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第16話

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 低い掠れ声を絞り出した恭介に驚いたのか、薫が振り向いて見上げてくる。何でもないと首を振って見せながら映像の残り二十分を見終える。

 映画やドラマでもないので当然ながらクレジットも流れず黒い画面が続いて切れるかと思いきや、ふいに画面に文字列が映った。瞬くように緑色に光る文字列はたった三秒ほどで消え、再び黒い画面に戻ってデータは終了した。
 
 思わず恭介は薫と顔を見合わせた。メッセージの如き文字列はURLだった。

「見覚えはあるか? ……いや、一瞬だったしな」
「見覚えはないけど、そこだけもっかい再生してみようよ」

 そこで黒い画面を映して逆再生してみたが、何度試してみても二度とあのURLが現れることはなかった。
 何かのサイトへの誘導なのは確かだろうが、チャリティ餅つき大会への招待状などではなく、何れにせよ良からぬ事には違いない。長ったらしく意味を持たない文字列を覚えきれなかった恭介は悔しさに片頬を僅か歪める。

 おそらくこれは最初から「URLが一度だけ表示されるので見逃さないように」という注意と共に「URLのサイトに誘導したい者たち」へ配られたのだ。そのために表向きは「仲間内だけで愉しむAV」で押し通せるよう、身内ともいえる梅谷組の石動薫を主演に使ったのだろう。

 ここで素人の女性でも使った日には別の罪で検挙されてしまう恐れがあるからだ。

 なるほど、わざわざ薫を騙し酔わせてまで嬲り、録画した理由がこれで恭介には分かった。だが惜しむらくは一度きりの表示で消えたURLである。これだけ入り組んだ秘密にするほどのシノギだ。動画に今里自身も出演したということは、幹部らしき他の男たちもチンピラに見えた奴らも含めて今里の子飼いなのだろう。

 全て今里が仕切っていると考えられるこのシノギは、恭介の勘では半端でないカネが動く。今どきヤクザがヤクザを相手にして儲かる訳もない。つまり素人にカネを吐き出させるタイプの取引だ。

 返す返すも恭介はURLを流し見てしまい欠片も覚えていないのを悔やむ。

 あいつを殺し、この自分をも撃った本ボシと知れた今里の悪事を暴く鍵だったかも知れないのだ。もしかしたらUSBメモリにある種のウイルスでも仕込まれていてノートパソコン自体が感染し、再生した動画を端から消してゆくシステムにでもなっているのかも知れない。

 USBメモリを抜くと恭介はアンチウイルスソフトを立ち上げてウイルススキャンさせ始めた。そうして機械的に指を動かしながらも思考は何とかURLを思い出そうとしている。だが実際、覚えようとした訳でもない文字列を思い出すことなど不可能だった。

 しかし黙ってノートパソコンに向かっていると薫がポツリと言う。

「覚えてるよ」
「……まさか、さっきのURLを、か? 冗談だろう」
「記憶力ってゆうか映像記憶には自信があるんだ。お蔭で僕は博打に強いんだよ。でさ、忘れる前に書いておきたいんだけどいいかな」

 まずはアンチウイルスのスキャンが走っているノートパソコンのメモ帳を立ち上げて薫が記憶していたURLを打ち込み保存した。次にノートパソコンがウイルスでダメになった時のために恭介が探し当てた古はがきの余白にもボールペンでURLを書いておく。恭介が確かめたが打ち込みと手書きの文字列は見事に一致していた。

「大したものだ。博打以外にも使い処はあるだろう」
「今、使ったじゃん」
「そういうのとは違ってだな……」

 言い淀んだ恭介はアンチウイルスソフトが停止したのに気付き『ウイルス未検出』を確かめて、どういう仕組みでURL部分の動画のみ消したのかを考えるのを放棄する。薫のお蔭で鍵が手に入り、ノーパソも無事だったのだからそれでいい。

 それよりも考えるべきこと、やるべきことができたのだ。

 ただ恭介はURLのサイトを閲覧するのは薫と一緒ではなく自分一人でするべきだと思っていた。それこそサイトは恭介の予測を裏切り、薫のような目に遭う者たちの動画で溢れているかも知れない。確認し安全で、なお薫が興味を持つなら見せてやればいいのだ。
 そうして右手一本でノーパソを片付けようとした恭介の左手を薫が掴む。

「どうした、薫。離してくれ」
「ねえ……あんな僕を見て、どう思った?」
「どうもこうもない、お前は犯罪被害者だ」

 淡々と恭介は言ったのち映像の中の薫に己の躰が反応してしまった事実も認める。

「すまん、抑えきれなかった。傷つけたなら許してくれ」

 目を逸らして立ち上がろうとするも薫は恭介の左手に両手で縋って離さなかった。

「傷ついてなんかいないよ。でもさ、嫌いになってないのなら証拠を見せて」
「証拠って……お前は自分で何を言っているのか、分かってるのか?」
「恭介こそ、自分がどんな目をしてるのか、気付いてるの?」

 思わずまともに薫を見返してしまう。微笑んだ薫は歌でも口ずさむように言った。

「そんな色っぽい目ぇしてさ、恭介は僕が欲しくないのかなあ?」
「欲しい欲しくないの問題じゃない。マル害に――」
「――あんたはもう刑事じゃないよ。だからそのURLだって独り占めするのは感心しないなあ。それは『僕の秘密』から出てきたんだからね」

