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第21話
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「病院……何処だか分かるかな?」
「それくらいは任せておけ」
素早く恭介は携帯を操作し県警本部の元同僚にメールを送る。すぐに返事が来て梅谷組若頭の西山が入院している病院が判明した。高城大学付属病院、ここからタクシーなら三十分だ。
「上手く行けば今里の顔色が窺えるかも知れんな」
薫の心配はさておき、若頭の見舞いにかこつけて恭介は敵をじかに見たいらしい。
ともあれ動くことが決まり、タクシーを呼んでから恭介はダークスーツのジャケットを、薫は紺のジャケットを羽織った。そこで薫はグロックを恭介に差し出す。
「もしものときには、あんたの方が有効に使ってくれそうだから」
「構わんが、病院に張っているサツカンに職務質問されないのを祈るばかりだな」
「大丈夫、僕はスペアマガジンを担当するから。連行されるときも一緒だよ」
室内の火元だけ確認して玄関で靴を履いた。薫は恭介を見上げてキスをねだる仕草をする。それを見下ろして恭介は切れ長の目を眇めた。あいつといったい何処まで似ているのか。
『そんな、二人きりのときまで照れなくてもいいじゃないか』
笑みを含んだ声が幻聴レヴェルで再生され、黒髪の頭を振って現実感を取り戻す。少し屈むと薫の柔らかな色素の薄い髪を払い、素早く白い額に唇を押しつけ背を向けた。
「遅くなりすぎる前に行くぞ」
エレベーターで一階に降り外に出ると、もうタクシーは待っていた。ここで樫原組のチンピラに弾かれては敵わないのでさっさと乗り込む。ドライバーに「高城大学付属病院まで」と告げると、やや交通量も減った大通りをタクシーは快調に走り始めた。
「今里がいたら、どんな顔をするだろうね?」
「作るのに長けたあのタイプは、そう簡単に普段の顔を崩さんだろう」
「そっか。じゃあ本当に顔見せ、それだけだね」
「顔見せはいいが、お前は今里に積極的に近づくなよ」
「弱みを見せるなってこと? それくらいは分かってるよ」
弱みという言葉が薫の口から出て、思い至った恭介は訊いてみた。
「薫、お前の親御さんはどうしてる?」
「それなら心配無用。僕を勘当したあと、北海道に移住して住所も知れないから」
「そうか、ならいい」
「そう言う恭介こそ、ご両親は?」
「健在だが、それこそ極道な生活の息子に呆れて放置されている。お前と変わらん」
残り二十分を互いの家族がテーマの雑談に費やしながら高城大学付属病院まで辿り着く。もう病院の表門は締められていたため、大通りの路肩にタクシーは駐まった。恭介が料金を支払って領収書を貰い二人は降車した。
降り立った歩道は濡れていたが雨は幸い上がっている。
火急のことで組のお抱え医師に掛かれなかった梅谷組の若頭は、ここの外科病棟六階にある特別室の六〇二号室に入院している筈だった。二人は連れ立って歩き出す。
病棟も面会時間を過ぎ、二人は救急外来入り口から施設内に入り込んだ。外科病棟のエレベーターに乗ると明らかに薫が身をこわばらせる。緊張に硬くなった薄い背を恭介はゆったりと叩いてやった。
見上げた薫が少し歪んだ薄い笑みを返してくる。
何事もなく六階に着いた。ここまで警官に出会うことなくこられたのは幸いだったがナースステーションの前と廊下の先、六〇二号室の辺りには制服警官がしっかり仁王立ちしていた。訪問者がバンカケされ身体検査を受けるのは避けられないらしい。
「どうするの、恭介?」
「日頃の行いがいいからな。……おい、坂崎に吉田か!」
声を掛けられた制服警官は恭介を認めると相好を崩して挙手敬礼した。
「時宮さんじゃないですか。お久しぶり、お元気そうですね」
