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第7話
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未だアズラエルは志賀の勘というには鋭すぎる予知能力の存在を知らない。
この世に存在し得るとは誰一人として知らず、知られた日にはお尋ね者になっても逃げ出さなければ生涯、軍の研究所で切り刻まれる日々となるだろう。
それはともかく実際にサーチを持たずとも不可視地点にリープする者はいるのだ。この自分に慎重さが足りないのは認めざるを得ない。
ぼんやりとキノコの傘が発光し、それが生え出したジャンク自体が浮き上がって見える。何かの彫刻が施されたそいつに柄の細長いキノコはおどろおどろしく絡んでいる。バディの嫌そうな顔が愉しみだ。
この自分が想いに耽るなどとは思いも寄らず、相棒は気を揉んでいるだろう。あれで結構心配性なのだ。きっと顔を合わせてもフラットな表情は崩さないだろうが。
元々社会適合性が決定的に欠落しているといわれるサイキ持ちだが、どう考えてもそれはサイキを取り囲む環境が大きく影響していると思われる。実際アズラエルは周囲とのバランスを取りながら長い間テラ連邦軍で上手くやっているし、この人でなしの自分に対しても思いやりめいたものを見せる。
見通し距離ごとに跳んでも帰れるのだと思った途端に波動を感じた。出会って以来、数ヶ月もの間に違えようもなくなった精神波を心で掴む。見えない場所へのリープは本能に逆らう行為、恐怖感など滅多に感じない志賀にとってはそれさえも面白い。
汎銀河世界の気が遠くなる程の広大な空間にひしめく多種人類。その中でも予測存在数五桁以下の稀少な、かつては『亜人種』と蔑称されたサイキ持ち。現代科学でも分析不能なサイキを以って志賀はアズラエルの元にリープする。
◇◇◇◇
「携行糧食ばっかじゃ飽きたって言ったろ?」
「言ったのはお前だ。……否定はせんが」
「じゃあ、食えよ」
「だからといってゴミ山に埋もれた中、腹を壊して死ぬのは軍人として気が進まん」
「腹なんか壊さねーって、何度言ったら分かんだよっ」
「……根拠は?」
ムキになる志賀、騙されるものかとアズラエル。
志賀は不可視地点へのリープを無事成功させ帰りついた。見通し距離ごとなどというズルも、バディの後頭部に蹴りを入れつつ到着という昨日の失敗も繰り返さず。
着いた宙港はまだ薄暮だったがそれも時間の問題だった。志賀の腹時計が保ちそうになかったのだ。志賀はそのサイキが強力すぎるためか始終腹を空かせている。
志賀は持ち帰ったジャンクをポッドのエアロック内に放り出したまま、これだけは何を言われずともてきぱきと食事の準備を済ませ、飛行艇操縦系統の復旧にいそしむバディを誘って夕食にしたのだ。
だが予想と違い、いい加減に異様な状況に慣れてしまったアズラエルは、持ち帰った大量のキノコを見ても表情さえ変えてくれなかった。それ故に志賀はムキになってしまっているのだった。
アズラエルはまじまじと出されたモノを見つめる。乗せられてしまうと志賀の馬鹿が調子に乗るので心して表情を平静に保ったが、本気で料理するとは思わなかった。
レーションと呼ばれる軍の携行糧食だけでは飽きたのは確かだ。巨大組織であるテラ連邦軍は勿論末端に至るまで全てテラ系惑星出身者が占める。とはいえ各々の惑星が主権を持ち既に三十数世紀だ。文化が多少違っても誰の口にも合うようになっていて、そう不味くない。だがそんな物が美味い訳など更にない。
しかしこいつを食わされるくらいなら一生レーションのみでもいいとアズラエルは、母星の神に誓いたくなる。
彼らの間には煮えてなお発光しつづけるキノコ鍋があった。
