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第39話

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「ところで荷は武器なんだよね。取引相手は何者なのかな?」
「ベンヌでも中立地帯、NZと呼ばれるニュートラルゾーンに暮らしていない中立派が少しはいる。そいつらがアルゴー・シャタン問わず補給兵士に渡りをつけているんだ。勿論クレジットは支払うが、アルゴーの攻撃に備えて武器を溜めてる俺たちに、微々たる額で回してくれるのさ」
「ふうん、正規兵が武器の横流しねえ」

 巡り巡って対アルゴーに使われる可能性があるというのに、何処にでも悪さをする人間はいるものだ。総本山から遠く離れた戦場ということもあろうが、資本主義に於いてカネはどんなに固い宗教戒律の結び目でも解くチカラを持っているらしい。

「で、降りるなりガチの戦場真っ只中じゃねぇだろうな?」

 これにはフランシスが白い歯を見せる。

「今はアルゴーの戦勝ムードが横溢しているからな、戦況も小康状態だとこちらの中立派から聞いている。シャタン側のゲリラ兵もかなり大人しくなったって話だ」
「ふうん。それなら誰かサンがナニかにストライクすることは……ゲホン、ゴホン」

 再びの舌禍で鉄壁のポーカーフェイスで見つめられたが、そのとき艦内放送が入り、第四惑星ベンヌ第一宙港への到着を告げられてハイファは助かった。

「さてと、先にあんたらの足を探すことにするか」

 フランシスに促されて皆が腰を上げる。部屋を出て通路を歩きながらハイファが訊く。

「この星でも惑星警察に追われるなんてことはないよね?」
「正式に星系内指名手配された訳でもねぇから大丈夫だろ。それに捕まったとしても差し出すべき真犯人は手の内にあるからな」

 などというシドの安請け合いにジョンが嫌な顔をした。
 ともあれ今度は堂々と全員がメインエアロックから出る。
 外に降り立つと穏やかな風がシドの頬を撫で、長めの前髪を揺らした。

 薄い水色の空には僅かに刷毛で掃いたような雲があるのみ、宙港面に燦々と恒星アピスの光が降り注いでいる。敷き詰められた白いファイバブロックの照り返しで少々目の底が痛いくらいだったが、日差し自体は優しく体感温度も丁度いい。

 なるほど、これがアルゴー・シャタンともに欲しがった星かとシドは深呼吸した。

 明るさに慣れた目で見渡すと、何十隻もの貨物艦や軍艦が停泊していて、それらの間をリフトコイルが連なり行き交っている。タイタンなどとは比肩のしようもないが、かなりの活気でシドは戦時特需という言葉をまた思い出した。

「これなら簡単に乗り継ぎ便も見つかりそうだな」
「そうだね、旅客艦じゃなく貨物艦になるだろうけど。正規? 個人交渉?」
「厄介事のネタは沢山だ、いけるなら正規の方にしようぜ」

 ここで管制との通信を無線ハックして星系外便を探し、個人交渉して乗ることも可能だが、荒っぽい宙艦乗りたちと料金その他の折り合いがつかずトラブルになるのも避けたい。ここは大人しく宙港ビルでチケットを購入した方が無難だろう。

 ということで丁度やってきた大型コイルに全員が乗り込んだ。オートプログラミングであちこちの宙艦を巡ってメインビルに運ぶリムジンコイルだ。
 運ばれたビルは七階建てと低かった。規模もあまり大きくはない。それに本来の建物の所々にテラ連邦規格のユニット建築が組み込まれている上に一部外装は補修工事中である。フランシスに依れば戦災で欠けた部分を埋めているという話だった。

 つぎはぎのようなビルのロータリーからエントランスをくぐる。星系内便なので面倒な通関もなく二階が出航便専用ロビーということで、ぞろぞろとオートスロープで上がった。
 二階は案外閑散としていた。貨物艦関係者はチケットなど買う必要もないからだろう。乗り継ぎのインフォメーションも3Dホロが一ヶ所、中空に浮かんでいるだけだ。

「ええと、ダンテ星系ミアル行きにミネルヴァ星系ジュノン行き。どれもタイタン直行どころかワープ三回以上かあ。一泊二日の旅になりそうだよ」
「仕方ねぇな、何処でもいいから取っちまえよ」

「まあ、星系外便がこんなにあるだけラッキィだもんね」
「あんたらに俺たちの世話は要らないようだな」

 笑いながらフランシスとマクナレンは、それでもチケットの自販機まで付き合ってくれた。

「じゃあ、ダンテ星系ミアル行きで……あ、発振だ」

 間を置かずにシドのリモータも震え出す。二人はいつも通りの【任務完遂を祝す】という別室通信を見るために同時に操作した。小さな画面を注視する。

【中央情報局発:アピス星系第三惑星ザイラに於いてシャタン教最高指導者ヘクター=シャタンに渡った軍資金十二兆クレジットの回収に従事せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】

「って、何なんだよコレはっ!」

 シドは喚いてハイファを睨み付けたが、ハイファはハイファで遠い目をして表情を失くしていた。真っ白に燃え尽きたという風情だった。
 だからといって黙っていられず、シドは憤懣やるかたなく別室員を責める。

「どんな無茶振りだよ、ふざけんな! お前の上司がイカレポンチじゃねぇか!」
「うーん、僕も色々と心配になってきちゃったかも」
「そんな裏金を誰が素直に『はい、お返しします』って言うと思ってんだよ!」
「だよね……」
「それにこいつは――」

 と、シドはジョンを指し、

「どうすんだよ、連れて歩けってか?」
「あ、それに関しては迎えがくるって書いてあるよ」
「どれ……何だ、ここまで別室員がくるのか。ならそいつにカネの回収をさせて、俺たちが代わりにジョンを本星まで連行しようぜ」

 それができればどんなに楽だろうとハイファはまた遠い目になっている。

「くそう、バカにしやがって!」

 吐き捨ててシドはロビーフロア内を見渡した。気を落ち着けるために探したのは勿論、喫煙ルームだ。フロアの一角に見つけて直行する。事情を呑み込めないフランシスたちにハイファが適当な話をして誤魔化し、彼らとは喫煙ルームの前で握手をして別れた。

 喫煙ルームは狭くてベンチもなかった。ただ透明な壁越しに数キロ離れて、星系首都ラスカが結構な威容で都市を形成しているのが見えた。 
 さっさとシドは煙草を咥える。ハイファとジョンはリモータ操作だ。

 紫煙を吐きながらシドは外を眺めた。都市までの間は森の緑が埋めている。その中に墜ちた大型戦艦が斜めに突っ込んでいた。かなり前のものらしく錆色に変色している。
 チェーンスモーク三本目でやっと不機嫌な声を押し出した。

「で、迎えの別室員とやらは、いつくるんだよ?」
「んーと、ドルテに潜入してた別室員がこのベンヌの第二宙港には着いてるんだって。向こうを七時半に定期BELで発ってる筈、三千キロくらいしか離れてないから、もうすぐ」
「俺たち以外にもドルテに別室員がいたってのか? なら最初から全部、何でそいつにやらせねぇんだよ!」

「僕に言われてもね。あ、貴方お腹が空いて苛立ってるんでしょ?」
「そういう問題じゃ……もういい!」

 愛し人に本気で吼えられ、ハイファは首を竦めるしかない。

「……ねえ。本当にお腹、空いてないの?」
「空いてるに決まってるだろ」
「一階に軽食のフードコートみたいなのがあったよ。そこでお迎えを待たない?」

 三本分の煙を充填したシドに否やはなく一階にオートスロープで降りた。
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