それは県警組対の刑事時代に馴染みだった警備部の巡査たちだった。ひとしきり互いの現状報告のし合ったのち、恭介はおもむろに切り出した。
「六〇二の特別室、梅谷の西山が入っているだろう。覗かせて貰えないか?」
「あ、もしかして時宮さん、また愛人からの浮気調査依頼ですか?」
「じつはな。だがそんなものをまともに調査するほど俺も馬鹿じゃない。一夫多妻がスタンダードのヤクザが浮気なんぞ馬鹿げているからな。そこらを西山本人と打ち合わせだ、頼む」
「じゃあ今度奢って下さいよ?」
「ああ、分かった。恩に着る」
片手で拝む手振りをした恭介は警官二名の先導付きで六〇二号室を訪問できることになった。探偵助手という即席称号を得た薫も涼しい顔で同行している。
「やっこさん、寝ているかも知れませんよ?」
そう言いながら坂崎巡査が六〇二号室の前に立っていた警官らと敬礼し合い、ぼそぼそと小声で何事か囁いた。囁かれた警官の一人が心得たように頷き、無造作にドアをノックする。
中からの短い応えを待って恭介と薫は入室した。
入ってすぐにパーテーション、それを避けて歩を進めると、いかにもといったチンピラが四人も立ち塞がったが薫を見て反射的に頭を下げる。どうやら樫原組が召集した怪我人のガードらしい。ここでは薫も鷹揚に頷いて見せた。中には知った顔もいたようだ。
チンピラガードが退くと奥には当然ながらベッドがあり、点滴をされながら手や顔に包帯を巻きガーゼを貼り付けた浴衣姿の巨漢が横になって眠っている。
更にその奥には簡素な応接セットがあって、男が三人向かい合い腰掛けていた。
「おや、これはこれは。薫さんじゃないか。こんな所で奇遇だね」
おどけたような声を発した男、ツーポイントの眼鏡を掛けて余裕の笑いを洩らした今里は、立ち上がって自分の座していた二人掛けソファを薫と恭介に勧める。しかし薫は意のままに動かないという意志を示すため、ソファに近づいたが座ることはしなかった。
「その節はお世話になりました」
「もっとお世話をしたいのだが、約束を破られては思うようにいかなくてね」
「僕は約束なんかした覚えはありません」
堅い口調の薫は神経を張り詰めている。これ以上は無理だと断じた恭介は一歩前に出た。自分より長身の男を見上げた今里は口許の笑いを歪めた。
「薫さん、私との約束を忘れるほどの色男がこちらかい。どなただったかな?」
軽く言いつつ今里は薫や自分の手下にも鷹揚なところを見せようとしたのか、自分から恭介に右手を差し出して握手を求める。その手を数秒間じっと眺めてから恭介は自分も右手を差し出し今里と握手を交わした。
だがその手を握ったまま離さずに今里の目を真っ直ぐ見て言い放つ。
「今里敬一、俺を覚えている筈だ。きっと慌てて調べただろうからな。貴様に撃たれた傷の痛みも、相棒の死に顔も、俺は忘れたことはない」
「……ああ、そうそう。時宮さんだったかな。元・組対の刑事で今は探偵をしているという。だが妙な言いがかりは頂けないね」
食い縛った歯の隙間から絞り出したような恭介の低い声とは対照的に、あくまでここは軽くあしらうつもりのようで、今里はふざけているほど冷静な口調で相対する。
しかし握手したままの手には互いに力がこもり、それも徐々にエスカレートしていた。今里が力を入れたら、それを上回る力で恭介は今里の右手を握る。
けれど恭介側は吸血鬼の馬鹿力だ。殺人者でも人間の今里が敵う訳もない。
今や、今里は手下の前で冷静なフリを保つのに必死な筈だった。それが証拠に涼しげな顔が僅かに歪み、脂汗が噴き出している。
震え出しそうな声を何とか抑えながらも今里はポタリと一滴、床に汗を垂らした。そうしつつ、なけなしの見栄を張って上から目線の物言いをする。
