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第25話
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恭介が煙草を肴にストレートでちびちびやる傍らで、薫はセルフで色水を作っては竹輪だのかまぼこだのをつまみつつ、グラスの空け方だけは豪快だ。そのうち冷蔵庫から何やら出してきてはロウテーブルに並べては食べて飲みと忙しくなる。
そうしてキッチンとリビングを往復する足取りが覚束なくなるまで幾らも掛からなかった。この段階で恭介はロウテーブル上の惨劇を片付けるのは誰なのかが非常に気になっており、チェーンスモークする眉間にシワを寄せていた。
何度目かに薫が立ち上がろうとした際に身を揺らがせて頽れそうになる。危うくグラスを置いた恭介が細い身を抱き支えて転倒するのは避けられた。だが恭介は今に限って煙草を咥えていなかったことを後悔するハメになる。
抱き支えた薫の躰は力を失くし、うなだれた首筋が誘うかの如く恭介の目前にあったからだ。酷くそそる甘くかぐわしい血の匂い。
「チッ、嘘だろう……?」
吸血欲求は性欲と直結している。つまり『その気にならなければ、血を吸いたくならない』のだ。男である以上は愛だ恋だと騒がずとも欲情するし何の感情もなくても相手によっては抱ける。
だが今、自分が薫に対して持った吸血衝動がどんな種類のものなのか、恭介は囁く本能に思い知らされていた。
石動薫が欲しい。薫を抱き尽くし、その血を味わいたい。……あるのは愛情。
あいつに似ているからか? だから『あいつの代わり』に欲しいんだろう?
――いや、違う! 本能が「薫への愛情」だと告げて……ならば俺を庇ったがために今いない、あいつは?
考えるだに分からなくなり、恭介の本能はその真偽までは教えてくれずに苛つく。苛つきながらも腕の中の薫は無防備という誘いをかけ続けていて――。
いつの間にか恭介は肌を合わせもしないまま、薫の首筋に咬みついていた。
◇◇◇◇
「わあ、やっぱりほら、いつもの黒ずくめもいいけどさ、こっちもすごく似合うじゃない。次からスーツ買う時は違う色にしなよ。本当に格好いいからさ」
やたらとはしゃいで喜ぶ薫が見るに、昨日購入した衣服を身に着けた恭介は本気で目が離せないレヴェルの出来だった。元々の造作が無表情だと作り物めいて冷たく感じるほど整っている上に長身で均整が取れている。
そんな男に淡いパープル系のドレスシャツにアンバーブラウンのタイを締めさせ、チョコレートブラウンのスーツを着せると意外なくらい柔らかな雰囲気が加わり、予想以上の色男が出来上がっていた。
「ホント、すごいすごい! きっと女なら誰だって二度見するって!」
「それは本気で言っているのか?」
訊きつつ恭介はやや渋い表情で薫を見返した。薫も淡いピンクのドレスシャツにバーガンディのタイを締め、ココアブラウンのスーツという恭介と明らかにコーディネートした姿で隣に立っている。細身で身長こそ高くなく体格に関しては今更だが、顔の造作は女顔ながら綺麗に整い、こちらは男女構わず目を惹く結果となっている。
「本気本気、格好いいってば!」
「そうじゃなくてだな……俺たちの行き先をお前は覚えていないのか?」
「バカにしないでくれる? 今里の仕組んだ闇オクに決まってるじゃん」
「そこに『密かに潜入する』ための仕込みをした俺たちが『格好いい』だか何だかで周りから二度見、三度見されても構わないとお前は言うんだな?」
「あ……あー、まあ、それは……でも、もう今更じゃん?」
「ふん。今どきのヤクザはお気楽で結構だな」
言いつつ恭介はチラリと本当に薫がお気楽な暢気者で結構だったと思い直した。自分が昨日、血を吸った薫の首筋には既に傷跡など微塵も残ってはいなかったが、あのあと薫はそのまま眠ってしまい、ベッドに運んでやっても気付かず今朝までぐっすりだったのだ。恭介は言っても言わなくても同じならと思い、吸血を伝えていない。
「お気楽で悪かったな。だからって恭介、あんただけ黒ずくめで僕がこれなら余計に目立つと思うけど。まるでヤクザのボンボンとお付きのガードみたいでさ」
