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第29話
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薫が意図せず撃った二射目の行方を恭介は咄嗟に探したが、予想通りに銃口が跳ね上がった時に飛び出した弾丸は天井の合板を割った上に、天井裏に這っている電気配線に傷を入れたらしく小さな火花を散らしている。
当の薫はといえばグロックを構えたまま固まっていた。思った結果が得られなかっただけでなく、発射すると同時に気合いも放出し切ってしまったのか呆然としてしまっている。
その薬室に弾薬が込められ、指がトリガに掛かったままの危険な状態のグロックを取り上げようと恭介は一挙動でグロックの銃身を僅かに押し込んだ状態で掴んだ。グロック17の発射方式はショートリコイル、ショートリコイル方式の殆どのハンドガンはこうして上部のスライドを押し固定すると、発射機構とトリガのコネクトが切れたアウト・オブ・バッテリなる状態に陥り、トリガがグラグラで引けなくなるのだ。
ただバレルを掴んで固定しただけではチャンバの一射のみは発射されてしまう。これ以上撃たれて怪我人でも出したら復讐どころか自分たちがお縄だ。今の状態でさえ重要参考人扱いは免れないだろう。
スライドを押して固定したまま恭介は銃ごと薫の腕を捻り上げた。銃を奪うのは恭介にとって簡単だった。並みの力ではないのだから当然だ。だが薫もグロックのグリップに手を張り着かせたかの如く握っていたのと、噛み締めた唇が切れて血が滲んでいるのを見て恭介は撤退を決める。
その頃には捜一と組対と麻取たちは人混みに揉みくちゃにされつつ、「県警だ!」だの「厚生局だ!」だのと叫んで自己主張をしていたが、最低でも二十億円のダイアモンドが木っ端ミジンコになったショックで人々が叫び、まともに主張に耳を傾ける者はいなかった。
これを幸いと恭介はグロックをベルトの背に差してジャケットで隠す。
次に辺りを見回した。薄暗い中でも吸血鬼の血を持つ恭介は割と視界が利く。それであのとき今里の背の蛇の入れ墨も目にしたのだが、それはともかく今は急いでグロックのエジェクションポートから弾き出された弾薬の空薬莢ふたつを探した。一個はテーブルの下で発見し、もう一個は薫自身がぼんやりとしつつも、
「あのさ、これ――」
と、何処からか拾って差し出す。受け取るとポケットに入れて左手で薫の腕を掴んだ。分かっている出口は入ってきた一ヶ所。そこを目指して足早に歩こうとするも、多数の客だけでなく明らかに『その業界のスジ者です』と言い張っている気崩したスーツにカラーシャツ、首から下げたゴールドチェーンといった一種の制服男らが周囲に増え、二人を取り囲もうとしている。
ここで捕まれば本気で洒落にならない。今里のオモチャとして嬲り殺されるだけである。いっそのこと戻って元の同輩たちに救援要請するか、それとも思い切って今里を殺り、その混乱に乗じた方が逃げ延びる確率は上がるか……恭介が僅か迷ったとき、誰かの大声が上がった。
「火事だ、火が、火が燃えているぞ!」
聞き慣れぬ銃声には反応しなかった客たちもこの声には動いた。チラリと恭介が振り向くと薫の撃った天井裏の電気配線の火花が合板に燃え移ったらしく、ちろちろと炎を上げて燃えていた。
自然消火しそうな小さな炎だったがギッシリと人が詰め込まれ、その人々の殆どが出口は一ヶ所しか知らない状態ではパニックと化すまで幾らも掛からない。合板と配線の燻る化学臭が拍車をかけ、雪崩を打って出口に皆が殺到した。
「ちょっと、恭介、待ってよ……今里を撃ってから……痛っ!」
「ふざけるな。酔ったフリまでするとは、やってくれたな」
「だって!」
「だってもクソもない、無関係の人間に当たらなかったのは奇跡だぞ」
「奴らだって闇オクなんかに来るような人間だろ、何が悪い!」
「闇オクの客なら殺してもいいのか? 闇オクの客は闇オクの客たる罪で裁かれるべきだ。お前が撃ち殺す免罪符にはなり得ない」