「こ、困窮した挙げ句に薫さんを抱き込んだのはいいが、こんな所にまで出張って身に覚えのない罪を着せた挙げ句にカネの無心に来るとは、み、身の程知らずもいいところだ。今日だけは見逃すから帰りたまえ」
更に手に力を込めて恭介は返した。
「俺は見逃さない、そう言ったらどうする?」
「そ、その腹に呑んだものをぶっ放して私は殺れても、外のサツカンに現行犯逮捕されるだけだろう。私を強請るような真似をしながら損得勘定すらできない訳ではあるまい。ああ、薫さんの映像データをここに置いていくなら、この場で私が小切手を振り出してもいいが、どうかな? い、い、いや、ただの寄付だがね」
黙って力比べに挑まされながらも今里は、ここにきて薫が元組対の刑事を味方に付けたことでUSBメモリの動画ラストのURLがバレると拙いと気付いたのだろう。
だが気付いたことに恭介も気付かせたりはしない。
「残念ながら証拠品を持ち歩くほどマヌケじゃない」
「そそそそれは本当に残念だ。と、ところで時宮さん、しょ、しょ、証拠品を見たキミは薫さんを、だだだ抱いたのかい?」
その科白に薫が肩をビクリと震わせた。その震えを恭介が左手で押さえ付ける。
「抱いた、としたらどうする?」
その刹那ツーポイント眼鏡の奥の目が笑いを消した。代わりに浮かんだのは陰火の如き暗い感情で、たった一瞬だけ閃いたそれを恭介は瞋恚だと見取る。自分に恭順を示さない者への怒りと、薫を抱いた恭介への嫉妬であった。
少なくとも映像データの中で今里が言った科白の『目的は薫さん』部分のみは本当だったらしい。明らかに今里は薫に対して愛情の一種を持ち得ているのである。
なるほど、と思った恭介はずっと『握手』していた右手に軽く力を入れた。その拍子に病室には不似合いな「パキャッ!」という軽快な音が響く。おもむろに恭介は脂ギッシュで気持ち悪い今里の手を振り払う。
「うっくっ……!」
小さく呻いた今里は右手小指を押さえ隠しているが、オヤジ臭い脂汗がダラダラと床に流れ落ちていた。どうやら右手小指が恭介の馬鹿力に耐え切れず折れたらしい。
「それくらいは任せておけ」
素早く恭介は携帯を操作し県警本部の元同僚にメールを送る。すぐに返事が来て梅谷組若頭の西山が入院している病院が判明した。高城大学付属病院、ここからタクシーなら三十分だ。
「上手く行けば今里の顔色が窺えるかも知れんな」
薫の心配はさておき、若頭の見舞いにかこつけて恭介は敵をじかに見たいらしい。
ともあれ動くことが決まり、タクシーを呼んでから恭介はダークスーツのジャケットを、薫は紺のジャケットを羽織った。そこで薫はグロックを恭介に差し出す。
「もしものときには、あんたの方が有効に使ってくれそうだから」
「構わんが、病院に張っているサツカンに職務質問されないのを祈るばかりだな」
「大丈夫、僕はスペアマガジンを担当するから。連行されるときも一緒だよ」
室内の火元だけ確認して玄関で靴を履いた。薫は恭介を見上げてキスをねだる仕草をする。それを見下ろして恭介は切れ長の目を眇めた。あいつといったい何処まで似ているのか。
『そんな、二人きりのときまで照れなくてもいいじゃないか』
笑みを含んだ声が幻聴レヴェルで再生され、黒髪の頭を振って現実感を取り戻す。少し屈むと薫の柔らかな色素の薄い髪を払い、素早く白い額に唇を押しつけ背を向けた。
「遅くなりすぎる前に行くぞ」
エレベーターで一階に降り外に出ると、もうタクシーは待っていた。ここで樫原組のチンピラに弾かれては敵わないのでさっさと乗り込む。ドライバーに「高城大学付属病院まで」と告げると、やや交通量も減った大通りをタクシーは快調に走り始めた。
「今里がいたら、どんな顔をするだろうね?」
「作るのに長けたあのタイプは、そう簡単に普段の顔を崩さんだろう」
「そっか。じゃあ本当に顔見せ、それだけだね」
「顔見せはいいが、お前は今里に積極的に近づくなよ」