確かにそうかも知れないと恭介も同意する他なかった。
「準備ができたなら行くぞ。そろそろタクシーも来ているだろう」
「うん。あ、銃、持ってかなきゃ」
グロックを手にした薫はベルトの腹に差してスペアマガジンをスーツのポケットに入れる。それを眺めて恭介は溜息だ。元が細いので見る者が見れば銃はバレバレな上に、ポケットだって重たいマガジンの形がクッキリである。
「コンシールドキャリーに向かんフルサイズバージョン・グロックだが、これは酷いな」
「コンシールドキャリーって?」
「そのままだ。隠し持ち運ぶこと。お前にフルサイズのそいつは隠せん。それを俺が預かるのは拙いか? 心細いかも知れんが危なくなったら必ず返す」
「うー、その方がいいみたい」
渡された銃を恭介はスーツのベルトでも背中側に差してジャケットで隠した。スペアマガジンはジャケットの内ポケットへ。体格の良さもあって見事に銃のシルエットは隠れている。内ポケットの重みでも胸にそれと分かるシワは寄っていない。
二人してシルバーブルーのポケットチーフで胸を飾ると余計に執銃など分からなくなった。薫は羨ましく思いながらも建設的提案として口に出した。
「その銃さ、危なくなっても返さなくていいから。僕が持ってるより恭介の方が上手く使える筈だしさ。もし今里を弾いても僕が撃ったことにすれば――」
「――いや、心遣いは有難いが、もしもの時は自分のやったことの責任くらい取るさ。それよりもお前にはお前自身の命を護って貰いたいからな。危ないと判断した時は返す。撃ち方はネットでお勉強したんだろう?」
「え、でも僕が銃を持ってても二人分の命なんか護れそうにないんだけど」
「護るのはお前自身、一人分だと言っている。俺は一発食らっても死ななかったが、お前なら掠めただけでも死にそうだ。それに……」
すうっとまとう雰囲気を変えた恭介から薫は思わず僅かに後退った。
「……俺が責任を取る時は、今度こそ一発や二発食らおうが今里を必ず地獄へ叩き落とす時だ。誓いを果たすまで俺は死なん。だから悪いがお前にはお前自身を護って欲しい。俺の最優先は今里であってお前を護ることじゃない」
「わ、分かったよ。もう行かなきゃダメなんじゃない?」
いつの間にか点けていた煙草を恭介が消し、火元や電源等を一通り見て回ると玄関で靴を履く。これも昨日購入し薫が磨き上げておいたものだ。薫は緊張した顔つきで動きも固く、冗談でもキスの真似事もしてこない。
そこで恭介はふいに薫を抱き締めた。そのまま勢いでキスを奪う。ソフトキスなどではなく咬みつき食らい尽くされそうなほど激しく深いキスだった。
「んっ、はぁん、恭介……?」
「何だ、腰でも抜けたなら担いで行ってやるが」
「なっ、このくらいでこの石動薫を堕とせたと思うなよ!」
景気良く吠えて薫は先にドアから出てエレベーターへと歩き出す。そうしながらも火照った頬をどうしようか迷うと同時に、復讐を誓うほど心を占める者がいるのにあんなキスを仕掛けてくる恭介が本気で分からなくなった。
確かに依りかからせてくれた恭介は頼り甲斐があって、薫自身も憧れを越えた感情を抱いていた。一時期は死者をライバルと思うほど惚れている気がしていた。並大抵のことでは死者に勝てないと思うほど、恭介の言う『あいつ』に嫉妬していたのである。それに……恭介に抱かれて嬉しかった自分がいた。
自分も男である以上は恋愛感情がない場合の行為でも、相手を悦ばせたい思いからそれなりに手管を尽くすのは男の本能のようなものだと知っている。だから恭介がこの自分を抱いた時だって似たようなものだったのだろうと思える。
けれど、それなら昨日の吸血は何だったのか。
恭介はこちらが気付いていないと思い込んでいるようだが、伸びた犬歯が首筋に刺さり喉を鳴らして血を飲まれる際の感覚は何にも例え難いエクスタシーを伴うのだ。自分が吸われた事が無いから恭介は知らないのだろうが、あれで気付かない奴は余程鈍いか初めて吸われて訳が分からない奴くらいのものだろう。
声を出してしまいそうなのを必死で堪えて眠ったままのふりをしたが、そんな自分の側はともかく恭介は三年以上も血を吸わずにいられたのに、何故ここにきて自分の血を求めたのか。
――誰でも良かった? 僕だから? どっち?
