ゴミと茸と男が二人~楽園の外側~

志賀雅基

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第4話

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 だが志賀を前にしては結局ユンと揃ってツッコミ役に回らざるを得なくなった。そこでもまた疲れた気分になりながら、しかし馬鹿力のバカを宥める口調になる。

「無茶を言うな、この状況でどうやって行くんだ……まあ、何もなければ一旦戻る事にはなろうが、な」

 中央情報局で実働部隊として存在する自分たち、使えるレヴェルのサイキ持ちは遊撃的身分であり、所属も階級でさえもその時々によって可変。勿論、別室に戻れば決まった階級で呼称されるが滅多に戻ることもない。任務によっては動きやすいカヴァーという、つまりは隠蔽のための人物像を演じるため民間人のふりをすることも多い。

 それ故に今アズラエルが着けている二尉の階級章も前任地ルイスドで一番目立たず責任のない位置だったというだけである。別室での正式な階級は一等特務技官だ。
 別室所属のサイキ持ちにとってはどれだけの期間過ごそうが、所詮は何処も仮の宿でしかない。そのことは志賀にも言い聞かせてはあるが、そういった任務を一度も拝命した事の無い志賀には実感を伴うものではないのだろう。

 それに形式上とはいえ志賀は幹部候補生バッジを着けている。本来なら新入隊員として軍隊における基礎的知識を身に付けるため一般幹部候補生教育課程にある身なのだ。
 一兵卒を志願した志賀だったが、希少かつ貴重なサイキを持つ志賀に上が目を付けない筈はなく、テラ連邦軍は本人の意思とは関係なく幹部候補として約五ヶ月前に採用。本来ならまだ半年間の教育期間中であった。

 しかし志賀が通常の教育をまともに受けることなど、どだい無理な話であった。周囲が先に根を上げた。たった一ヶ月で、だ。傍にいると余程の精神力を持つ者でなければ志賀のパワード・ナチュラルハイと評されるナニかに巻き込まれ伝染して常識的感覚を失う。

 それで結局、中央情報局第二部別室員でベテランのアズラエル=トラスが選出され、お目付役兼教育係兼バディとして就いている訳だ。

 軍人としての基本的教育も遅々として進まぬ幹候生は預かりものの客分。プラス、先の事件で志賀は三尉任官を一度拒否している。二重に浮いた身分とおまけに様々な抗命行為。上はさぞかし揉めていることだろう。
 だが揉めはしても志賀のサイキは類を見ない強力さだ。テラ連邦軍がおめおめと手放すことなど考えられなかった。

「聴け。お前が一度は蹴飛ばした三尉任官、それが終われば否応無く正式に危険な別室任務に就くことになるだろう、私とバディを組んでな。それまで休暇、……訂正、PKの制御訓練でも思う存分やれという事だ」
「俺、休暇ならどっかリゾート星がいいな、あったかいとこ。こう、水着のお姉ちゃんたちがいっぱい海辺で駆け回ったりする――」

 誰からも監視されていない状況で口が滑ったバディで上官は渋い顔をする。

「休暇ではない、訓練だ。ルイスドに戻ったらユンに聞かせてやるか?」

 発火点の極めて低い女司令の名に志賀の顔が硬直した。

「ヒィ~、それだけはご勘弁。トリィの鉄拳制裁はスゲェからなー、あの見事な蹴り。俺、本気で避けたのに貰っちまって。駐屯地百周も腹一杯だしよー」

 幾ら彼らの軍人ライフが逸般的であっても郷に入れば何とやらだ。様々な志賀の失態に何度も連帯責任を取らされたアズラエルも、自分が口にした事とはいえ思い出すとクラクラしてくる。

 何処に行ってもサイキ持ちは敬遠されがち、プラス、カヴァーが剥がれればスパイだと周囲からは白い目で見られ、ときには命すら危うくなる別室員。別室は社会的評価が決して表に出ない存在だ。非合法活動にも当たり前に従事する、情報局実働部隊員の中でも巨大な権限を持つ日陰者という矛盾を抱えた立場にある。