「……恭介は、あんたは今里を殺すんだろ? それはどうなのさ?」
「俺は今里を殺した罪で裁かれる。その覚悟など、とっくにしている」
「僕だってそうだよ、同じなんだよ! だったら僕の何処が悪い!」
薫は涙声で絶叫した。その声で恭介は当局だの今里と一時休戦だのと、逃げ道を作りつつも偉そうに「覚悟」を口にする卑怯な外面の仮面を叩き割られた気がした。
だがこうなった以上は当局に拘束される訳に行かない。何ひとつ駒を進められなくなる。すると残るは今里を殺ってお縄になるか、仕切り直しの一時休戦しかない。今里サイドも外に出たらサツカンが張っていることくらいは気付くだろう。
出口から押し出され階段も流れに乗せられるようにして出てきた、ここは夜の繁華街の小径である。慌てて逃げだした闇オクの客たちは将棋倒しにもならずに綺麗さっぱりクラブの店舗から排出され、夜闇に紛れて逃げ散ってしまった。一部は当局が押さえたのかも知れないが知ったことではない。
しかし自分のシマである以上、樫原組関係者はそのまま逃げ散る訳にもいかずに、119番で駆け付けた二桁近い消防車が小径の両側を幾重にも塞いで消火ホースを伸ばし、クラブに過剰なほどの滝行をさせるのを見守っている。今里たちが証拠品を持っている訳など無いので当局も溜息をついて見守るのみだ。
「退いて退いて! ホースを踏むな! 散れ、邪魔するな!」
怒鳴る消防の気持ちは分かる、この店舗同士の間も狭い所で一軒でも炎上すれば、小径沿いの夜の街は延焼で丸焼けになってしまう。
恭介と薫も「あ、ちょっと退いて!」とか「そこの水栓を使いますから」とか言われて移動しつつ言い争っているのだ。
周囲を樫原組の一団に囲まれ、その外側に機動隊の円が描かれている。
囲んだ一番内側には側頭部ハゲを手で隠す今里もいた。
先程から何度か今里の物言いも付いているのだが、軽率な薫の行動に怒りを覚えた恭介と、理不尽な怒りをぶつけられて頭に血が上った薫には、今里の声など全く届いていないのであった。
それでもここにいる間は安全と云える。夜とはいえ当局の人員に消防士他、野次馬たちも活発に活動中なのだ。おまけにヤクザは幾ら大勢で取り囲んでも目立つ業界の制服男たち、一部始終は野次馬の目と携帯の動画に収められ、あっという間に全世界ネットで駆け巡るであろう。
だが気の短い奴が腹に呑んだ得物で撃つか刺すかして出頭し、刑期を終えて放免祝いの花道を目指さないとも限らない。刑務所から出てみりゃ組そのものが潰れて消えていてもオカシクはない昨今だが、自分の近い将来を見通すだけの知恵がないからこそ、チンピラをやっているとも云えるのだ。
とにかく安全なようで安全でない状況から、どうやって脱するかを恭介は頭の半分で冷静に考えつつ、残り半分で薫に怒りながらタイミングを見計らっていた。
「――だからさ、最初は僕の復讐だったんだ。あんたは偶然じゃんか!」
「偶然だろうが俺は復讐すべき相手を見つけた、こいつをな」
恭介と薫は傍から会話に割って入ろうと苦心し続けていた今里を睨みつける。今里はようやく自分の主張が認められたと勘違いし、油断した挙げ句に骨折し吊っている左腕ではなく小指の折れた右手で隠していた左側頭部を晒してしまった。
血が滲むか滲まないかのギリギリで擦過した薫の放った九ミリパラベラム弾は今里の左側頭部に見事な一本ハゲをこさえ、周囲の髪は整髪料でキメてあったからか熱で縮れて茶色に変色し、ハゲの上下に二本チリチリパーマまで制作していた。
レゲエでも歌い出しそうな今里に薫が吹き出しゲラゲラ笑う。恭介は笑い出すことこそ何とか耐えたものの、思わず顔を背けて口を引き結んだ。どちらかと云えば素直に笑った薫の方がマシ、恭介の反応の方がより腹が立つと思われた。
「こ、この野郎!」
急激に血圧の上がった今里組長自身が得物を抜こうとしたとき、集団の円の外側を囲んでいた当局の人間に気付いていた手下が、今里の手をガッと押さえ付けた。
