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第28話
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馬鹿デカい声で酔っ払い薫が解説する。
「あー、あれね、樫原の舎弟頭だよ!」
「分かっているから小さく喋ってくれ」
「格好つけて燕尾服だってー、笑えるー! 借りてきました感、全開!」
「薫、いい加減にしろよ。これは樫原組の一方的なシノギじゃない。同業他社にとってもシノギ、素人でも闇に手を伸ばす輩が真っ当なコレクターか? 違うだろう?」
「んー? むう……じゃあ僕と恭介は、なあに?」
酔った事実を抜きにしても、まさか分かっていなかったのかと恭介は本気で驚く。何故ならこの闇オークションの一部でも目に映したら、その時点で悪事の証拠を握った証人になり得るのだ。ここでの出来事を警察にタレ込めば樫原組だけでなく闇オク参加者も証人たる恭介と薫が見覚えている限り、彼らの参考人扱いは逃れられない。
それが分かっているからこそ恭介は当局に情報を洩らし、援軍を要請したのだ。要請せずともタレコミだけでワサワサと大人数の組対・捜一・厚生局の麻取・建物外周は偽装した機動隊に囲まれているだろうが。
つまり恭介と薫はここで今里を本当に弾かなければ、自力での復讐は不可能となるのだ。その回避策として考えられるのは今里と何らかの取引をし、それを当局に伝えることで何とか決着を先延ばしにすることくらいか。
どちらかを選び上手く事を運ばねば、そして当局のタイミングが僅かでも遅れたら、恭介と薫は問答無用で消される運命にある訳だ。当局が大量の麻薬を取引すると睨んでいる闇オクが、全くの勘違いで来年の市内の小学校のパンジーを幾らで植えるかなどという談合入札程度なら殺されずに済むかも知れないが。
「何だよー、恭介ってば。その可哀想な子を見る目、やめてくんない?」
「あ、いや……可哀想だったんだなと思ってだな」
喚き、囁いて宥める間にオークションは始まっていた。恭介は薫の相手をしつつも周囲の元・同業者の動きに注意を向け、最初に出品されたオークションの品にも目をやる。意外にも本当のオークションみたいに掛け軸だった。
だが手袋もせずに掛け軸を広げ、ぶら下げて見せる樫原組の舎弟頭の能書きを聞いて恭介はギョッとする。
「ええっと、こちらは円山応挙の幽霊画の真筆で――」
応挙の真筆なら億単位は確実、そしてこんな所でお目見えすれば贓品確定だ。贓品とは盗品の事である。女性連れの素人らしき男が五億で落札し、続けて絵画が数点競り落とされた。
そしてその次は大麻の圧縮パックに砂糖袋のような白い粉、カラフルな錠剤にチョコレートみたいな樹脂の塊が出品され、にわかに周囲のざわめきが低くだが大きくなる。麻取や組対が色めき立ったに違いない。
だからといってまともに落札するカネなど無いので、誰が落札したかを記録し行動確認、略して行確という糸を付けておくしかない。まだ何が出品されるのか分からない闇オクは最後まで確かめるべきである。
そのうち何処から密輸したのか歩兵用対戦車ロケット砲RPG7までが出品された。目茶苦茶だ。
もう小学校のパンジー談合では有り得ず、恭介の目は自然と今里を探し始める。
やはり時宮恭介は刑事を辞めても、この世で一番大切な者を奪った奴であろうと、法に則った裁きを受けるべきだと思ってしまったのだ。いや、自然と流れを作るべく動いてしまっていたというべきか。
それでも自分自身だけでなく、その気になってしまっている薫もいる。迷いがあるのは確かで、自分が地獄に落ちようと今里も地獄に引きずり落とさなければ、やり場のない怒りを生涯抱えることになる。
だがここは素人も多く闇オクで扱ったブツも想定外の規模だった。