熱を通したそいつの蛍光物質はどう変容したのか、ドぎついピンクだ。匂いは悪くないものの、得体の知れない不気味さで湯気まで光っていた。鍋は二日前より無人のゴミ業者用宙港施設から志賀がパチって来た。
アズラエルが過去手掛けた任務はテラ連邦議会の情報的利害関係に結びつくものばかりで高度文明圏での活動が多かった。そのためサバイバルの経験など皆無に近かったが何処の星系惑星産だろうが自然派生の菌子体には、神経系に作用するトキシン類が多く報告されている。そのくらいの知識はあった。
そうでなくともここまで怪しいモノなど食うなというのは軍人以前、生き物としての鉄則だろうと思う。
「ほら、コレみろよ」
男二人で長居しても息が詰まらない程度の広さがある居住ポッド内、その隅の方から未開封のレーションパックをひとつ持ってきて志賀が突き付けた。示されたのは連邦標準語で書かれた説明書の原材料名の部分だった。
半壊した飛行艇推力部からのエネルギー供給が受けられないために、絶縁されて室温を保つ居住ポッドとはいえ極寒の地である。電源はほぼ全てがヒータと換気機構という生命維持系統にまわされていた。
お蔭で緊急用光素子アンテナに頼る薄暗い光源よりも、むしろ鍋の中のキノコが発する光でアズラエルはそれを読み取る。
「……で、これが何だ?」
「ポリアミド茸、テラ本星産。分かるだろ? 俗に言うバイオマッシュルーム、コレと同じモンだよ。日光要らず手間要らずで何処でだって栽培されてる。衛星コロニーなんかでよくあるじゃん」
「本当か、見かけは随分違うようだが」
紅い目に胡散臭げな色を浮かべた相棒に志賀は自信たっぷりで頷く。
「ホント、ホント。どっちにしろ文明圏から持ち込まれたのは確かだろ、それもこんな星にガラクタ持ち込むだけの技術があるとこだぜ?」
「だからって私をバイオアッセイに使うつもりでは無いだろうな?」
「まー綺麗な銀緑ネズミちゃん……なーんて、そんな卑怯な真似しないわよ。失礼ね」
いうなり志賀は止める間もなく湯気の立つ一片を指で摘み、ポイと口に入れて咀嚼すると飲み込んだ。思わずアズラエルは仰け反る。
この世に存在し得るとは誰一人として知らず、知られた日にはお尋ね者になっても逃げ出さなければ生涯、軍の研究所で切り刻まれる日々となるだろう。
それはともかく実際にサーチを持たずとも不可視地点にリープする者はいるのだ。この自分に慎重さが足りないのは認めざるを得ない。
ぼんやりとキノコの傘が発光し、それが生え出したジャンク自体が浮き上がって見える。何かの彫刻が施されたそいつに柄の細長いキノコはおどろおどろしく絡んでいる。バディの嫌そうな顔が愉しみだ。
この自分が想いに耽るなどとは思いも寄らず、相棒は気を揉んでいるだろう。あれで結構心配性なのだ。きっと顔を合わせてもフラットな表情は崩さないだろうが。
元々社会適合性が決定的に欠落しているといわれるサイキ持ちだが、どう考えてもそれはサイキを取り囲む環境が大きく影響していると思われる。実際アズラエルは周囲とのバランスを取りながら長い間テラ連邦軍で上手くやっているし、この人でなしの自分に対しても思いやりめいたものを見せる。
見通し距離ごとに跳んでも帰れるのだと思った途端に波動を感じた。出会って以来、数ヶ月もの間に違えようもなくなった精神波を心で掴む。見えない場所へのリープは本能に逆らう行為、恐怖感など滅多に感じない志賀にとってはそれさえも面白い。
汎銀河世界の気が遠くなる程の広大な空間にひしめく多種人類。その中でも予測存在数五桁以下の稀少な、かつては『亜人種』と蔑称されたサイキ持ち。現代科学でも分析不能なサイキを以って志賀はアズラエルの元にリープする。
◇◇◇◇
「携行糧食ばっかじゃ飽きたって言ったろ?」
「言ったのはお前だ。……否定はせんが」
「じゃあ、食えよ」
「だからといってゴミ山に埋もれた中、腹を壊して死ぬのは軍人として気が進まん」