 それなのに最初からその身分を晒して現れた闖入者にアストリア=ユン二佐、彼女は欠片も容赦しなかった稀有の存在だ。おまけに新兵・志賀との仲を隠そうという素振りは全く見受けられなかった。衆目構わずこの志賀とである。ド田舎惑星の事で上層部の目がないとはいえタダモノではない。

「で、オイラは訓練。そいでもってアズル、アンタは誰も聴いてる奴のいないとこで喚きまくってストレス発散、と」

 アズラエルは人前で激昂出来るタイプの人間では決してない。常に沈着冷静を以って何事にも臨み、サイキ持ちとしてのレヴェルの高さと長い軍歴で得た信頼。それらの裏付けがあって、このピーキーなPK使いの教官及び監視役としてもバディを組んだ。

 それがたった四ヶ月の間に見事スポイルされ、お互いしか居ない場ではあるものの我を忘れて喚いてしまうまでに至った。やはり伝染性がある。

「誰のせいだと……もういい。ポッドに戻るぞ、冷えてきた」

 K型だかR型だかのスペクトルの橙色の恒星が地平の彼方に沈もうとしている。空際線も勿論ゴミなのだが、薄い大気に日輪の裾が溶け出し原初を思わせる美しさだった。霊長など二体しかいないのに不思議と凄絶なまでの生気を感じさせる。

 文明圏では滅多にお目に掛かれない光景だった。

「年寄りに冷えは大敵だかんなー」

 瞬間、厳粛な気分になりかけたアズラエルをバディがリアルに引き戻す。
 テラ標準歴で二十歳になったばかりの志賀は、外見的には自分よりたかが七、八歳上にしか見えないバディを捕まえて歯に衣着せぬ物言いを止めようとしない。

「何なら若いところで貴様だけ残るか?」

 異星系人種の風貌を色濃く残したメタリックの髪をオレンジ色に染めながらアズラエルが棘さえ窺わせずサラリと言う。

「いいえ、謹んでお供させて頂きますです、ハイ」

 人間にはありえない異能のバケモンといえど一応恒温動物である以上、摂氏マイナス六十度では凍って割れる。既に日暮れで相当寒い。

「一緒に跳ぶか、それとも私を指標マーカーにするか?」
 サーチ能力がない志賀はアズラエルと出会うまで、どんなに近くても見えない場所にはリープ出来なかった。基本的には今でもだ。優れたポイントゲッターでも目を閉じていては、いきなり指定されたリングにシュートを打てないのと同じ。同じでないのは命が掛かっているという点だ。

 だが最近、相棒の精神波を捉えてリープする事をやっと覚えた。不真面目極まりなかった訓練と人の任務に首を突っ込んだ際に必要に駆られた上での数少ない成果だった。

 それを提示されたが志賀は拒否する。まだ完全にものにしたとは言い難いのだ。アズラエルの3Dサーチは強力で見通し距離を遥かに超える上に本人は使い慣れているが、受ける側の志賀はサーチャーの精神波を掴むことに慣れていない。そもそも初めて意識し不可視地点に跳んでからたった二週間、それも偶然の産物だったのである。

「命張った博打はお嫌いだったんじゃ、ダンナ……」

 ゴミ集積業者のささやかな宙港地にポッドは在り、ここからは見えない。それ程遠くはないとはいえ、その距離約二千五百キロだ。アズラエルの、サイキ持ちにしても類を見ない超強力なレーダー装置、空間感知能力でナビゲートして貰おうと年上の相棒の作業外被をこっそり掴んで準備ヨシ。

 が、その手がすげなく叩き落とされる。

「何度もいうが誰がダンナだ……言ったぞ、訓練だ」

 一歩下がるとラフな手つきで挙手敬礼、志賀のやはりダイダイ色に輝く真っ直ぐな長髪を見ながらアズラエルは単独リープ。姿を掻き消した。
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