ここで当局が動く前に今里と一時的休戦協定、業界用語なら一旦手打ちにでも持って行かねば本当に自分と薫の二人くらい消すのはチョロい。当局を引き込んだのは時宮恭介に他ならないからだ。上手くすり抜けて外に出られてもマンションまで帰り着けるかも怪しい。
勿論、手打ちは一時的なモノだ。秘密を握ったこちら側が元組対の刑事だと今里は知っている。ここですぐさま恭介が元の職場にコールしたら終わり、いや、既にタレ込んで当局の監視済みであり、逮捕のタイミングを計っている段階と知っている可能性もある。
それでも今里自身は逮捕されない自信があるからこそ、恭介たちに余裕を見せたのだ。
おそらく踏み込まれガサ入れされてもヤバい物は跡形もなく消すか、隠して合法の代替品を提出するかの準備まで整えているに違いない。周到に舞台を整えた上で「さあ、どうする?」という挑戦だ。捕まるのは闇オクでヤバいブツを競り落としホクホクしているカネのダブついた素人のみである。
だがここで挑発に乗ってはならない。予想を超えた一般人の多さと、肩が触れ合うような距離感のここで銃撃戦はできない。必ず巻き添えが出る。
当局を呼んだのは恭介自身、事実を見ておいて欲しかった。捕らえられるなら捕らえ、ブツを押さえられるなら押さえて欲しかったからだ。
しかし今の最優先事項は今里との、この場の手打ちに他ならない。
「薫、今里を探せ」
「探してるよー、今里の野郎。いないねー。喩え便所に隠れていても――」
「何処ぞの独裁大統領じゃないんだぞ、ふざけている場合じゃない」
やり取りしながらも薫はアテにならないと知る。恭介の左腕に巻きついたままだ。離れると自力で立っていられないのだろう。
と、そこで壇上に今里を発見した。余程高額のお宝なのか、それともカモるための演出なのか、本物とも偽物ともつかない『ダイアモンドの原石』と謳う、小汚い漬物石のような物体を台に乗せて手下と今里が二人して恭しく運んでくるところだった。
あんな物を運んで骨は……と考えかけた恭介もナニかに感染しかけている。頭を一振りすると今里の興味を惹きアイコンタクトで「話がしたい」と伝えるためだけにオークション参加客を装って他の客と同様に右手を挙げて見せた。
その、恭介の右手が離れる隙を狙っていた薫は恭介のジャケットの裾に手を突っ込んでベルトに挟んだグロック17のグリップを握る。引き抜き引き寄せるなり大喝。
「覚悟しろ、今里!!」
銃口を向けるなりライトで煌々と明るい壇上の今里を照準し、トリガセイフティごとトリガを引き切った。
屋内射撃独特の尾を引く撃発音が響いた。それも僅差で二射。
初めて銃を撃った薫は反動に驚きガク引きしたらしい。特にグロックは本体が軽いためにリコイルを吸収しづらく、まともに銃口が跳ね上がる。その際に押さえ込もうと反射的に二回トリガを引いたのだ。
だが一瞬でフロアが静まり返ったと感じたのは気のせい、実際に静かになったのは薫と恭介の周囲だけだった。それほど壇上に現れた『お宝』に大勢の客たちは目を惹かれ騒がしく語り合っていたのだ。一生に一度見られるかどうかのお宝に官憲ですら溜息の合唱である。
おまけに薫と今里、彼我の距離およそ十五メートル。下手な素人が撃てば五メートルでも当たらないのがこの手のハンドガンだ。
それでも今里サイドはいつカチコミに遭うかと警戒していた。撃発音を耳に捉えただけでなく、薫の撃った一射目は奇跡的にも今里の左側頭部を掠めたようで、壇上の今里は焦った風に頭を手で押さえつつ、姿勢を低くしてこちらに目を向けている。
お蔭でお宝を捧げ持つ片方がいなくなり、もう片方の手下だけでは漬物石クラスのダイアだか何だか分からない小汚い石を支えきれずに台から落っことす。二十億円から競りにかけられる筈だった石はお姉ちゃんたちのピンヒールにも負けない固いクラブのお立ち台の床で粉々に砕け散った。