 正論では効き目がなさそうだと見取った恭介は『子供の喧嘩だ』と思いつつ言う。

「薫。お前には俺が吸血する特異体質の秘密を告げた。代わりに『僕の秘密』とやらを俺に寄越した。ならURLだって俺に寄越したも同然だろう?」
「うーわっ、理詰めで封じるなんて、やな感じ。このオッサン、盗撮魔、黒ずくめのヘンタイ! それに、ええと……」

 罵倒語のバリエーションを模索し始めた薫に恭介は呆れると同時に、それだけ言う元気があるなら何とでもなるだろうと思い直してノーパソを再びベッド上にセットした。立ち上がるまでの間に薫の様子を窺うが、怖いもの見たさといった風でもなく、ただただ興味津々なだけに見える。

 チンピラとはいえ似合わないなりにヤクザを張っていたのだ、それなりに胆も据わっているらしい。URLのサイトを見た後も同じ態度であって欲しいものだと恭介は思う。また発作でも起こされたら割を食うのはこちらだ。
 ブートしたノートパソコンのブラウザを立ち上げるとベッド上で座り直した薫がためらいなく先程のURLを打ち込んだ。エンターキィでサイトに飛ぶ。

「何これ、映画の時限爆弾みたいだね」

 確かに薫は上手い表現をしたと恭介も思った。画面全体が黒く中央にデジタル時計の表示だけがあって、それで示された数字は一秒一秒減り続けている。つまり黄緑色に光る数字の時間のような表示は00:00に向かっているらしいのだ。

「計算上は明日の21時ジャストにゼロになる、と」
「ねえねえ、恭介。明日の夜九時に見なきゃだよ、これは。僕の睨んだとこでは今里が秘密の取引するんだ。それを押さえたら僕も今里の弱みを握れる!」

「単純故に幸せそうで結構だな」
「何だよ、それは。他の可能性があるなら言えばいいだろ!」

 溜息をついた恭介は予測したことを噛んで含めるように説明する。

「第一にお前にも見られるURLは一瞬で消えたがお前が覚える可能性もあった。そんなものにダイレクトに危ない取引の現場たるサイトなど載せない。おそらくこれは誘導するためのタダの入り口に過ぎない。だから明日夜九時になってから正体を確かめるしかない」
「うーん、まあ、そうかもね。で、第二は?」

「隠しても仕方がないから言うが……薫、お前のこの動画を撮ったのは目的じゃなく手段だ。『いい動画を手下が撮らせてくれた』という触れ込みで、ごく限られた上客にのみ、このUSBメモリの複製を配るためにな」

 聞いているうちに薫の目に再び恐怖の色が蘇り、喚き出していた。

「なっ、何だって僕でそんな……そのためにあんな、あんなことまでっ……!!」
「落ち着いてもう少し聞け。もし他人に見られたら無修正は違法だ。通報される可能性が出てくる。だが『手下の了解の許』『仲間内だけで愉しみ』『売買はしない』となると立件はかなり難しくなる」

「そう……なんだ?」
「残念だがな。あとでお前自身が訴え出ても、何せ梅谷組は樫原組の下位団体で言うがままなのが事実だ。今里が『梅谷組が足りない上納金代わりに石動薫を本人同意の上で差し出した』と言い張れば『今更本人が気を変えて』訴え出ても無駄だろう」

「……」
「そしてそこまでして『仲間内のみで愉しむ動画』を撮りたかったのは勿論、URLを上客に広めるため。つまりURLのサイトは入り口に過ぎんが、その先こそ途轍もなくデカい取引だぞ、おそらくはな」

 話をちゃんと理解したらしく薫は呟く。

「じゃあ、どんどん複製して僕の動画が一般に広まるってことはないんだね。ただ、今里が『上客』と見込むような奴らには『おまけ』として見られるんだ……」
「だが決して日の目を見るような所には流出しない」
「そう。有難くて涙が出るよ……大取引のネタ、通報するの?」

「まだ不確定事項だ。通報しても一緒に数字が減るのを眺めるだけだ」
「その先を見せるべきじゃないの、元・組対の刑事さんは」

 あいつを殺して自分を撃った仇が今里だと知れたのだ。答えを保留して恭介はノートパソコンを持つとリビングに移動しテーブルに置き、ブラウザのカウントダウンを表示させたままコンセントにプラグを接続した。これでバッテリ駆動ではなくなり、ずっと表示させたままでいられる。

 そのままリビングで煙草を一本ゆっくりと吸い、ニコチンをチャージしてから冷蔵庫のスポーツドリンクの2リットルペットボトルを手に寝室に戻った。
 薫は目を赤くしていたがペットボトルを傍のシーツにドスンと置くと訊いてくる。

「グラスは?」
「洗い物を増やすな」
「どうせ洗浄機じゃんか」

 文句を言いつつもペットボトルのキャップを開けてラッパ飲みし始めた。豪快に三分の一以上を飲み干してキャップを締め、ナイトテーブルに置くと両腕を開く。

「ほら。僕を抱きたいんじゃないの、ねえ?」
「……」

「僕は好みじゃない? でも勃つもん勃ってたよね、さっき。僕はさ、無理矢理メチャメチャにヤラれちゃっただけで男なんかごめんなんだけどさ……ヤラれっ放しなんか嫌で、それくらいなら自分で選んだ男にヤラれる方が、ずっと……マシ……で」
「もういい、薫……分かった」
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