「弱みを見せるなってこと? それくらいは分かってるよ」
弱みという言葉が薫の口から出て、思い至った恭介は訊いてみた。
「薫、お前の親御さんはどうしてる?」
「それなら心配無用。僕を勘当したあと、北海道に移住して住所も知れないから」
「そうか、ならいい」
「そう言う恭介こそ、ご両親は?」
「健在だが、それこそ極道な生活の息子に呆れて放置されている。お前と変わらん」
残り二十分を互いの家族がテーマの雑談に費やしながら高城大学付属病院まで辿り着く。もう病院の表門は締められていたため、大通りの路肩にタクシーは駐まった。恭介が料金を支払って領収書を貰い二人は降車した。
降り立った歩道は濡れていたが雨は幸い上がっている。
火急のことで組のお抱え医師に掛かれなかった梅谷組の若頭は、ここの外科病棟六階にある特別室の六〇二号室に入院している筈だった。二人は連れ立って歩き出す。
病棟も面会時間を過ぎ、二人は救急外来入り口から施設内に入り込んだ。外科病棟のエレベーターに乗ると明らかに薫が身をこわばらせる。緊張に硬くなった薄い背を恭介はゆったりと叩いてやった。
見上げた薫が少し歪んだ薄い笑みを返してくる。
何事もなく六階に着いた。ここまで警官に出会うことなくこられたのは幸いだったがナースステーションの前と廊下の先、六〇二号室の辺りには制服警官がしっかり仁王立ちしていた。訪問者がバンカケされ身体検査を受けるのは避けられないらしい。
「どうするの、恭介?」
「日頃の行いがいいからな。……おい、坂崎に吉田か!」
声を掛けられた制服警官は恭介を認めると相好を崩して挙手敬礼した。
「時宮さんじゃないですか。お久しぶり、お元気そうですね」
それは県警組対の刑事時代に馴染みだった警備部の巡査たちだった。ひとしきり互いの現状報告のし合ったのち、恭介はおもむろに切り出した。
「六〇二の特別室、梅谷の西山が入っているだろう。覗かせて貰えないか?」
「あ、もしかして時宮さん、また愛人からの浮気調査依頼ですか?」
「じつはな。だがそんなものをまともに調査するほど俺も馬鹿じゃない。一夫多妻がスタンダードのヤクザが浮気なんぞ馬鹿げているからな。そこらを西山本人と打ち合わせだ、頼む」
「じゃあ今度奢って下さいよ?」
「ああ、分かった。恩に着る」
片手で拝む手振りをした恭介は警官二名の先導付きで六〇二号室を訪問できることになった。探偵助手という即席称号を得た薫も涼しい顔で同行している。
「やっこさん、寝ているかも知れませんよ?」
そう言いながら坂崎巡査が六〇二号室の前に立っていた警官らと敬礼し合い、ぼそぼそと小声で何事か囁いた。囁かれた警官の一人が心得たように頷き、無造作にドアをノックする。
中からの短い応えを待って恭介と薫は入室した。
入ってすぐにパーテーション、それを避けて歩を進めると、いかにもといったチンピラが四人も立ち塞がったが薫を見て反射的に頭を下げる。どうやら樫原組が召集した怪我人のガードらしい。ここでは薫も鷹揚に頷いて見せた。中には知った顔もいたようだ。
チンピラガードが退くと奥には当然ながらベッドがあり、点滴をされながら手や顔に包帯を巻きガーゼを貼り付けた浴衣姿の巨漢が横になって眠っている。
更にその奥には簡素な応接セットがあって、男が三人向かい合い腰掛けていた。
「おや、これはこれは。薫さんじゃないか。こんな所で奇遇だね」
おどけたような声を発した男、ツーポイントの眼鏡を掛けて余裕の笑いを洩らした今里は、立ち上がって自分の座していた二人掛けソファを薫と恭介に勧める。しかし薫は意のままに動かないという意志を示すため、ソファに近づいたが座ることはしなかった。
「その節はお世話になりました」
「もっとお世話をしたいのだが、約束を破られては思うようにいかなくてね」
「僕は約束なんかした覚えはありません」