「あー、あれね、樫原の舎弟頭だよ!」
「分かっているから小さく喋ってくれ」
「格好つけて燕尾服だってー、笑えるー! 借りてきました感、全開!」
「薫、いい加減にしろよ。これは樫原組の一方的なシノギじゃない。同業他社にとってもシノギ、素人でも闇に手を伸ばす輩が真っ当なコレクターか? 違うだろう?」
「んー? むう……じゃあ僕と恭介は、なあに?」
酔った事実を抜きにしても、まさか分かっていなかったのかと恭介は本気で驚く。何故ならこの闇オークションの一部でも目に映したら、その時点で悪事の証拠を握った証人になり得るのだ。ここでの出来事を警察にタレ込めば樫原組だけでなく闇オク参加者も証人たる恭介と薫が見覚えている限り、彼らの参考人扱いは逃れられない。
それが分かっているからこそ恭介は当局に情報を洩らし、援軍を要請したのだ。要請せずともタレコミだけでワサワサと大人数の組対・捜一・厚生局の麻取・建物外周は偽装した機動隊に囲まれているだろうが。
つまり恭介と薫はここで今里を本当に弾かなければ、自力での復讐は不可能となるのだ。その回避策として考えられるのは今里と何らかの取引をし、それを当局に伝えることで何とか決着を先延ばしにすることくらいか。
どちらかを選び上手く事を運ばねば、そして当局のタイミングが僅かでも遅れたら、恭介と薫は問答無用で消される運命にある訳だ。当局が大量の麻薬を取引すると睨んでいる闇オクが、全くの勘違いで来年の市内の小学校のパンジーを幾らで植えるかなどという談合入札程度なら殺されずに済むかも知れないが。
「何だよー、恭介ってば。その可哀想な子を見る目、やめてくんない?」
「あ、いや……可哀想だったんだなと思ってだな」
喚き、囁いて宥める間にオークションは始まっていた。恭介は薫の相手をしつつも周囲の元・同業者の動きに注意を向け、最初に出品されたオークションの品にも目をやる。意外にも本当のオークションみたいに掛け軸だった。
だが手袋もせずに掛け軸を広げ、ぶら下げて見せる樫原組の舎弟頭の能書きを聞いて恭介はギョッとする。
「ええっと、こちらは円山応挙の幽霊画の真筆で――」
応挙の真筆なら億単位は確実、そしてこんな所でお目見えすれば贓品確定だ。贓品とは盗品の事である。女性連れの素人らしき男が五億で落札し、続けて絵画が数点競り落とされた。
そしてその次は大麻の圧縮パックに砂糖袋のような白い粉、カラフルな錠剤にチョコレートみたいな樹脂の塊が出品され、にわかに周囲のざわめきが低くだが大きくなる。麻取や組対が色めき立ったに違いない。
だからといってまともに落札するカネなど無いので、誰が落札したかを記録し行動確認、略して行確という糸を付けておくしかない。まだ何が出品されるのか分からない闇オクは最後まで確かめるべきである。
そのうち何処から密輸したのか歩兵用対戦車ロケット砲RPG7までが出品された。目茶苦茶だ。
もう小学校のパンジー談合では有り得ず、恭介の目は自然と今里を探し始める。
やはり時宮恭介は刑事を辞めても、この世で一番大切な者を奪った奴であろうと、法に則った裁きを受けるべきだと思ってしまったのだ。いや、自然と流れを作るべく動いてしまっていたというべきか。
それでも自分自身だけでなく、その気になってしまっている薫もいる。迷いがあるのは確かで、自分が地獄に落ちようと今里も地獄に引きずり落とさなければ、やり場のない怒りを生涯抱えることになる。
だがここは素人も多く闇オクで扱ったブツも想定外の規模だった。
ここで当局が動く前に今里と一時的休戦協定、業界用語なら一旦手打ちにでも持って行かねば本当に自分と薫の二人くらい消すのはチョロい。当局を引き込んだのは時宮恭介に他ならないからだ。上手くすり抜けて外に出られてもマンションまで帰り着けるかも怪しい。
