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第26話

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 部屋は本当に高級マンションの一室のよう、ただ当然ながらベッドだけが大きい。
 結構美人の女性は冷蔵庫を開けながらハイファに苦笑してみせる。

「わたしも霞んじゃうくらいの美人さんね。何か飲む?」
「あ、冷たいコーヒーがあれば」

 保冷ボトルのコーヒーを手渡され、立ったまま開封して口をつけた。女性もハイファに合わせたのか、ベッドに腰掛けてコーヒーを飲み始める。そうして不思議そうに訊いた。

「貴方たちなら女性なんて黙ってても寄ってくるでしょう、何故こんな所にきたのかしら?」
「うーん、せっかく観光にきたから、ハメを外したかった。なんてのはどうかな?」
「そう。あら、ごめんなさい、詮索するのはマナー違反だわね。座らないの?」

 促されて示されたベッドではなく、ハイファはソファに腰掛けた。

「ところで訊きたいんだけど、九階に特別なお客がいるって本当かな?」

 聞いた女性は不審な顔をするかと思えば、柳眉を逆立てて吐き捨てるように言う。

「ステファンたちね! あいつら、ジョスに幾ら払ってるのか知らないけれど、大きな顔をして昼間からタダでわたしたちを呼びつけるの、鬱陶しくて堪らないわ!」
「ジョスって、ジョスリーヌ?」

「そうよ、フロントに座ってる婆さんのこと。一緒に見張ってるベレッタの奴らも、ステファンたちを咎めないし、やりたい放題なの。お蔭でみんな、昼間もゆっくり眠れないのよ」

 ひとしきり女性の愚痴を聞いてやり、ハイファはいちいち頷いた。

「そっかあ。それで今日、ステファンたちが全部で何人か分かるかな?」
「五人よ、間違いないわ。でもレイクスがいるかどうかは分からない。いつも裏口から幽霊みたいに出入りするんですもの。得体の知れない男よ」
「ふうん、そうなんだ」
「ええ、気味が悪いわ。それでショートなら時間がなくなっちゃうわよ?」

 にっこりと笑った女性をハイファは素直に綺麗だと思ったが、客になっているヒマも、そんな気もない。丁度シドから内容のない発振が入って立ち上がった。

「悪いけど急用ができちゃって……コーヒー、ごちそうさま」

 女性は妙に淋しそうな顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻す。

「なあに、それ? でもいいわ、わたしも二時間ゆっくりできるもの」

 手を振ってハイファは部屋を出た。すると通路には既にシドが佇んでいる。シーリングライトで照らされた中、ハイファはシドの左手の甲にピンクのルージュがついているのを見逃さない。唇についたのを拭き取ったのだ。睨みつけると切れ長の目は泳ぐ。バタフライ並みだ。

「いや、だからさ、情報収集だって!」
「僕は何も言ってません」

 そこで八〇八号室からイリヤが出てきてシドは助けられる。イリヤと不満たらたらの顔をしたハイファを促して、シドはエレベーターではなく階段を上り始めた。

「五人だって言ってたよ。レイクス氏は不明」
「私はレイクス情報だ。二十一時頃にきて、出て行ったのは見ていないそうだ」
「九〇一から九〇三までが根城だが、夜は大概角部屋の九〇一でダベってるらしいぜ」
「全員が武装してると考えた方がいいよね」

 八階と九階の間の踊り場でスティーブと合流する。スティーブとイリヤは懐の銃を抜いて、薬室チャンバまで弾薬が装填されているのを確かめた。

「何口径で何発だ?」
「俺もイリヤも四十五口径ACPでチャンバ一発マガジン九発だ」
「僕は九ミリパラで十八発、シドは余裕で二百発超えてるからね」
「大した火力だが、ごく穏便に事情を聞くんだろう?」

「イリヤ、シドの言葉を真に受けちゃだめ。シドの穏便の範囲は宇宙並みの広さなんだから」
「ふん、予定は未定ってことだ。いいからさっさと終わらせるぞ」

 九階に上がってまずは九〇三号室の前に立つ。挟撃されたくないので手前の部屋から順にお邪魔するのだ。ハイファがリモータからリードを引き出してリモータチェッカに繋ぎ、コマンドを打ち込んで密かにロック解除する。グリーンランプが灯った。

 突入の基本通りスティーブがドア開け係、シドとハイファが銃を手に飛び込む。背中合わせで室内を全方位警戒、スティーブが続いてラストは後方を警戒しつつイリヤが入った。

「っと、やっぱり誰もいねぇな」

 一応トイレやバスルームまで覗いてみたが、もぬけの殻である。同様に九〇二号室もルームクリアリングしたが、何の気配もなかった。
 本命の九〇一号室の前で四人は頷き合う。今度こそ本番、ハイファがリードをパネルに繋ごうとしたが、シドがそれを押し留めた。手にした巨大レールガンを持ち上げる。

