸を持ち食い始める。

 ロウテーブルはジャンクの中から拾ってきたブツだ。テーブルといえば聞こえがいいがタダの箱である。小汚い上にうっすらバレンシア何とかと印刷されていた。それだけでなくガムテープで補修までしてあるみすぼらしさだ。

 作り付けの卓はランディング時の高機動、飛行艇部分が壊れたときに一緒に折れた。志賀の手にかかると高額な飛行艇まで紙ヒコーキと同じ、一時は艇を捨てて地上にリープもやむを得ないかと冷や汗もののアズラエルであった。

 結局、何とか宙港に降りられたものの飛行艇は深刻なダメージを負っていた。今自分たちがいる、後部の居住ポッドが壊れなかったのは奇跡に近い。

 次々とイカモノ料理を口に放り込む志賀に、アズラエルは眉間にシワを寄せる。

「やっぱり寒いときは鍋に限るよなー」
「お前……腹の中から光りだすぞ」
「多分あの被さってた建材、元はこんな色してたんだな。あの中に剛性ポリアミドが入ってて、その崩壊分子をエサにしたからこんなのが生えた」

 バカを痛ましそうに見るバディの目つきに気付き、更に頬張りつつ志賀が続けた。

「んあ、蛍光成分のこと? 放射性物質の可能性ね。大丈夫だって微々たるモンだし。AD世紀の最終大戦、ワールドウォーセブン前から地球人はある程度、耐性ができてる。俺は勿論一応テラ系のアンタも、な」
「そんなことは言われずとも……だがそんな問題か?」

 毒々しいピンクをフォークで刺し、目の高さに上げる。

「そーだよ。こんな何もない、外にも出てけねー、生体サイクル乱れても寝るしかねえとこで食う以外の愉しみって、いったい何よ?」
「充分愉しんでいるように見えるが――」

 日が昇って大気調整システムがフル稼働し、同時に凍りついた惑星の昼間のフェイズ部分が溶けるまでの本任務不可能な約十時間。電力不足で各ユニットの特にアビオニクス系統のチェックにも難儀する飛行艇の復旧にアズラエルが携わっているその間。

 志賀は寝ているか喚いているかアズラエルの集中を損なう一人漫才や古今東西ゲームを始めるか。ちょっと静かだと思えばリモータのホロスクリーン機能を利用してアプリのゲームに熱中しているのだ、ポンだのチーだの。昨夜は『大車輪』を役満認識しないとかで大騒ぎだった。全くいつの間にそんなアプリを仕込んだのやら。

 それで現場に行ってみれば、辺り一面志賀好みのガジェットだらけときている。

「――それとも体を張ったギャグのつもりなのか?」

 箸を咥えたまま、こちらをじとーっと見詰める志賀。……溜息。何処までジョークで何処から本気か、依然掴めない奴だった。

 自身が食している以上、ガセではないのだろう。何にでも子供のように興味を持ち、やたらとムダ知識を溜め込んでいるのは知っていた。だからといって自分が食う食わないは別なのだが、これで食わずば後で志賀の口撃は免れない。根性なし、年寄りはせいぜい余生を大事にしろ、等々。

 どう見ても食品に分類し難いソレを、キヨミズステージから丸腰ダイヴする気持ちで口に入れる。目顔で問われた味の感想をアズラエルが肩を竦めて示す。志賀は満足げに頷いた。

「食ったら寝よーぜ。そろそろ今日ぐらいはまともに睡眠取んねぇとヤベーんじゃねぇの? 元々紅い目だから分かりづらいけどさ」

 行儀悪く箸で人を指しながら志賀がのほほんという。仕草は軽く、口元もヘラリと笑っているが濃灰色の目は結構真面目だった。

「いったい誰のせいだと――」
「だって何度言っても操縦させてくんないからサ。何だったら帰りもやるよ、俺。迎えの艦まで、こう、グイッと。まっかせて――」
「――もう、いい」

 他星系人種の構成する軍と比べ物にならない程、規律が厳しく階級にこだわるテラ連邦軍だが、その中で異色の存在である自分たちには階級など関係ない。ただ組織の生活が長いアズラエルは己本来の一等特務技官なる階級には拘らないものの、揺るぎない縦割り社会で他者の階級や立場はちゃんと尊重する。

 無駄に敵を作ってもいいことなどないからだ。

 だがこの青年はアズラエルと出会ったそのときから上官、先任者どころか年長者としても遇する気が欠片も感じられない。時折冗談交じりに年寄りだのダンナだの言うものの、タメ口とふざけた態度でまるきり友達のようだ。

 しかしそれは強力な攻撃能力として発現するサイキを嵩に着たものでは決してない。本人の気質と志賀自身が宣言した通り信用し切った安心感だろう。

 初めて出会ったときの志賀の笑顔は一生忘れられんな、とアズラエルは思う。
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