勿論、手打ちは一時的なモノだ。秘密を握ったこちら側が元組対の刑事だと今里は知っている。ここですぐさま恭介が元の職場にコールしたら終わり、いや、既にタレ込んで当局の監視済みであり、逮捕のタイミングを計っている段階と知っている可能性もある。
それでも今里自身は逮捕されない自信があるからこそ、恭介たちに余裕を見せたのだ。
おそらく踏み込まれガサ入れされてもヤバい物は跡形もなく消すか、隠して合法の代替品を提出するかの準備まで整えているに違いない。周到に舞台を整えた上で「さあ、どうする?」という挑戦だ。捕まるのは闇オクでヤバいブツを競り落としホクホクしているカネのダブついた素人のみである。
だがここで挑発に乗ってはならない。予想を超えた一般人の多さと、肩が触れ合うような距離感のここで銃撃戦はできない。必ず巻き添えが出る。
当局を呼んだのは恭介自身、事実を見ておいて欲しかった。捕らえられるなら捕らえ、ブツを押さえられるなら押さえて欲しかったからだ。
しかし今の最優先事項は今里との、この場の手打ちに他ならない。
「薫、今里を探せ」
「探してるよー、今里の野郎。いないねー。喩え便所に隠れていても――」
「何処ぞの独裁大統領じゃないんだぞ、ふざけている場合じゃない」
やり取りしながらも薫はアテにならないと知る。恭介の左腕に巻きついたままだ。離れると自力で立っていられないのだろう。
と、そこで壇上に今里を発見した。余程高額のお宝なのか、それともカモるための演出なのか、本物とも偽物ともつかない『ダイアモンドの原石』と謳う、小汚い漬物石のような物体を台に乗せて手下と今里が二人して恭しく運んでくるところだった。
あんな物を運んで骨は……と考えかけた恭介もナニかに感染しかけている。頭を一振りすると今里の興味を惹きアイコンタクトで「話がしたい」と伝えるためだけにオークション参加客を装って他の客と同様に右手を挙げて見せた。
その、恭介の右手が離れる隙を狙っていた薫は恭介のジャケットの裾に手を突っ込んでベルトに挟んだグロック17のグリップを握る。引き抜き引き寄せるなり大喝。
「覚悟しろ、今里!!」
銃口を向けるなりライトで煌々と明るい壇上の今里を照準し、トリガセイフティごとトリガを引き切った。
屋内射撃独特の尾を引く撃発音が響いた。それも僅差で二射。
初めて銃を撃った薫は反動に驚きガク引きしたらしい。特にグロックは本体が軽いためにリコイルを吸収しづらく、まともに銃口が跳ね上がる。その際に押さえ込もうと反射的に二回トリガを引いたのだ。
だが一瞬でフロアが静まり返ったと感じたのは気のせい、実際に静かになったのは薫と恭介の周囲だけだった。それほど壇上に現れた『お宝』に大勢の客たちは目を惹かれ騒がしく語り合っていたのだ。一生に一度見られるかどうかのお宝に官憲ですら溜息の合唱である。
おまけに薫と今里、彼我の距離およそ十五メートル。下手な素人が撃てば五メートルでも当たらないのがこの手のハンドガンだ。
それでも今里サイドはいつカチコミに遭うかと警戒していた。撃発音を耳に捉えただけでなく、薫の撃った一射目は奇跡的にも今里の左側頭部を掠めたようで、壇上の今里は焦った風に頭を手で押さえつつ、姿勢を低くしてこちらに目を向けている。
お蔭でお宝を捧げ持つ片方がいなくなり、もう片方の手下だけでは漬物石クラスのダイアだか何だか分からない小汚い石を支えきれずに台から落っことす。二十億円から競りにかけられる筈だった石はお姉ちゃんたちのピンヒールにも負けない固いクラブのお立ち台の床で粉々に砕け散った。
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