「マスターキィならここにある、行くぞ!」

 次の瞬間、シドはマックスパワーのレールガンをドア上下の蝶番部分にぶちかましていた。ドアどころか建材に直径五十センチはあろうかという大穴が空く。

 ドアを蹴り飛ばして躍り込み、顔と頭を庇った対衝撃ジャケットの左腕に着弾のショックを受けながら一歩も退かず、速射で六発のフレシェット弾を叩き込んだ。同時にハイファもシドの肩越しにテミスコピーのトリガを引いている。こちらは速射で五射を放った。

 二秒と掛からず撃ち出された弾は、狙い違わずベッドやソファに腰掛けていた男六人にヒットしている。シドのフレシェット弾は全員の右肩をぶち抜き、洩れなく血飛沫を上げさせていた。一方でハイファはシドほど甘くなく、五人の腹に容赦ない血の華を咲かせている。

 六人の手放した銃にシドとハイファは駆け寄って蹴り飛ばし、距離を取らせた。
 瞬時に制圧したものの、スティーブとイリヤはドン引きしている。

「って、嘘だろう……?」

 呟いたスティーブは室内の惨状に呆然とし、イリヤは言葉もなく頭を振っていた。構わずシドとハイファはカードゲームをやっていたソファの四人を見て回る。
 四人全員がカードの散った床にずり落ち、殆ど意識のない状態だった。残るはベッドから転げ落ちた男と、ベッドに仰向けに倒れて藻掻く銀髪のレイクスである。

 二人は肩に被弾させただけのレイクスに近づき、シドが胸ぐらを掴んで引き起こした。

「テメェがFC会長の誘拐実行犯か?」
「……」

 幽霊みたい、気味が悪いと評された銀髪男が、脂汗を流しながらも強情に口を引き結んだのはセオリーだろう。そこでこちらもセオリー通りの行動に出てやる。ハイファが銀髪男の大腿部に銃口を押し付けて撃ち抜いたのだ。痛みにレイクスの顔が引き歪む。

 それでもハイファは容赦しない。淡々とレイクスに風穴を穿ってゆく。

「喋りたくなったらいつでも受け付ける。失血死する前をお勧めするぜ」

 レイクス氏の沈黙はそれほど保たなかった。青くなった唇を震わせて口を開く。

「くっ……お、俺が、FC会長を、拉致った」
「そうか、何処に隠している?」
「夕方までは、リオナのプラチナ鉱山の、坑道の中に……」
「マジかよ? んで、今は何処にいる?」
「わ、分からん……本当だ、夕方に、他の人員が、BELで移動させたんだ」

 そこで近づいてきたイリヤがブルーの目でレイクスを見据えた。

「私の仲間二人の胸をぶち抜いたのも貴様か?」
「命令したのは、俺だ。撃ったのはステファンだが……嗅ぎ回っていたから、警告に……」
「なるほど。何故元PSCの貴様らがエレボス騎士団などという誘拐集団を組織した?」
「そんなことは知らん……俺も、雇われているだけだ」

 掴んだ胸ぐらを揺さぶってシドが低い声を出す。

「分からん知らんで通ると思うなよ。ベレッタが仕切るこの店に居着くだけのカネ、テメェのポケットクレジットじゃねぇだろ。知ってることは全て吐け!」
「上がカネを出している。上はそのまた上に雇われているらしいが……俺が知っている上は、サンズという男だけだ。サンズが仲間と一緒にきてFC会長を移動させたんだ」

「そのサンズのリモータIDを寄越せ。それでサンズはどんな奴でヤサは何処だ?」
「黒髪に緑の目をした、大男だ。ヤサは本当に知らん……だが、いつだか家は第二宙港のあるクローナだと言っていた……うっ!」

 顔色を真っ青にしたレイクスがとうとう失血で意識を手放した。シドはレイクスを放り捨ててハイファに目で訊く。リモータのマップを見ていたハイファは首を横に振った。

「第二宙港は北に七千五百キロ、最速BELでも三時間だし、次は十一時の便だよ」
「じゃあ、行くとすればレンタルBELだな。イリヤ、どうする?」
「そこまで行くなら第二ホステージ・レスキュー部隊全体で動きたい」

「なら一旦宙港に戻るとするか」
「ちょっと待って。暫く眠ってて貰わないと、僕らの動向が敵に筒抜けになっちゃうからね」

 そう言ってハイファがテミスコピーをレイクスに向け、腹に一発を撃ち込む。

「おっしゃ、逃げようぜ」

 ためらいのないハイファの行動とシドのごく軽い宣言に、イリヤとスティーブは思考停止したような顔つきで立ち尽くしていた。そんな二人をシドが急かす。

「惑星警察に勾留されたくなければ急げ!」
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