堅い口調の薫は神経を張り詰めている。これ以上は無理だと断じた恭介は一歩前に出た。自分より長身の男を見上げた今里は口許の笑いを歪めた。
「薫さん、私との約束を忘れるほどの色男がこちらかい。どなただったかな?」
軽く言いつつ今里は薫や自分の手下にも鷹揚なところを見せようとしたのか、自分から恭介に右手を差し出して握手を求める。その手を数秒間じっと眺めてから恭介は自分も右手を差し出し今里と握手を交わした。
だがその手を握ったまま離さずに今里の目を真っ直ぐ見て言い放つ。
「今里敬一、俺を覚えている筈だ。きっと慌てて調べただろうからな。貴様に撃たれた傷の痛みも、相棒の死に顔も、俺は忘れたことはない」
「……ああ、そうそう。時宮さんだったかな。元・組対の刑事で今は探偵をしているという。だが妙な言いがかりは頂けないね」
食い縛った歯の隙間から絞り出したような恭介の低い声とは対照的に、あくまでここは軽くあしらうつもりのようで、今里はふざけているほど冷静な口調で相対する。
しかし握手したままの手には互いに力がこもり、それも徐々にエスカレートしていた。今里が力を入れたら、それを上回る力で恭介は今里の右手を握る。
けれど恭介側は吸血鬼の馬鹿力だ。殺人者でも人間の今里が敵う訳もない。
今や、今里は手下の前で冷静なフリを保つのに必死な筈だった。それが証拠に涼しげな顔が僅かに歪み、脂汗が噴き出している。
震え出しそうな声を何とか抑えながらも今里はポタリと一滴、床に汗を垂らした。そうしつつ、なけなしの見栄を張って上から目線の物言いをする。
「こ、困窮した挙げ句に薫さんを抱き込んだのはいいが、こんな所にまで出張って身に覚えのない罪を着せた挙げ句にカネの無心に来るとは、み、身の程知らずもいいところだ。今日だけは見逃すから帰りたまえ」
更に手に力を込めて恭介は返した。
「俺は見逃さない、そう言ったらどうする?」
「そ、その腹に呑んだものをぶっ放して私は殺れても、外のサツカンに現行犯逮捕されるだけだろう。私を強請るような真似をしながら損得勘定すらできない訳ではあるまい。ああ、薫さんの映像データをここに置いていくなら、この場で私が小切手を振り出してもいいが、どうかな? い、い、いや、ただの寄付だがね」
黙って力比べに挑まされながらも今里は、ここにきて薫が元組対の刑事を味方に付けたことでUSBメモリの動画ラストのURLがバレると拙いと気付いたのだろう。
だが気付いたことに恭介も気付かせたりはしない。
「残念ながら証拠品を持ち歩くほどマヌケじゃない」
「そそそそれは本当に残念だ。と、ところで時宮さん、しょ、しょ、証拠品を見たキミは薫さんを、だだだ抱いたのかい?」
その科白に薫が肩をビクリと震わせた。その震えを恭介が左手で押さえ付ける。
「抱いた、としたらどうする?」
その刹那ツーポイント眼鏡の奥の目が笑いを消した。代わりに浮かんだのは陰火の如き暗い感情で、たった一瞬だけ閃いたそれを恭介は瞋恚だと見取る。自分に恭順を示さない者への怒りと、薫を抱いた恭介への嫉妬であった。
少なくとも映像データの中で今里が言った科白の『目的は薫さん』部分のみは本当だったらしい。明らかに今里は薫に対して愛情の一種を持ち得ているのである。
なるほど、と思った恭介はずっと『握手』していた右手に軽く力を入れた。その拍子に病室には不似合いな「パキャッ!」という軽快な音が響く。おもむろに恭介は脂ギッシュで気持ち悪い今里の手を振り払う。
「うっくっ……!」
小さく呻いた今里は右手小指を押さえ隠しているが、オヤジ臭い脂汗がダラダラと床に流れ落ちていた。どうやら右手小指が恭介の馬鹿力に耐え切れず折れたらしい。
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