そこに出火原因等を調査するための警察官らを乗せたパトカーが緊急音を鳴らして次々と到着する。これでアタマに血が昇り切った奴にも「銃刀法違反の加重所持」なる言葉が脳裏を駆け抜け、周りを固めた当局の人間たちを跳ね飛ばす勢いで爆発的に皆が散った。
当の薫はといえばグロックを構えたまま固まっていた。思った結果が得られなかっただけでなく、発射すると同時に気合いも放出し切ってしまったのか呆然としてしまっている。
その薬室に弾薬が込められ、指がトリガに掛かったままの危険な状態のグロックを取り上げようと恭介は一挙動でグロックの銃身を僅かに押し込んだ状態で掴んだ。グロック17の発射方式はショートリコイル、ショートリコイル方式の殆どのハンドガンはこうして上部のスライドを押し固定すると、発射機構とトリガのコネクトが切れたアウト・オブ・バッテリなる状態に陥り、トリガがグラグラで引けなくなるのだ。
ただバレルを掴んで固定しただけではチャンバの一射のみは発射されてしまう。これ以上撃たれて怪我人でも出したら復讐どころか自分たちがお縄だ。今の状態でさえ重要参考人扱いは免れないだろう。
スライドを押して固定したまま恭介は銃ごと薫の腕を捻り上げた。銃を奪うのは恭介にとって簡単だった。並みの力ではないのだから当然だ。だが薫もグロックのグリップに手を張り着かせたかの如く握っていたのと、噛み締めた唇が切れて血が滲んでいるのを見て恭介は撤退を決める。
その頃には捜一と組対と麻取たちは人混みに揉みくちゃにされつつ、「県警だ!」だの「厚生局だ!」だのと叫んで自己主張をしていたが、最低でも二十億円のダイアモンドが木っ端ミジンコになったショックで人々が叫び、まともに主張に耳を傾ける者はいなかった。
これを幸いと恭介はグロックをベルトの背に差してジャケットで隠す。
次に辺りを見回した。薄暗い中でも吸血鬼の血を持つ恭介は割と視界が利く。それであのとき今里の背の蛇の入れ墨も目にしたのだが、それはともかく今は急いでグロックのエジェクションポートから弾き出された弾薬の空薬莢ふたつを探した。一個はテーブルの下で発見し、もう一個は薫自身がぼんやりとしつつも、
「あのさ、これ――」
と、何処からか拾って差し出す。受け取るとポケットに入れて左手で薫の腕を掴んだ。分かっている出口は入ってきた一ヶ所。そこを目指して足早に歩こうとするも、多数の客だけでなく明らかに『その業界のスジ者です』と言い張っている気崩したスーツにカラーシャツ、首から下げたゴールドチェーンといった一種の制服男らが周囲に増え、二人を取り囲もうとしている。
ここで捕まれば本気で洒落にならない。今里のオモチャとして嬲り殺されるだけである。いっそのこと戻って元の同輩たちに救援要請するか、それとも思い切って今里を殺り、その混乱に乗じた方が逃げ延びる確率は上がるか……恭介が僅か迷ったとき、誰かの大声が上がった。
「火事だ、火が、火が燃えているぞ!」
聞き慣れぬ銃声には反応しなかった客たちもこの声には動いた。チラリと恭介が振り向くと薫の撃った天井裏の電気配線の火花が合板に燃え移ったらしく、ちろちろと炎を上げて燃えていた。
自然消火しそうな小さな炎だったがギッシリと人が詰め込まれ、その人々の殆どが出口は一ヶ所しか知らない状態ではパニックと化すまで幾らも掛からない。合板と配線の燻る化学臭が拍車をかけ、雪崩を打って出口に皆が殺到した。
「ちょっと、恭介、待ってよ……今里を撃ってから……痛っ!」
「ふざけるな。酔ったフリまでするとは、やってくれたな」
「だって!」
「だってもクソもない、無関係の人間に当たらなかったのは奇跡だぞ」
「奴らだって闇オクなんかに来るような人間だろ、何が悪い!」
「闇オクの客なら殺してもいいのか? 闇オクの客は闇オクの客たる罪で裁かれるべきだ。お前が撃ち殺す免罪符にはなり得ない」
「……恭介は、あんたは今里を殺すんだろ? それはどうなのさ?」
「俺は今里を殺した罪で裁かれる。その覚悟など、とっくにしている」
「僕だってそうだよ、同じなんだよ! だったら僕の何処が悪い!」