そうしてキッチンとリビングを往復する足取りが覚束なくなるまで幾らも掛からなかった。この段階で恭介はロウテーブル上の惨劇を片付けるのは誰なのかが非常に気になっており、チェーンスモークする眉間にシワを寄せていた。
何度目かに薫が立ち上がろうとした際に身を揺らがせて頽れそうになる。危うくグラスを置いた恭介が細い身を抱き支えて転倒するのは避けられた。だが恭介は今に限って煙草を咥えていなかったことを後悔するハメになる。
抱き支えた薫の躰は力を失くし、うなだれた首筋が誘うかの如く恭介の目前にあったからだ。酷くそそる甘くかぐわしい血の匂い。
「チッ、嘘だろう……?」
吸血欲求は性欲と直結している。つまり『その気にならなければ、血を吸いたくならない』のだ。男である以上は愛だ恋だと騒がずとも欲情するし何の感情もなくても相手によっては抱ける。
だが今、自分が薫に対して持った吸血衝動がどんな種類のものなのか、恭介は囁く本能に思い知らされていた。
石動薫が欲しい。薫を抱き尽くし、その血を味わいたい。……あるのは愛情。
あいつに似ているからか? だから『あいつの代わり』に欲しいんだろう?
――いや、違う! 本能が「薫への愛情」だと告げて……ならば俺を庇ったがために今いない、あいつは?
考えるだに分からなくなり、恭介の本能はその真偽までは教えてくれずに苛つく。苛つきながらも腕の中の薫は無防備という誘いをかけ続けていて――。
いつの間にか恭介は肌を合わせもしないまま、薫の首筋に咬みついていた。
◇◇◇◇
「わあ、やっぱりほら、いつもの黒ずくめもいいけどさ、こっちもすごく似合うじゃない。次からスーツ買う時は違う色にしなよ。本当に格好いいからさ」
やたらとはしゃいで喜ぶ薫が見るに、昨日購入した衣服を身に着けた恭介は本気で目が離せないレヴェルの出来だった。元々の造作が無表情だと作り物めいて冷たく感じるほど整っている上に長身で均整が取れている。
そんな男に淡いパープル系のドレスシャツにアンバーブラウンのタイを締めさせ、チョコレートブラウンのスーツを着せると意外なくらい柔らかな雰囲気が加わり、予想以上の色男が出来上がっていた。
「ホント、すごいすごい! きっと女なら誰だって二度見するって!」
「それは本気で言っているのか?」
訊きつつ恭介はやや渋い表情で薫を見返した。薫も淡いピンクのドレスシャツにバーガンディのタイを締め、ココアブラウンのスーツという恭介と明らかにコーディネートした姿で隣に立っている。細身で身長こそ高くなく体格に関しては今更だが、顔の造作は女顔ながら綺麗に整い、こちらは男女構わず目を惹く結果となっている。
「本気本気、格好いいってば!」
「そうじゃなくてだな……俺たちの行き先をお前は覚えていないのか?」
「バカにしないでくれる? 今里の仕組んだ闇オクに決まってるじゃん」
「そこに『密かに潜入する』ための仕込みをした俺たちが『格好いい』だか何だかで周りから二度見、三度見されても構わないとお前は言うんだな?」
「あ……あー、まあ、それは……でも、もう今更じゃん?」
「ふん。今どきのヤクザはお気楽で結構だな」
言いつつ恭介はチラリと本当に薫がお気楽な暢気者で結構だったと思い直した。自分が昨日、血を吸った薫の首筋には既に傷跡など微塵も残ってはいなかったが、あのあと薫はそのまま眠ってしまい、ベッドに運んでやっても気付かず今朝までぐっすりだったのだ。恭介は言っても言わなくても同じならと思い、吸血を伝えていない。
「お気楽で悪かったな。だからって恭介、あんただけ黒ずくめで僕がこれなら余計に目立つと思うけど。まるでヤクザのボンボンとお付きのガードみたいでさ」
確かにそうかも知れないと恭介も同意する他なかった。
「準備ができたなら行くぞ。そろそろタクシーも来ているだろう」
「うん。あ、銃、持ってかなきゃ」
グロックを手にした薫はベルトの腹に差してスペアマガジンをスーツのポケットに入れる。それを眺めて恭介は溜息だ。元が細いので見る者が見れば銃はバレバレな上に、ポケットだって重たいマガジンの形がクッキリである。