「腹なんか壊さねーって、何度言ったら分かんだよっ」
「……根拠は?」
ムキになる志賀、騙されるものかとアズラエル。
志賀は不可視地点へのリープを無事成功させ帰りついた。見通し距離ごとなどというズルも、バディの後頭部に蹴りを入れつつ到着という昨日の失敗も繰り返さず。
着いた宙港はまだ薄暮だったがそれも時間の問題だった。志賀の腹時計が保ちそうになかったのだ。志賀はそのサイキが強力すぎるためか始終腹を空かせている。
志賀は持ち帰ったジャンクをポッドのエアロック内に放り出したまま、これだけは何を言われずともてきぱきと食事の準備を済ませ、飛行艇操縦系統の復旧にいそしむバディを誘って夕食にしたのだ。
だが予想と違い、いい加減に異様な状況に慣れてしまったアズラエルは、持ち帰った大量のキノコを見ても表情さえ変えてくれなかった。それ故に志賀はムキになってしまっているのだった。
アズラエルはまじまじと出されたモノを見つめる。乗せられてしまうと志賀の馬鹿が調子に乗るので心して表情を平静に保ったが、本気で料理するとは思わなかった。
レーションと呼ばれる軍の携行糧食だけでは飽きたのは確かだ。巨大組織であるテラ連邦軍は勿論末端に至るまで全てテラ系惑星出身者が占める。とはいえ各々の惑星が主権を持ち既に三十数世紀だ。文化が多少違っても誰の口にも合うようになっていて、そう不味くない。だがそんな物が美味い訳など更にない。
しかしこいつを食わされるくらいなら一生レーションのみでもいいとアズラエルは、母星の神に誓いたくなる。
彼らの間には煮えてなお発光しつづけるキノコ鍋があった。
熱を通したそいつの蛍光物質はどう変容したのか、ドぎついピンクだ。匂いは悪くないものの、得体の知れない不気味さで湯気まで光っていた。鍋は二日前より無人のゴミ業者用宙港施設から志賀がパチって来た。
アズラエルが過去手掛けた任務はテラ連邦議会の情報的利害関係に結びつくものばかりで高度文明圏での活動が多かった。そのためサバイバルの経験など皆無に近かったが何処の星系惑星産だろうが自然派生の菌子体には、神経系に作用するトキシン類が多く報告されている。そのくらいの知識はあった。
そうでなくともここまで怪しいモノなど食うなというのは軍人以前、生き物としての鉄則だろうと思う。
「ほら、コレみろよ」
男二人で長居しても息が詰まらない程度の広さがある居住ポッド内、その隅の方から未開封のレーションパックをひとつ持ってきて志賀が突き付けた。示されたのは連邦標準語で書かれた説明書の原材料名の部分だった。
半壊した飛行艇推力部からのエネルギー供給が受けられないために、絶縁されて室温を保つ居住ポッドとはいえ極寒の地である。電源はほぼ全てがヒータと換気機構という生命維持系統にまわされていた。
お蔭で緊急用光素子アンテナに頼る薄暗い光源よりも、むしろ鍋の中のキノコが発する光でアズラエルはそれを読み取る。
「……で、これが何だ?」
「ポリアミド茸、テラ本星産。分かるだろ? 俗に言うバイオマッシュルーム、コレと同じモンだよ。日光要らず手間要らずで何処でだって栽培されてる。衛星コロニーなんかでよくあるじゃん」
「本当か、見かけは随分違うようだが」
紅い目に胡散臭げな色を浮かべた相棒に志賀は自信たっぷりで頷く。
「ホント、ホント。どっちにしろ文明圏から持ち込まれたのは確かだろ、それもこんな星にガラクタ持ち込むだけの技術があるとこだぜ?」
「だからって私をバイオアッセイに使うつもりでは無いだろうな?」
「まー綺麗な銀緑ネズミちゃん……なーんて、そんな卑怯な真似しないわよ。失礼ね」
いうなり志賀は止める間もなく湯気の立つ一片を指で摘み、ポイと口に入れて咀嚼すると飲み込んだ。思わずアズラエルは仰け反る。
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