薫は涙声で絶叫した。その声で恭介は当局だの今里と一時休戦だのと、逃げ道を作りつつも偉そうに「覚悟」を口にする卑怯な外面の仮面を叩き割られた気がした。
だがこうなった以上は当局に拘束される訳に行かない。何ひとつ駒を進められなくなる。すると残るは今里を殺ってお縄になるか、仕切り直しの一時休戦しかない。今里サイドも外に出たらサツカンが張っていることくらいは気付くだろう。
出口から押し出され階段も流れに乗せられるようにして出てきた、ここは夜の繁華街の小径である。慌てて逃げだした闇オクの客たちは将棋倒しにもならずに綺麗さっぱりクラブの店舗から排出され、夜闇に紛れて逃げ散ってしまった。一部は当局が押さえたのかも知れないが知ったことではない。
しかし自分のシマである以上、樫原組関係者はそのまま逃げ散る訳にもいかずに、119番で駆け付けた二桁近い消防車が小径の両側を幾重にも塞いで消火ホースを伸ばし、クラブに過剰なほどの滝行をさせるのを見守っている。今里たちが証拠品を持っている訳など無いので当局も溜息をついて見守るのみだ。
「退いて退いて! ホースを踏むな! 散れ、邪魔するな!」
怒鳴る消防の気持ちは分かる、この店舗同士の間も狭い所で一軒でも炎上すれば、小径沿いの夜の街は延焼で丸焼けになってしまう。
恭介と薫も「あ、ちょっと退いて!」とか「そこの水栓を使いますから」とか言われて移動しつつ言い争っているのだ。
周囲を樫原組の一団に囲まれ、その外側に機動隊の円が描かれている。
囲んだ一番内側には側頭部ハゲを手で隠す今里もいた。
先程から何度か今里の物言いも付いているのだが、軽率な薫の行動に怒りを覚えた恭介と、理不尽な怒りをぶつけられて頭に血が上った薫には、今里の声など全く届いていないのであった。
それでもここにいる間は安全と云える。夜とはいえ当局の人員に消防士他、野次馬たちも活発に活動中なのだ。おまけにヤクザは幾ら大勢で取り囲んでも目立つ業界の制服男たち、一部始終は野次馬の目と携帯の動画に収められ、あっという間に全世界ネットで駆け巡るであろう。
だが気の短い奴が腹に呑んだ得物で撃つか刺すかして出頭し、刑期を終えて放免祝いの花道を目指さないとも限らない。刑務所から出てみりゃ組そのものが潰れて消えていてもオカシクはない昨今だが、自分の近い将来を見通すだけの知恵がないからこそ、チンピラをやっているとも云えるのだ。
とにかく安全なようで安全でない状況から、どうやって脱するかを恭介は頭の半分で冷静に考えつつ、残り半分で薫に怒りながらタイミングを見計らっていた。
「――だからさ、最初は僕の復讐だったんだ。あんたは偶然じゃんか!」
「偶然だろうが俺は復讐すべき相手を見つけた、こいつをな」
恭介と薫は傍から会話に割って入ろうと苦心し続けていた今里を睨みつける。今里はようやく自分の主張が認められたと勘違いし、油断した挙げ句に骨折し吊っている左腕ではなく小指の折れた右手で隠していた左側頭部を晒してしまった。
血が滲むか滲まないかのギリギリで擦過した薫の放った九ミリパラベラム弾は今里の左側頭部に見事な一本ハゲをこさえ、周囲の髪は整髪料でキメてあったからか熱で縮れて茶色に変色し、ハゲの上下に二本チリチリパーマまで制作していた。
レゲエでも歌い出しそうな今里に薫が吹き出しゲラゲラ笑う。恭介は笑い出すことこそ何とか耐えたものの、思わず顔を背けて口を引き結んだ。どちらかと云えば素直に笑った薫の方がマシ、恭介の反応の方がより腹が立つと思われた。
「こ、この野郎!」
急激に血圧の上がった今里組長自身が得物を抜こうとしたとき、集団の円の外側を囲んでいた当局の人間に気付いていた手下が、今里の手をガッと押さえ付けた。
そこに出火原因等を調査するための警察官らを乗せたパトカーが緊急音を鳴らして次々と到着する。これでアタマに血が昇り切った奴にも「銃刀法違反の加重所持」なる言葉が脳裏を駆け抜け、周りを固めた当局の人間たちを跳ね飛ばす勢いで爆発的に皆が散った。
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