「コンシールドキャリーに向かんフルサイズバージョン・グロックだが、これは酷いな」
「コンシールドキャリーって?」
「そのままだ。隠し持ち運ぶこと。お前にフルサイズのそいつは隠せん。それを俺が預かるのは拙いか? 心細いかも知れんが危なくなったら必ず返す」
「うー、その方がいいみたい」
渡された銃を恭介はスーツのベルトでも背中側に差してジャケットで隠した。スペアマガジンはジャケットの内ポケットへ。体格の良さもあって見事に銃のシルエットは隠れている。内ポケットの重みでも胸にそれと分かるシワは寄っていない。
二人してシルバーブルーのポケットチーフで胸を飾ると余計に執銃など分からなくなった。薫は羨ましく思いながらも建設的提案として口に出した。
「その銃さ、危なくなっても返さなくていいから。僕が持ってるより恭介の方が上手く使える筈だしさ。もし今里を弾いても僕が撃ったことにすれば――」
「――いや、心遣いは有難いが、もしもの時は自分のやったことの責任くらい取るさ。それよりもお前にはお前自身の命を護って貰いたいからな。危ないと判断した時は返す。撃ち方はネットでお勉強したんだろう?」
「え、でも僕が銃を持ってても二人分の命なんか護れそうにないんだけど」
「護るのはお前自身、一人分だと言っている。俺は一発食らっても死ななかったが、お前なら掠めただけでも死にそうだ。それに……」
すうっとまとう雰囲気を変えた恭介から薫は思わず僅かに後退った。
「……俺が責任を取る時は、今度こそ一発や二発食らおうが今里を必ず地獄へ叩き落とす時だ。誓いを果たすまで俺は死なん。だから悪いがお前にはお前自身を護って欲しい。俺の最優先は今里であってお前を護ることじゃない」
「わ、分かったよ。もう行かなきゃダメなんじゃない?」
いつの間にか点けていた煙草を恭介が消し、火元や電源等を一通り見て回ると玄関で靴を履く。これも昨日購入し薫が磨き上げておいたものだ。薫は緊張した顔つきで動きも固く、冗談でもキスの真似事もしてこない。
そこで恭介はふいに薫を抱き締めた。そのまま勢いでキスを奪う。ソフトキスなどではなく咬みつき食らい尽くされそうなほど激しく深いキスだった。
「んっ、はぁん、恭介……?」
「何だ、腰でも抜けたなら担いで行ってやるが」
「なっ、このくらいでこの石動薫を堕とせたと思うなよ!」
景気良く吠えて薫は先にドアから出てエレベーターへと歩き出す。そうしながらも火照った頬をどうしようか迷うと同時に、復讐を誓うほど心を占める者がいるのにあんなキスを仕掛けてくる恭介が本気で分からなくなった。
確かに依りかからせてくれた恭介は頼り甲斐があって、薫自身も憧れを越えた感情を抱いていた。一時期は死者をライバルと思うほど惚れている気がしていた。並大抵のことでは死者に勝てないと思うほど、恭介の言う『あいつ』に嫉妬していたのである。それに……恭介に抱かれて嬉しかった自分がいた。
自分も男である以上は恋愛感情がない場合の行為でも、相手を悦ばせたい思いからそれなりに手管を尽くすのは男の本能のようなものだと知っている。だから恭介がこの自分を抱いた時だって似たようなものだったのだろうと思える。
けれど、それなら昨日の吸血は何だったのか。
恭介はこちらが気付いていないと思い込んでいるようだが、伸びた犬歯が首筋に刺さり喉を鳴らして血を飲まれる際の感覚は何にも例え難いエクスタシーを伴うのだ。自分が吸われた事が無いから恭介は知らないのだろうが、あれで気付かない奴は余程鈍いか初めて吸われて訳が分からない奴くらいのものだろう。
声を出してしまいそうなのを必死で堪えて眠ったままのふりをしたが、そんな自分の側はともかく恭介は三年以上も血を吸わずにいられたのに、何故ここにきて自分の血を求めたのか。
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